Monday, June 11, 2007

The Court of the Air, by Stephen Hunt

The Court of the Airこちらで Lilith さんが紹介していた本ですけど、わたしもそれなりに期待していたんですが、う~ん、なんか物語の書き方を教えてやりたくなるような本でした。

ジュール・ヴェルヌふうののどかな表紙はかなり偽物で、気球はほとんど活躍しないし、そもそも設定がバリバリのスチームパンクなんですよね。ま、そのあたりは問題ないし、最初の 100ページほどはパルプを模した速い展開でなかなか期待を持たせるんですが……。私娼窟に売られた孤児の少女、ところが最初の客は彼女を狙う殺し屋で……。一方、叔父の家に身を寄せる気球の事故の生き残りの少年は、一家皆殺しの目にあって気球乗り崩れと逃亡する羽目に。

じつは、空を制することで周囲からの攻撃を防いでいる民主的な国家ジャッカルのまわりでは、様々な悪巧みが渦巻いていて、隣の国ではバイオ兵器を研究しているし、ジャッカルの地下では昔の帝国がカルトな指導者の下息を吹き返しているしで、上空から下界を見守る空の宮廷の面々も気が気ではありません。でまあ、少女と少年の主人公が蒸気機関人やカニ少女などの助けを得ながら悪巧みと戦うことになるんですが……。

問題は、100ページを越えたあたりから、完全に同じことの繰り返しの金太郎飴状態になってしまうことなんですよね。主人公を初め様々なキャラクタを用意しながらも、ほとんどこれといった活躍もしないし、ストーリイのメリハリも何もあったもんじゃありません。

作中ではパルプ小説が大きな機能を担っていて(この作品の中では penny dreadful)、みんなが三文小説で世間の動きを追っているという設定なんですから、作者もパルプ小説に倣って、一定のリズムで山場を用意して話を進めていく手法を身につけたほうがいいんじゃないでしょうか。

The Somnambulist はパルプのパロディをやって成功した例だと思いますが、こちらのスティーヴン・ハントさんはパルプを意識しながらもパルプの何たるかを全く理解していないとみました。書き方によってはそれなりの作品になったんじゃないかと思うんですけどね。残念でした。

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Sunday, May 27, 2007

"The Professor's Daughter" by Joann Sfar (Author), Emmanuel Guibert (Illustrator)

The Professor's Daughterフランスにもヴィクトリア朝ブームが伝染したのでしょうか。ジョアン・スファーエマニュエル・ギベールのフランス人コンビによる合作 "The Professor's Daughter" は、ヴィクトリア朝ロンドンが舞台のグラフィック・ノヴェルです。

表紙をよ~く見ると、ごく普通の恋人同士の楽しそうなデートのようでいて、なにやら異様な……。そう、このふたり、エジプト学の教授の娘と、なんと(!)現代に蘇ったミイラというカップルなんです。ミイラのお父さんまで出てきて、それもヴィクトリア女王を誘拐しちゃうというので、すっごいドタバタコメディの予感。

【追記】
この作品のフランス語原書 "La fille du professeur" は1997年出版なので、ヴィクトリア朝ブームにのって英訳版がやっと出版されるって感じみたいですね。フランスのアングレーム国際BDフェスティバルで毎年選ばれるルネ・ゴシニー賞(Le prix René Goscinny)を1998年に受賞しています。

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Thursday, May 24, 2007

The Somnambulist, by Jonathan Barnes

The SomnambulistThe Somnambulist、読みましたが、これがなんとも意外な面白さ。文学的メリットのまるでない全くのナンセンスで、とうていあり得ないようなうそくさい登場人物による複雑怪奇な話で、いかにも素人くさい文章で書いてあるし誰も信じないだろうと語り手自身がいってるくらいですから、いちおうミステリの形式を取ってはいるもののやってることはかなり無茶苦茶。けど、ヴィクトリア朝末期の三文小説の体裁で書かれた物語は、展開を追ってるだけで美味しいです^^)

自前の劇場で奇術を見せているエドワード・ムーンは既に盛りも過ぎて、片手間の探偵家業も最後の事件に失敗してからこれといった依頼人もない。相棒の大男 Somnambulist(夢遊病者)と興行を続けてはいるものの、最近は客の反応もいまひとつの状態。この夢遊病者というのが得体の知れない男で、8フィートを超える巨漢ながら口にするのはミルクばかりで、口が利けずに石版を使って簡単なやり取りをするのみ。そのくせ、剣で刺されようが何をされようがその体には傷ひとつ残らず、時にはムーンのボディ・ガードも務めるという設定。

そんなムーンに馴染みの刑事から、久々の事件の依頼が舞い込んでくる。ビルから落ちて死んだあるシェイクスピア役者の死因に、不可解な点があるというのだ。調査を進めていくうちに、さらにもう一人犠牲者が出る。こちらの犠牲者は死ぬ前に「蝿男……」の一言を口にしていた。フリークを専門とする私娼窟に出入りしていたムーンは、そこである旅のサーカス一座に蝿男がいることを聞き出し行方を追うが、ムーンに追われた蝿男はビルから飛び降り、自らの命を絶った。

事件は解決を見たように思われたが、それはムーン自身をもターゲットの一つとした、本当の事件の始まりに過ぎなかった。アルビノのリーダーに率いられた Directorates という政府の秘密組織は、女降霊術師が10日後にロンドンにロンドンに降りかかると予言した未曾有の危機に対し、渋るムーンを動員しようとする。劇場を焼き討ちされたムーンは、嫌々ながらも協力せざるを得なかった。

ということで、詩人コウルリッジの遺志を継いだカルトの地下組織が、あっと驚く悪巧みを画策してるんですが、この作品の面白さは、章が変わるたびに得体の知れない登場人物が次々と登場してくるところですね。未来の出来事を知っていて、時間を逆に生きているらしいマーリンのような男とか、ムーンの昔の相棒で、警戒厳重なニューゲートに監禁されていながら闇の動きは何でも知っているハニバル・レクターのような囚人、ロシアが放った凄腕の暗殺者など、他にも伏せておいたほうが楽しいキャラクタが満載です。伝説のロンドンの最初の王ラッドの石像なんていうのも掘り出されてきますし。

正直ムーンや夢遊病者がごくまっとうな登場人物に見えてくるくらいですね。いちおう夢遊病者の正体らしきものは最後には明かされますが、あれは明かされたっていうんでしょうか。本人が明言しているくらいとっても信頼できない語り手の叙述上の仕掛けも、意外な形で種明かしされるというおまけもついてます。

プロットは複雑怪奇に紆余曲折して楽しませてくれるんですが、結末はもうひとひねりあってもよかったかもしれません。まあ、なんじゃこれっていうキャラクタによるヘンテコなエピソードが次から次へと続きますので、これ以上の贅沢はいらないかもしれませんが。女王が亡くなってすぐの時代という設定のようですので、ほんとうはエドワード朝ものというべきかもしれませんが、このカラフルさはヴィクトリア朝に分類しても不都合はないでしょう。

この作品はジョナサン・バーンズのデビュウ作ということですが、Times Literary Supplements でレヴュウなんかもやってる人みたいですので、けっこう英文学の専門家なんでしょうね。SF作家のアダム・ロバーツが、19世紀英文学の教授として宣伝文句を寄せていますが、嘘ではないとはいえこれもパロディですね~^^) 次作が楽しみな作家が登場しました。

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Sunday, May 20, 2007

"In the Tenth House" by Laura Dietz

In the Tenth Houseヴィクトリア朝ロンドンといえば、marginalia 的にはやっぱりユーレイでしょうか。

というわけで、降霊術者の女性とフロイト派の精神科医が出会って、その双方がその後の人生を狂わされてしまうというのが、このローラ・ディーツのデビュー作 "In the Tenth House" なのですが、リサーチもしっかりしているし、新人にしてはスキルもなかなかというわけで、わりと評判いいみたいですね。

こちらで出だしをちょこっと読むことができます(が、これだけではちょっと分からないですね)。

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Wednesday, April 11, 2007

"Oscar Wilde and the Candlelight Murders" by Gyles Brandreth

The Oscar Wilde Murdersさあ、問題です。チョーサー、エリザベス1世、カント、フロイトに共通するのは? 答えは「探偵」ですね。歴史上の人物が探偵になって事件を解決……っていうのは、marginalia で取り上げただけでも、以上のように時代・職業を問わずいろいろありましたが、今度は探偵オスカー・ワイルドの登場です。本作で始まるこのシリーズ、年1回発行で全9巻になる予定だそうです。

作者のジャイルズ・ブランドレスは、元保守党議員で、モノポリーの元ヨーロッパ・チャンピオン、BBCラジオ番組の制作に携わり、英王室の伝記などの著作もある有名人ですが、なにより興味深いのがお父さんがワイルドの親友ロバート・シェラードやボジーを直接知っていたということ。また、ブランドレス自身も『オスカー・ワイルド書簡集』を編纂したワイルドの孫マーリン・ホランドと一緒の学校に通った友人同士だとか。ということは、かなり実像に近いワイルドになっていそうですね。彼の知られざる素顔を垣間見ることができるかもしれません。

こちらの本書の紹介記事によると、初っ端から、実際にワイルドの友人(!)だったコナン・ドイルが登場、2巻目にはブラム・ストーカーがひょっこり姿を現したりするんだそうです。ワイルドの広い交友関係から、いろいろなエピソードが楽しめそうです。

ワイルドの機知とアフォリズム満載の、時代の雰囲気あふれる作品に仕上がっていそうで、個人的にかなり期待してしまいます。このシリーズのサイトはこちら

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Monday, April 09, 2007

Angelica, by Arthur Phillips

Angelica毎回題材と作風が大きく変わる作家アーサー・フィリップス、といっても PragueThe Egyptologist もじつは積んだままなんですが、新作もヴィクトリア朝のゴースト・ストーリイということで、やっぱり気になりますね。

4才の娘をひとりで寝かせる父親と、いく度かの流産の末やっと授かった娘を心配する母親ですが、案の定幽霊が出ちゃいます。非情な夫を横目に、母親は女性の心霊術師に助けを求めるんですが……この心霊術師というのが意外とまともで、お祓いよりは心理学的側面に目を向けるようですね。ということで、ヴィクトリア朝のメンタリティを背景に、心理的な綾を解きほぐしていく物語のようです。『ねじの回転』を思い起こさせる「羅生門」型(同じイベントを異なる視点から描いていく形式)の叙述ということで、スタイル面でも期待できそうです。

いやでもここ数年、ゴースト・ストーリイはほんとに流行ってますね。

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Wednesday, March 14, 2007

Darkside, by Tom Becker

Darksideペーパーバック・オリジナルのファンタジイなんですが、イギリスの大手書店の Waterstone's が選ぶ児童書賞を受賞したりして、なかなか評判がいいようです。

主人公の少年が誘拐魔に追われて逃げ込んだ先が、切り裂きジャックの子孫が支配するもう一つのロンドンで、吸血鬼や人狼が跋扈するヴィクトリア朝の魔都を舞台に、ノワールな物語が展開するのだとか。

まあロンドンを舞台にしたファンタジイは、たいていパラレル・ワールドか擬似ヴィクトリア朝と決まっていて、それだけなら新味はないんですが、実際にロンドンに住んでいる人にとってみると、現実のロンドンとの対比が目に浮かぶような扱いがされていて、そこが大きな魅力となっているそうです。場所がキャラクターとしてうまく使われているということですね。ロンドンを舞台にした小説をコレクションしている知り合いのジェフ・コットンも褒めてました。

フィリップ・プルマンの作品やダレン・シャンあたりと比較すると、世界作りやホラーの点ではまだその域には達していないようではありますが、作者のトム・ベッカーは続編を執筆中ということで、有象無象のファンタジイからは一頭抜き出たものとして、かなり期待されているようです。オフィシャル・サイトはこちら。あんまりプロモーションにお金をかけているようには見えませんが、そんなあたりが逆に好感が持てます。

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Tuesday, March 06, 2007

Alice in Sunderland, by Bryan Talbot

Alice in Sunderland (uk)表紙とタイトルで一目瞭然なように、アリスを主人公にしたグラフィック・ノベルだそうです。とはいっても中身はただのお話というよりは、ルイス・キャロルがしばしば訪れて原稿を書いたり想を練ったという、イングランド北部の北海に面したサンダランドの町にちなんだものとのこと。様々なスタイルの短編の形式で、サンダランドの風物や歴史を語っているようですね。

作者ブライアン・タルボットのファン・サイトでいくつかのページが見られますが、テニエルの絵のコラージュなども取り入れて、おなじみのアリスのイメージを損なわないような、なかなか魅力的な誌面作りになっています。色々なタッチの画風が混在しているようですが、ちょっとどれもよさそうですね。これは特にアリスのファンでなくても買うしかないでしょう。いや、表紙だけで手を出してしまう人もかなりいるかも^^) ちなみに US版はこちら

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Thursday, March 01, 2007

The Somnambulist, by Jonathan Barnes

The Somnambulistひょっとしてこれをまだ取り上げてませんでしたね。冒頭の主人公の口上を聞いたら、これはやはり読まずばなりますまい。

'Be warned. This book has no literary merit whatsoever. It is a lurid piece of nonsense, convoluted, implausible, peopled by unconvincing characters, written in drearily pedestrian prose, frequently ridiculous and wilfully bizarre. Needless to say, I doubt you'll believe a word of it.'

探偵のエドワード・ムーンが、相棒の Somnambulist(夢遊病者)とともに、ウィリアム・ブレイクの黙示録的な予言を現実のものとして、大英帝国を破滅させようという秘密結社の悪巧みに立ち向かう話だそうです。ヴィクトリア朝を舞台に旅のサーカスと生ける屍が出てきて、コリンズやディケンズやストーカーやコンラッドやメイヒューや(って、だれ?)マッケンやドイルやウェルズからのパクリが満載って……確かに前口上どおりみたいですね^^; で、この夢遊病者っていうのが口の利けないミルクが大好きな巨人って、またまた怪しいじゃないですか。

マーク・ガティスの The Vesuvius Club が好きな人にはオススメということですが、すいません、まだ読んでません^^; なにやらポール・マーズの Never the Bride みたいな臭いもプンプンしますが。スティーヴン・ハントの The Court of the Air もそろそろ出ますし、またヴィクトリア朝強化月間をやるようでしょうかね。

[追記] こちらに感想上げました。(2007/5/24)

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Saturday, January 13, 2007

"The Court of the Air" by Stephen Hunt

The Court of the Air例によって近刊書の表紙をぼけら~っとブラウズしていて、気になったのがこの本。ちょっと古くさいカンジのこの表紙、(全然似てないんですが)なんとなーくウィリアム・ヒース・ロビンソン(1872-1944)のイラストとか思い出しちゃって、思わずチェックしてしまいました。

作者スティーヴン・ハントは、SF・ファンタジー総合情報サイト SFcrowsnest.com の設立者で、そもそもこのサイト、1994年に自分のデビュー作 "For the Crown and the Dragon" を宣伝するために始まったそうなのですが、その彼の2作目が4月に発売されるこの "The Court of the Air" なのだそうです。

宣伝文句によると、ヴィクトリア朝を模した世界に繰り広げられる、夢中になること請け合いのアドヴェンチャーもので、ディケンズのファンタジー・ヴァージョンといった趣の作品だそうです。スザンナ・クラークやフィリップ・プルマンのファンに受けそうとも書いてありますね~(ファンの方、いかが?)。ってことで、表紙を見て、なにげにW・ヒース・ロビンソンを思い出してしまったのも、そう的外れなことではなさそうです。

こちらで第一章と第二章を読むことができます。

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