Sunday, April 30, 2006

"A Man of Light" by Jeffrey Ford

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受賞記念ということで、タダで読める短篇のご紹介。

 先頃、長篇 "The Girl in the Glass" が、米国の優れた推理小説に贈られるMWA賞のペーパーバック・オリジナル部門を受賞し、ミステリの世界でも認められた形のフォードだが、この短篇もまたファンタジー色の強い、味わい深いミステリ作品に仕上がっている。

 光の魔術師ラーチクロフトは、光の特性を利用したあらゆるマジックをやってのける。ある日、新聞記者のオーガストがこの人気絶頂の大物魔術師にインタヴューを申し込んだところ、なぜかすんなり受諾の返事が返ってきた。

 インタヴューの当日、現れたのは浮遊するラーチクロフトの頭だけだった。ここでも彼は光のマジックを披露したのだ。いざインタヴューとなると頭だけのラーチクロフトは、オーガストの月並みな質問を退け、夢で見たという不思議な殺人事件の話を始める。

 その後、専門の光の話題に入るのだが、彼によれば太陽や蝋燭の〈外の光〉とは別に、体内から発する〈内なる光〉があり、彼はオーガストのような記者を〈内なる光〉のメッセンジャーにしたいという。そのメッセンジャーの出入りのために、彼は眉間に穴を穿っていた。さらには光と闇の戦いに話は及び……。

 光の魔術師が語る摩訶不思議な物語。それが現実としてオーガストに降りかかるとき、読者はまるでエッシャーの絵を見たときのような、奇妙な感覚にとらわれるだろう。『アイスクリームの帝国』同様、こちらも独特の雰囲気が魅力のフォードらしい作品だ。

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Monday, April 10, 2006

"Volunteers" by Alexander C. Irvine

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 少年は幼い頃母を失った。そのとき父は他の女と一緒にいた。それはずっと少年の心の中で蟠りとなっていた。

 少年が一歳のとき、巨大隕石が地球に衝突する危機が迫った。同じ頃、三匹の地球外生命体が発見され、四次元航法で宇宙空間を移動する彼らを利用し、人々を地球から避難させる計画が持ち上がった。しかし操縦には宇宙人に好かれた者が〈子宮〉と呼ばれる船室に入り、宇宙人と心を通わせる必要がある。宇宙人エヴリンに選ばれたのは、息子を授かったばかりの父だった。愛する家族を救うため、彼自身もその宇宙船の船長になることを志願する。だが〈子宮〉の中は安全で居心地がよすぎた――微睡みの中で彼は乗員の生命維持装置の確認を怠り、惑星カナンに降り立てたのは二千人のうち約四百人。母もこのとき死んだのだ。

 父の置かれた状況は特殊だ。だが作者は平行して、新天地で地球の古き良き五〇年代を模倣する移民たちの退行振りを描き、安全なコクーンの中に籠もるのが人間全般の有害な性向であることを示唆する。

 物語は謎めいていた事柄を徐々に明かしながら進行し、ラストで病んだ社会から同じ宇宙船に乗って脱出する少年の姿を当時の父に重ね合わせて、見事にその心理を解き明かす。

 二〇〇二年のデビュー作 "A Scattering of Jades" が高い評価を受けたあとも、良質の長篇・短篇を間断なく発表しているアーヴィンは、日本でも積極的に紹介されて欲しい作家のひとりだ。

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Tuesday, April 04, 2006

"Apologue" by James Morrow

scifictionモロウの話題が出たのでついでに。ほんとうに短い作品ですが、とーってもいいんです。オンラインで公開されていますので、まだモロウをお読みでない方はぜひ読んでくださいませ。

 歴史は過去を伝え、SFは未来を語る。SF作家の作品が、9・11のショックを乗り越え、希望を見いだす一助になれば――そんなSci Fiction唯一の企画に応えて寄せられた心温まる掌編。

 テロのニュースが伝わるや、隠居していたキングコングとリドサウルスとゴジラが、お互いを支え合いながら、よろよろと姿を現す。そして加齢により自らの足元もおぼつかない彼らが、ここぞとばかり被災地に乗り込み市長に援助を申し出る。

 たったこれだけの極めて短い作品だが、言葉や行動のひとつひとつが示唆に富み、そしてなによりとても暖かい。かつて大都会で暴れまくった怪獣たちは、それを理由に拒絶されることを恐れるが、一方で市長や消防士たちは、過去を水に流し、彼らが助けに来てくれることを信じて待っていた。この両者の交流が感動的だ。

 敵対することはあっても協力し合うことなど以前は考えられなかった三頭の怪獣たちは、三大宗教や、白・黄・黒色人種など、利害の対立するグループを象徴していると言える。人類の歴史を振り返れば様々な衝突があった。しかしテロで何もかもを失った今、根底で〈人間〉という共通項を持っていたことが、逆によく見えてくる。憎しみを忘れ、同じ人間同士が助け合えば、共通の豊かな未来を築くことができるはずだ。

 それは簡単なようでいて難しい。作家は『寓話』で理想の姿を示した。それが現実のものになるか否かは我々の努力しだいだ。

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Sunday, December 04, 2005

"Jimmy Guang's House of Gladmech" by Alexander C. Irvine

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 昔から紛争の絶えない中央アジア。ソビエト帝国南部に位置する未来のキルギスは、非アラブ系イスラム国家が緩やかに纏まったイスラム連邦(IF)に属し、アラブ諸国から資金援助を受けていた。そのため中央アジアの覇権を狙うソビエト、IF、そして西進を窺う中国の小競り合いの場となっていた。

 二〇八三年、そんな紛争地域に商人ジミー・クワン・ハミッドがやって来る。中華系ペルシャ人のジミーは、イスラム教徒であっても宗教的なこだわりのない平和的な自由人で、彼は敵対する陣営の間に入って日用雑貨や嗜好品の売買を行っていた。ところが、中古のロボット六体を買い付け、商人仲間の思いつきで〈剣闘士ロボット〉として闘わせる興行を始めたこと、そして恋をしたことから立場が一変する。

 敵味方でも、観客として闘技場で顔見知りになれば、殺し合いなんてできないはずだ――正義感だけは強い、おっとり型の三枚目ジミーは、剣闘士ロボットが和平に貢献することを思い描く。しかしその夢が潰えたとき、平和で豊かな生活に慣れた余所者の考えがいかに甘いか思い知らされる。

 私的な揉め事さえ争いに油を注ぎ、本人は中立のつもりでも、そこに存在するだけでいつの間にか戦争に加担している恐ろしさ。当事者以外の思惑が絡み、個人の力では何ともしがたい地域紛争の難しさ。それらが軽妙ながら時にシニカルな語りの中から伝わり、主義も主張もない戦いのやるせない現実を突きつけられる。

この作品は、限定版の短編集 "Unintended Consequences" に収められています。

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Friday, December 02, 2005

Howard Waldrop's 'God's Hooks!' from SciFiction

物語は一軒の旅籠から――

客でごったがえす店内には、なぜか焦げ臭い匂いが充満している。
1666年ロンドン。なんとか大火を免れたこの店に、四人の男たちが集まっている。
長老格のアイザックという男を中心に近況をこまごまと語り合っていると、近郊のベッドフォードで化け物魚が見つかったという噂が飛び込んでくる。とたんに男たちの目が輝きだす。そう、彼らは釣り仲間なのだ。

このアイザックという男の苗字がウォルトンということがわかってくる頃から、ようやく話の骨格が見えてくる。『釣魚大全』で知られる実在の文筆家アイザック・ウォルトンの釣り旅行を描いた短篇らしいのだ。
気の合う仲間たちとの馬車の旅はのんびりと楽しい。会話を中心にゆっくりと進む物語は、しかしそのままで終わるはずもなく、ベッドフォードの町で彼らは奇妙な伝道師に出会う。男の名はジョン・バンヤン。『天路歴程』の作者である。
問題の化け物魚のいる沼を「落胆の沼」と呼び、巨大な魚を「リヴァイアサン」と呼ぶ伝道師は、これが神の怒りの印であり、大いなる裁きの前兆だという。なんとか釣りをやめさせようとするバンヤンを尻目に沼の主に立ち向かうウォルトンは、しかし普通の人間ではなかったのだ……。

ってな感じに展開する短篇。結末は読んでのお楽しみですが、このわけのわからなさっぷりは凄い!今はただホーソン的とだけ申しておきましょう。異形の名作ですね。

ちなみに本編は、SciFictioinにて無料で読むことができます。こちら

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Sunday, November 13, 2005

"Chip Crockett's Christmas Carol" by Elizabeth Hand

scifictionFarewell SCI FICITON + クリスマス特集ということで。

2004年の世界幻想文学大賞をコレクション部門で受賞した、エリザベス・ハンドの US$50 もする短編集 Bibliomancy に収録されている4篇の内のひとつ "Chip Crockett's Christmas Carol" も SCI FICITON で無料公開されています。クリスマスにはちょっと早いですが、いい機会なのでご紹介します。

 誰もが幸福な気分になれるクリスマス。だが四年前のイヴに弁護士事務所のパートナーを事故で失い、二年前には健常者だった一人息子がツリーの下のプレゼントに全く関心を示さず自閉症と診断されたとなれば、ブレンダンがクリスマス嫌いになっても無理はない。四歳になるピーターはそのときからひと言も話さず、何の表情も顔に出さない。その後妻とは離婚し、息子は火曜と隔週の週末だけ預かっているのだが、症状の改善の見られない自閉症児との生活で、気丈な彼もかなりまいっていた。

 そんなブレンダンのもとへ、高校時代からの友人でミュージシャン崩れのトニーが転がり込んでくる。彼は、子供時代にTVの人気者だった人形師チップ・クロケットの訃報に接して、驚くほど動揺していた。

 中年にもなって、子供の頃のお気に入りに執着しているトニーの姿は滑稽だ。ところがその熱心な姿を追っていくうちに、自分自身が年を重ねる過程で封印してしまったもの、そしてもう取り戻せないものへの、ノスタルジックな感覚にふと襲われる。無駄なものに思えても、それらは心に大きな影響を及ぼしていたのだ。

 脳天気でナイーヴなトニーが居候を始めてから、ピーターはときに微かな反応を見せるようになる。ディケンズの『クリスマス・キャロル』を下敷きに、心の病を扱った現代的なこの作品は、ファンタジー的な要素は全くないのに、それでいてこれぞファンタジーと思わせる心温まるクリスマス・ストーリーだ。

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R.I.P. Sci Fiction

ウェブのそこらじゅうで悲鳴が上がっていますが、6年にわたってフリーでトップクラスの短編を提供してきたオンライン・マガジンの老舗 Sci Fiction が、今年いっぱいで打ち切りになるそうです。

理由は、セールス・プロモーションのために、一銭の儲けにもならない活字作品にお金を出していたヴィジュアル・メディア中心の SciFi.com が、単に方針変更したということだけらしいです。Sci Fiction がなくなったら、SciFi.com なんて存在価値ゼロなのにねえ。

SF、ファンタジイからホラーまでカバーして、数々の名作・新人作家を世に送り出してきた神様のような編集者エレン・ダトロウは、OMNI、Event Horizon に続いて三つ目の廃刊を向えることになりました。次のプロジェクトはまったく白紙ということですが、どこかの雑誌で編集長の座は空いてないですかね。いっそのこと Datlow's Cross-Genre Magazine とか作ってしまうとか。

ちなみに気さくなダトロウおばちゃんは、こちらとかこちらのフォーラムでどんな質問にも親切に答えてくれます。今は作家とかファンの悲しみの言葉いっぱいですね。

これまでに発表された作品はアーカイヴとして1年間は公開されているそうですが、クラッシック作品のリプリントは作品ごとの契約期間が過ぎたら消されてしまうそうです。いまのうちに保存しておきましょう。

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Saturday, July 23, 2005

"This Tragic Glass" by Elizabeth Bear

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 本作品の冒頭に引用されているのは、ティムール大帝の生涯を描いた戯曲『タンバレン大王』からの一節だ。作者である詩人で劇作家のクリストファー・マーロウは、無神論者で、放蕩者の男色家、そしてエリザベス一世のスパイだったとも伝えられている。その彼が、実は「彼女」だったと言われても、いったい誰が信じられよう。

 二一一七年ネヴァダ州ラスヴェガスの大学の研究室で、コンピュータ画面を見つめていたブラーマプートラ博士は自分の目を疑った。作品の文章から作者の性別を判断するソフトが、マーロウを女性と認識したのだ。確かに女性が男性の筆名で文章を書くことは過去にあったし、その逆もあった。しかし、マーロウがその一人だったとは! 実際、彼が男だったという決定的な証拠は残されていない。あれこれ議論を重ねる研究者たちの大騒ぎと同時進行するようにして、一五九三年五月のある日、二十九歳のマーロウは馬に乗ってエレノア・ブルの酒場へと向かう。歴史書によれば、同日彼はそこで殺されるはずだった。だが、お手上げ状態の博士らは、本人に会って確かめるしかないという結論に達し、マーロウを暗殺の場から救い出し、約五百年後の世界に連れてくる。

 当然のことながら生物学的な性はすぐに判明する。そのあまりの呆気なさから、読者は物足りなさを感じるかもしれない。だがこの空騒ぎからは、個人の付帯的な事柄に左右され、作品を書いた人間の本質を見ることを忘れた人々への、作者の疑問が見て取れる。人の判断力を曇らせるのは性別に限らない。中央アジアに大帝国を築いたティムールは貧しい羊飼いの生まれだし、その一生を書いた英国演劇界の寵児マーロウは靴職人の家の出だった。また、作品のラストで、美しい若者とインド系の中年女性との間に芽生えた愛を暗示することによって、作者は人種と年齢差という壁にさえ挑んでいるように思える。ルネッサンス期の戯曲に夢中というベアは、時代を超えただけでなく、性別・階級・人種・年齢を超越して、人間の本質を見ることを促した意欲的な作品を書いた。(2004.04)

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Thursday, July 21, 2005

"The Empire of Ice Cream" by Jeffrey Ford

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 バースデイ・ケーキのろうそくを吹き消す――この匂いはヴァイオリンのバス音。ギターの旋律は金色の雨になって目の前を降り注ぐ。数字の八は萎れた花みたいに臭い……。主人公ウィリアムのように、匂いを聴き、音を見、映像を嗅ぐ者を、共感覚者と呼ぶ。これは、ある刺激に対応する本来の感覚に副次的な感覚が伴う現象で、百万人に九人がそんな能力の持ち主だという。

 幼い頃、妙なことを口走るウィリアムは、心理学者や精神科医のもとを連れ回され、教育も家で受けたため友人がいなかった。十三歳のとき初めて親の目を盗んで行ったのが、少年少女の溜まり場になっているアイスクリーム屋だ。彼は疎外感を味わいながら、カウンターでコーヒーアイスクリームを注文する。コーヒーは、身体に悪いと医者から禁止されていた。勇気を出して二匙を口に運ぶ。すると突然現れたのがアンナだった。共感覚で見えるのは、ふつう抽象的な形や色だけだ。だが、その後も苦手なコーヒーを口に含んでいる束の間、彼はアンナの姿を見ることができた。

 共感覚者への理解が進むと、音楽的才能に恵まれたウィリアムは音楽学校で作曲を学ぶようになる。物語の後半は、彼が取り組む二声のフーガに同調しながら幻想的に語られていく。フーガの主題と応答をウィリアムとアンナになぞらえ、物語をドラマティックに織り成す作者の技法は見事だ。ウィリアムの曲想通りに二人の関係が徐々に複雑化し、緊迫度が高まって渾然一体となり、ついに運命論的結末に至るのを、独特の浮遊感に囚われ、虚無感に包まれながら、スリリングに辿ることができる。fugueは精神医学用語でもあり、要所要所に出てくる書名にもこの文字が隠されている。本筋もさることながら、このような様々な仕掛けや遊び心が読者の想像力を刺激し、結果的に読後にも長く余韻を残す奥行きのある作品に仕上がっている。音楽と絵画的素材によって美しく彩られたこの物語は、共感覚者でないものにも音が聞こえ、絵が見えてくる不思議な魔力を持った秀作だ。(2004.04)

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Monday, July 18, 2005

"Calypso In Berlin" by Elizabeth Hand

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短編集 Bibliomancy が2004年度世界幻想文学大賞を受賞したエリザベス・ハンドの新作が、SciFictionタダで読めます。

実はこのカリプソ、オデュッセウスを誘惑して7年間島に引きとどめた、あの彼女なんですね~。ニンフは不死ではないけど長生きなのだそうです。現代でも相変わらず愛人に去られてしまう彼女ですが、ギリシャ神話的な結末が待っています。

なかなかよかったですが、個人的にはもうちょっと情熱的で鬼気迫るものがあるほうが好みですね(カリプソさん、わりと古風というか、ま、たしかに古~い方ではありますが……)。

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