Monday, April 16, 2007

Ghostwalk, by Rebecca Stott

以前ちょっと面白そうということで話題にした作品ですが、読みました。未練たらたらのヒロインの語り口が、高級チック・リットかインテリ向けのロマンスみたいで、じつはかなりうんざりする書き方なんですが、これは誉めるしかないでしょう。うじうじした主人公やじれったいヒロインはもうそれだけで耐えられないので、半分ぐらいまでどうしようかと思いましたが、途中で止めなくてよかった。

Ghostwalk (UK)台本の仕事であちこち飛び回っているヒロインのリディア・ブルックは、恩師である溺死した歴史家/伝記作家エリザベス・フォーゲルザンクの葬儀のために、久しぶりにケンブリッジを訪れる。そこには、できれば顔を合わせたくないかつての不倫相手であるエリザベスの息子、キャメロン・ブラウンが待ち受けていた。いまだに未練を捨て切れていないリディアの当惑をよそに、キャメロンはリディアに、しばらくケンブリッジに滞在して、エリザベスの遺作であるニュートンの伝記を完成させてくれないかと持ちかける。それがエリザベスの遺志でもあるのだからと。

やむなくエリザベスがスタジオとして使っていたコテージに住み込み、ゴーストライターとして働くことを承諾したリディアは、エリザベスの原稿と資料の調査に取り組む。The Alchemist と題された伝記の骨子は、一般に定着した孤高の天才というニュートン像に疑問を投げかけ、彼の研究は錬金術師たちのネットワークによるサポートに多くを負っていたことを示唆するものだった。エリザベスの死体の手に握られていたニュートンのものと思しきプリズムも、錬金術師の秘法を使ってヴェネチアで作られたもの。ニュートンの最初の大きな功績である光りの性質の解明はこのプリズムでもたらされたのだ。

いっぽう、エリザベスによれば、ペストの大流行により不安定な時代であったとはいえ、ケンブリッジの教授陣を中心に、ニュートンの周りでは不慮の死があまりにも多すぎるという。それも階段からの墜落死と溺死というそうそう起こるはずのない事故で、2年ほどの間に5人の人間が死んでいる。結果として、数学の試問で不本意な成績を残しながらも、ニュートンは教授として推挙され、無事にケンブリッジに残ることができた。

さらに、エリザベスによれば、1660年代のケンブリッジで死人が出ていたのと同じ日に、現代のケンブリッジでも酷似した状況での不慮の死が2件発生していた。そしてエリザベスの溺死……。リディアは、エリザベスの助手をしていた少女ウィル・バロウズや、葬儀の日に「あなたが来るのを待っていた」と謎の言葉を残して去ったエリザベスの親友、隻眼・刺青の女海賊のようなディリス・カイトの助けを得ながら、17世紀の歴史とともに、エリザベスの死の謎も追うことになる。ウイジャ・ボードを使って17世紀の被害者を呼び出すディリスは、エリザベスもこうして謎の解明に至ったのだというのだが……。

そのいっぽうで、現代のケンブリッジも決して平和な街ではなかった。NABED と名乗る動物愛護団体の過激派が、毛皮のコートを扱うブティックや食肉店、ペット・ショップのウィンドウを破壊し、犬や猫を虐殺し、時には人身にも被害が出ていた。そのメインのターゲットは、新薬の開発のために動物実験を行っている、キャメロンが指揮する神経科学の研究所だった。リディアには NABED という言葉に心当たりがあった。ニュートンが暗号でメモを書くときのキーワードだったのだ。破壊活動はエスカレートし、リディアが密会を続けるキャメロンの周辺にも被害が及んでいく。そして、リディアの視界の片隅を横切る緋色のマントの男。果たして17世紀の出来事と現代の混乱の間には、エリザベスが予見したような、なんらかの繋がりがあるのだろうか……。

Ghostwalk (US)いやもう、ストットさん、小説家としてのデビューを飾るにあたり、ものすごく冒険してます。史実に基づく謎に幽霊とオカルト、甘ったるい不倫のロマンス、ケンブリッジにまつわる紀行文、現代の連続殺人事件に、ハイテク企業が巻き込まれる社会問題。キャメロンが研究している神経薬に関しては、空間を隔てた量子の相互作用であるエンタングルメントが、時間を越えて起こることが示唆されて、作品のモチーフとして一役買ってます。まあこの部分はミクロの現象とマクロの因果関係にギャップがありすぎるので、単にイメージだけで終わってますが、普通歴史ミステリにこんなの持ち込みますかね(フィリップ・プルマンが児童書ファンタジイで使って以来の驚きですね)。

多層的な物語の締めくくりにふさわしく、結末もまるで多世界解釈のように、いくつもの回答が示唆されています。いえ、どうにでもとれる曖昧な解決で終わっているというのではなく、いくつもの回答が同時に成立するような見事なまとめ方なんです。中には、主人公は気づいていないものの、読者には見えているという構成上の視点もあって、これはちょっと凄すぎ。ジャンル・ミステリとは肌合いが違うので、なかなかミステリ・ファンの目には止まらないかもしれませんが、読んで驚いてみてください。

スタイル的にもいろいろ工夫が凝らされていて、エリザベスが書いた The Alchemist の抜粋という形で、注釈と図版の入ったエッセイの形の章が3つほど組み込まれてますが、このあたり、ダーウィンオイスターにまつわるノンフィクションがある作者にとってはお手のものなんでしょうかね。まあノンフィクションで書くには材料が少なすぎるので、小説に生かしたのかもしれませんけど。

未練タラタラのリディアの語りの部分は、時により中学生の女の子の手記かと思うくらいに幼いところがあって、正直勘弁して欲しくなるんですが、景観の描写が街の歴史から逸話へと横滑りし、個人の思いを抜けて象徴的に作中の出来事へと影を落としていく、意識の流れの変形のような書き方は、慣れてくると我慢できるようになります。まあうんざりして途中で投げ出す人も出るだろうなと思いますし、嫌な手法だとは思いますが、これも作者のセールス・ポイントのひとつかも。

ちなみに、作中人物の大仰な名前の選び方は、やっぱりロマンスを意識したんでしょうか。まあウィル・バロウズ(Will Burroughs)なんていう名前がロマンスにふさわしいかどうかはわかりませんが^^)

ということで、感情移入できる登場人物はいないし(リディアもキャメロンも早くくたばってしまえと思ったのは内緒です)、心地よく読める作品ではないんですが、刺激的ということではちょっと例を見ませんので、並みの娯楽ものに飽き足らない人には強くお薦めします。大手のレヴュウが見当たらないので、まだあんまり評判になっていないのかもしれませんが、じわじわと評価の高まる作品じゃないかと思います。

作者の背景に関する面白い記事がこちらにありますが、なんと、十代になるまで原理主義のカルト教団のコミュニティで生活していて、テレビやラジオ、普通の読み物はすべて遠ざけられてたんだとか。癖の強い書き方も、なんとなく納得ですね。英語と美術史を専攻し、現在は英文学の教授だという作者レベッカ・ストットのオフィシャル・サイトはこちら

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Tuesday, April 10, 2007

Heart-Shaped Box, by Joe Hill

何かと話題のジョウ・ヒルの長編第1作ですが、まあまあの出来のジャンル・ホラーでした。それもそれほどどぎつくないやつ。

Heart-Shaped Box (US)主人公のジュード Judas Coyne(ユダの金貨!)はへヴィメタ・バンド Jude's Hammer のリード・ヴォーカル/ギタリストとして鳴らした50代のロッカーで、バンドのメンバーを二人亡くし、とりあえず現役とはいいながら、もう3年もツアーに出ていないという半ば隠居の身。穿孔を施した頭蓋骨や魔女の告白書、アレイスター・クロウリーのゆかりの品とか、ゲテモノを集めるのが唯一の趣味といえば趣味。隠し持っていたスナッフ・ビデオのせいでかみさんには見捨てられ、ほっておいても入れ替わり立ち替わり現れるゴス娘たちをガールフレンドとして暮らしている。

そんな折、事務所のアシスタントがとあるオークション・サイトで幽霊の出品を目にする。亡くなった義父が孫娘の部屋に居ついてしまったことから、誰かに売り払えば出て行ってくれるのではないかというものだった。出品者は義父の愛用の日曜日用の礼服に幽霊を取り憑かせて送るという。半ばジョークだと思いながらも、ジュードはつい買ってしまう。

ジョニー・キャッシュでも着ていそうな古臭いスーツは、黒いハート型のケースに入って送られてきた。ほどなくして、部屋の片隅に現れる黒服の老人の姿。その眼のあるはずの場所には、黒のマーカーで塗りつぶされたような痕があった。オークションで購入したのは紛れもない幽霊で、その邪悪に満ちた意思に操られ、ジュードは自殺一歩手前まで追いやられ、同居しているガールフレンドを撃ち殺してしまいそうになる。やってきた幽霊は、ベトナム従軍時代に捕虜の霊能者から手ほどきを受けたという、プロの催眠術師だったのだ。

送り返そうと出品者にコンタクトしたジュードは、彼が幽霊を買ったのは決して偶然ではなかったことを思い知らされる。故郷に帰って自殺した、昔見捨てたガールフレンドの育ての親が幽霊の正体で、娘の姉が復讐のためにジュードの元に送り込んだというのだ。家にじっとしていても危機は避けられないことを悟ったジュードは、ガールフレンドとともにあてどもない旅に出る。だが、二人の乗った車の背後には、常に得体の知れないピックアップ・トラックが見え隠れしていた……。

Heart-Shaped Box (UK)悪趣味なヘヴィメタ・バンドの生き残りのロッカーが主人公とかいうと、かなり濃いギトギトの話が展開しそうですが、じつのところこの主人公、意外とまとも。ゲテモノのコレクションもバンドのイメージにつられてファンが送ってきたものがほとんどだし、スナッフ・ビデオも、たまたま刑事の知り合いが事件の証拠品を彼なら興味を持つだろうとくれたもの。さらには、貧しい養豚農家の倅が、悪意に満ちた父親にコードを押さえる左手を潰され、左弾きのギターに切り替えた件を聞かされるあたりから、読者は主人公にしっかりと感情移入できる仕組みになってます。

というよりも、Nirvana の何やら不気味な歌から取ったタイトルとか、そこここに AC/DC を初めとするハードロックへの言及が撒き散らされている割には、あんまりロック・ミュージシャンが主人公というあくの強さがないですね。一応プロットに絡めているとはいえ、これが作家が主人公だったとしても違和感がないようなあっさりとした展開です。ということで、ヤナやつが主人公の身も蓋もない物語を予期していたわたしは、いささか肩透かしをくらいました。

アイデア的には、幽霊の眼がマーカーで黒く塗られてたり、幽霊から不気味な e-mail が送られてきたりと、さすがに現代的な扱いが目に付きますが(まあ e-mail はダン・シモンズが A Winter Haunting で使ってたり、結構目にするような気もしますが)、あとは大体おなじみの手法の組み合わせという感じです。クライマックスの幽霊との対決のところで、30年間顔を合わせていない安楽死を待つばかりの父親を使ったちょっと面白いアイデアが出てくるんですが、この場面もどうもスペクタクルに終始して、テーマ的にはうまく片付けられなかったような印象です。

プロットはシンプルなので、たしかに映画には向いていそうな感じですけど、役者で見せるとか、幽霊がらみのシーンの特撮に凝るとか、なにかアクセントを置かないと大した映画にはならないような気もします。まあそのあたりが料理しやすいというか、料理のしがいのある原作といえるかもしれません。ただし、スティーヴン・キングの息子とは知らずに映画化権を買ったというのは、やっぱりセールス・トークでしょう。それほどインパクトのあるプロットとは思えません。

作品自体はなかなかスムーズに書かれていて、デビュー作にしては卒がないとは思いますが、ベストセラー向きとはいえても、文学的といえるほどの奥行きは感じられないですね。メインストリームの読者向けのホラーというのが一番適切かも。鬼畜を期待するハードコアなホラー・ファンには肩透かしなんじゃないでしょうか。長編第1作ということでほんとはもっと思い切った冒険をして欲しかったんですが、とりあえず無難にまとめたということで、次回作では短編の名手といわれているその才能を存分に見せて欲しいものです。

ちなみに、"Best New Horror" という短編を以前読みましたが、ジャンルの読者にはそちらのほうが楽しめる気がしますので、もっとオタクの本性を出してくれればいいんじゃないでしょうかね^^)

以前はかなり渋かったオフィシャル・サイトも、どうも Heart-Shaped Box のプロモーションに借り出されてるみたいです。

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Tuesday, March 13, 2007

Ghostwalk, by Rebecca Stott

Ghostwalkこれはちょっとすごく当たりのような気がするんですけど。

ケンブリッジに住む伝記作家が謎の水死を遂げて、息子と過去に恋愛関係にあった女性作家が、その息子に頼まれて、ゴーストライターとして未完のニュートンの伝記 Alchemist を完成させることになるんですが、執筆のために足を踏み入れた伝記作家のコテージというのが、なにやら怪しいところのようです。どんな幽霊が出てくるんでしょうね。

で、そのニュートンの伝記の中身というのも曲者で、17世紀の錬金術がらみの殺人事件を扱っていて、容疑者はなんとニュートンなんだとか。The Thirteenth Tale といい、伝記作家の受難が続きますが、ひょっとしてかなり危険な職業なんでしょうか。

ま、タイトルに "Ghost" が入っている本は、デイヴィッド・ミッチェルの Ghostwritten といいジョン・ハーウッドの The Ghost Writer といい、大当たりのケースが多いので期待しちゃいましょう。

作者のレベッカ・ストットは英文学の教授だそうですが、美術史や科学史も詳しいようですね。ダーウィンとフジツボの話はともかくとしても、このオイスターにまつわる文化史は面白そうかも。

[追記] こちらに感想上げました。(2007/4/16)

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Sunday, January 14, 2007

"Expiration Date" by Tim Powers (Reprint)

Expiration Dateおぉぉ、ティム・パワーズ・ファンに朗報! 1996年発行で、絶版となって入手困難だった "Expiration Date" が、3月に再版されるようです。

なんかこの表紙を見るとあまり食指が動きませんが(内容と合ってるんでしょうか?)、エジソンの幽霊が出てきて、オマケに(ここ重要!)ルイス・キャロルの『アリス』っぽい遊び心に溢れていると来ては、買わずにはいられませんね。

a nanny mouse さんのオススメでもあるので、詳細についてはお任せしましょう(手抜きの私)。確か "Last Call" の続編だけど、これだけでも楽しめると以前うかがった気がしますが、やっぱり "Last Call" を最初に読んだほうがより楽しめるんでしょうかねぇ。

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