Sunday, August 12, 2007

The Neddiad: How Neddie Took the Train, Went to Hollywood, and Saved Civilization, by Daniel Manus Pinkwater

さてさて、夏ですから夏向きのスカッとした話でいきましょう。

The Neddiadこちらでちょこっと触れましたカメの表紙がかわいい The Neddiad ですが、やはり期待通りの脱力感バッチリの楽しい作品でした。ナンセンスなストーリイ展開ということでは、イギリスのロウル・ダールに対し、アメリカのダニエル・ピンクウォーターここにありといった感じでしょうか。まあダールのシニシズムや、イギリス的ないびりの伝統は微塵も見られず、いかにもアメリカといったおおらかさや、根っ子にある真摯な姿勢がなんとも心地よい作品です。日本ではほとんど無名というのが信じられない、アメリカの秘宝といってもいいんじゃないでしょうか。

時代は 1940年代末から 50年代初頭にかけてでしょうか、シカゴに住む靴紐王ウェントワースステイン一家は、ハリウッドに出来た帽子の形のピザハウスでピザを食べてみたいというネディーの願いに応えて、大乗り気になった父親に率いられてロサンゼルスに引っ越すことになります。大陸横断の豪華特急スーパー・チーフに乗り込み、3日間の旅に出かけた一家ですが、アリゾナで一時停止の際に、ネディーは置いてきぼりにされてしまいます。というのが、駅に隣接したインディアンの民族展示場に見入っていたネディーは、時間の感覚を失っていたのでした。ネディーはそこで、シャーマンのメルヴィンから、笛を吹きながら踊る男が刻まれたカメの形の石を手渡されます。

やむなくホテルに泊まり次の列車を待つネディーですが、街ではウェスタン・カーニバルの真っ最中で、案内されたのはただひとつ残っていたいわくつきの部屋。そう、夜になるとやっぱり出ました、行儀のよい、ベルボーイの幽霊が! とはいえ、姿かたちは少年ながら、死んで 50年経つというこの幽霊、さまざまな宿泊客と出会い、なかなか経験を積んでました。いっぽう、カーニバルでは、ダートオニオン(ダルタニャン)を初めとした剣戟ものの主役で有名な花形役者の息子と知り合いになり、ネディーはこれからロサンゼルスに帰るという彼らの車に同乗させてもらうことになります。一度グランド・キャニオンを見てみたいというベルボーイのビリーも一緒にいくことになりました。

さてさて、グランド・キャニオンを空から眺めようという一行は、小型のプロペラ機に乗り込みますが、そこにはどうしてもパラシュートを身につけていたいといいはる東欧なまりのみょうちきりんな男、サンダー・ユーカリプタスも同乗してました。そして、空の上で、ユーカリプタスはネディーに銃を突きつけ、カメのお守りを奪います。パラシュートを開き、グランド・キャニオンへと消えていくユーカリプタス。はてさて、シャーマンから受け継いだ大事なお守りを無くしたネディーはいったいどうするんでしょうか……。

いやまあ、結末間際まで、少々ナンセンスでスラップスティックな話が進んでいきますので、あんまり心配はいらないんですけどね。ともかく無事にロサンゼルスへたどり着き、家族と再会したネディーは、役者の息子につられてミリタリ調の学校に通い、天然のタール・ピットから現われたサーベル・タイガーやマンモスの骨格に驚き、一見しとやかなお人形さん、じつはカウボーイ役者の父親譲りの親分肌の女の子と知り合いになり、友人のサーカス一座を訪ねたりしながら、新しい仲間たちと共に、カメ石を狙うさらなる悪巧みに立ち向かいます。揃いの黒服に身を固めた恰幅のよい十人組の警官なんていう文字通り人間離れした怪しい脇役も登場しますよ(たぶん他の作品にも出てくるキャラじゃないかと思いますが)。シャーマンのメルヴィンとも意外な形で再会しますし……って、この人、じつはずっと出ずっぱりなんでした^^;

さてさて、カメ石については、お約束どおり地球の運命に関わる重大な秘密が隠されていて、それを受け継いだネディーは、世界の安定を保っているパワーの源の力を借りて、太古の地神を鎮めるというなかなかクトゥルーふう……というよりは、かなりニュー・エイジふうの展開が待っているんですが、ピンクウォーターの場合、じつはお話のまとめの部分はどっちでもいいんですよね。まあのほほんな展開で気ままに寄り道しながら、最後にはきちんとまとめるというのは作者の生真面目さの表れではあるんですが、ピンクウォーターの真髄はほんとは寄り道にあります。このあたりがね~、誰でも知ってるベストセラーにならずに、その素晴らしさを発見した人たちによって支えられたロングセラーになっている原因でしょうね。Lizard Music なんかも、決して有名作品ではありませんが、かなり以前の出版にもかかわらず、絶版にならずに読み継がれているようです。

作者がこの作品で試みたのは、あからさまなメッセージの押し付けではなく、ごくシンプルに、作者が子供時代に好きだったものを、決してノスタルジイではないリアルタイムの視点で綴った、いわばエッセイを物語の形で発展させたものといえるでしょう。そう、50年以上前の風物を描きながらも、作者のワクワク感は今の読者にダイレクトに伝わってくるはずです。いつの時代を書こうとも常に「今」となる、ノスタルジイの通用しない児童書という枠組みがまさにピッタリの作品ですね。そんなあたりが大人が読んでも感心してしまう秘密じゃないでしょうか。

ううむ、暑さでぼけ~っとしてきて、最後のほう、何をいいたいんだか自分でもよく分からない紹介になりましたが、ともかく、のんびりと夏を過ごすには最適の本ですよん^^Y

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Thursday, June 21, 2007

The Keyhole Opera, by Bruce Holland Rogers

The Keyhole Opera2006年の世界幻想文学大賞の短編集部門で、居並ぶ強敵(ケリー・リンク、ジョウ・ヒル、ケイトリン・R・キアナン、ホリイ・フィリップス)を押さえて受賞した作品集ですので、かなり期待してたんですが、どうもいまひとつわたしには合わなかったですね。

フラッシュ・フィクションというよりはもう少し長いんでしょうか、2~3ページのショートショートがメインになるんですが、普通のショートショートの切れ味よりは短編の奥行きを追おうとしたような作品が多く、逆にもの足りないというか、中途半端になっているような印象があります。

全体を Stories / Metamorphoses / Insurrections / Tales / Symmetrinas という、作品の形式別に5つに分けた構成になってるんですが、Metamorphoses と Tales には寓話風の作品が並び、やはり作者の得意とする分野ということになるんでしょうか。2004年の世界幻想文学大賞の短編部門の受賞作 "Don Ysidro" は Metamorphoses に分類されてますが、亡くなった村の壷作りの名人の話を、ユーモラスな民話風の語り口で語った作品で、オチも見えてしまって、どうもこの寓話風の作品群が個人的に合わないようです。

Insurrections には実験的な作品が並ぶんですが、種々雑多なイメージを打ち出してくる作者の才気はわかるものの、基本的に攻撃的な作風ではないので、印象が薄いですね。

Symmetrina というのは作者が発明した形式ということで、前書きでマイクル・ビショップがそのルールを説明してくれてるんですが、なにやらすごく込み入ってます。全体が奇数のセクションで構成され、中央部に長い作品が来て、同じ語数で書かれた部分が対称的に配置され、一人称、二人称、三人称を含まなければいけないというものらしいんですが……実際に作品を読んでみると、なかなかいい形式です。あるテーマに基づいた短い連作短編の趣で、盛り上がりの部分と中休みの部分が適切に配置され、鏡対称の部分が時によりパロディとして働いたりして、呼応・対称がうまく生かされてます。

作品集の最後に置かれた "The Main Design That Shines Through Sky and Earth" というこの symmetrina の作品は、一番長い作品でもあるのですが、これはさすがに読み応えがありました。「教えること」をモチーフにした様々な状況を描いた掌編が、生で始まり、途中から徐々に忍び込む死のイメージに置き替わりながらも、決して暗くない死のエピソードで終わる組曲の形式は、たしかに傑作といえます。作者の特長をうまく盛り込んだ作品でもありますし。

この他、特別な形式に属さない Stories に分類された中で、菓子のレシピの中に恋人の裏切りに対する不満がぶつぶつと挿入される "Lydia's Orange Bread" というごく短い作品と、リルケの詩に対する講演を依頼された詩人が、分析的な講義を行いながらも、最後には生(なま)の感情に立ち戻る、メタフィクションの逆を突いたような "The Minor Poets of San Miguel County" が、作者のユーモラスな面とシリアスな面を代表するような秀作でした。まあ1冊の中にこれぞという気に入った短編が3編あったというのは、そう悪い確率ではないのかもしれません。

作者のブルース・ホランド・ロジャーズは、2002年以来購読者に e-mail で短編を配信する活動を続けてますが(これもメール・マガジンっていうんでしょうかね)、興味のある方はこちらへ。サンプル・ストーリイも提供されてます。

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Monday, June 18, 2007

Gradisil, by Adam Roberts

Gradisil (US)一癖も二癖もある作家が揃ったイギリスのSF界ですが、その中でもアダム・ロバーツはひときわ目立つ存在ですね。コマーシャルな作品を書けば絶対売れるだけの筆力を持ってるのに(まあ相変わらずユーモアもののパロディは続けてますけど)、シリアス路線のほうでは絶対にストレートな作品は書きません。個人的にはイギリスのロバート・チャールズ・ウィルスンといえるかなとは思ってるんですが、ウィルスンの設定をもっとヘンテコにして、登場人物のエクセントリシティを極限まで上げたような作風ですんで、う~ん、処置なしかも(笑)

真面目な話、イギリス勢ではジャスティナ・ロブスンとこのアダム・ロバーツはそろそろ本格的に邦訳されるべき作家だと思ってますので、これぞという作品を出して欲しいんですけどね、ロバーツったら、またやっちゃいました。面白いんですけど、なかなか一般的な評価に乗らないような作品。政治色の強さでは、最初の長編の Salt に一番近い感じでしょうか。

Gradisil (UK)Gradisil は、地球の磁界を利用して、低周回軌道の宇宙空間へ乗り出した人々の物語。地球の周回軌道を離脱するにはロケット・エンジンの推進力が必要なわけですが、とりあえず宇宙空間に出るだけなら、磁界を上手く利用すると通常の飛行機とほとんど変わらないような装備で実現できるそうなんです(このあたりの技術的裏付けは全くわかりませんけど)。

第1部はその先駆者の物語。資金を提供してくれた女テロリストを匿ったために殺されてしまった父親の復讐に取り付かれた娘クララを中心に、いかに低周回軌道がコロナイズされていったかが描かれます。いうなれば宇宙のトレーラー・ハウスの集落に、様々な理由で地球を逃れてきた人々が寄り集まった状態ですね。典型的なアナーキストの寄せ集めです。

メインとなる第2部は、クララの娘グラディシルが、「ソル」(solidarity = 連帯)と呼ばれるようになったコロニーの資金力に目をつけて、傘下に置こうと戦争を仕掛けてきたアメリカと、いかに対峙して独立を守り通すかという展開になります。軍事力もなく、アナーキストとして団結力にも欠けるソルがいかに大国をいなすかという構図は、Salt でも見られたものですね。小技を上手く積み重ねながらドラマチックな展開を用意した作者の腕の見せ所です。

コーダとして置かれた第3部はグラディシルの息子を主人公にしたエピソードですが、種明かしになりますので内容には触れないでおきましょう。ちなみに「グラディシル」は、コロニーを生命の木イグドゥラシルに見立てた音韻変化です。

相変わらずSF的アイデアにこだわり、決して隠し玉を使わずにフェアに手札を並べて、しかも読者の思いもよらなかった結末を提供し、叙述スタイルにも工夫を凝らしながら、SF的にもストーリイ的にもきちんと納得させて、なおかつアンバランスな奇妙さを読後も持続させる手腕は、う~ん、やはりアダム・ロバーツ的というしかありませんね。(ちなみに今回の小技では、第2部では "black" などの "c" を省略して "blak" と表記し、第3部では "-ing" などを "n" と "g" を重ねた発音記号に使われる記号で表記して違和感を助長してます。)

までも、今回も癖が強すぎるので、邦訳には向かないかもしれませんね。可能性が高いのは、やっぱりまともなSFに一番近い Plystom でしょうか。まああれもヘンといえばヘンですが……。ううん、プッシュしてるんだか足を引っ張ってるんだか分からなくなってきましたけど、Polystom はなんとかしましょうよ。

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Sunday, June 17, 2007

The Black Book of Secrets, by F.E. Higgins

The Black Book of Secrets他の本を探してたら落ちてきたんで、去年の12月に出た本をいまごろ読んでました。アマゾンの読者評の数とか見ると、Waterstone's の読者賞の候補に上がりながらも、流行には乗れなかったようですが、これはかなりの傑作。ヘンテコなアイデアと歯切れのよい語りともども、なんとも気に入りました。

出だしからして、皮の拘束帯の付いた拷問椅子を前にした少年の恐怖から始まるんですが、これが歯医者の治療椅子。なんだ、虫歯の治療かと思いきや、酒代の足しにと、両親が息子の歯を売り飛ばそうとしているんでした^^;

ということで、ただ City とのみ呼ばれる街からほうほうの体で逃げ出した主人公のラドロウ・フィンチは、手近な馬車に忍び込み、ペイガス・パーガスの村へと逃げ込んだところを、村にやってきたばかりだという質屋のジョウ・ザビドゥーに拾われます。スリ以外にも、文字を書ける才能を見込まれて、ラドロウは弟子として働くことになるのでした。

しかしながら、このザビドゥー、ただの質屋とは違って、ガラクタでもなんでも引き受けた上に、村人の秘密の告白を高値で買いとって、ラドロウに「秘密の黒い本」に記載させるのでした。生めた死体を夜中に掘り返して売りさばく墓堀人夫、父親をネズミのパイで殺してしまった肉屋、ミス・プリントのある稀覯書を老婆を殺して奪ってしまった女書店主……。とはいえ、ほとんどの犯罪は、高利で村人を搾り取る、吝嗇な地主ラチェットに弱みを握られ、やむにやまれずのことでした。

ということで、ラドロウの大げさな手記を挟みながら、犯罪交じりの胡散臭いエピソードが続き、当然のことながらザビドゥーとラチェットの対決へと話は向かうわけですが、なかなか捻りが利いてますね。そもそも、ザビドゥーの正体は何なんでしょう? いったい何を狙ってるんでしょうか?

ま、暗いユーモアの利いた話は、けっして説教臭くないモラルを秘めて、少々デウス・エクス・マキナの結末が用意されてるんですが、ここまで個性的なストーリイでまとめてくれたら十分満足ですね。息抜きの穴の開いた棺桶を頼まれた葬儀屋の告白とか、どこかで読んだような気もしますけど、なかなか気の利いた短編ミステリになってますし。

時代設定は具体的にされてないので、街の描写とかディケンズふうの雰囲気はありますけど、公開絞首刑をみんなで見物なんていうシーンもありますので、ヴィクトリアーナといってしまうには無理があるかも。

F・E・ヒギンズとイニシャル表記になってますが、フィオナさんということで女性の方ですね。Montmorency のエリナー・アップデイルのライバルになれそうな、ジョーン・エイキンの後継者がまたひとり増えたようで、うれしいですね。

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Saturday, June 16, 2007

Nova Swing, by M. John Harrison

Nova Swing海辺の街、サウダーデ(Saudade)の一角にある寂れたバー「黒猫白猫」では、人生を持て余しているかのような不景気な客がたむろしていた。時たま客が訪ねてくるツアー・ガイドの男、太りすぎた自称船乗り崩れ、そして、チンピラ船乗りの愛人を亡くして以来、ひとりで店を切り盛りしている女将。倦怠と、距離を置いた人肌の温かさが漂っている、どこにでもあるような店である。

とはいえ、海辺の街とはいえ、ここはケファフチ宙域の帯状に延びた特異点に沿った「ビーチ」にある惑星のひとつ。前作 Light のK-シップのパイロット、エド・チャイアニーズの出身地でもある。だから浜辺には、裸の特異点が吐き出したいつのものとも知れない異星人の遺物や、目的不明の物体が流れ着く。奇妙な光りに満ちた空間自体も特別な性格を帯びているために、それを目当てにやってくるツアー客を当て込んだガイドも成り立つわけだ。

ひとりの旅行客がガイドのヴィック・セロトニンを目当てにやってくる。だがこの女、過去の記憶がなく、自分が何を探しているのかわからないというのだ。一方、ヴィックが見つけた奇妙な物体、時には生物、時には石にと姿を変える拾得物は、金になることなら何にでも手を出すヤクザ、デラードの目を引く。ヴィックの頼りは、度重なる異空間踏査で体を壊し、今は寝たきり状態の先輩の宝探しだった。特に踏査の状況を詳細に綴った手記を、なんとしてでも手に入れたいところだ。

一方、空間の異変に警戒してしている警察の一部門 Site Crime の面々は、ツアー・ガイドや宝探しの動きに常に目を光らしていた。閉所恐怖症の妻を殺されたことが今でも心の傷になっているアルバート・アインシュタインそっくりの刑事レンズ・アシュマンは、凄腕の女刑事の助手にピンクのキャディラックを運転させながら、特にデラードの動きに警戒していた。空間から現われるものが、最近では物質だけでなく、特殊なアルゴリズムや生物が混じっている節があったのである。

ということで、様々な登場人物の思惑が、この特殊な浜辺を背景に絡まりあうわけですが、ノワールの舞台設定で始まりながらも、意外にも、それぞれのしこりをほぐしながら、明るい展開に向かいます。3つのストーリイ・ラインで複雑に構成されたアドベンチャーものの形式を取った Light とは、ずいぶん異なる形式です。続編というよりは、背景世界とアイデアを踏襲した姉妹編というべきかもしれません。

とういうのが、メインになるのが登場人物の「動き」ではなくて、あくまでこの世界の雰囲気や情景なんですよね。まあロス・トーマスのユーモアのトーンを少し落としたような極上の文章で語られる少々メランコリックな物語は、その世界に浸っているだけでも幸せ~という感じではあるんですが、クライマックスを迎えた後のコーダの部分、映画で言えばエンドロールが、甘く延々と続くのには正直戸惑いを覚えました。なんともバランスが悪いんですよね。読み終わってもなんだかキツネにつままれた気分。

が……。

後記の部分を読んでハタときました。知り合いのルイス・ロドリゲスの名前が出てきたので目が行ったんですが、M・ジョン・ハリスンはルイスに、"saudade" というポルトガル語を教えてくれたことに対して感謝しているんですね。

そう、街の名前として使われていた Saudade、じつは、他のどの言語を探してもこの言葉にぴったり来る訳語はないそうなんですが、「愛おしさをまじえた思い」ということで、懐旧の念にも、遠く離れた思いにも、手の届かない憧れにも、愛惜の念にも使われる言葉とのこと。長いエンドロールは、saudade の物語にはちょうどぴったりの長さなのでした。

SFの醍醐味では Light に一歩を譲りますが、イギリスSFには珍しい明るい結末の、姉妹編としてふさわしいチャーミングな作品です。クラーク賞受賞もむべなるかな、ですね。

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Monday, June 11, 2007

The Court of the Air, by Stephen Hunt

The Court of the Airこちらで Lilith さんが紹介していた本ですけど、わたしもそれなりに期待していたんですが、う~ん、なんか物語の書き方を教えてやりたくなるような本でした。

ジュール・ヴェルヌふうののどかな表紙はかなり偽物で、気球はほとんど活躍しないし、そもそも設定がバリバリのスチームパンクなんですよね。ま、そのあたりは問題ないし、最初の 100ページほどはパルプを模した速い展開でなかなか期待を持たせるんですが……。私娼窟に売られた孤児の少女、ところが最初の客は彼女を狙う殺し屋で……。一方、叔父の家に身を寄せる気球の事故の生き残りの少年は、一家皆殺しの目にあって気球乗り崩れと逃亡する羽目に。

じつは、空を制することで周囲からの攻撃を防いでいる民主的な国家ジャッカルのまわりでは、様々な悪巧みが渦巻いていて、隣の国ではバイオ兵器を研究しているし、ジャッカルの地下では昔の帝国がカルトな指導者の下息を吹き返しているしで、上空から下界を見守る空の宮廷の面々も気が気ではありません。でまあ、少女と少年の主人公が蒸気機関人やカニ少女などの助けを得ながら悪巧みと戦うことになるんですが……。

問題は、100ページを越えたあたりから、完全に同じことの繰り返しの金太郎飴状態になってしまうことなんですよね。主人公を初め様々なキャラクタを用意しながらも、ほとんどこれといった活躍もしないし、ストーリイのメリハリも何もあったもんじゃありません。

作中ではパルプ小説が大きな機能を担っていて(この作品の中では penny dreadful)、みんなが三文小説で世間の動きを追っているという設定なんですから、作者もパルプ小説に倣って、一定のリズムで山場を用意して話を進めていく手法を身につけたほうがいいんじゃないでしょうか。

The Somnambulist はパルプのパロディをやって成功した例だと思いますが、こちらのスティーヴン・ハントさんはパルプを意識しながらもパルプの何たるかを全く理解していないとみました。書き方によってはそれなりの作品になったんじゃないかと思うんですけどね。残念でした。

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Monday, June 04, 2007

HAV, by Jan Morris

HAV地中海に面したちっぽけな半島に位置する都市国家、ハヴ。もともとはギリシャ人が住んでいたらしいが、長らくトルコの支配下に置かれ、様々な民族が出入りし、マルコ・ポーロが訪れた頃には、中国人の建てた楼閣もお目見えしていたという。

その後イギリスの監視下に置かれ、革命期のロシアの脅威にさらされ、ドイツにも目を付けられていたが、交易路として栄えた昔や、戦時下の要衝としての位置付けはともかく、塩の輸出ぐらいしか経済的価値のない現在では、ほとんど忘れ去られた国と化していた。

往時のハヴは様々な有名人が訪れていたんですけどね。トルストイやディアギレフにニジンスキー、ヘミングウェイが注文したカクテルはいまでも飲めるし、ヒトラーもお忍びで偵察に来ていたという噂もあった。

さて、空港さえなく、あるのは鉄道と海路のみというハヴを、イギリスの有名な旅行記作家ジャン・モリスが訪れたのは 1985年のこと。内乱の勃発により中断されるまで、6ヶ月にわたって滞在した彼女が書き綴った、貧しいけれども自分たちの歴史や習慣、日々の生活に誇りを持って暮らしている様々な階層の人々の物語は、Last Letters from HAV という旅行記にまとめられ、ブッカー賞の候補にも上った。わたしもハヴを訪れてみたいという読者は引きも切らなかったという。

……って、ブッカー賞って、フィクションの賞じゃないですか。そう、小説とはどこにも明記されてなかったんですが、これは架空の国ハヴを舞台にしたフィクションだったんですね。あちこちの欧州の都市から借りてきたような、虚実の入り混じった微妙にノスタルジックで時としてユーモラスな物語は、イタロ・カルヴィーノの世界というよりは、アヴラム・デイヴィッドスンの The Phoenix and the Mirror に出てきた架空地中海史の世界とか、レーナ・クルーンの虫の国滞在期 Tainaron を思わせるようなところがあります。リッキ・デュコルネの偽史・偽博物誌にも通じますかね。

さて、時は下って 2005年、ジャン・モリスは再びハヴを訪れます。空港も出来、高層ビルが建ち、ビーチ・リゾートとして生まれ変わったハヴは、昔の町並みも姿を消し、人々の意識も変わり、厳しくなった警戒の中、モリスの滞在は6日間で中断されます。ハヴを覆っているのは、21世紀の現実でした。ということで、新装版として HAV のタイトルで 2006年に出版された作品には、20年後の章が 100ページほど追加されてます。ただし、この追加によって、この作品の意味は大きく変わってしまったといっていいでしょう。このあたりの経緯は以前にも触れました

たまたま両方の版を持ってましたので、Last Letters from HAV と、20年後の HAV of the Myrmidons を別の本で読むことになったのですが、できれば続けて読まないことをお薦めします。暗いトーンで終わるとはいえ、ある種ルリタニアものの趣を有する HAV の世界を、すぐに現実のしがらみで消し去ってしまうのはなんとももったいなさ過ぎます。作者がここに二重の意味を込めたのは十分理解できますが、それは20年というギャップがあってこそのこと。2冊に分けて出版したほうがよかったかもしれませんね。

じつはこの作品、昨年他界した知人が大好きな本の1冊として上げていたものでした。彼は追加の章、読んでないんですよね。

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Thursday, May 24, 2007

The Somnambulist, by Jonathan Barnes

The SomnambulistThe Somnambulist、読みましたが、これがなんとも意外な面白さ。文学的メリットのまるでない全くのナンセンスで、とうていあり得ないようなうそくさい登場人物による複雑怪奇な話で、いかにも素人くさい文章で書いてあるし誰も信じないだろうと語り手自身がいってるくらいですから、いちおうミステリの形式を取ってはいるもののやってることはかなり無茶苦茶。けど、ヴィクトリア朝末期の三文小説の体裁で書かれた物語は、展開を追ってるだけで美味しいです^^)

自前の劇場で奇術を見せているエドワード・ムーンは既に盛りも過ぎて、片手間の探偵家業も最後の事件に失敗してからこれといった依頼人もない。相棒の大男 Somnambulist(夢遊病者)と興行を続けてはいるものの、最近は客の反応もいまひとつの状態。この夢遊病者というのが得体の知れない男で、8フィートを超える巨漢ながら口にするのはミルクばかりで、口が利けずに石版を使って簡単なやり取りをするのみ。そのくせ、剣で刺されようが何をされようがその体には傷ひとつ残らず、時にはムーンのボディ・ガードも務めるという設定。

そんなムーンに馴染みの刑事から、久々の事件の依頼が舞い込んでくる。ビルから落ちて死んだあるシェイクスピア役者の死因に、不可解な点があるというのだ。調査を進めていくうちに、さらにもう一人犠牲者が出る。こちらの犠牲者は死ぬ前に「蝿男……」の一言を口にしていた。フリークを専門とする私娼窟に出入りしていたムーンは、そこである旅のサーカス一座に蝿男がいることを聞き出し行方を追うが、ムーンに追われた蝿男はビルから飛び降り、自らの命を絶った。

事件は解決を見たように思われたが、それはムーン自身をもターゲットの一つとした、本当の事件の始まりに過ぎなかった。アルビノのリーダーに率いられた Directorates という政府の秘密組織は、女降霊術師が10日後にロンドンにロンドンに降りかかると予言した未曾有の危機に対し、渋るムーンを動員しようとする。劇場を焼き討ちされたムーンは、嫌々ながらも協力せざるを得なかった。

ということで、詩人コウルリッジの遺志を継いだカルトの地下組織が、あっと驚く悪巧みを画策してるんですが、この作品の面白さは、章が変わるたびに得体の知れない登場人物が次々と登場してくるところですね。未来の出来事を知っていて、時間を逆に生きているらしいマーリンのような男とか、ムーンの昔の相棒で、警戒厳重なニューゲートに監禁されていながら闇の動きは何でも知っているハニバル・レクターのような囚人、ロシアが放った凄腕の暗殺者など、他にも伏せておいたほうが楽しいキャラクタが満載です。伝説のロンドンの最初の王ラッドの石像なんていうのも掘り出されてきますし。

正直ムーンや夢遊病者がごくまっとうな登場人物に見えてくるくらいですね。いちおう夢遊病者の正体らしきものは最後には明かされますが、あれは明かされたっていうんでしょうか。本人が明言しているくらいとっても信頼できない語り手の叙述上の仕掛けも、意外な形で種明かしされるというおまけもついてます。

プロットは複雑怪奇に紆余曲折して楽しませてくれるんですが、結末はもうひとひねりあってもよかったかもしれません。まあ、なんじゃこれっていうキャラクタによるヘンテコなエピソードが次から次へと続きますので、これ以上の贅沢はいらないかもしれませんが。女王が亡くなってすぐの時代という設定のようですので、ほんとうはエドワード朝ものというべきかもしれませんが、このカラフルさはヴィクトリア朝に分類しても不都合はないでしょう。

この作品はジョナサン・バーンズのデビュウ作ということですが、Times Literary Supplements でレヴュウなんかもやってる人みたいですので、けっこう英文学の専門家なんでしょうね。SF作家のアダム・ロバーツが、19世紀英文学の教授として宣伝文句を寄せていますが、嘘ではないとはいえこれもパロディですね~^^) 次作が楽しみな作家が登場しました。

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Tuesday, May 22, 2007

Water for Elephants by Sara Gruen

Water for Elephantsこの本、今、BookSense.com でベストセラーに挙がっています。Amazon US では、#15。表紙を見て、テントの中に何があるのかと気になってはいたのですが、サーカスのことだし、もしかしたらおどろおどろしい話なのではないかと敬遠していました。でも、読んでみたら素っ気ないくらい胡散臭いところがなかったので、ちらりとご紹介。

プロローグ:大恐慌の嵐が吹き荒れる1932年アメリカ。サーカス団 “The Benzini Brothers Most Spectacular Show on Earth” の動物係ジェイコブがテントで遅い昼食をとっていると、『星条旗よ永遠なれ』が響き渡る。仲間うちで “Disaster March” として知られている曲だ。動物たちが檻から逃げ出し、団員、観客が騒然となる中、ジェイコブはマーリーナと象のロージーを必死に探す。やっと見つけた彼の目に映ったのは、「彼女」が動物使いのオーガストの頭上に鉄杭を振り下ろす姿だった。

*****

時は現代。90歳か93歳(本人も定かではない)になったジェイコブのいる老人養護施設の隣に、移動サーカスがやってくる。ジェイコブの頭脳は未だ明晰だが、いつか無表情の呆けた連中の一人になるものと内心恐れている。看護婦たちも入所者全員を老人集団としてしか見ない。おきまりの離乳食もどきの食事をとっていると、新入りの元法廷弁護士が「昔、よく象に水を運んだものだ」と自慢し、ジェイコブと口論になる。結局、ジェイコブが喧嘩を売ったということになり、彼は自室に軟禁されてしまう。だがこれがきっかけとなって黒人の看護婦ローズマリーがジェイコブの人間性に気づき、二人の間に心が通い合うようになる。

*****

1932年、23歳のジェイコブはコーネル大学で獣医学を学んでいた。最終試験が終われば資格がとれるというとき、両親の事故死の報が入る。この瞬間、彼は親も家も財産も、すべてを失ってしまう。家が抵当に入っていたのは、獣医だった父親が、不況に喘ぐ畜産農家を助けるため報酬を麦や野菜などの現物で受け取りながら、ジェイコブをアイビー・リーグの一流大学に通わせていたためだった。呆然としたジェイコブは、最終試験を白紙で提出したあと、あてどなく歩き回り、たまたまそばを通っていたサーカスの列車に飛び乗ってしまう。放り出されそうになる彼を助けてくれたのは、年老いたアル中の男、キャメルだった。

獣医学の心得があることがわかり、ジェイコブは興行主のアンクル・アルに雇われる。口添えしてくれたのは、魅力溢れる動物使いのオーガストだった。アンクル・アルの野望は、一流のリングリング・サーカスと肩を並べること。大恐慌の最中、各地のサーカス団が潰れるたびに、目ぼしい団員や動物を買い取り、彼のサーカス団はどんどん大きくなっていた。一方、ジェイコブは、オーガストの非常にチャーミングな面と冷酷な面の二面性に翻弄される。オーガストには動物のショーの主役を務めるマーリーンという若く美しい妻がいて、ジェイコブは彼女に強く惹かれるが……。

というのが冒頭部分で、老人介護施設にいる現在の主人公と、1932年の主人公の話しが平行して進んでいきます。90歳を超え、誰にも理解されず、檻の中の動物のように軟禁状態にあるジェイコブの反骨精神とユーモアはなかなか楽しめます。

もちろん主体は1923年側にあり、印象に残る登場人物(成り上がり興行主のアンクル・アル、統合失調症のオーガスト、薬物中毒にかかるキャメル、同室になる小人のウォルター、ウォルターの愛犬クィーニー、そしてもちろん、マーリーンと、半ばあたりから登場する象のロージーなど)が沢山でてきますが、こちらの方は、綿密な調査に基づいて描かれた世界であるとはいえ、ちょっと甘いかな、という印象が残りました。

たとえば、団員に恐れられている人減らしの手段に、走行中の列車から突き落とす「レッドライティング」という非人間的な行為があります。当時実際に行われていたのは事実なのでしょうが、小説の中では、人は落命しても、ペットは運命をまぬがれるのです(この犬は前にも助かっている)。私もふだん小説の中で動物が犠牲になると悶々としてしまうのですが、ちょっと安直に話を進めすぎなんじゃ、と思われたところです。(全然関係ないけれど、かつてリーバス警部が付き合っていた女医と別れた原因も、リーバスが猫の出入り口のロックを外し忘れたため、女医の飼い猫が家に入れず、犬だか狐だかに惨殺されてしまったためでした。リーバスと女医の件はそっちのけで、しばらく悶々としたものです)

 このような印象はほかでも多々受けました。作者は当時のサーカスの状況を綿密に調べたと言っていますが、最初に物語りがあってリサーチを行ったというよりも、最初にリサーチをして、事実が生かせる物語をでっちあげたという感じ。煎じ詰めれば、勧善懲悪のハッピーエンドの物語なので、そこがちょっと物足りない。人生の悲哀の部分(きっと当時のサーカスはもっと悲惨だったはず)を切実に描いて読者の涙を振り絞っておけば、もっと厚みのある小説になっていただろうな、と残念です。アメリカでベストセラーになっているのは、国民性かもしれませんね。イギリスでの反応はイマイチみたいです。

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Wednesday, April 25, 2007

The Raw Shark Texts, by Steven Hall

The Raw Shark Texts (uk)以前なにやらヘンテコそうということで取り上げた作品ですが、すごく評判になってるみたいですね。既に30カ国に売れたということですので、おそらく日本も入っているんでしょう。映画会社4社が争って、ニコール・キッドマンが直々に電話して交渉したそうですけど、主人公を女性に変えることに拘ったため、別の映画会社に決まったんだとか。31才の作者スティーヴン・ホールのデビュー作ということで、なんとも期待を持たせます。

が……。

いえ、面白いんですよ。ほんとに「マトリックス」と「ジョーズ」と「ダ・ヴィンチ・コード」と「メメント」と『紙葉の家』みたいな話で、作中でも作者が言及しているように、ポール・オースターや村上春樹やデイヴィッド・ミッチェルや山のように出てくるポスト・モダンの作家の影響があるんだろうな~という書き方ですし。決して評判倒れということもなく、誉めてる書評もかなりありますし、アマゾンの読者評とか見ると英米どちらも絶賛している人がかなりいるようですし。

問題は、これほど話題になっていなければ単に面白いと言い切って済ませられるんですが、それほど評価される作品かということになると、釘を刺したくなるところがたっぷり出てくるんですよね。特にこの Independent の書評にはカチンときました。

"This is a literary novel that's more out there than most science fiction."

"The Raw Shark Texts is, for once, a novel that genuinely isn't like anything you have ever read before, and could be as big an inspiration to the next generation of writers as Auster and Murakami have been to Hall."

一体この人普段何を読んでるんだろうと勘ぐりたくなりますが、『ダ・ヴィンチ・コード』の愛読者ならともかく、このマット・ソーンって人、ブッカー賞の候補にもなったことがある作家なんですね。こういう間の抜けた人に公の場で書評なんかさせちゃいけませんね~。これじゃまるで斬新で中身のある作品だと読者が誤解しちゃうじゃないですか。

実際はアイデアの組み合わせと展開がごくごく楽しいので、それだけで十分元は取れるんですが、文章が『ダ・ヴィンチ・コード』よりはちょっとましな程度のありきたりのもので、平板なキャラクタに結末も完全に読めちゃうクリシェなので、正直スリルにもドラマにも乏しいです。色々なアイデアやタイポグラフィーの遊びの部分も、楽しいだけでテーマには直結しない底の浅さが見え見えで、ちょっと知的興奮というのもはばかられますね。ということで小説の部分はごくごくデッドでフラットです。

軽いパズルを組み合わせたような構成といい、もったいぶって書かれている割にはおバカなコメディとして読めちゃうところといい、『ダ・ヴィンチ・コード』的ともいえますので、もしわたしが帯に推薦文を書くとしたらこんな感じでしょうか。

バカでも読めるエス・エフ・ライト(コオロギの合唱付き)

ううむ、だれも使ってくれそうにありませんね^^;

いやまあ、これだけではあまりにも無責任ですので、内容紹介しておきます。

The Raw Shark Texts (us)自分が誰なのか、どこにいるのか、全く思い出せない主人公は、記憶を失う前の自分だと名乗るエリック・サンダースンの手紙を頼りに、心理学者を訪ねます。ことの真相は、2年前にギリシャのナクソス島で恋人のクリオを亡くしたことが心理的要因となり、エリックは11度にわたる記憶喪失を繰り返したというものでした。心理学者は、回復の妨げになるため、過去の自分の書いたものは何も読まないようにと釘を刺します。

しかしながら、エリックからの手紙は続き、主人公は記憶喪失の本当の原因を知ります。それは、純粋に概念上の存在である魚ルドヴィシアンが、主人公の記憶を食べてしまったというものでした。人間関係や因果関係の流れを住処とした海洋生物には色々なものがありますが、ルドヴィシアンは特に性質が悪く、一度襲った人間を自分の縄張りと見做し、記憶をすべて食い尽くすまでいつまでも付けねらいます。

そのとき、テレビのホワイトノイズに何かがボンヤリと浮かび上がってきます。じっと見ているとそれはこういう映像になり、突然巨大なものが飛び出してきました。思考のサメとの最初の遭遇でした。

エリックの手紙には、自分の思考を外に漏らさないための「サメ避けの檻」の設定方法が書かれていました。それは部屋の四隅に互いに関係のない話者のテープを再生したディクタフォンを置き、非分散型の概念ループを構成するというものでした。また、様々な思考の記述された本を自分の周りに積み上げることや(これうちでもやってます^^)、たくさんの手紙を持ち歩くことにも効果がありました。

また、エリックからは、電球と、その点滅を記録したビデオ・テープも送られてきます。サメに感知されないように、モールス信号と QWERTY キーボードのキー配列を組み合わせた暗号によるメッセージは、クリオとの思い出を綴ったものでした。

一方、ルドヴィシアンから隠れているだけでは限度があることから、思考のサメについての権威であるフィドラス博士を探し出し、助けを乞うことが急務でした。主人公は、イギリス各地の図書館を巡りながら、お目当ての書物に書き込まれた暗号を探し出し、非空間(Un-Space)のどこかに潜んで研究を続けているという博士の足取りを追います。非空間とは、廃道や空き家、下水道、壁の中の空洞など、使われていない空間の総称でした(一時流行ったトマソンみたいなもんですかね)。

その間にも危機に遭遇した主人公は、非空間について詳しいという少女スコットに助けられ、大量の本や電話帳のバリアにより防御された地下の迷宮へと降りていきます。スコットは、マイクロフト・ワード(Mycroft Ward)という、人々の意識をプロセッサとして増殖し続ける知生体に犯されていて(笑)、そこからの解放を模索していました。

ということで、クライマックスはもちろんサメ退治ですよ^^)

いやまあこの概念上のサメから派生するアイデアの数々には狂気、いえ凶器、じゃない、狂喜しちゃいますね。もうこのおバカなエスカレーションだけでも十分なんですが、所々にタイポグラフィーでの遊びが顔を出します。圧巻はやっぱり50ページほどを無駄に使ったタイポグラフィーのサメのパラパラ漫画でしょうか。

ただしまあ冒頭のディックふうのアムネジアな展開もいまひとつ不安定感が足りませんし、主人公のロマンスもチープですね。だから主人公がぜんぜん可哀想じゃないんですよね。サメの登場にもこれといったスリルはありませんし。今風の情報技術を取り入れてはいても、メインのアイデアの部分は、タイポグラフィーの遊びも含めて、アルフレッド・ベスターの『分解された男』と Golem 100 から借りてきたみたいな感じですし。ニール・スティーヴンスンの『スノウ・クラッシュ』にも通じるところがありますが、あれほどプッツンじゃないですしね。ということで、マット・ソーンさん、このあたりはお読みじゃないんでしょうね。

作品の全体的な印象はジャスパー・フォードの『文学刑事サーズデイ・ネクスト』に近いものがあるんですが、メイン・プロットに一本筋が通っている代わりに、サーズデイ・ネクストの気紛れな面白さや、キャラクタの魅力がないですね。正直言って見劣りします。『不思議の国のアリス』もベースにはあるかと思いますが、これはわざわざ取り上げるほどでもないですかね。

ということで、アイデアの部分で楽しめれば十分という人には強くお薦めしますが、やっぱり中身がないとという人には、トム・マッカーシイの Remainder の方をお薦めしたいですね。読むのが面倒という人は映画を待つのが一番かも。活字のサメなんて、脳内映像だけでも楽しそう。う、あんまり考えると危険かも^^;

プロモーション用に色々なサイトが立ち上がってますので、興味のある方はどうぞ。

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Sunday, April 22, 2007

End of the World Blues, by Jon Courtenay Grimwood

redRobe の頃はガジェットたっぷりの派手なアクションSFだったので何も考えず楽しめましたが、《アラベスク》3部作以降のジョン・コートネイ・グリムウッドにはそれなりの読み方が要りますね。なんせあからさまなSF的要素は背景に追いやられて、一見ごく現実的なスリラーが展開するんですから、ストレートなSFを期待すると面食らいます。「SF」を取っ払ってノワールなアクションものといってもいいくらい。とはいえ、現実の「現実」とは微妙に肌合いの異なるグリムウッドの作品世界は、語られる物語と登場人物に寄り添うように微調整され、独特の美意識に満ちています。10年ほど未来の日本とイギリスを舞台に取った今回の作品も例外ではありません。

End of the World Blues (UK)スナイパーとしてイラクに派遣され、誤って子供を射殺してしまったキット・ヌヴォーは、シェル・ショックに苛まれながら、脱走兵として日本に逃れ、15年後の現在、六本木の片隅で暴走族や不良外人相手のアイリッシュ・バーを開いている。新進の陶芸家として脚光を浴びつつある日本人の妻ヨシは、縄で縛られる痛みをインスピレーションの源としているという奇妙な性癖を持っていた。一方、英会話学校の講師をしていた縁で今も個人教授が続いている大手デベロッパーの社長夫人とは、数ヶ月前から不倫の関係にあった。

ある夜、密会の帰りに、銃を持った暴漢に襲われたキットは、その危機を突然現れた少女に救われる。暴漢の脳を象牙の串で貫くと同時に、左手のナイフが無意識に心臓を抉っていたというゴスのコスプレに身をかためた少女は、レディ・ネクと名乗った。その寂しげな様子を案じて時々コーヒーを飲ませたことがある、高校生と思しきストリート・キッドだった。

猫のように親しみを見せるかと思えば、一転して自分の世界に閉じこもる少女は、実際に自分の世界を持っていた。この世界では、一族を皆殺しにされ、持ち出した 1,500万ドルの金をコイン・ロッカーに預け逃げ惑う15才の高校生ニジエだが、遥か未来の世界の終わりでは、「ネコ」と「ニク」からその名を得たレディ・ネクとして、地球に繋ぎとめられた宇宙のハビタット「縄の浮世」に住む、支配者階級の一員だったのだ。人類のほとんどが宇宙へと去り、今は難民収容所として使われている地球は、監視役の6大ファミリーがコントロールする紗のスクリーンによって、辛うじて太陽の放射で焦土と化する運命を免れていた。

キットが持ち去ったナイフをアイリッシュ・バーに取りに行ったネクは、その夜、爆発に巻き込まれる。バーは焼け落ち、ヨシは死んだ。病院で意識を取り戻したキットは、病院の持ち主でもあるデベロッパーに、日本は君にとって安全な場所ではなくなったと告げられる。一方、退院したキットを、ひとりの老婦人が待ち受けていた。十代の頃のバンド仲間、メアリの母親、ケイト・オハラだった。

キットはもう一つのトラウマを抱えていた。メアリはもうひとりのバンド仲間、ジョシュの彼女だった。だが、キットはメアリと寝て、ジョシュはバイクの事故で死んだ。イラクへの派兵に志願したのも、それが理由のひとつだった。ケイトは、半年前にメアリが遺書を残して乗っていた船の上から消えたことを告げる。だが、彼女は、メアリの死を信じていなかった。そのため、犬猿の仲にもかかわらず、キットにイギリスに戻って真相を探れというのだ。キットには断る余地はなかった。ケイトはアイルランドの海賊の末裔で、イギリスの犯罪組織のボスだったのだ。

一方、ファミリーが所有する地上の城シュロス・オメガに戻ったレディ・ネクは、真珠貝から進化したと思しきシュロスの意識に、実体化するための体を要求する。だが、もともと気紛れとはいえ、今日のシュロスの様子はなんだかおかしい。ネクの結婚式以来、ネクは死んでいるというのだ。しかし、ネクには、結婚した覚えはない。記憶のビーズの一部を過去に取りこぼしてきた可能性に思い至ったネクは、また21世紀の地球へと取って返す……。

End of the World Blues (US)ということで、傷心を抱えた主人公が、日本とイギリスを舞台に、犯罪組織を相手に大立ち回りを演ずるわけですが、レディ・ネクにも世界の終わりでのファミリー同士の抗争が待ち受けています。とはいえ、表面的には、ネコのような女子高生を抱えた中年男が、身に降りかかる火の粉を辛うじて振り払う展開が続くわけで、細かいプロットの積み重ねで次第に個々の事件の関連と真相が見えてくる様子は常にスリリング。同時に、人との関係を絶って過去から逃げ回っていた主人公が、過去の清算をしながら、新たな結びつきを築き上げていくプロセスは読み応えがあります。レディ・ネクのストーリイ・ラインがシンボリックに補強関係にあるのもさすがに上手いです。

そして、全編に流れるのは、ネコと綱(縄)のライトモチーフ。いままでサルとかキツネのアヴァターを効果的に使ってきたグリムウッドは、ここではネコの持つしなやかさ、独立心、九つの生を持つという打たれ強さを生かしたんでしょうか。ネコのような少女ニジエの名前は、漱石の『我輩は猫である』から拝借し、ニジエのキタガワ・ファミリーにはキットやケイトと同様、ネコ(kitty/kitten)の変形が組み込まれています。一方、綱/縄のイメージは、ファミリーの結びつき、しがらみ、人間関係へと敷衍されています。

そう、グリムウッドの労力は、目新しいアイデアを駆使してSF的世界を提示することではなく、精緻なプロットの組み立てによる緊張感と、独特の美意識により選択された人物と背景の繊細な描写により、ダイナミックな物語を作り上げるという職人的作業に費やされています。結果として、密度の高いストーリイは、読者に注意深く読むことを強いますが、かといってがんじがらめの息苦しいものになっているわけではなく、安っぽいワイズクラックにはならない、ウィットの利いた登場人物たちのやり取りやしぐさが、的確に潤滑油として配されています。

まあともかくSFを書くことから出発するアメリカの作家に比べ、自分のスタイルをいかに押し通すかを最優先にするイギリスの作家は、もともとスタイリストが多いんですが、グリムウッドの場合職人技が特に徹底してますね。二つの世界を因果関係でなくシンボリックなレゾナンスで扱う手法も、M・ジョン・ハリスンやデイヴィッド・ミッチェル、トリシア・サリヴァンなど、イギリスの作家にしばしば見られるもので(まあサリヴァンはアメリカ出身ですが)、そんなあたりもイギリスSFの醍醐味になってますね。

グリムウッドの高度にヴィジュアルな展開や、背景に流れる美意識、徹底して登場人物の行動に語らせる手法は、ごく映画的というのが適切でしょうか。一時期日本映画のレヴュウをしていたこともあるというグリムウッドは、日本に対する興味とともに、プロットの構築や背景、キャラクタの使い方を映画の手法から学んだのかもしれません。

一方で、まあ正直なところ、日本に関する描写はリアルというよりは、かなり映画やテレビドラマ、小説的な取り扱いで、特異な部分ばかりを抽出して組み合わせたという印象は否めませんが、日本に何年も滞在していたデイヴィッド・ミッチェルやトバイアス・ヒルあたりでも、いざ日本を描写するとなると、同様に特異な部分ばかりを強調した書き方をしてますので、これは異文化描写の宿命といえるのかもしれません。というか、その異化作用にこそ異文化を持ち出す意義があるわけで、平々凡々な日常の部分が欠落しているからといって、不平をいうのは筋違いでしょう。そういう意味では刺激的な、いい仕事をしているといえます。

さて、「葉隠れ」からの引用の翻訳の手伝いや、「縄の浮世」の命名に一役買ったわたしとしては、それらが作中でどう生かされているかが気になるところですが、心配していたほどやりすぎてはおらず、使い方が適切かどうかまでは十分には判断はできませんが、要所に違和感なく効果的に使われていて、さすがに一流の作家ですね、文句の付けようはありません。まあ quark さん命名の「縄の浮世」は、当方の理解不足もあり(というか、詳しく説明してくれなかったグリムウッドにも責任の一端はあるのですが)、もともと意図していた繋ぎとめる綱というよりは、切れやすい縄のイメージが忍び込んでしまったわけですが、作者もいうように注連縄のような象徴的な呪縛力もあるわけですし、古風な響きや、tir-na-nog にも通じるような nawa-no-ukiyo という字面のイメージは、決して悪くはないんじゃないでしょうか。というか、いまもっと適切なものをといわれても、代案は浮かびません。ともかく、純日本製というところに意義がありますね(<ほんとか?)。

めでたくアメリカでの出版も決まったということで、ヒューゴー賞とはいわないまでも、来年のディック賞の最有力候補となることはまず間違いないわけで、そろそろブレイクということにあいなりますでしょうか。

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Monday, April 16, 2007

Ghostwalk, by Rebecca Stott

以前ちょっと面白そうということで話題にした作品ですが、読みました。未練たらたらのヒロインの語り口が、高級チック・リットかインテリ向けのロマンスみたいで、じつはかなりうんざりする書き方なんですが、これは誉めるしかないでしょう。うじうじした主人公やじれったいヒロインはもうそれだけで耐えられないので、半分ぐらいまでどうしようかと思いましたが、途中で止めなくてよかった。

Ghostwalk (UK)台本の仕事であちこち飛び回っているヒロインのリディア・ブルックは、恩師である溺死した歴史家/伝記作家エリザベス・フォーゲルザンクの葬儀のために、久しぶりにケンブリッジを訪れる。そこには、できれば顔を合わせたくないかつての不倫相手であるエリザベスの息子、キャメロン・ブラウンが待ち受けていた。いまだに未練を捨て切れていないリディアの当惑をよそに、キャメロンはリディアに、しばらくケンブリッジに滞在して、エリザベスの遺作であるニュートンの伝記を完成させてくれないかと持ちかける。それがエリザベスの遺志でもあるのだからと。

やむなくエリザベスがスタジオとして使っていたコテージに住み込み、ゴーストライターとして働くことを承諾したリディアは、エリザベスの原稿と資料の調査に取り組む。The Alchemist と題された伝記の骨子は、一般に定着した孤高の天才というニュートン像に疑問を投げかけ、彼の研究は錬金術師たちのネットワークによるサポートに多くを負っていたことを示唆するものだった。エリザベスの死体の手に握られていたニュートンのものと思しきプリズムも、錬金術師の秘法を使ってヴェネチアで作られたもの。ニュートンの最初の大きな功績である光りの性質の解明はこのプリズムでもたらされたのだ。

いっぽう、エリザベスによれば、ペストの大流行により不安定な時代であったとはいえ、ケンブリッジの教授陣を中心に、ニュートンの周りでは不慮の死があまりにも多すぎるという。それも階段からの墜落死と溺死というそうそう起こるはずのない事故で、2年ほどの間に5人の人間が死んでいる。結果として、数学の試問で不本意な成績を残しながらも、ニュートンは教授として推挙され、無事にケンブリッジに残ることができた。

さらに、エリザベスによれば、1660年代のケンブリッジで死人が出ていたのと同じ日に、現代のケンブリッジでも酷似した状況での不慮の死が2件発生していた。そしてエリザベスの溺死……。リディアは、エリザベスの助手をしていた少女ウィル・バロウズや、葬儀の日に「あなたが来るのを待っていた」と謎の言葉を残して去ったエリザベスの親友、隻眼・刺青の女海賊のようなディリス・カイトの助けを得ながら、17世紀の歴史とともに、エリザベスの死の謎も追うことになる。ウイジャ・ボードを使って17世紀の被害者を呼び出すディリスは、エリザベスもこうして謎の解明に至ったのだというのだが……。

そのいっぽうで、現代のケンブリッジも決して平和な街ではなかった。NABED と名乗る動物愛護団体の過激派が、毛皮のコートを扱うブティックや食肉店、ペット・ショップのウィンドウを破壊し、犬や猫を虐殺し、時には人身にも被害が出ていた。そのメインのターゲットは、新薬の開発のために動物実験を行っている、キャメロンが指揮する神経科学の研究所だった。リディアには NABED という言葉に心当たりがあった。ニュートンが暗号でメモを書くときのキーワードだったのだ。破壊活動はエスカレートし、リディアが密会を続けるキャメロンの周辺にも被害が及んでいく。そして、リディアの視界の片隅を横切る緋色のマントの男。果たして17世紀の出来事と現代の混乱の間には、エリザベスが予見したような、なんらかの繋がりがあるのだろうか……。

Ghostwalk (US)いやもう、ストットさん、小説家としてのデビューを飾るにあたり、ものすごく冒険してます。史実に基づく謎に幽霊とオカルト、甘ったるい不倫のロマンス、ケンブリッジにまつわる紀行文、現代の連続殺人事件に、ハイテク企業が巻き込まれる社会問題。キャメロンが研究している神経薬に関しては、空間を隔てた量子の相互作用であるエンタングルメントが、時間を越えて起こることが示唆されて、作品のモチーフとして一役買ってます。まあこの部分はミクロの現象とマクロの因果関係にギャップがありすぎるので、単にイメージだけで終わってますが、普通歴史ミステリにこんなの持ち込みますかね(フィリップ・プルマンが児童書ファンタジイで使って以来の驚きですね)。

多層的な物語の締めくくりにふさわしく、結末もまるで多世界解釈のように、いくつもの回答が示唆されています。いえ、どうにでもとれる曖昧な解決で終わっているというのではなく、いくつもの回答が同時に成立するような見事なまとめ方なんです。中には、主人公は気づいていないものの、読者には見えているという構成上の視点もあって、これはちょっと凄すぎ。ジャンル・ミステリとは肌合いが違うので、なかなかミステリ・ファンの目には止まらないかもしれませんが、読んで驚いてみてください。

スタイル的にもいろいろ工夫が凝らされていて、エリザベスが書いた The Alchemist の抜粋という形で、注釈と図版の入ったエッセイの形の章が3つほど組み込まれてますが、このあたり、ダーウィンオイスターにまつわるノンフィクションがある作者にとってはお手のものなんでしょうかね。まあノンフィクションで書くには材料が少なすぎるので、小説に生かしたのかもしれませんけど。

未練タラタラのリディアの語りの部分は、時により中学生の女の子の手記かと思うくらいに幼いところがあって、正直勘弁して欲しくなるんですが、景観の描写が街の歴史から逸話へと横滑りし、個人の思いを抜けて象徴的に作中の出来事へと影を落としていく、意識の流れの変形のような書き方は、慣れてくると我慢できるようになります。まあうんざりして途中で投げ出す人も出るだろうなと思いますし、嫌な手法だとは思いますが、これも作者のセールス・ポイントのひとつかも。

ちなみに、作中人物の大仰な名前の選び方は、やっぱりロマンスを意識したんでしょうか。まあウィル・バロウズ(Will Burroughs)なんていう名前がロマンスにふさわしいかどうかはわかりませんが^^)

ということで、感情移入できる登場人物はいないし(リディアもキャメロンも早くくたばってしまえと思ったのは内緒です)、心地よく読める作品ではないんですが、刺激的ということではちょっと例を見ませんので、並みの娯楽ものに飽き足らない人には強くお薦めします。大手のレヴュウが見当たらないので、まだあんまり評判になっていないのかもしれませんが、じわじわと評価の高まる作品じゃないかと思います。

作者の背景に関する面白い記事がこちらにありますが、なんと、十代になるまで原理主義のカルト教団のコミュニティで生活していて、テレビやラジオ、普通の読み物はすべて遠ざけられてたんだとか。癖の強い書き方も、なんとなく納得ですね。英語と美術史を専攻し、現在は英文学の教授だという作者レベッカ・ストットのオフィシャル・サイトはこちら

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Tuesday, April 10, 2007

Heart-Shaped Box, by Joe Hill

何かと話題のジョウ・ヒルの長編第1作ですが、まあまあの出来のジャンル・ホラーでした。それもそれほどどぎつくないやつ。

Heart-Shaped Box (US)主人公のジュード Judas Coyne(ユダの金貨!)はへヴィメタ・バンド Jude's Hammer のリード・ヴォーカル/ギタリストとして鳴らした50代のロッカーで、バンドのメンバーを二人亡くし、とりあえず現役とはいいながら、もう3年もツアーに出ていないという半ば隠居の身。穿孔を施した頭蓋骨や魔女の告白書、アレイスター・クロウリーのゆかりの品とか、ゲテモノを集めるのが唯一の趣味といえば趣味。隠し持っていたスナッフ・ビデオのせいでかみさんには見捨てられ、ほっておいても入れ替わり立ち替わり現れるゴス娘たちをガールフレンドとして暮らしている。

そんな折、事務所のアシスタントがとあるオークション・サイトで幽霊の出品を目にする。亡くなった義父が孫娘の部屋に居ついてしまったことから、誰かに売り払えば出て行ってくれるのではないかというものだった。出品者は義父の愛用の日曜日用の礼服に幽霊を取り憑かせて送るという。半ばジョークだと思いながらも、ジュードはつい買ってしまう。

ジョニー・キャッシュでも着ていそうな古臭いスーツは、黒いハート型のケースに入って送られてきた。ほどなくして、部屋の片隅に現れる黒服の老人の姿。その眼のあるはずの場所には、黒のマーカーで塗りつぶされたような痕があった。オークションで購入したのは紛れもない幽霊で、その邪悪に満ちた意思に操られ、ジュードは自殺一歩手前まで追いやられ、同居しているガールフレンドを撃ち殺してしまいそうになる。やってきた幽霊は、ベトナム従軍時代に捕虜の霊能者から手ほどきを受けたという、プロの催眠術師だったのだ。

送り返そうと出品者にコンタクトしたジュードは、彼が幽霊を買ったのは決して偶然ではなかったことを思い知らされる。故郷に帰って自殺した、昔見捨てたガールフレンドの育ての親が幽霊の正体で、娘の姉が復讐のためにジュードの元に送り込んだというのだ。家にじっとしていても危機は避けられないことを悟ったジュードは、ガールフレンドとともにあてどもない旅に出る。だが、二人の乗った車の背後には、常に得体の知れないピックアップ・トラックが見え隠れしていた……。

Heart-Shaped Box (UK)悪趣味なヘヴィメタ・バンドの生き残りのロッカーが主人公とかいうと、かなり濃いギトギトの話が展開しそうですが、じつのところこの主人公、意外とまとも。ゲテモノのコレクションもバンドのイメージにつられてファンが送ってきたものがほとんどだし、スナッフ・ビデオも、たまたま刑事の知り合いが事件の証拠品を彼なら興味を持つだろうとくれたもの。さらには、貧しい養豚農家の倅が、悪意に満ちた父親にコードを押さえる左手を潰され、左弾きのギターに切り替えた件を聞かされるあたりから、読者は主人公にしっかりと感情移入できる仕組みになってます。

というよりも、Nirvana の何やら不気味な歌から取ったタイトルとか、そこここに AC/DC を初めとするハードロックへの言及が撒き散らされている割には、あんまりロック・ミュージシャンが主人公というあくの強さがないですね。一応プロットに絡めているとはいえ、これが作家が主人公だったとしても違和感がないようなあっさりとした展開です。ということで、ヤナやつが主人公の身も蓋もない物語を予期していたわたしは、いささか肩透かしをくらいました。

アイデア的には、幽霊の眼がマーカーで黒く塗られてたり、幽霊から不気味な e-mail が送られてきたりと、さすがに現代的な扱いが目に付きますが(まあ e-mail はダン・シモンズが A Winter Haunting で使ってたり、結構目にするような気もしますが)、あとは大体おなじみの手法の組み合わせという感じです。クライマックスの幽霊との対決のところで、30年間顔を合わせていない安楽死を待つばかりの父親を使ったちょっと面白いアイデアが出てくるんですが、この場面もどうもスペクタクルに終始して、テーマ的にはうまく片付けられなかったような印象です。

プロットはシンプルなので、たしかに映画には向いていそうな感じですけど、役者で見せるとか、幽霊がらみのシーンの特撮に凝るとか、なにかアクセントを置かないと大した映画にはならないような気もします。まあそのあたりが料理しやすいというか、料理のしがいのある原作といえるかもしれません。ただし、スティーヴン・キングの息子とは知らずに映画化権を買ったというのは、やっぱりセールス・トークでしょう。それほどインパクトのあるプロットとは思えません。

作品自体はなかなかスムーズに書かれていて、デビュー作にしては卒がないとは思いますが、ベストセラー向きとはいえても、文学的といえるほどの奥行きは感じられないですね。メインストリームの読者向けのホラーというのが一番適切かも。鬼畜を期待するハードコアなホラー・ファンには肩透かしなんじゃないでしょうか。長編第1作ということでほんとはもっと思い切った冒険をして欲しかったんですが、とりあえず無難にまとめたということで、次回作では短編の名手といわれているその才能を存分に見せて欲しいものです。

ちなみに、"Best New Horror" という短編を以前読みましたが、ジャンルの読者にはそちらのほうが楽しめる気がしますので、もっとオタクの本性を出してくれればいいんじゃないでしょうかね^^)

以前はかなり渋かったオフィシャル・サイトも、どうも Heart-Shaped Box のプロモーションに借り出されてるみたいです。

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Friday, February 23, 2007

Passarola Rising, by Azhar Abidi

予想してたのとずいぶん違ってたんですが、なかなかの拾い物でした。Passarola Rising

18世紀初頭のヨーロッパを舞台にしたブラジル人兄弟の飛行船の物語を、オーストラリア在住のパキスタン人作家が書いたということで、荒唐無稽な大冒険譚かと思ってたんですが、届いてみれば 250ページほどのかわいい小型本。中身のほうも、飛行船という舞台装置を除けばまっとうな歴史ものの手触りで、ミュンヒハウゼンやスチームパンクを思わせるような要素は全くありません。ただ空を飛びたいだけなのに、諸侯や教会の思惑に翻弄され欧州各地を飛び回る二人の物語は、驚くほど地味に淡々と進みます。

けど、限界を極めたいという純粋な欲求と、現実のしがらみとのせめぎ合いの物語は、シンプルな外見とはうらはらに、妙に心を揺さぶるものがあります。

ポルトガルに留学中の兄バルトロメウを追って、リスボンにやってきたこの物語の語り手アレクサンドレ・ロウレンソは、兄が発明した飛行船の初飛行に乗り込むことになります。4つの巨大な銅製の玉から空気を吸い出して空に浮くという仕組みですので、この部分は完全な創作ですね。裕福な商人の後押しを得て、王への初お目見えという主旨だったんですが、人間が空を飛ぶなんてなんて不埒な!という枢機卿から異端の疑いをかけられて、二人は命からがらそのままポルトガルを飛び出す羽目に。

知り合いの皮肉屋ヴォルテールを頼ってフランスへと逃れた二人は、啓蒙君主ルイ15世に仕えることになるんですが、最初は純粋に飛ぶことを楽しんでいた王も、次第に軍事への転用を考えるようになり、二人はフランスとロシアの軍勢の狭間で孤立したポーランド王の救出へと送り込まれるのでした。武器としての使用を頑なに拒む理想家の兄と、戦闘を目にして興奮してしまう少々俗物の弟の対比は微笑ましいところがありますね。

そんなこんなで持て余されてないがしろにされてきた飛行船ですが、極地が平らか出っ張っているかの討論をめぐって、北極圏での測量の話が持ち上がります。いっぽう、兄には、空の高みはどうなっているのか見てみたいという別の思惑がありました。この寒さを押してのラップランド上空飛行と、そこで見た光景というのがこの物語の要になりますが、新しい知識を求めて限界に挑む男たちの極地探検ということで、アルフレート・ヴェーゲナーのグリーンランド行を描いたクレア・ダドマンの Wegener's Jigsaw と同様の高揚感がありました。映画「ル・グラン・ブルー」の素潜りの世界に通じるともいえますかね。

物語は、漂白の思いに誘われながらも、ブラジルに帰ってささやかながらも幸福な普通の生活に取り込まれてしまう弟と、インドへ、南極圏へとその後も理想を追い続ける兄とを対比して終わるんですが(といってしまっても、単なるストーリイ以外のところに感動がある物語なので、ネタバレにはならないでしょう)、このあたりの情感にはなんともいえないものがあります。

パキスタン出身の作家といいながら、内容面では特に西欧の作家とのメンタリティの違いは感じられないのですが、やはりどこにも属さない気球に乗った兄弟の疎外感と超越感に、故郷を離れたものの心象風景が反映されているのかもしれません。ブラジルへ帰った弟の平凡な日常への帰属意識に、そのあたりが対比されているようにも思います。

見知らぬ外国を舞台にして、純粋にイメージから導き出されるエキゾチズムを有効に使う手法は、メキシコ作家のイグナシオ・パディーリャで読んだな~と思っていたら、ちゃんと裏表紙にパディーリャの推薦文がありました。今年のコスタ賞受賞のステフ・ペニーの The Tenderness of Wolves も、一度も訪れたことのないカナダを舞台にしたイギリス作家の作品ということで、これは全世界的な流れになってるんでしょうか。国際化によりもたらされたローカリズムという感じで、なにやら面白いですけど。

さてさて、カバーの絵と造本がチャーミングなので、表紙のリンクはハードカバーに張っていますが、ペーパーバックも既に出ているようです。

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Monday, February 19, 2007

A Short History of Tractors in Ukrainian, by Marina Lewycka

このブログでは「トラクター本」で定着しつつある話題の作品ですが、Frostphile さんにいただいた紹介をコメント欄に埋もれさせておくのは惜しいので、再掲させていただきます。

A Short History of Tractors in Ukrainianこの「トラクター」、とても面白かったのですが、正直言って感想は mixed feeling といったところです。笑いの構造がステレオタイプ的なところがあるし、誰かが言っていたように、登場人物がみな likable ではないし。いかにも50代のケンブリッジ在住・イギリス中流インテリ女性が書きそうな話です。でも、だからこそ、私は楽しめました。話が逸れてしまって恐縮ですが、Kate Atkinson の傑作(!)の一つ "Case Histories" もケンブリッジが舞台で、40代のエキセントリックな姉妹が出てきますが、この世界に通じるものがありました。

で、筋はご存知かと思いますが、こんな風です。

現代のイギリス、ケンブリッジ近郊。2年前に母をなくしたナディアは、84歳の父から突然再婚すると告げられる。相手は、ビザが切れかかっている子連れのブロンドで、「ボッティチェリ」ばりの豊かな胸をもつ36歳のウクライナ女性ヴァレンティーナ(父親が費用を出して豊胸手術をしていたことがあとでわかる)。英国在住許可と豊かな生活が目当てであることは火を見るより明らかだ。ナディアはこのピンク爆弾に対抗するため、不仲になっていた姉と共同戦線を張る。お人好しで変人の父親とダイナミックなヴァレンティーナが巻き起こすドタバタ騒動に巻き込まれるうち、次第に明らかになる家族の秘密、ウクライナの悲劇。そんな中、父親はウクライナ語で「トラクター小史」をこつこつ書き綴る。思いきり笑ったあとに、歴史の重さと人間の心の豊かさが心に残るエンターテインメント作品。

ちょっと褒めすぎかな? でもジーンとくるところ(たとえば、死に行く母親の描写や、母親が丹精込めた庭の描写など)、捨てがたいところも多々あります。すぐに読めてしまうので、お暇なおりにどうぞ!

Two Caravans著者第二作目の小説 "Two Caravans" が今年3月に出ることを a nanny mouse さんのおかげで知りました(いつも情報、ありがとうございます!)。またウクライナ人が出てくる苺つみ労働者の話のようですね。ずうっと前、ホップの摘み取り労働者のエピソードを俳優の Terence Stamp の自叙伝で読んだことを思い出しました。それから苺つみと言えば、石川好さんの『ストロベリー・ロード』も懐かしい。どんどん話が逸れそうなので、この辺で。

うむむ、わたしも読まないと^^;

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Sunday, February 18, 2007

"Dream Angus: The Celtic God of Dreams" (The Myths VI) by Alexander McCall Smith

Dream Angus「世界の神話シリーズ」の6人目の語り手は、代表作『No.1レディーズ探偵社』の翻訳があるスコットランドの人気作家アレグザンダー・マコール・スミスで、この "Dream Angus" は、ケルト神話の愛と夢の神アンガスにまつわる物語集になっています。

アンガスは、ケルト神話の最高神で戦術と豊穣の神ダグダが、心優しい水の精との間にもうけた息子で、人々に素晴らしい夢と愛を授けます。彼自身、人や動物の心を和ませる特質を持っていて、アンガスの前では獰猛な動物もおとなしくなり、小鳥は彼を慕って常に頭上でさえずっているといった具合。また彼をひと目見た女性を、恋の虜にしてしまう美貌の持ち主でもあります。

この "Dream Angus" では、その彼の生い立ちや青年期のエピソードと、現代に生きる人々の愛と夢の物語が、入り乱れて語られていきます。現代のほうはさすがにアンガスがそのまま登場するのではなく、アンガスについて言及されたり、またアンガスの化身のような(またはそのエッセンスを持った)登場人物が重要な役割を担っていたりして、それらを通して、「あー、こういうときがアンガスの出番なのね」とか「こういうのってアンガスの粋な計らいなのかもね」なーんて、たぶんスコットランドやアイルランドの普通の人々が日々の生活の中で、どんなときに目には見えないアンガスの存在を感じるのかが分かるようになっています。その中のひとつに反抗期の少年に振り回される家族の物語があるのですが、そこに出てくるアンガスという名のおじさんは、とんでもないことを考えちゃったりして、本音とはいえちょっと不謹慎で異質な感じがしたのですが、当のアンガス自身最大の権力者である父をウィットで負かしたりするエピソードもあったので、甘ったるいだけではなく、情に流されない現実的な側面もあるのかなとも思ったりしました。

キャノンゲイトのこの神話シリーズは年3冊発行なのですが、サイトを見てもまだ今年のラインアップは発表されてないので、次はどの作家がどこの神話を材料に料理してくれるのか楽しみです。というより、気をつけてないと知らないうちに出ていたということになりそうです。

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Monday, February 12, 2007

"A Soul in a Bottle" by Tim Powers, J. K. Potter (Illustrator)

A Soul in a Bottle日本のあまぞんさまったら、なんでこんなマイナーな本を在庫するんでしょうねぇ。Subterranean からぱらぱら出ているパワーズの掌編や短篇は、そのうちまとまったら廉価版の短編集が出るに違いないと踏んで、ず~~~と辛抱強く待つつもりだったのに、「1点在庫あり」に思わず反射的にクリックしてしまった意思の弱い私……。これがしょうもない表紙だったらガマンできたハズなんですけど、ボトルの美女の誘いは拒めませんでした。タイトルもなにやら曰くありげだし~。

ジョージ・シドニーはチャイニーズ・シアターで魅力的な若い女に出会い、すぐさま恋に落ちる。なぜか彼女は観光スポットには場違いな、黒の(それも汚れた)フォーマルを着ていた。その後、何度か会話をする機会に恵まれたものの、彼女はいつもジョージの目の前からふっと消えてしまうのだ。ある日、貴重な古書を探し出しては知り合いの古本屋に売っていた彼は、1960年代に若くして自殺した女性詩人シャイアン・フレミングの初版本を見つける。それも彼女のものとしては珍しいサイン入りだ。驚いたことに妹レベッカに捧げられたその詩の最後の6行は、一般に知られているものとは全く異なっていた。

出会いの場面で突然、オマル・ハイヤムの『ルバイヤート』の詩の一節を口ずさむ女。難なくその続きを口にするジョージ。なんの脈絡もないようでいて、その直前の(チャイニーズ・シアターに手形と足形がある)ジーン・ハーロウについての会話とこの詩が、あとになってからとても重要だったことに気づかされます。もし始めに彼女がジョージに『ルバイヤート』を思い出させなければ、またはジョージが『ルバイヤート』を知らない青年であれば、またはジーン・ハーロウのことで分かった彼の気質がなければ、全く違った結末になっていたんじゃないでしょうか。というか、旅人が通りかかるたびに謎をかけたスフィンクスのように、暗唱できるほどルバイヤートに親しんでいる青年に出会うまで、彼女は手当たり次第に声をかけてはそのフレーズを繰り返していたかもしれません。読み終わってみると、その導入部で既に彼のその後の人生が決定づけられていたんじゃないかなと感じました。女性詩人の死にまつわるミステリに、ルバイヤートのスピリッツを加えたこのゴーストストーリーは、文学通でアヤシイもの好き(?)のパワーズらしさのよく出たファンタジー作品という印象です。

本自体は80ページのとても薄いハードカバーなのですが、字が大きくて行間も広いので、普通に活字を組んだらもっとずっと短くなるはず。最初はちょっと高いかな~と思いましたが、装幀(リトグラフのような装飾とか)が奇麗で、白黒だけどJKポターの美しいイラストがいくつも入っているので、これは買って正解でした(でも、パワーズ・ファンじゃなければ、怒っちゃうかも?)。

Publishers Weekly のレヴューはかなりネタバレなので、これから読む人は見ないことをオススメします。

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Sunday, February 04, 2007

"The Silver Bough" by Lisa Tuttle

The Silver Bough"The Mysteries" に続くリサ・タトルの新作 "The Silver Bough" は、これまたケルト民話を現代に上手く蘇らせた、チャーミングな物語でした。

親友を突然失い滅入っていたアシュリーは、父の提案を受け、亡くなった祖母の故郷スコットランドのアップルトンを訪ねる。祖母は生前多くを語らなかったが、1950年に家族にも告げず故郷を離れアメリカに渡ってきていたのだ。アップルトンへ向かうバスの車窓から、アシュリーはエキゾチックな雰囲気の魅力的な青年を目にする。

アップルトンはその名のとおり昔はりんごで栄えた町だったが、アシュリーの祖母フェミーが伝統のアップル・クイーンの座を放棄して行方不明になってから、衰退の一途を辿っていた。その町にはそれぞれの事情で住みついたふたりのアメリカ人女性、図書館員のキャスリーンと、若くして夫を船の事故で亡くしその遺産で暮らす未亡人ネルがいた。

アシュリーがアップルトンに到着した夜、町は大きな地震に見舞われた。この海辺の町の他への唯一の接点である細い道は、落下した大きな岩で塞がれ、アップルトンは陸の孤島と化してしまった。するとなぜだか電話も不通となり、テレビやラジオの電波も受信できなくなり、住人はそれぞれ不思議な現象に遭遇することとなる。そしてある日、ネルが植えたりんごの木に黄金の実がなる。それこそがアップル・クイーンに選ばれた者がカップルで食し、町を繁栄へと導く幻のりんごだった。

半分くらいまでは、ごくふつうの現代の物語として進むのですが、町が孤立してから徐々に異世界が浸食してきて、謎の青年ローアンの正体が分かる頃には、アップルトンは全く別の世界と化してしまいます。この少しずつの変化が、ごく自然に現代の世界に現れてくるところが、なかなかミステリアスでよかったです。"The Mysteries" のときのように、章の間に今回はアップルトンの町の記事や伝説、関係者の手記が挟まれていて、背景がよく理解できるようになっています。これを物語の中に盛り込もうとするとかなり説明的になってしまうので、このようにして情報を挟み込むというのは、とてもいいアイディアですね。

最初はアシュリーが主人公だと思ったものの、そうではなくて、その辺がちょっと中途半端に感じはしましたが、後味もよく(でもちょっと謎を残した)、ベテラン作家による安心して読める楽しい現代のフェアリー・テイルでした。

タイトルの silver bough(銀の枝)は、あっちの世界へのパスポートみたいなもののようです。ギリシャ神話ではアイネイアスが冥界に行くときに、巫女シュビレの指示に従い黄金の枝を持って行きましたが、なんか関係があるのでしょうかね。

タトルの現代版ケルト民話シリーズ(?)、これからも是非続けて欲しいと思います。

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Wednesday, January 24, 2007

"Ottoline and the Yellow Cat" by Chris Riddell

Ottoline and the Yellow Catポール・スチュワートと組んだ『崖の国物語』や『ファーガス・クレインと空飛ぶ鉄の馬』などのイラストで人気が高く、ケイト・グリーナウェイ賞やスマーティーズ賞などの受賞者でもあるクリス・リデルの最新作 "Ottoline and the Yellow Cat" が出たので、早速買って読んでみました。これは超オススメ!

主人公は、その外観から「コショウ瓶ビル」と呼ばれている豪華なマンションに住む女の子オットライン。両親が世界各地を旅しているので、彼女はミスター・マンローと一緒にお留守番をしています。この二人は好奇心旺盛で、共通のシュミは盗み聞き! 町で連続ペット誘拐事件が起こって警察が手を焼いているのを知るや、早速捜査を開始します。

「〈お前は何者だ〉変装アカデミー」の免状を持つオットラインと、彼女の両親がノルウェーの沼沢地から拾ってきた毛むくじゃらの生き物ミスター・マンローの名コンビが難事件(?)に挑むという物語なのですが、彼ら自身とその周辺のヘンテコさがとても楽しい作品でした。

約170ページといっても、イラストがめちゃくちゃたくさんあるので(イラストだけのページもたくさんで、全体的に文は少ないです)、あっと言うまに読めてしまうのですが、そのイラストがすご~くかわいいんですよ~。ヘンテコなシュミやこだわりを持っているオットラインの、コレクションやファッションが見物! 作者自身も細かいところにヘンなこだわりを発揮してますね~。そしてオットラインと、ひとことも言葉を発することのないミスター・マンローの友情とあうんの呼吸は、見ていてとても気持ちいいです(しかしミスター・マンロー、電話してたけど喋れたんでしょうか?)。

で、ストーリーとは全く無関係に、ロバートという名前の食いしん坊のネズミがたまに出てくるんですが、これがなんかけっこう笑えるんですよ~。

うれしいことにこれはシリーズ物のようで、次作は "Ottoline Goes to School" だそうです。購入決定!

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Tuesday, January 02, 2007

"Three Days to Never" by Tim Powers

Three Days to Never2001年に世界幻想文学大賞とIHG賞を受賞した "Declare" 後はじめての、待ちに待ったティム・パワーズの長篇 "Three Days to Never" は、期待を裏切らないおもしろさでした。

始まりは、主人公フランク・マリティの育ての親でもある祖母のシャスタ山での不可解な死。彼女の死を知らずに、数時間前の電話での約束どおり祖母の家の納屋を訪れて彼が見つけたのは、チャップリンの名前入りのセメント板と、祖母宛の謎の手紙の束、そしてピーウィーのビデオテープ。しかしそのビデオに映っていたのはタイトルとは別の古い映画で、それを見た娘ダフニーは奇怪な現象に襲われる。と、出だしから思わず引き込まれてしまうのですが、そこに現れるのがフランクが子供の頃に蒸発した父。彼がまたとても謎めいているんですね~。

そして読み進めていくうちに、どうやら祖母はアインシュタインを直接知っていたらしく、そしてなんとアインシュタインはタイムマシンを実用化していたという衝撃の事実が明らかに! さらには、チャイニーズ・シアターから取り外されて長らく行方知れずになっている、チャップリンの手形入りのセメント板は……。

過去に遡って史実や現実の世界を変えられると知れば、その危険性を知りながらも利用したくなるもの。そのタイムマシンを狙うのがイスラエルのモサドの中の超秘密組織と、ミイラ化した何者かの首を後生大事に持っている怪しげな宗教組織ヴェスパーのメンバー。彼らの中には遠くを透視できるエスパーはいるわ、他人の目を通してものを見る盲目の美女はいるわ、有体離脱するやつはいるわで、相変わらず怪しさてんこ盛りで、これでもか、これでもかと言わんばかりに楽しませてくれます。Three Days to Never

物語の中心は、この二つの組織に追われるフランクとダフニー親娘の3日間なのですが、彼らを襲う不思議な現象と次々に明らかになる史実を絡めた意外な事実の連続がこの作品の大きな魅力です(ネタバレしてはいけないので、詳しく書けないところが残念!)。

親子愛や過去を変えることの危うさについて考えさせるも、それよりなにより謎めいていて、怪しくて、ユーモラスで、文学的知識をあちこちに散りばめた、娯楽性の高いパワーズ得意の改変歴史小説でした。

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Saturday, November 25, 2006

Lunar Park, by Bret Easton Ellis

Lunar Park (hc)ブレット・イーストン・エリスは、『レス・ザン・ゼロ』は昔買いましたけど、ぜんぜん面白くなさそうなんで読んでなくて、『アメリカン・サイコ』はものすごい鬼畜ということで避けてたので、今回が初めてなんですが、なかなかいい出来でした。IHG Award を受賞したり、World Fantasy Award の候補に挙がっただけのことはありますね。サイコロジカル・ホラーというか、流行りのゴースト・ストーリイというか、地の部分はメインストリーム色が強いですけど、立派なジャンル・ホラーです。

とはいえこの書き出しの部分は何かと思いますね。ブレット・イーストン・エリスと名乗る主人公が、自分の書いてきた作品を並べながら、学生時代にデビュー作で一躍時代の寵児となった放蕩の日々を語り始めるんです。そう、いかにも自伝ふうの告白小説と思わせておいてじつは……というフィクションなんですね。でまあこの主人公が絵に描いたようなセレブを気取る嫌なヤツで、自虐的なサタイアとしても読める仕掛けになってます。

本と映画で大金と名声を手にして悠々自適の生活かと思いきや、この主人公、無為の日々をアルコールとドラッグを消費することで過ごしています。その彼を救いに現れたのは、かつて子供まで生ませて認知しなかった映画女優ジェイン・デニス。二人は、ジェインの二人の連れ子とともに、ニューヨークを離れて郊外の高級住宅地で新生活を始めます。

ところが、引っ越して早々、主人公の周りでは奇妙な出来事が頻発します。娘の鳥のおもちゃが突然勝手に動き出したり、息子と同じ年頃の少年が次々と行方不明となったり。そして、ハロウィン・パーティには、『アメリカン・サイコ』の主人公の連続殺人鬼、パトリック・ベイトマンの出で立ちをした見知らぬ若者が顔を見せます。反目を続けてきた亡き父親をモデルにベイトマンを作り出した主人公は、嫌悪をぬぐえません。

その後も、主人公にまとわりつく父親の影は消えません。視界の端を横切る、昔父親が乗っていたのと同型の車、墓石に落書きされた "I'm back" の文字。そして、ある日訪れた刑事から、『アメリカン・サイコ』をそのままになぞった、連続殺人事件の存在を知らされます……。

う~ん、過去の悪行が自分に追いついてくるタイプの、じわじわと真綿で首を絞めるようなホラーですね。とはいえ、最後には父親と折り合いをつけ、息子にも父親として接することが出来るようになった主人公は、前半部分の自堕落さが嘘のように、生きることに対する責任感を取り戻します。お約束とはいえ、この後味のいい結末は読ませますね。強烈なシーンは出てきませんので、ホラー嫌いの方にもお薦めします。

ちなみに、キアヌ・リーヴズとも浮名を流したこともあるという、エリスの結婚相手の女優のジェイン・デニス(Jayne Denis)については、こちらのサイトが詳しいです^^) ハードカバー版の表紙を載せましたが、どうしょうもなくつまらない表紙のペーパーバック版も出ています。

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Friday, November 24, 2006

Shriek: An Afterword, by Jeff VanderMeer

Shriek: An Afterwordジェフ・ヴァンダーミアの架空の都市アンバーグリスを舞台にした短編集 City of Saints and Madmen に続く初めての長編ですが、どうも語りの上での工夫がマイナスに作用しているようで、あまり楽しめませんでした。まあ最後まで行けば十分報われる作品ではあるのですが。

不遇の歴史家ダンカン・シュリークの一般向けの歴史書 The Early History of Ambergris の後書きを綴ろうとしているダンカンの姉、ジャニスの手記という体裁を最後まで貫いたこの物語は(ということでタイトルが Shriek: An Afterword なんですが)、行方不明になった弟の経歴を語ろうという建て前ながら、このジャニス、整理して客観的なポートレイトを仕上げるという才能がないんですね(う、まるでわたしみたい^^;)。余計なことまでだらだらと書いてしまって、時々は後書きの形式に戻ろうとはするんですが、結局は自伝と弟の伝記が入り混じった、編集の手の入っていない回想録もどきになってしまいます。

で、そのあまり上手くない思い出語りの中から、二人の生涯とアンバーグリスを覆う歴史の影や、日々の出来事が徐々に浮かび上がってくるという仕掛けなんですが、とくに幻想味の少ない前半部分は、語りに魅力がないことと相まって、繰り返しの多いまわりくどい印象が強いです。まあ中盤からストーリイはドラマチックに動くんですが、やっぱりこのジャニス、レポーターとしては失格かな。かなりえぐいことが起きてるくせに、緊張感のない語りのせいで盛り上がらないんですよね。傍から見ると滑稽なシーンでも、語り手にユーモアの感覚がないので不発に終わってますし。

アンバーグリスが属するこの国を統治するカリフから、顕彰の手紙をもらったことで喜びのあまり逝ってしまった歴史家の父を持つジャニスとダンカンの姉弟は、心を閉ざした母にも見捨てられた形でそれぞれの道をたどる。画家くずれの姉はひょんなことから新しい芸術ムーヴメントの流れに乗り、画廊の経営者として社交界の頂点に上り、パーティに入り浸っては放蕩の日々。いっぽう、姉がつねに気にかけている弟は、父の手稿をもとにアンバーグリスの歴史に潜む大きな謎の解明に没頭していた。

じつは、アンバーグリスの成立には血みどろの歴史があった。最初の植民者が先住民であるキノコの化身のような灰色頭(gray cap)を大量に虐殺し、灰色頭たちは絶滅したとも、地下へ潜ったともいわれていた。また、300年前には、淡水イカの祭りの間に、町に残っていた人々が忽然と消えうせるという静寂(silence)の悲劇があり、これは灰色頭たちの復讐だと噂されていた。ダンカンは父の研究や先人の歴史書に当たりながら、地下を探索し、「静寂」の真相を解明する手掛かりをつかんだと確信していた。だが、彼の論文は禁書となり、以降、奇矯な歴史家としてはみ出しものの烙印を押されることとなる。さらには、地下に潜ったときの経験がもとで、ダンカンの体はキノコと共生状態となっていた。

先住民の虐殺の上に町が成立しているという罪悪感が、灰色頭への恐怖という形で影を落とすアンバーグリスという舞台で、流行に置いていかれてついには自殺未遂と精神病院を経験するジャニスの凋落と、最後まで愛しながらも、恋人となった教え子メアリに自らの歴史観を否定されるという手ひどい仕打ちを受けるダンカンのドラマが進行する。ここでは、価値判断抜きに生の歴史の中で翻弄されるジャニスと、あやふやな情報でも歴史に取り込んで見直していこうとするダンカン、自分の目にしたものでも否定し優生主義にすがろうとするメアリの、3者の歴史観が提示され、現実の世界に対する問題提起が重ねられている。

いっぽう、19世紀末か20世紀初頭のアメリカの地方都市を思わせるようなノスタルジックな時代背景のアンバーグリスでは、出版業がかなりの力を握っていて、出版社を核にアンバーグリスを経済的に支配する勢力は、隣町との経済抗争から、市街戦を誘発してしまう。灰色頭から入手したと噂される胞子爆弾が炸裂する中、カリフの鎮圧部隊も参戦し、アンバーグリスの住民は何年もの間不安な戦火の日々を余儀なくされる。そして、ある年の淡水イカの祭りの日に、町を襲う恐怖は最高潮に達する……。

エキゾチズムを湛えた古風なローカル都市の物語が、ホラーのテイストも加味しながらドラマチックなダーク・ファンタジイへと変貌し、SF的な謎解きも臭わせながら、なにも説明せずに曖昧なまま終わる展開はなかなか好みなんですけどね、ともかく語り手が退屈すぎて、無駄に長い印象がぬぐえません。さらには、ダンカンやメアリの描写がジャニス経由のため、特にメアリの人柄やダンカンの純愛の部分が、リアルなものとして浮かび上がってこないのもマイナスですね。じつは、ジャニスがこの手記を書いた後、かなりキノコ化が進んだダンカンが読んで、ジャニスの独善的な回想にそれは違うと朱を入れていて(括弧書きで注釈という流れを妨げない工夫がされている)、それなりにユーモラスな部分もあるんですが、この語り口を正当化するほどの魅力はありませんね

ということで、色々な要素を作中に持ち込んで、うまくまとめ上げたという印象はあるんですが、語りの工夫が上手く機能していないため、中途半端にメインストリームを意識した切れ味の悪い作品になってしまっているように思います。ヴァンダーミア入門には避けたほうがいいですね。他の作品との位置関係に於いては、内容的には十分魅力的ですので、これだけ読まないというのは絶対もったいないですけど。

ちなみに、ヴァンダーミアは Shriek の専用のサイトだけじゃなく、ミニ・ムービーも作ってプロモーションしてるようなんですが、やっぱり見てみたいですね。そのうち手に入るようになるんでしょうか。

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Sunday, November 05, 2006

The Glass Books of the Dream Eaters, by Gordon Dahlquist

The Glass Books of the Dream Eaters



ううう、読んだわたしがバカでした(泣)

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The Meaning of Night, by Michael Cox

The Meaning of Night



  傑作!!!

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Sunday, October 29, 2006

"Remainder" by Tom McCarthy

Remainder以前、こちらで簡単な紹介のあった "Remainder" ですが、どうしようか迷ったあげく読んでみたら、これが大当たりでした。

空から何かが落ちてきた――主人公の男が覚えているのはそれだけで、事故以前の記憶はすっかり失ってしまう。そのときの怪我により簡単な動作もままならなくなった彼は、物を掴むにも手が動くその仕組みを理解することから始めなくてはならない。そのようにして頭で考えてから移るぎこちない自分の動作を彼は偽物と感じ、逆に芝居でしかない映画俳優のスムーズな動作を本物と思うようになる。

示談金850万ポンドという大金を得た彼は、その使い道を考えあぐねるが、ある日友人宅のトイレで目にした壁のひび割れに既視感を覚え、微かな記憶をもとに以前自分が住んでいたマンションを、金に糸目をつけず再現しようとする。

オーディションをしてマンションの住人まで再現しようとする彼の強迫観念はそれだけに留まらず、次から次へと新たなプロジェクトを生み出し、彼が「再演」と呼ぶそれらは、失った自分の過去を再構築するものから、徐々にエスカレートしていく。

記憶を失い周囲との接点を失った男が、大金を使い大勢を指揮し、まるでその穴埋めをするかのように繰り返し行う「再演」。強迫観念に駆られていく彼の心理と狂気が、一人称の形で淡々と語られていくさまは、けっこうスリリングでした。これが抑鬱的でなくかなりコミカルに書かれているので、それがまた彼の狂気の不気味さを際だたせているんですよね。なんとなく現代版実存主義文学という印象の作品でもありました。

これがマッカーシーのデビュー作とのことですが、1ページ目で本人に語らせる事故の説明の仕方からしてタダモノではない予感で、出だしから引き込まれてしまいました。今後も楽しみな作家です。

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Monday, October 23, 2006

His Majesty's Dragon, by Naomi Novik

His Majesty's Dragonアン・マキャフリイのパーンの竜騎士とパトリック・オブライアンの海洋冒険ものをミックスしたような作品で、ピーター・ジャクソンが映画化予定なんていったら、どうせお手軽な作りの薄っぺらな作品だろうと高をくくってたんですが、どうしてどうして、むちゃくちゃ面白かったです。

まあナポレオン戦争に竜が登場するというリージェンシーものといえる時代背景のため、同様にナポレオン戦争を題材にしたスザンナ・クラークの傑作 Jonathan Strange & Mr Norrell と比較される運命にはあるんですが、たしかに新しいアイデアも驚くような展開もなく、文章も回りくどさで時代の雰囲気を出したような並のレベルで、ファンタジイあるいは小説としては取り立てて見るべきものはありません。けど、冒険ものとしては文句のつけようがない楽しさなんですよね。

ナポレオンの軍勢がイギリスへ進出するのを押しとどめようと、ネルソン提督らが躍起になっている最中、イギリス海軍の船長ローレンスが、一隻のフランス船を拿捕します。一見何の変哲もない船ながら、船倉には巨大な竜の卵が積まれてました。戦闘用の竜の保有量ではフランスに大きく遅れを取るイギリスにとっては、竜の卵は貴重な戦利品でした。

ところが困ったことがひとつ。竜の卵がいまにも孵化しそうなのです。竜は誕生と同時にひとりの飛行士と絆を結び、その絆はどちらかが死ぬまで切れることはありません。そのため、竜を扱う精鋭部隊は空軍として独自の組織を持ち、ローレンスの属する海軍とは別の指揮系統下に置かれます。とはいえ、空軍基地に卵を送り届けているだけの時間はありません。やむなくクジで選んだ見習い船員を竜のパートナーにすることにします。

そして孵化した巨大な犬ほどの大きさの漆黒の竜。皆が見守る中、見習い船員が餌付けをしようとしますが、開口一番、竜が話しかけたのは船長のローレンスでした。卵の中で成長する間に外部の会話を耳にしてきた竜は、最初から流暢な英語を操ります。意を決して竜のパートナーとなったローレンスですが、それは海軍からの決別を意味しました。それだけではなく、つねに竜と行動を共にする飛行士は、まともな家庭も持てない運命にありました。大量に食料を摂取し日に日に巨大化する竜のテレメアとともに、婚約者とも別れ、空軍という新しい環境に放り込まれたローレンスの苦難の日々が始まります……。

とまあ、一旦は不運を覚悟したローレンスですが、じつはこの有名な戦艦の名前をもらったテメレアという竜がすごくいい子なんですよね。金の鎖をもらってはしゃいだり、ローレンスに本を読んでもらって見識を深めたり。最初は息子として、次には親友として、そして次第に絶対の信頼が置ける同僚として、パートナーの絆は深まっていきます。また、上下関係も緩く、ローレンスの目にはかなり風紀が乱れていると映った空軍も、テメレアのトレーニングを通して衝突を繰り返していくうちに、次第に身に馴染んでいきます。いっぽう、テメレアの素性についても、竜の権威に出会って、中国からの国外持ち出しは厳禁になっている、インペリアルという高度な知性を持つ希少種であることがわかります。じつは、中国からナポレオンへの献上品をイギリスが掻っ攫ったんでした。

次第にナポレオンの脅威が国土に迫る中、テメレアをまじえた若き竜たちの訓練の完了が急がれます。

一見お手軽な設定ながら、この作品が成功している理由のひとつは、組織の中で壁にぶつかりながらも、少々気短とはいえ辛抱強く自分の意思を通していくローレンスの小気味よさにあります。このあたりのドラマとカタルシスの開放は海洋冒険もの王道といえますね。また、成長すると体長10メートル、翼長30メートルに達する竜に小隊が乗り込んでの空中戦は、相手の竜に乗り移っての肉弾戦も含め、戦艦同士の海戦をそのままの迫力です。そして、船でありながら戦友である竜との心の交流も、ときにコミカル、ときにホロっとさせる魅力に満ちていて、ばかげた設定に見えながらも、逆に大きな強みになっています。

う~ん、男の世界……といいたいところですが、じつは竜によっては女性の飛行士しか受け付けないため、空軍には女性の兵士もいるんですよね。なにやら続巻以降ではローレンスのロマンスの気配も。このあたりは今風といえましょうか^^)

Temeraireともかく、海洋冒険ものの枠組みを十分に生かして、竜という花を添え、ごく丁寧に描かれたこの作品、映画化を待たずとも、翻訳されれば日本でもかなりのファンを獲得するんじゃないでしょうか。当初3部作といわれていましたが、作者のナオミ・ノヴィクは現在4作目を執筆中とのことで、ひょっとすると息の長いシリーズになるのかもしれません。オフィシャル・サイトには作者のブログも含めいろいろ補足情報があるようです。

ちなみにこの第1巻、アメリカ版はペーパーバックで出版され His Majesty's Dragon というタイトルですが、一足先に出たイギリス版は Temeraire というタイトルでハードバックになってます。このハードバックは今のうちに初版を押さえておいた方がよさそうですよ^^)

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Sunday, October 22, 2006

Un Lun Dun, by China Mieville

Un Lun Dun来年2月発売の作品ですが、ARC を手に入れたので読んじゃいました。

いやもうこれが楽しいのなんのって、モンスターが大好きというだけあって、ヘンテコな怪物のオンパレードですね(こちらで作者自身の挿絵がいくつか見られます)。大人向きの作品ではいやというくらいに重厚な描写に凝る作家ですが、今回はYAものということで、それほどの書き込みも必然性も要らないためか、もう大はしゃぎで好き勝手やってます^^; さすがミエヴィルだけあって、並みの作家の何冊分かのアイデアを惜しげもなくつぎ込んで、おもちゃ箱をひっくり返したというより、トイザラスが竜巻にあったような楽しさです。

タイトルの Un Lun Dun は、やっぱり unLondon でした。ザンナとディーバという二人の少女が、動物にじっと観察されたり、傘の化け物を目撃したりという奇妙な出来事に遭遇したあと、unLondon にまぎれ込みます。ここでは手足の生えたゴミや、立派な車掌の乗った旧式の二階建てバスなど、こちらの世界で捨てられたもの、時代遅れになったものが命を得て、ヘンテコな住人たちと共にシュールな世界を作り上げていました。

ところが、スモッグという悪者が、毒ガスを手に町を手中に収めようと悪巧みをめぐらしています。じつは、ザンナは、予言書にある shwazzy(フランス語の choisi = chosen が訛ったものらしい)として、町を救うべくこの世界へ呼び寄せられたもののよう。ということで、二人の少女は、本の服を身に着けた男や親切な車掌とともに、半幽霊の少年にまとわれつかれながら、サカナの泳ぐ空を飛ぶダブルデッカーで巨大昆虫と空中戦をしたり、屋根の上に住む人々に助けられたしながら、宙に浮く巨大な橋を目指します。

でまあ、ここまでが冒頭の5分の1程度なので、とても全体のあらすじを紹介する元気はありません。意外にも、主役と思しきザンナが早々と引っ込んで、脇役だとばかり思っていたディーバがじつは主役だったりと、クリシェになれたこちらの読みを裏切る展開にはことかきません。日常生活や常識をコミカルに茶化すパロディと、言葉遊びへのこだわりは、たしかに『不思議の国のアリス』や Phantom Tollbooth の世界ですね。主人公のディーバの性格が、フィリップ・プルマンの無愛想なライラではなく、ジョーン・エイキンの元気なダイドーなのは、これだけでも二重丸でしょう。

余談ですが、ジョーン・エイキンのファンだと公言している作家には、ミエヴィルのほかにもケリー・リンクやエリザベス・ハンド、リズ・ウィリアムズなんかがいますが、みんなストーリー・テリングの名手ですね^^) さもありなんという感じですけど。

ということで、タイトな作品作りや、ミエヴィルのいつもの重層的な世界を期待すると面食らいますが、two-fisted rollicking fun romp を探している人にはもうピッタリです。ミエヴィル入門にもちょうどいいかも知れません。しかしでも、こんなに一度に大量のアイデアを放り込んでしまって大丈夫なのかと思ったら、この世界を舞台にした作品のアイデアはまだいくつもあるそうで、やっぱり化け物作家だけのことはあります^^)

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Saturday, October 21, 2006

"Alabaster" by Caitlin R. Kiernan

Alabaster読みました~。なかなか好みだったです。

主人公はアルビーノでウサギのような赤い目を持つ少女ダンシー・フラマリオン。彼女は頭の中に鳴り響く「天使」の命を受け、ナイフ一本を携えモンスター退治のため、町から町へと流離います。この短編集には現時点で発表されているダンシー・シリーズの全5篇が収録されています。

最初の "Les Fleurs Empoisonnées" ではいきなり、短編集 To Charles Fort, with Love の "So Runs the World Away" に出てきたデッド・ガールとボビーに再会できて喜んでしまいました。この二人だけでもかなりアヤシイ……。彼女らが乗った車が拾ったヒッチハイカーの少女がダンシー。そしてその車が行き着いた先は、19世紀から代々子孫に受け継がれてきたお屋敷です。その女当主アラマットは The Stephens Ward Tea League and Society of Resurrectionists という女性だけの組織の長でもあります。そう、そこは女食屍鬼たちの館だったんです。これはダンシー対モンスターだけでなく、女食屍鬼同士の関係もけっこう楽しめる作品でした。

"The Well of Stars and Shadow" はダンシーが8歳のときの物語。アルビーノのダンシーは強い日差しを避けるため、夕暮れ時にならないと外に出ることができません。彼女は腰の辺りまで伸びた草を掻き分け、湖の畔にある黒人のジューブ爺さんの小屋まで遊びに行きます。そこで起こった奇怪な出来事…………。最初はほのぼのしていた子供と老人のやりとりだったのが、ミスター・ジューブは何かを察知すると緊張感を高め、ダンシーを護ろうとします。自然とともに生きる老人の知恵みたいなものがとてもよく描かれていて、かなり気に入った作品です。

"Waycross" は、ガイナンダーというモンスターの美しい小箱がダンシー見せた奇妙な物語。

表題作 "Alabaster" は、ダンシーがトイレに立ち寄ったガソリンスタンドが舞台。そこには Live Panther-Deadly Man Eater の看板があり、スタンドのおやじは本物のヒョウを飼っていると言い張ります。ダンシーは見たくてたまらないのですが、見物料を出さないと見せてくれないという。お金の無いダンシーがトイレの帰りにキャンベルスープをくすね、裏から出ようとすると……。

最後の "Bainbridge" は、19世紀末に建てられ、たくさんの霊が封印されている朽ちかけた教会に押し入るダンシー、闇の女王と天使の戦い("Murder of Angels" を読んでいると分かりやすいようです)、1982年フロリダのペンサコラ・ビーチをさまよう自殺願望の少女ジュリア・フラマリオン(!)、この時代も場所も異なる3つの物語が同時に語られ、それらが徐々に交わって行くちょっと複雑な構成の作品なのですが、これでダンシー・シリーズのおおまかな設定が分かるようになっています。

どれも、最初から敵が分かっていてダンシーが退治に行くというのではなく、天使のお告げの通りThresholdそこに行くとヘンなもんに出くわしてしまったという感じなのですが、読者側でも、いつどんなモンスターが出てくるのか最初は分からないので、これが逆によかったです。モンスターを次々と退治していく物語というと単純に思えるかもしれませんが、モンスター退治の場面はかなりあっさりしています。それよりも、アルビーノで特別な使命を課せられたダンシーの心理、エニグマティックな事象、そしてダンシーと他の登場人物(モンスターや物も含む)とのやりとりなどが楽しめる作品集でした。

ちなみに上記は収録されている順番にご紹介しましたが、年代順の目次というのもあってダンシーの子供時代から順に読むのもOK。ただ作者は上の順番が気に入っているそうで、私もこの順で読むのが最良だと思いました。

ダンシーが出てくる 2001年の長篇 "Threshold" のマスマーケット版が来年1月に出るみたいですね。

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The Keep, by Jennifer Egan

The Keepけっこう評判いいようなんですが、個人的には外れでした。ゴシックの古城を舞台にした幽霊劇と、メタフィクショナルな仕掛けっていうのが期待持たせたんですが、キャラクタに魅力がないしストーリーはどっちでもいいし、どうも合いませんね。

首になりかけのシステム屋さんが、欧州のとある国の古城をホテルに作り変えるという裕福な従兄弟の誘いに乗って、ネットとの接続を確保するための衛星受信のパラボラ・アンテナを抱えてやってくるんですが、その従兄弟というのが、昔遊び仲間と洞窟に置き去りにした相手で、果たして好意で呼んでくれたのか、それとも別に真意があるのか、二十年ぶりともなるとちょっと安心できません。

従兄弟の電話によれば、ドイツなのか、オーストリアなのか、はたまたチェコなのか、国境線が不安定なので定かでないという、人里離れた古城にやっと辿り着いた主人公は、テレビも電話も置かない、現代生活から隔絶したことを売り物にするホテルへの改装に携わるスタッフとともに、いささか不安な生活を始めますが、塔に居座って出てこないという元の持ち主の男爵夫人と出会ったあたりから、だんだん怪しい話に引き込まれていきます。

……というのが、刑務所で創作講座を受講する囚人が書き始めた物語。女性講師に手ほどきを受けて創作に目覚めた語り手は、無為の時間を埋め尽くすべくタイプをたたき続けます。

微妙にゴシックなモチーフを散りばめた話中話の部分と枠物語の部分が、最後につながってあっとびっくり! けどまあ真相は最後まで曖昧のまま……という仕掛けなんですが、ま、そのあたりはいいとしても、ストーリーの部分が今ふうに気取ってて、中途半端に表現上の小細工をするのでかなり興醒めなんですよね。コメディとしてもあんまり面白くないし。

いっそのことアンドリュウ・クルーミイにように飛んでしまうか、二コール・クラウスやカルロス・ルイス・サフォンのようにくさーい人情もの(褒めてます)にしてくれたらよかったんですけどね。まあさすがにジェレミー・ドロンフィールドみたいに器だけで中身なし(って、The Alchemist's Apprentice しか読んでないですけど)というほどではなくて、それなりの物語にはなってるし、様々な形の牢獄からの開放という、テーマ的にもプロット的にもちゃんと片はつけてるんですけど。ジャンルものの切れ味がないくせに小賢しいというのがいまひとつ乗れない理由でしょうか。

他の人の感想も聞いてみたいですね。まあジェニファー・イーガンならそのうち邦訳が出そうな感じですけど。

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Friday, October 20, 2006

Farewell Summer, by Ray Bradbury

Farewell Summer届いたんで一気に読んじゃいました^^;

う~ん、何もいうことはないですね。作品としてはそれほど出来がいいとも思いませんが、あの続編が読めるというだけでもう満足。散文詩のような文章は健在で、いかにもブラッドベリらしいイメージとアイデアがふんだんに散りばめられています。

夏が終わり、ふと、死の気配を感じたダグラスは、弟のトムや遊び仲間と、死を体現する老人たちや、死をもたらす時との戦いに挑みます。心臓の鼓動を忘れないようにメトロノームを身近から離さない老人をオモチャの鉄砲で撃ち殺し、その相棒を自転車で襲って脚を折らせたダグラスたちは、年を取らないためにお菓子を食べるのをやめたり、時計台に忍び込んで花火で時計を壊したりするんですが……このあたりのイメージ、懐かしいですね^^)

とはいえ、対する老人たちも負けてばかりではなく、心理戦で少年たちに年を取らせる作戦に出るんですが……このあたりの切り返しは、お約束とはいえ微笑ましいですね。まあ少女の登場や、死に対する生の連鎖のイメージはいまひとつですが、締めくくりの老人と少年の言葉を超えた対話が、どちらもブラッドベリを象徴してるみたいな感じで、なんとも印象的です。

しかしでも、『たんぽぽのお酒』を最後に読んだのはもうン十年も前なので、今読んだらどんな感じがするんでしょうね。

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Thursday, October 19, 2006

Do the Creepy Thing, by Graham Joyce

Do the Creepy Thingグレアム・ジョイスの TWOC に続く児童書第2弾です。

前作は少年が主人公でしたが、こんどの主人公は女の子。ものわかりのいい母親と二人暮らしで、なんでも一緒にする親友もいるし、ボーイフレンド(らしきもの)にもことかかない、まあそれほど悩みもないふつーの少女です。

けど、普通だからといって問題がまったくないということじゃないんです。母親はボーイフレンドだといって、よりにもよって主人公が通う中学校の数学の先生を連れてくるし(まー悪い人じゃないんですけど、これはどーかと思いますよね)、ボーイフレンドもうじうじしてるばかりで頼りないし、親友の家庭は飲んだくれの父親のせいでひどいことになってるみたいだし。

で、そんな主人公が親友と二人でときどきする冒険が、真夜中に他人の家に忍び込んで、眠っている人の顔に鼻を近づけて15秒数えるという、肝試しのような creepy thing という遊び。人のものを盗むわけではないし、まだ一度も見つかったことはないので、なにも悪いことをしているという意識はありません。

ところが、ある老女の家に忍び込み、15秒数え終わったかと思ったときに、突然老女が目を見開き、主人公の腕をぐいとつかんで銀のブレスレットをはめてしまいます。ほうほうの体で逃げ出した主人公ですが、どうあがいてもブレスレットは取れません。さらに悪いことに、次の日の朝起きてみると、ブレスレットは消えたものの、代わりに刺青のような痕がうっすらと残っていました。

ということで、老女にかけられた呪いを背負って、主人公の苦難が始まります。

刺青を消すための資金稼ぎに、親友と二人でバーのグラスを片付けるアルバイトを始めれば、酔っ払いにはからまれるし、やっとお金が溜まって刺青を消してもらおうとすれば、高価なレーザー治療器は轟音と共に壊れてしまうし、母のボーイフレンド(つまり学校の先生)に連れられていった教会では、牧師に悪魔が憑いていると罵られるし、へんなサングラスの女には付きまとわれるし……。

老女に取り入って解いてもらおうにも、ジプシーにかけられた呪いを何十年ぶりかで他人に押し付けた老女は、主人公をお手伝いのようにこき使うばかりでせいせいした顔。

けど、ブレスレットの力は、けっして呪いなんかではありませんでした。しだいに人のこころの動きが感じられるようになった主人公は、周囲の人々の真意や弱点を理解するにつれて、逆に自分から働きかけることの重要性に気づいていきます。

ううむ、やっぱり典型的なグレアム・ジョイスの作品(vintage Joyce)ですね。超自然な要素がけっして悪意の発露ではなく、重荷として受けとめた主人公の真摯な行動が、最後には開放へと向かわせるポジティヴな展開は、いつもどおりに読んでいて気持ちがいいです。

まあ大人向けの作品と比べるとあっさりはしてますけど、TWOC のように特殊な状況を相手にしなくても、ごく普通の日常に繊細な視線を向けて、そこに潜むわだかまりをつかみ出し、逆に肯定的なパワーに変えてしまうジョイスの心霊治療師的な手際は、相変わらず見事です。

なんかこの人って、傑作以外書けないんですかね^^)

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Wednesday, October 18, 2006

The Stone Ship, by Peter Raftos

The Stone ShipInternational Horror Guild Awards の候補にもなっている作品ですが、オーストラリアの小出版社から出た新人作家のものということで、ネットの口コミで話題にならなかったら、人知れず消えてしまったかもしれません。そんなあたりも含めて、かなり obscure な本です。

結婚したばかりの妻を亡くし悲嘆にくれる主人公は、いずことも知れぬ孤島を訪れ死のうとしますが、そこには先住者がいました。つまりはまあ、主人公と同じことを考え、自ら命を絶った男が、成仏できずに幽霊としてくすぶっていたんですね。主人公は、どうせ死ぬつもりなら、幽霊からすべてを奪ったある大学教授に復讐する手助けをして欲しいと頼まれます。出鼻をくじかれた形の主人公は、思い切って死ぬこともできず、このかなり怪しい幽霊の依頼に乗ってみることにします。う~ん、このなさけない主人公のキャラクタ設定がなんとも秀逸。

二人が向かった先は、いずことも知れぬ国の海辺にある、ただ「大学」とのみ呼ばれる巨大な施設でした。ただひとつの橋により浜辺と結ばれ、海中にそびえる大学は、さながら表紙で描かれたバベルの塔のおもむき(モン・サン・ミッシェルみたいな感じなんですかね)。いっぽう、海辺には、入学許可を待つ学生や使用人への志願者で、大きな町ができていました。主人公は使用人としてもぐりこもうとしますが、お役所仕事を絵に描いたようなこの町では、申し込みをするだけでもあちこちの窓口をたらい回しされ、一向に埒が明きません。とはいえ、もともと官吏出身の主人公、賄賂の使い方はお手のものでした。

首尾よく図書館の雑用係として採用された主人公ですが、早々に迷路のような図書館で阿鼻叫喚の騒乱に巻き込まれます。この図書館では、哲学の奥の院を筆頭に、最下層の辺縁に配置された人文科学まで、ジャンルによる階級体制が敷かれ、ときどき行われる階級の入れ替えに、図書館員たちが暴動を起こしていたのでした。難を逃れた学生たちとともに、図書館の地下へと向かった主人公は、廃れてしまった学説や流行遅れの文学が、インクを吸い取られ白紙の本へと変えられていく様子を目にします……。

ということで、官僚主義のはびこる大学を皮肉ったリアリズム……いえ、パロディですが、基本的に寓話というよりは、グロテスクでお馬鹿な逸脱を楽しむタイプの本ですね。カフカ風の官僚主義の悪夢というよりは、ゴーメンガーストの醜怪な奇想といいますか。200年以上もこの世界を牛耳る学長や、大学の地下に棲む死肉喰らいの怪物も登場しますよ。でまあ、幽霊の復讐譚もじつのところマクガフィンで、当然のことながらアンチ・クライマックスな展開に向かうんですが、最後の最後で見せるスペクタクルにはウケちゃいました。

大向うを唸らせるような傑作とはいいませんけど、ゴシックな暗い笑いが好きな人、とくにジェフリイ・フォードの『白い果実』なんかに目がない人なら、泣いて喜ぶような作品でしょう。

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Monday, October 16, 2006

Never the Bride, by Paul Magrs

Never the Brideなかなか楽しかったですよ。

北海沿岸のタラの水揚げで有名な港町ウィットビイで、波乱万丈の生活から足を洗って、余生は静かに暮らしたいというブレンダが、念願のベッド・アンド・ブレックファストを開きます。友達はといえば、隣の骨董屋の女主人エフィ。ところが老女の願いとは裏腹に、二人のまわりで起きるのはヘンテコな出来事ばかり。

突然若返った知り合いの謎を追ってビューティー・パーラーに潜入すれば怪しい陰謀がうごめいているし、クリスマス・エルフの衣装を着た若者を侍らせているホテルの女支配人の周りでは行方不明が続出するし、人里はなれた田舎から出てきたというB&Bの泊り客の一家はなにやら人間離れしてるし、ブレンダの父親がテレビのイカサマ霊媒師の口を借りて、地獄の口が開こうとしているので気をつけろと警告を発するし……。

ところがこのブレンダ、ミス・マープル風の設定かと思いきや、かなりの肉体派。若返り機は壊してしまうし、光線銃の攻撃からは身を挺してエフィを守るし、並大抵の作りではないのです。それもそのはず、ブレンダはじつはXXXなのでした(いちおう伏字にしておきます^^)。ううむ、顔の縫い目は濃い化粧で隠しているし、両手両足のサイズの違いはそれほど目立つわけでもないんですけどね。いっぽう、エフィのほうも、本人は知ってか知らずか、やはり並みの人間ではない様子。

ということで、この老女のコンビが、地獄の口が開くのに合わせて町へとやってくる怪人怪物に伍して、人類の危機を救う大活躍をするんですが、やむなく事件に巻き込まれるブレンダの奥ゆかしさと、エフィののほほんさがなんとも魅力的。続編も用意されているということなので楽しみです。ちなみにウィットビイはブラム・ストーカーの故郷ということで、当然おなじみの怪人も登場します。

設定としてはハロウィンに合わせて怪人が大集合する手の作品と同系列なんですが、大きく違うのは、作者が英国産の怪物に拘っていることですかね。アメリカ的なホラー色を廃して、シェリー、ストーカーからスティーヴンスン、ウェルズと、怪奇小説の根っ子はイギリスにあるんだといわんばかりに、古典からパルプ・フィクションまでのモチーフを次々と繰り出してきます。まあこのあたりの古典にはあまり詳しくないので、実際はわたしが気づいた以上に色々な古典からの借用が隠されていそうです。

ジャスパー・フォードがもう少し高級な文芸作品のパロディを手掛けているのに対し、こちらは大衆小説で同じことをやろうとしているようですね。フォードほどの新奇さはありませんが、かなり気まぐれな展開というか、素人臭さが味になっているフォードに対し、こちらは手馴れた上手さを感じます。

作者のポール・マーズ(あるいはモーズ)は、本職は大学の創作講座の教師で、1969年生まれとまだ若いながら、ドクター・フーの脚本やフランチャイズものを手掛けたり、児童書でもごく良質の作品を書いているという(Exchange はかなりよかったですよ)かなりのベテラン。この作品でブレイクしなかったとしても、いつかは傑作をものする人じゃないでしょうか。ともかく楽しみなシリーズがひとつ増えました。

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Tuesday, October 10, 2006

The Great Victorian Collection, by Brian Moore

The Great Victorian Collectionということで読みましたが、ううむ、なんか微妙。

ヴィクトリア朝を専門とする美術の教授が、学会で訪れたついでに泊まったカリフォルニアのカーメルのモーテルで奇妙な夢を見るんですが……。前の晩、モーテルの隣の広大な空き地だったはずのところを埋め尽くすのは、まるで骨董市が引っ越してきたかのようなヴィクトリア朝の美術品の数々。

ところがこの宝の山、目を覚まして消えるどころか、世界中の美術館や著名なコレクターが所蔵する逸品と寸分の違いもない粋を集めたものだった。なかには記録に残っているだけで散逸してしまったと思しき品も混じっていたり、一画にはポルノがびっしり詰まった隠し部屋がしつらえてあったりと、疑いもなくヴィクトリア朝の家具調度、書籍、美術品の世界一のコレクションだった。

ということで、夢のようなというより、夢から生まれたヴィクトリア朝の一大コレクションが、専門家の手により紛れもない本物であることが立証されるんですが、ここに困ったことがひとつ。教授が町を離れようとすると、一部が日本製の粗悪な模造品に変わったり、雨が降ってきたりするんですね。でまあモーテルでずっと過ごすことになった教授、コレクションの一部とも見紛うような新聞記者のガールフレンドに横恋慕し、秘書に仕立て上げるんですが……。

まあミイラ取りがミイラになったようなコメディではあるんですが、じつのところかなりポイントレスな話で、なんとも身も蓋もない結末が待ってます。ま、チャーミングといえなくないこともないんですが、同じムーアでもクリストファー・ムーアあたりがこの設定で書いてくれたほうが、もっとオフビートで楽しいものになったかもと思わせるような作品でした。なんとなくタイトル負けしてます。

作者のブライアン・ムーアは、ブッカー賞に3度もノミネートされたというかなりの大家みたいですので、他の作品はもっと力作なのかもしれないですね。

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Tuesday, October 03, 2006

"Jabberwocky" by Lewis Carroll, Joel Stewart (Illustrator)

Jabberwockyヴィクトリア朝強化月間(?)ということで、出たのは2003年とちょっと古いですが、お馴染みルイス・キャロルの『ジャバーウォック』の絵本なんていかがでしょう?(←無理矢理こじつけ)

イラストはジョエル・スチュワート。この本、最近買ったんですが、絵がとってもかわいくて、すごーく気に入っています。表紙の色といい、縁飾りといい、まるであの時代の絵本みたい(一瞬、怪獣カネゴンかと思っちゃいましたけど)。タイトルページをめくって出てくるのはいかにもヴィクトリアンなお父さんと子供のイラスト。オマケにこれまたヴィクトリアンなエドワード・リア調の、人間の顔をしたヘンテコな動物も出てきて、ナンセンスさが光ってます。そしてなによりいいのは、少年の表情と動き。それらがジャバーウォックの詩にぴったり合ってます。Moon Zoo

ジョエル・スチュワートの絵本は、あと "Moon Zoo" も買ったのですが、キャロル・アン・ダフィーの詩にイラストをつけた、タイトル通り月の動物園を描いたこの絵本も、とっても夢があってよかったです。同じコンビの "Underwater Farmyard" も欲しかったのですが、絶版のようで残念です。

あと "The Adventures of a Nose" なんていう、鼻が自分の落ち着き先を探しに旅に出るお話もあって、これも楽しそう。出版日は今年になっていますが、2003年の再版のようです。

ジョエル・スチュワートご本人のサイトで、各絵本の中を少し見ることができます。

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Tuesday, September 12, 2006

Black Swan Green, by David Mitchell

Black Swan Greenデイヴィッド・ミッチェルは最初に手にした Cloud Atlas がむちゃくちゃ気に入って、発表順の逆に読んで行ったんですが、number9dream はいまひとつかなと思っていたところが、デビュウ作の Ghostwritten でぶっとんで、お気に入りの作家のひとりになってます。

とはいえ今年の Black Swan Green は半自叙伝的な少年時代ものということで、あまり触手が伸びず……、じゃなくって、食指が動かず躊躇してたんですが、ブラッドベリの『たんぽぽのお酒』とかマキャモンの『少年時代』のように、幻想が忍び寄るような作品の可能性もあるじゃないかと思い直し、手を出してみることにしました。実際は幻想的なところはほとんどなく、あからさまなギミックを廃したストレートな少年期もので、けっして悪くはないんですけどね、わたしがミッチェルに期待するような作品ではありませんでした。まあ作者が意図していないところをあげつらってケチをつけるなと書いたばかりですが、いまひとつインパクトに欠ける作品です。

1983年の1月から翌年の1月まで、イギリス中部の田舎町ブラック・スワン・グリーンを舞台に、13才の少年の13ヶ月を13のエピソードで綴ったという、短編を積み重ねたような構成は作者のいつものパターン。ただ、今回はミッチェルのものとしては珍しく、主人公のジェイスン・テイラーは素直に感情移入できる引っ込み思案な少年という設定で、物語はジェイスンの日常を離れることはない。大手スーパー・チェーンのやり手のマネージャの父親と、趣味で始めたアート・ギャラリーが軌道に乗り始めた母親、大学進学が決まった皮肉屋の姉という家族の元で、一見何不自由のない生活を送っている。

ところがこのジェイスン、町の少年たちの間ではペッキング・オーダーの下から数えたほうが早い位置に甘んじていて、いつ苛められっ子になってもおかしくないような不安定な存在。なぜかといえば、ジェイスンが少々どもるからだった。「ハングマン」と名づけた悪意に満ちた存在が、油断をしている隙を狙って、n や s といった子音のスムーズな発音を妨げるのである。

さらに悪いことに、ジェイスンは本好きだった。ナヨナヨしているというだけでゲイとみなされ迫害を受ける子供社会において、本好きというのは致命的な欠点だった。その上、ジェイスンは誰にもいえない秘密を抱えていた。エリオット・ボリヴァーのという名前で、教区のパンフレットにこっそりと詩を投稿していたのである。詩を書いているなんていうことがばれたら、仲間たちから袋叩きにされるのは確実だった。

そして、ジェイスンに恐怖の時が訪れる。よりにもよって、隣町で母親と映画館に入るところを、少年のひとりに見つかってしまったのである……。

ということで、コンプレックスを抱えた多感な少年が、自然や町の人々とのやりとり、学校生活を背景に、いじめへの恐怖や男勝りの少女への憧れ、父親への幻滅と両親の不和を経験していく、ごく等身大の日常が全体の大部分を占めた作品。とはいえ、ノスタルジイにおもねるというよりは、ジェイスンの目を通して、遠景となるサッチャー政権下の影の部分である不況や、弱者に冷たい社会、フォークランド戦争、消費主義の台頭といった社会の変化を巧みに照らし出し、ある時代の記録を意識した作りにもなっている。

ただしまあ、ジェイスンもひ弱なばかりの少年というわけではなく、好奇心の赴くままに危うい行動をして、傍から見ればユーモラスとしか思えない状況に自ら陥るといった具合で、本人にしてみればシリアスな出来事が、読者の目にはファースとして映り、逆になんでもない描写にはっとさせられる二重性はなかなかなもの。

そして、どもりの原因となる単語を避けるために、常に別の言葉を探るジェイスンは、必然的に言葉と表現に敏感になる。マダム・クロムリンクという奇妙な老婦人にエリオット・ボリヴァーであることを看破されたジェイスンは、「クラウド・アトラス6重奏曲」の鳴り響く婦人の居間で、今まで自分の書いていた詩が飾りだらけの真似事に過ぎなかったことを思い知らされる(そうそう、Cloud Atlas に登場した老作曲家の娘が、こんなところに顔を出してるんですね。ほかにもジョン・レノンの number9dream が思いもかけないところで登場したりと、このあたりはミッチェルのファンならではの楽しみです)。

そう、主人公の作家としての成長の物語が、この作品のテーマのひとつとなっているのだ。ただし、13才という年齢設定に合わせた扱いのため、この部分はかなりベーシックで、いまひとつ中途半端という感じは否めない。それよりは、作品全体が1982年当時のイギリス中部の田舎の少年たちの間で使われた言葉で彩られていることのほうが、言葉というモチーフに直結しているだろうか。何かといえば "ace" や "epic" を連発するジェイスンのモノローグは、なかなか生きのいい語りの空間を作り出している。

さらに、意図的にばら撒かれた当時のテレビ番組や映画、ゲームやファッション、若者たちのアイドルに菓子類といったポップ・カルチャーへの言及が、ジェイスンの日常にアクセントを与えている。とくにポピュラー・ソングの扱いは徹底していて、80年代初頭の「ブリティッシュ・インヴェイジョン」という言葉に聞き覚えのある人であれば、曲のタイトルだけでメロディが頭の中で鳴り響くというなんともうれしい構成となっている(ほとんどの曲がすぐさま思い浮かぶので、自分でもびっくりしました。ひとつひとつの曲に明確な個性があった時代、そしてみんなが同じ曲を聴いていた時代だったんですね)。

さて、お目当ての幻想に彩られた場面はあったかといえば、冒頭に置かれた、凍った湖で足をくじいた少年が、見知らぬ老婆に湿布してもらうエピソードは、グリム童話の森を舞台にしたかのような恐怖譚のおもむきで期待させるし、ところどころにジェイスンのキャラクターから滲み出す詩的なシーンや、小説上の仕掛けから導き出される意外性が顔を出すものの、基本的には普通の思春期の少年の等身大の日常を描いた小説という枠から大きく踏み出すことはない。

この、「普通の思春期の少年」の「等身大の日常」を描いた「小説」ということが、よくも悪くもこの作品の枠となっているように思える。ポジティヴな側面としては、現実に徹することで、大仰な仕掛けに頼ることなく、登場人物の日常に寄り添って、丁寧に扱ったささいなディテールから人と社会、時代を再構築していることが見受けられ、これはいわばミッチェルが今まで批判されてきた人物造型の弱さや日常性の不在に焦点を当てた結果であり、その意味では成功しているといえる。

しかしながら、「普通の思春期の少年」というのは、少女も同様だが、それ自体はけっしてスリリングな存在ではない。「等身大の日常」は、逆に捉えれば、大きな飛躍はできないということだ。「小説」であるということは、いかにうまく書かれていようと、現実の迫真性を放棄したということである。現実的な少年の視点に縛られたことで、結果として人や社会、時代を描く筆も制限を受け、作者が重要視していると思われる「若き作家の肖像」の部分も、いまひとつ竜頭蛇尾の感が否めない。

作者の実体験だという「どもり」を切り口としたわけだが、これもいささか手法としては弱いといわざるを得ない。例えば、同様の視点で成功したマーク・ハッドンの『夜中に犬に起こった奇妙な事件』や、ジョナサン・レセムの『マザーレス・ブルックリン』は、普通ではない主人公を設定することで、見慣れた日常にスリルを持ち込んだ。DBC・ピエールの Vernon God Little は、主人公のハイパーアクティヴともいえる大仰な語りでスラップスティックを通した社会風刺を実現している。あるいは、ミッチェルがこの作品を半自伝的な小説ではなく、メモワールとして書いたのであれば、作者の実像がもっと真摯に伝わってくるものとなったかもしれない。さらにいえば、『たんぽぽのお酒』や『少年時代』、あるいはグレアム・ジョイスの Tooth Fairy や The Facts of Life のように、現実を補強する幻想を梃子にすれば、よりダイナミックな作品作りができたのではないだろうか。

ベストセラーや長く読み継がれる作品には、欠点があったとしても何らかのオーラやカリスマが宿っていると思っているが、どうもミッチェルの Black Swan Green には、これといった欠点はないものの、そのカリスマが感じられない。残念ながら上述の作品と並べられるほどの傑作とはいえないようだ。

とまあ、どうも後半は勝手な期待による文句ばかり並べてしまいましたが、作品としてはけっしてつまらないものではなく、十分楽しめるし、読む価値はあります。ただまあこれがブッカー賞の最有力候補とはとても思えないですね。逆に、ミッチェルのファンとしては、この作品で受賞して欲しくはないです。ショートリストの発表がもうすぐですが、番狂わせで選から漏れてもわたしは驚きませんぞ(いやまあこっそりとがっかりはしますけど)。

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Sunday, September 10, 2006

Leonardo, the Terrible Monster, by Mo Willems

Leonardo, the Terrible Monster怖がってもらえないのはオオカミだけじゃないみたいですよ。

去年出た絵本なんですが、こちらでは誰も怖がってくれないモンスターが、弱虫の少年を見つけておどかしてやろうとするのですが、首尾よく泣き出したと思ったら、あれやこれやとひどい目にあってる少年なんですよね。同情したレオナルドは少年をなぐさめる羽目に……。

かわいいモンスターと優しい色調のシンプルな絵がなかなかいいんですよ。作者のモー・ウィレムズは、Don't Let the Pigeon Drive the Bus! のシリーズで有名な人ですね。おや、新刊の Edwina, the Dinosaur Who Didn't Know She Was Extinct もなにやら面白そう^^)

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Sunday, August 20, 2006

"The Last Witchfinder" by James Morrow

The Last Witchfinderこの物語の舞台は、17世紀の終わりから18世紀にかけてのイギリスとその植民地北アメリカ。近代科学の萌芽期で、一般の人々はまだまだ非科学的な迷信に囚われていた時代だ。その迷信の中の最たるものは「魔女の存在」で、合法的に魔女狩りが盛んに行われていた時代でもある。実際、1692年アメリカの、悪名高きセイレムの魔女裁判では、多くの無実の人々が魔女として処刑されている。

主人公ジャネットの父も、魔女を見つけ出す仕事を天職とし、誇りを持って取り組んでいたひとりだ。そして将来跡取りとなる息子ダンスタンを連れて魔女狩りに出ては、そのノウハウを息子に伝授していた。一方、女であるため留守番をせざるを得なかったジャネットは、その間、亡くなった母の姉妹である叔母イゾベルに預けられるのだが、未亡人の彼女はラテン語や最新の自然科学に通じていて、実際の実験を通してそれらを十代始めの姪とその友人に教えるのだった。そんな彼女らの尊敬する人物は『プリンキピア』を著したアイザック・ニュートンだ。

ところがイゾベルの動物解剖実験が魔女の所業と告発され、ジャネットの父は義理の姉妹を魔女裁判にかけ、処刑することを余儀なくされる。そしてかわいがってくれた叔母の悲惨な最期を見たジャネットは、彼女の仇を取るために、魔女や悪魔の存在を科学をもって否定することに生涯をかけることを心に誓う。

叔母の裁判で「魔女」の非科学性を証言してもらおうとニュートンに会いに行ったり、父が左遷させられたアメリカでインディアンの襲撃にあって誘拐されたり、ベンジャミン・フランクリンと電撃的な恋愛をしたり(フランクリン18歳、ジャネット40代!)、イギリスからアメリカに渡る途中で船が難破して無人島で暮らしたり、魔女であることを否定するための自分の裁判でモンテスキューに弁護してもらったり……。知的で冒険心があって、信念を持って正しいと思ったことに突っ走るジャネットは、モロウの代表作のひとつ "Only Begotten Daughter" の主人公ジュリーと同様、とても魅力的だ。ただ今回は、スラップスティック的な実在の人物との絡みは別として、実際のできごとについての綿密な調査をもとに書かれた作品なので、ファンタジーではなく歴史小説として読んだほうがいいだろう。

この作品にはもうひとりの異色の語り部がいる。それがニュートンを父と呼ぶ『プリンキピア』なのだが、客観的に語られる他の部分とは違い、こちらのほうはかなり作者の主張や感情が盛り込まれていて、作者の分身のようにも思える。「魔女裁判」をテーマパークのようにして町おこしに使ってる、現在のセイレムに対する憤りなどは、作者の意見そのままだろう。

モロウの作品であるからには、ただの歴史小説ではありえない。本書の中で直接糾弾されているのは魔女を信じた者たちだが、聡明な女性や、情け深いインディアンらの登場人物が配されていることにより、当時非科学的な根拠によって差別を受けたのは魔女の烙印を押された人々だけではないことも同時に伝わってきた。権力や、無知蒙昧な人々の盲信によって生じた差別だが、同じ血を分けた姉弟の対立が描かれていることによって、主義や信条には生まれや遺伝は無関係で、なにより教育が重要であることも再認識させられた。

歴史小説ではあるのだが、モロウにとって今の時代にこれを書かなくてはならない理由があったのだと思う。

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Saturday, August 19, 2006

"Meerkat Mail" by Emily Gravett

Meerkat Mailううう、かわいい~~~。これは文句なしに超オススメ!!!

表紙はホントの郵便物みたい。宛名の紙がちょっと汚れて角が剥がれてたり、蟻が潰れてへばりついてたり(リアルに汁が出てるし)、おお、その横には蟻が囓った穴が! 作者の名前のところもここだけつや出しなので、思わず本物のシールかと思ってカリカリ爪で引っ掻いてしまいました(印刷でした)。スタンプの滲み具合も、結んである紐も(これも印刷です)いい味だしてますね~。なんだかミアキャットから本当に郵便が届いたような錯覚に陥って、表紙を見るだけでとってもうれしい気分になります。

表紙だけでもかなりの満足感ですが、表紙を開けると……ぎゃ~~~、見開きがミアキャットのフォトアルバムになってて、親戚一同のスナップ写真やら記念写真やらがうじゃうじゃ。これがまた仕草とか表情とか、どれもいいんです(感涙)。本文に入る前にこんなに喜んじゃっていいんでしょうか?

そして本文。ミアキャットの少年サニーは、大家族にほとほとうんざりして、ひとり旅に出ることにします。この絵本の大部分は、彼があちこちから家族に送った絵はがきで構成されています。これがすごく上手い。絵はがきを使うアイディアもなかなかだけど、その文や文字から彼の気持ちがよ~く伝わってくる、そのワザがすばらしいです。

絵もまた、よ~く見ると、いろいろ細かいとことか笑えて、本当にユーモアのセンスがいいんです。あと、観察力がすごいなと感動してしまいました。

個人的には "Wolves" を越えた気がしますが、いかがでしょうか?

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Tuesday, August 08, 2006

"Best New Horror", by Joe Hill

Postscripts 3ジョウ・ヒルの短編集はスリップケース入りの豪華本を買ってしまったので大事に保管してるので(箱に詰めたまま行方不明ともいう)、たまたま出てきた Postscripts 3 に載っている World Fantasy Award の短編部門の候補作を読んでみました(PS Publishing にある目次はかなり現物と違ってて、ジョウ・ヒルの名前さえ出てきませんが、ちゃんと掲載されてます)。うむむ、これはファンタジイというよりはタイトルそのまんまの作品じゃないですか^^;

ホラーの新人作家の年刊ベスト・アンソロジイ Best New Horror を16年にわたって編んできた主人公、最近はマンネリ化してほとほと嫌気がさしている。ところが、年刊ベストの選考用に送られてきたある大学の学内誌に、荒削りながらホラーの真髄を体現したような新しい才能を発見する。じつは、その作品を掲載した編集者が、あまりの不道徳な内容にその職を追われたといういわく付きのものだった。

……大男に拉致された少女が放り込まれた車のバックシートには、両目を刳り抜かれ瞼をスマイリー・バッジで止められた少年が乗っていた。舌を切り取られながらも辛うじて逃れた少女は、十年の辛酸ののち、再び悲劇へと導かれる。そこには見えざる恐怖が現実の姿をとって現れたというある種の充足感があるのだった……

主人公は作者とコンタクトを取るべく方々を当たるが、奇矯な噂を耳にするばかりで一向に要領を得ない。だが、作者の故郷で開かれたホラーのコンヴェンションに出向いた主人公は、ついにその足取りをつかんで……。う~ん、あとは読んでのお楽しみですね。いやまあ、ご想像通りの結末ですけど(笑)

すっきりとした文章で、じわじわと恐怖を盛り上げていく描写もなかなかで、たしかに評判になるだけのことはありますね。メタフィクショナルな要素も強く、作中でホラーに惹かれる理由や、ホラーの書き方についてそれとなく解説しているあたりも説得力があります。バーカーやゲイマンやリンク、あるいは「たたり」や「キャリー」など、実際の作家や映画に言及してみたり、13歳の年に読んだ『ゲイルズバーグの春を愛す』でファンタジイに開眼したくだりなど、自伝的な要素も微笑ましく、ちゃっかりとワールド・ファンタジイコンの名前も出してたりとなかなかお茶目。きちんとしたホラーを書きながら、こうした細部に目配りが利いているところが評価を得ているんでしょうか。

ずば抜けた傑作というよりはよくまとまった佳品という印象ですが、たしかに期待したくなる作家ですね。でもやっぱり、ファンタジイ好きよりはホラー・ファン向けだと思いますけど。ちゃんと警告しましたから、読んで怖かったといってわたしに文句いわないでくださいね。

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Monday, August 07, 2006

"CommComm", by George Saunders

ジョージ・ソーンダース(ソーンダーズが正しいと思いますが)の World Fantasy Award の候補になっている短編 "CommComm" がニューヨーカーにありましたので読んでみました。

ビーバーの生息地にある軍の施設で、危険区域にビーバーが入り込まないように除去するはずの職員が、大量にビーバーを毒殺してしまう。主人公は地域住民の感情をなだめる役目の軍の広報官。あくまで環境を保護するために除去が必要であること、またビーバーのためには別に繁殖地を準備している旨を当たり障りなく説明した声明で、なんとか騒ぎをくい止める。

この「生かすために殺す」というモチーフを冒頭に据え、ストーリーはそれぞれに家庭の悲劇を抱えた広報部員たちを追う。寝たきりになった妻を看病する口うるさい上司、何かにつけ神の助けを口にする同僚。主人公はといえば、家に帰れば撃ち殺された両親の幽霊が待っているのだった。

あるとき、オフィスが強烈な異臭に包まれる。上司の打ち明け話によれば、施設の敷地内で昔の遺骸が掘り出されたのだという。これが公になれば、ただでさえ煙たがられている施設が、遺跡保護の名目で移転を余儀なくされることは目に見えている。崩れかけた家庭と職場を守ろうと主人公に助けを求める上司のせいで、軋んでいた歯車の狂いがさらに増幅されていく……。

プロット自身はブラッドベリあたりでも書きそうな、いわばゴースト・ストーリーの一種なんですが、現実とは微妙にズレたちょいと先の未来を思わせるような皮肉な手触りがこの人の特徴なんでしょうか。テーマ的にもグロテスクな現実に直結してますし。結末で、「生かすために殺す」というモチーフをさらっと反転させる手際はたしかに納得できるんですが、どうもファンタジイとして読むには地に縛られ過ぎてる感じですね。ごく評判のいい作品のようですので、わたしの感覚がずれてるのだろうとは思いますけど。

In Persuasion Nationまあニューヨーカーの短編はスティーヴン・ミルハウザーケヴィン・ブロックマイヤーチャールズ・ダンブロージオのものなどいくつか拾い読みしてきたんですけど、なんか中年のホワイトカラーの都市生活者に焦点を絞っている印象が強いですね。実験的側面も弱いし。たしかにしっかりしたテーマはあるんですが、現実を意識させるものばかりで、少なくとも最近の作品は正直あんまり好みじゃないです。このあたりがニューヨーカーの特徴なんでしょうか。quark さんが解説/反論してくれるかな?

ちなみにこの作品、4月に出た第3短編集 In Persuasion Nation の巻末に置かれ、ソーンダースの代表作のひとつとなっているようです。前作はそのうち読もうと積んではあるんですが、どうもあんまり好みの作家じゃないような気がしてきました……などと書いたら、Gardener さんあたりからボロクソに叩かれたりして^^; まじに他の方の感想を訊きたいですね。

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Friday, June 23, 2006

The Book of Everything, by Guus Kuijer

The Book of Everything大胆なタイトルとカエルの表紙につられて手を出してしまいましたが、なかなかの傑作でしたよ。

50年代初頭の戦火のまだ冷めやらぬアムステルダムで、父母と姉とともに暮らすトマスは、大人になったら何になるのかと訊かれて、幸福になると答えるような少年。なぜかといえば、厳格な父親がかなりの難物で、トマスが賛美歌の歌詞を間違えたからといって、木の杓子で尻をいやというほど叩くような性格なのだ。けど、トマスが気にしているのは自分の尻のことなんかじゃなくて、彼をかばって叩かれた母親のことだった。

遠くの公園で木の葉が突風に吹きちぎられるのがわかったり、運河に熱帯魚が泳いでいるのが見えたりするトマスは、自分のノートに "Book of Everything" という名前を付け、見たこと、思ったことをなんでも書き入れていく。そこには、時々現れるキリストとの会話や、父親なんてペストで死ねばいいという願いも書き込まれている。まあ、ペストってなんだかよく知らないんだけど。

そう、トマスの日常は不思議なことばかり。荷物運びを手伝っておそるおそる足を踏み入れた隣の魔女のお婆さんの家では、ベートーベンの音楽とともに、二人の座った椅子がふわふわと宙を漂うし、父親の語るエジプトを襲う災いのくだりでは、水槽の水が真っ赤になったり、カエルの大群が通りを埋め尽くしたり……。まあ、そのたびにトマスは父親からお仕置きを食うんだけど。

ううむ、狂信的な父親の影に怯える少年の話なんですが、いや、意外と明るいです。ちょっとマジカル・リアリズムふうのエピソードが微妙にコミカルですし、最後には家庭内暴力という時代を超えた問題に、トマスを取り巻く女性軍が一致団結して立ち向かうという意外な展開も新鮮です。1時間ちょっとで読み終わってしまうような短い物語ですけど、タイトルに負けないだけの中身がしっかり詰まってますね。

作者の Guus Kuijer はオランダのベテラン児童書作家だそうです。"Kuiper" が「カイパー」なので「カイヤー」かと思ったら、「フース・コイヤー」という名前で邦訳作品もあるようですね。この作品は英訳ですけど、訳者が上手いんでしょうか、知らずに読んだら翻訳とは気づかないような鮮やかな英文になってます。大人向けの作品でも評価の高い翻訳者の手によるもののようですね。オススメ~。

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Sunday, May 07, 2006

"Lion's Honey : The Myth of Samson" (The Myth V) by David Grossman, Stuart Schoffman (Translator)

Lion's Honey世界の神話シリーズ5巻目にして初めて、ギリシャ・ローマ圏外の神話の登場です。この "Lion's Honey" で、イスラエルのユダヤ人作家デイヴィッド・グロスマンは、ユダヤ人の英雄サムソンの真の姿を探ります。

ユダヤの子供にとってサムソンは、ライオンを素手で引き裂き、ペリシテ人との戦いではユダヤ人を先導する英雄。ところが旧約聖書の士師記で伝えられる彼は、神の使命を課されて生まれたものの、次々と困難に見舞われ、最後には愛するデリラの裏切りによってペリシテ人の手に渡され、壮絶な最期を遂げる孤独な人物です。旧約聖書にある記述に納得のいく背景説明を付し、旧約聖書には書かれていない登場人物の感情にまで踏み込むことによって、無味乾燥な聖書のエピソードを血の通ったひとりの人間の苦悩の物語に高めているのがこの作品。サムソン伝説についてのエッセイであるのに、小説を読んだような読後感が残るのはそのためでしょう。

30人もの何の罪もないペリシテ人を殺したり、300匹のキツネを2匹ずつ尻尾で結び、それに火をつけてペリシテ人の農耕地を焼き払ったり、驢馬の顎の骨で1,000人のペリシテ人を殴殺したり、サムソンのやることは狂暴で弁解の余地は全くないのですが、それらの行動を作者は、屈強な身体に子供のような精神を持ったサムソンのアンバランスさ、繰り返される裏切りへの報復、そして特別な使命を持って生まれたため相手と親密さを築けない苛立ちなどが起因となっているとして、そのときどきの彼の精神状態を分析していきます。タイトルも、サムソンを語る上で重要なエピソードから取られています(注:昔は現イスラエルのあたりにもライオンが生息していたそうです)。

もちろん聖書に書かれていることは全て真実とは限らないのですが、それを出発点としてユダヤ人の英雄サムソンの人物像を、ユダヤ人の視点であざやかに肉付けした作品といえるでしょう。

作者のグロスマンは邦訳のある『ヨルダン川西岸―アラブ人とユダヤ人』や『ユダヤ国家のパレスチナ人』など、パレスチナ問題に関する著作を始め、多くの本を出版しています。

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Sunday, April 16, 2006

"The Secret Supper" by Javier Sierra

The Secret Supper「ヨーロッパで大ベストセラー」という宣伝文句につられて読んでみましたが、納得のおもしろさでした。歴史ミステリ好きの方にはオススメの一冊です。

本題に入る前に告白しますと、同じ「最後の晩餐」の謎を扱った『ダ・ヴィンチ・コード』は実は読んでないんです。レンヌ・ル・シャトーとか、マグダラのマリア信仰とかだったら、荒俣宏の『レックス・ムンディ』を読んで知ってるし、ハリウッド映画的なノリという噂を聞くとどうも……。というわけで『ダ・ヴィンチ・コード』と比べることはできませんので、悪しからず。でも最後の晩餐のこの謎のほうは『ダ・ヴィンチ・コード』では言及されていないんじゃないでしょうか。

舞台は15世紀末イタリア。ダ・ヴィンチが自分の作品に異端的なメッセージを隠しているという「予言者」からの告発を受けた法王庁は、傘下の秘密スパイ組織から、暗号解読などに長けた修道士アゴスティノ・レイレを調査に送り出します。エジプトに隠棲している80代になったレイレが、自分しか知らない当時の秘密を手記に残すという形で語られるのがこの物語。

1497年1月、ミラノ公イル・モーロの年若い身重の妻ベアトリーチェ・デステが急逝し、その混乱に乗じて、レイレは問題の「最後の晩餐」の制作が進んでいるミラノのサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会に「休暇」と偽って滞在します。そして、まずは「予言者」の手紙にある暗号から、その告発の主を捜すことから始めます。しかし教会内の協力者の謎の死など、彼の調査には困難が立ちふさがります。

金で法王の座を買ったスペイン・ボルジア家出身のアレクサンデル6世、フィレンツェで前例のない形の「岩窟の聖母」を描いて問題を起こしたばかりのダ・ヴィンチ、そのあと彼の庇護者になったミラノ公イル・モーロもまた、古代エジプトや古代ギリシャ哲学に傾倒する異端の輩、と実在の登場人物だけでもクセのある人たちばかりで興味深く、その中に身を置く主人公を通して、その時代の雰囲気がとてもよく伝わってきます。

ダ・ヴィンチが影響を受けた、13世紀のドミニコ会士ヤコブス・デ・ヴォラギネの『黄金伝説』を拠り所とした「最後の晩餐」のメッセージ解読はあっぱれでしたが、そこに至るまでのいろいろな情報もとても楽しめました。そしてなにより、ローマ・カトリック教会から見れば異端であるカタリ派について、カトリック国スペインの作者ハビエル・シエラが公正な目で書いているのが素晴らしいですね。謎解きもいいのですが、こちらのほうがより印象に残りました。

この本のサイトによれば、作者は実在する文書を参考に現地に赴いて調査することによって、歴史的な謎を解明することを目指していて、この作品の調査の旅にも3年をかけたそうです。同じ「最後の晩餐」の謎を巡る物語でも、切り口の違うこの作品は『ダ・ヴィンチ・コード』を読んだ人も楽しめるのではないかと思います。

この作品、翻訳も含めて既に37ヶ国で出版されているそうですが、サイトにある今年までの出版分をみても、日本は見あたりませんね~。お隣の韓国でも去年出てるみたいですけど、完全に乗り遅れてるでしょうか。

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Monday, April 10, 2006

"In the Reign of Harad IV" by Steven Millhauser

ブッシュがこんどはイラン空爆を画策中の記事を見にニューヨーカーに行ったら、ミルハウザーの新作短編に出くわしたので、こっちを読んじゃいました。

ハラド4世の宮殿でミニチュア製作に携わる彫刻家、普段は王宮内の家具調度や、600室を擁するというトイ・ハウスの装飾や修繕に腐心していたが、ミニチュアのリンゴに止まる超小型のハエを設えたことから、レンズで拡大しないと見えない極小の模型の製作に没頭していく。サクランボの種に刻んだ36頭の象に、トイ・ハウスの26部屋を再現した指貫。最初は面白がって見ていたハラド4世も、次第に呆れ顔。

だが、彫刻家の探求は止むことをしらず、自分の世界に閉じこもる孤高の天才という、いつものミルハウザーの展開へ。弟子にまで見放された彫刻家は、レンズを通してさえ見えないトイ・ハウスの忠実な模型を完成させ、ついには、王国全体のミニチュア化へと駆り立てられていく。

状況は異なりますが、なにやら裸の王様のような結末ですね。際限のないオブセッションのエスカレーションが、普遍的なテーマではあるんですけど、まるで今のブッシュを描いているように読み取れてしまいました。ミルハウザーにしては小粒(笑)な作品ですけど、短いので読んでも損はないと思います。

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Monday, April 03, 2006

"The Brief History of the Dead" by Kevin Brockmeier

The Brief History of the Deadケヴィン・ブロックマイアの新作長編に対するパトリック・マグラアの否定的な書評がちょっと話題になってます。感情移入できる登場人物がいないので折角のアイデアを無駄にしてしまったというかなりきつ~いコメントなんですが、マグラアを除くと総じて評判はいいようですね。

ということで気になってるんですが、注文した本はまだ海の上(のはず)なので、ウェブで読めるこの長編のベースとなった 2003年のニューヨーカーの同名の短編を味見してみました。長編では冒頭の一章として使われているようです。

あるものは砂漠に飲まれ、あるものは海で溺れ、またあるものは高い木に絡め取られてと、様々な道のりを経て死者が集まる無名の町。死ぬときに見た光景は人それぞれでも、この町にやってきた者が共通して経験したのは、低い太鼓の響き、あるいは巨人の心臓の鼓動のようなドン、ドンという音だった。あるものは今でもその音が時折聞こえるという。

どこか懐かしいような田舎町のたたずまいを見せるこの世界では、これといった事件が起こるでもなく、平凡な日常が流れていた。ただひとつの変化は、どこからともなく新しい人々が現れて、いつのまにかいずこかへ去っていくこと。時によりやってくる人々の数が急激に増え、同時に多くが足早に消えていく……。

生きている人々の記憶に留まっているあいだだけ死者が逗留する境界地帯という設定で、そこを行き来する人々のあやふやな話から、生者の世界での出来事が間接的にほの見えてくるという構成です。世界各地での紛争が徐々に激しさを増し、いずこかの国が解き放った致死性のウィルスが蔓延した暗い近未来像が焦点を結んでいきます。いとおしげに描かれた平凡な日常との対比がかなりインパクトがありますね。

この短編を見る限りでは、ジャンル色を弱めたテッド・チャンか、あからさまなユーモアを控えたジェイムズ・モロウのような雰囲気です。あるいは、奇妙な状況に置かれた庶民の物語ということで、ジョゼ・サラマーゴの『白い闇』のような感じもありますね。感情移入できる物語かどうかは、客観描写による寓意的なこの短編だけでは判断できないといったところ。

長編では、南極で遭難したためにウイルスの感染を免れた女性と、その女性の記憶のみに支えられた一握りの死者の物語がメインになるようです。どう考えてもハッピー・エンドにはなりそうにないですが、先行きが気になるので、やっぱり読んでしまいそう。

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Sunday, April 02, 2006

"To Charles Fort, with Love" by Caitlin R. Kiernan

To Charles Fort, with Love

International Horror Guild Award の候補者としては常連で、受賞も何度かしている彼女の作品を読むのは初めてなのですが、この短編集はなかなかよかったです(で、なんかもっと、すご~くアヤシイ人かと思っていたら、ぜんぜん違いました。すみません)。

超自然現象を収集したジャーナリスト、チャールズ・フォートに捧げられていることから分かるように、どれもが科学では解明できないような不思議な出来事を巡る物語です。

古代生物の足跡らしきものを調査していた研究者が惨殺死体で発見され、現地に行ってその謎を探る元恋人の研究者の物語 "Valentia"、近所で殺人事件があったあとパーティのウィージャ・ボードを使った余興で不思議なメッセージが綴られる "Spindleshanks"、日照りが続いているのに何故か日増しに大きくなる水溜まりが不気味な "Standing Water"、バスルームで異様な体験をする "Onion"、犬の亡霊らしきものに悩まされる主婦の物語 "Apokatastasis"、子供の頃の姉妹の事故死を心の奥底に封印し精神科医にかかっている女性の幻想的な物語 "La Peau Verte、1890年に建てられ当時の持ち主の名を取って「ダンドリッジの屋敷」と呼ばれる幽霊屋敷の不思議な物語3編を集めた "The Dandridge Cycle" など、チャールズ・フォートが生きていたら取材してしまいそうなストーリーばかりです。あと Dead Girl が主人公の、あっちの世界の人々が出てくるちょっとコミカルな作品もあります。

その中の多くが、ほんとうに怪奇現象が起こったのか、それとも精神的な錯覚なのか、あやふやなところが逆に真実味があってよかったです。それだけでなく、人々の描写がとても上手いんですよね。私は結構気に入りましたが、謎の解明を求める人には不満が残るんじゃないでしょうか。そういう人は読まないほうがいいと思います。

というわけで、「エニグマティック」という言葉がぴったりな、味わい深い短編集でした。「ホラー」だけじゃなくて、他の賞も取って欲しいですね。

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Thursday, March 30, 2006

'The Second Coming of Charles Darwin' by James Morrow

Kame_1 Amazon.comから、ジェイムズ・モロウの短篇のお知らせが来たので買ってみました。
Amazon Shortsで購入するのは初めてですが、49セントってのは安い!感激!
他には、あんまり目ぼしいのはなさそうですけど……。

実はモロウをまともに読んだのは初めてなんですが、Lilithさんのレヴューから察しますに、典型的にモロウらしい作品なのではないかと思います。

近未来の教会関係者が、無神論者どもが信奉する進化論に業を煮やして馬鹿なことを思いつきます。ビーグル号に乗ったダーウィンが到着する前のガラパゴス諸島にタイムラベルして生態系を無茶苦茶にしてしまえば、進化論は誕生しなかったに違いないぞと。そうして生み出されたのが本編の語り手である人造ゾウガメのオマール。教会カルトの若者と共に1835年のガラパゴス諸島に降り立った亀は、ナノテク・マシーンを駆使して、ダーウィンの霊感源となった島の固有種を次々と単一種に変換していくのだが……

という感じで展開する、何というかバカSFなんですけど、ラストには宗教的エピファニーにも似たオチが用意されていて、moralisiticとかsatiricalと評されることの多いモロウらしさが色濃く出ておりました。
しかし、はっきり言って私は、こういうオチは嫌いです。恩田陸の『蒲公英草紙』にも同じような感想を抱いたので、きわめて個人的な趣向の問題だというのは承知してるんですが、物語の最後に奇跡を持ってきてすべてを解決してしまうというのは卑怯に感じてしまうんです。神の横暴に怒りを感じるのと同様に、作者の横暴に怒りを感じます。まあ、でも……作品として完成度が高いのはわかってるんですけどね。

気になったこと①
Amazon Shortsで購入したこの短篇はPDFファイルでダウンロードできるんですけど、普通ならイタリック体になってる部分が、下線で表示されてます。別にタイプ原稿を装ってるわけでもなんでもないわけで、なんでわざわざこうなってるのか不思議です。

気になったこと②
完全に人工的に作られた語り手の亀のことを、モロウは「サイボーグ」と呼んでます。しかし、みなさんご存知の通り、サイボーグというのは人工的なパーツで強化された人間ないしは生物のことであって、完全な人工物のことをサイボーグと称することはありません。SFの伝統のなかでもなかったはずです。モロウともあろう人がそれをご存知ないとは思えないのですが、ひょっとして最近はその辺の定義が曖昧になってるんでしょうかね???

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Wednesday, March 22, 2006

"Orange Pear Apple Bear" by Emily Gravett

Orange Pear Apple Bearく~~~っ。またまたやってくれました!

"Wolves" はあちこち仕掛けがあって、それを見つける楽しさがあったんですが、こちらは大胆不敵なシンプルさ! それでいて思わず「ぷっ」って笑っちゃうんですよね。

いやもう、すごいです。参りました。でも人によっては怒るかも~。

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Sunday, March 12, 2006

"The Helmet of Horror: The Myth of Theseus and the Minotaur" (The Myths IV) by Victor Pelevin, Andrew Bromfield (Translator)

The Helmet of Horror世界の神話シリーズ4人目は、『虫の生活』『青い火影』の邦訳があるロシアのヴィクトル・ペレーヴィンです。彼が選んだのは、ギリシャ神話のテセウスとミノタウロスの物語。とは言っても、アリアドネから渡された糸玉を持って迷宮に入り、牛頭人身のミノタウロスを殺したのち、糸を辿って無事迷宮から脱出した英雄テセウスの物語とはかなり違います。

ギリシャ神話のエピソードから、難問を解く方法を「アリアドネの糸」と言いますが、この作品の Ariadne's Thread はチャットルームで彼女が始めたスレッド。それはこんなふうに始まります。

I shall construct a labyrinth in which I can lose myself, together with anyone who tries to find me -- who said this and about what?

このアリアドネのスレッドで行われたチャットの記録がひとつの作品になっているという、ちょっと変わった形式の物語です。

最終的な参加者は、Ariadne、Organizm(-:、Romeo-y-Cohiba、Nutscracker、Monstradamus、IsoldA、UGLI 666、Sartrik の、見ず知らずの男女合計8名。チャットをしていくうちに、全員が同じようなホテルの部屋にいること、どうやってそこに行き着いたのか誰も記憶がないことなどが分かっていきます。スレッドを始めたアリアドネ自身、夢の中で聞いた言葉を忘れないように書き留めただけで、他の人たちも無意識のうちにチャットに参加していました。そして、ハンドルが自動的に割り当てられたものであったり、名前や出身地や職業など個人を特定するような情報は伏せ字になってしまったり、お腹が空いたと書けば食べ物が出てきたり、このチャットが誰かの監視下に置かれていることが歴然としていきます。

この謎を解くため、アリアドネが直前に見た夢について語ります。彼女は、ふたりの小人を従えた背の高い男を見かけるのですが、小人によると男の名前はアステリスクで、神をも凌ぐ存在とのこと。彼の頭は牛頭のような形をした、内部が複雑な機構のヘルメット(注:被っているのではなく、頭自体がヘルメット)で、これがタイトルになっている「The Helmet of Horror」です。

彼らは同じような部屋にいながら、ドアを開けるとそれぞれが違う迷路に出て、各人がそこで不思議な体験をします。そしてお互い会うこともままならないまま、チャットが続いていきます。

彼らを救うテセウスは現れるのか、それともこの中の誰かがテセウスなのか? 過去・現在・未来に関する特殊な機構を持つ謎のヘルメットは一体何を意味しているのか? アステリスクの目的は? 閉塞状態の中でそんなことを語り合う彼らのチャットを通して、シュールでちょっと哲学的な雰囲気を味わえる、ミノタウロスとラビリンスのもうひとつの物語でした。

この翻訳はまだ出てなくて、角川の神話シリーズ専用サイトを見ても予定とかも書いてないですね~。

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Sunday, March 05, 2006

"Captain Arsenio: Invention and (Mis) Adventures in Flight" by Pablo Bernasconi

Captain Arsenio: Invention and (Mis) Adventures in Flightくくく……、ひ~、おかしい~~~。というわけで、"The Wizard, The Ugly, And The Book Of Shame" のパブロ・ベルナスコーニのもうひとつの絵本 "Captain Arsenio: Invention and (Mis) Adventures in Flight"、安売り店に注文したら在庫切れで待たされたのですが、やっと届いたので今読みました。

空を飛ぶことは昔からの人類の夢。1782年、パタゴニアに住む機械いじりが大好きなチーズ職人アルセニオも、人類初の飛行を目指しました。そしてなんと(!)彼の18ものプロジェクトが克明に記録された貴重な飛行日誌が発見されたんです。この絵本ではそのうちの6つが紹介されています(一番終わりには、18全部がどんなのか一覧できるようになってます)。

カナリアの群れをつないだり、バネの力を利用したり、回し車のハムスターを動力に使ったり、それぞれがめちゃくちゃお馬鹿で楽しいんです。でもその気持ちとっても分かるんですよね~。計画の段階では自信満々。それなのに……。当の飛行実験(失敗)の様子がそれぞれ秒刻み分刻みでユーモアたっぷりに描写されていて、そのギャップが笑えます。

そして一番最後のページ、果たして彼の実験は成功したのかどうか……ここのところがすごくいいんですよ~。

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Saturday, March 04, 2006

"The Yellow Wall-Paper", by Charlotte Perkins Gilman

Charlotte Perkins Gilmanナオミ・ミッチスンの話題で、アメリカの女性活動家の一人、シャーロット・パーキンス・ギルマンの短編を思い出しました。

"The Yellow Wall-Paper" という、閉じ込められた部屋の黄色の壁紙に恐怖を掻き立てられる女性を描いた、19世紀末のホラーの一編とも抑圧された女性の叫びとも取れる自伝的な短編ですが、シャーリー・ジャクスンの先駆ともいえるようなかなり異様な作品です。

知り合いによると、黄色が臭いに転化された共感覚を扱ったものだということですが、そこまでははっきりとは分からないものの、雰囲気を肌触りとして表現した作品ではありますね。

どなたかが翻訳したものもこちらで読めるようです。

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Friday, March 03, 2006

"Travel Light" by Naomi Mitchison

lol Small Beer Pressが出している復刻シリーズPeapod Classicsの第2弾です。a nanny mouseさんによるご紹介はこちら

王女として生まれながら継母に疎まれ、熊に変身した乳母とドラゴンに育てられるという数奇な運命の持ち主ハラが主人公ということで、サンプルをお読みの方ならご存知の通り、ちょっと奇妙なおとぎ話風に物語は始まります。

育て親のドラゴンを人間に殺され、自らが宝物の所有者となったハラは、疑心暗鬼に捕われ身動きがとれなくなります。そんな時、現われた片目の男こそ、万物の父たるオーディン。宝物を封印し、「旅は身軽にするものさ」と忠告を与えます。そう、タイトルの"Travel Light"は、「旅の光」じゃなくて、「旅は身軽に」って意味だったんですね。

育て親のドラゴンから聞いていた伝説の龍が支配する都市ミックルガルドを目指して旅をするハラは、マロブから来た三人の男たちと知り合います。土地を支配する代官が圧制を強いていて、皇帝に直訴に向かう途中なのだとか。オーディンにもらったマントのおかげでどんな言葉でも話せるハラは、彼らの通訳を引き受けることになります。

……というあたりで、わかってくるんですが、ミックルガルドとは神聖ローマ帝国の首都コンスタンティノープルであり、特殊なキリスト教が発達した国マロブとはアルメニアに他なりません。おとぎ話に思われた物語は、いつの間にか現実を色濃く反映する苦いものへと変わっていきます。

賄賂が横行し腐敗しきった教会=政治組織を前に、貧しいマロブ人たちの訴えなど聞き入れられるはずもありません。が、ドラゴン仕込みのハラの活躍で、ついに皇帝に直接訴えることに成功します。とはいえ、その結末はかならずしも明るいものとは言えません。

この小説で一貫しているのは、つねに強者に虐げられる弱者の視点に立っているということ。しかも、それが最高の略奪者であるべきドラゴンを自認する少女の視点から語られているのが面白いところです。
「私がもっと若い頃にこんな本があればねぇ……」と嘆いたというル=グインの友人の言葉が身に染みます。人は何を大切にすべきなのか?。誰を友とし、誰と戦うべきなのか?。柄にもなく私にまでそんなことを考えさせてしまう、小さな傑作でありました。

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Sunday, February 12, 2006

"A Short History of Myth" (The Myths I) by Karen Armstrong

A Short History of Myth合計100冊の本が30年以上かけて出版される予定の世界の神話シリーズ。これにはもちろん小説だけでなく、ノンフィクションも含まれます。その第一弾となるのがこの作品 "A Short History of Myth"。人類の長い歴史の中で、神話の性質と役割がどのように変化していったのか俯瞰するのに絶好の書で、シリーズ一作目にとても相応しい作品でした。

ネアンデルタール人の墓からは、彼らが来世を信じていたことを示唆する副葬品が出土されているそうです。人類は最初期から現実とは異なる世界に思いを馳せていたんですね。人類の歴史イコール神話の歴史と言っても過言ではなさそうです。

「神話とは何か?」という問いかけで始まるこの本は、「旧石器時代(狩猟民の神話)20,000 - 8,000BC」「新石器時代(農耕民の神話)8,000 - 4,000BC」「古代文明時代 4,000 - 800BC」「(各宗教や儒教が芽生えたヤスパースの言う)軸の時代 800 - 200BC」「軸の時代以降 200BC - AD1,500」「西洋の大変容 AD1,500 - 2,000」というように、人類と神話の関わり方が大きく変わる節目ごとに章が区切られています。

自分の命を懸けて狩りに出た時代から、天候や自然災害により収穫が左右された時代に変わると、人間が超自然的なものに求めるものも変化します。古代文明時代には似たような神話を持ちながらも地域色が出ていたり、英雄伝に重きを置く文化があったりさまざまです。また時代が下ると、宗教や近代科学との折り合いなど微妙な問題も出てきます。それらが具体的な例を挙げて分かりやすく説明されています。

そして合理的精神に支配される現代。神話を信じるものはいなくなりましたが、作者は殺伐とした現在こそ神話を必要とする時代だと説きます。神話とともに生きてきた人類。その時々の困難を乗り越えるため、人類は本能的にその必要性を感じ自らに適した神話を創りだしてしてきたのだと思います。

これからこのシリーズで語られる神話も、何らかの形で読者に作用していくのかもしれません。無駄なようでいて恐るべき効用があるのが神話だということがよく分かる一冊でした。

作者のカレン・アームストロングは、カトリック教会の尼僧から作家に転身した異色の経歴の持ち主で、『聖戦の歴史―十字軍遠征から湾岸戦争まで』など多数の宗教関連の著作があります。

本書は『神話がわたしたちに語ること』のタイトルで邦訳が出ています。

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Sunday, February 05, 2006

"Weight : The Myth of Atlas and Heracles" (The Myths III) by Jeanette Winterson

Weight現代作家が語る世界の神話シリーズで、ジャネット・ウィンターソンが選んだのはアトラスとヘラクレスの物語。前書によると、原稿依頼の電話を切るときには、もうこれに決めていたんだとか。電話中に、まるでこのときを待っていたかのように、ふと思いついた物語。この企画がなければ書くこともなかったであろう物語。

巨人族のアトラスは、ゼウス率いるオリュンポス神との戦いで破れ、蒼穹を支える罰を受けます。一方、半神半人のヘラクレスは、気が触れて自分の子供を殺した償いとして、神託に従いエウリュステウス王に仕えることになります。彼に課せられた12の難題のひとつが、アトラスの作ったヘスペリデスの園から黄金の林檎を取ってくること。そして、ヘラクレスはアトラスの支える天を一時肩代わりして、アトラスに林檎を取って来させることにします。

ギリシャ神話のアトラスとヘラクレスの別々の物語が交わるこのエピソードで、ふたりがともに課せられた重荷(一方は文字通りの重荷、他方は難題)を背負っているという共通点に着目し、それをテーマにまで高めたのがこのウィンターソンの物語。

本書にも出てくるのですが、毎朝ゼウスの大鷲に食われた内臓が、夜にはまた再生する責め苦を受けるプロメテウス。彼はコーカサスの岩山に鎖でつながれているので、逃れる術はありません。ところがそんな頸木のないアトラスとヘラクレスなのに、彼らは何も考えずに課せられた罰を黙々とこなしているんですよね。重荷を降ろしてみたらどうなるんでしょう?

他人の指示に無条件に従うことの気軽さ、束縛されず自由に自分の未来を築くことの重さ。そんなことが、いくつかのエピソードを通して伝わってくる物語でした。

ここでは、アトラスは海神ポセイドンと大地の子とされているのですが、冒頭の「無限の海」と「境界を持つ大地」の関係の描写がとてもよかったです。その後に語られる自由と束縛の物語を巻頭で暗示してもいるのですね。

ところで本の見返しにある、ボディビルの人がポーズ取ってるみたいなイラストは、もしかして荷を降ろしてすっきりしているアトラスでしょうか?(かなりヘンです)

この作品も『永遠を背負う男』のタイトルで邦訳が出ています。

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Sunday, January 29, 2006

"The Penelopiad: The Myth of Penelope and Odysseus"(The Myths II) by Margaret Atwood

The Penelopiad"The Penelopiad" は、現代作家が神話を語り直す The Myths シリーズの一冊で、副題通りオデュッセウスとペネロペ夫婦の物語。翻訳『ペネロピアド』も既に発売されていますが、第一回配本の三冊をまとめた Box Set が安く手に入ったので、そちらを買って読みました。

ペネロペといえば貞淑な妻の代名詞。彼女は、新婚時代にトロイア戦争に駆り出された夫オデュッセウスを、戦争中の10年間+漂流の長旅(実は寄り道?)の10年間、合わせて20年ただひたすら辛抱強く待ち続けたという、妻の鑑みたいな人です。その間、夫の無事の帰還を信じ「義父の死装束を織り終えたら再婚相手を決めます」と言って100人以上もの求婚者を退けつづけ、昼に織った分を夜にこっそりほどいてはその決断の日を遅らせたという、ちょっとした機知の持ち主でもあります。

以上が、ギリシャ神話で知られているペネロペ像なのですが、このマーガレット・アトウッドの "The Penelopiad" では、すでに死んで冥界にいる彼女自身が、あまり知られていないその生い立ちから語り始めます。

この作品はギリシャ神話好きには堪らないですね。ホメロスらによって伝えられている事がかなり細部まで再現されているだけでなく、語られていない部分を埋めるようにしてペネロペの心情やその行為に至る動機が吐露されていきます。とは言っても、それらは容易に想像のつくことではあるので、それだけでは読者としては満たされません。この作品の魅力は、ペネロペの独白の合間にギリシャの古典劇に倣ってコロスを置いたことで際だってきます。それがあの殺された12人の女中によって詠われるので、鬼気迫るものがあるんですよね。並んで首を吊られ、宙に浮いた足をひくつかせながら訴える彼女らのコロスによって、神話やペネロペの独白だけでは明らかにならない秘密が、徐々に暴かれていきます。

神話にあるように12人の女中はなぜ殺されなくてはならなかったのか、アトウッドはその謎に明解な理由を与えるだけでなく、さらに一歩進んでその象徴するところにまで言及していきます。これも女中たちのコロスによって明かされるのですが、無学な彼女らの教養ある読者に対する問いかけ(講義)という手法で、それがとても効果的に心に響いてきます。

本筋とは関係ありませんが、ギリシャ神話は現代人の感覚からするとかなり不道徳なところがあるのですが、それについては物語の中で自然な形で断り書きをするという配慮がされています。余計なことのように思えますが、ギリシャ神話を読んだことがない人は「女性蔑視だ!」と怒っちゃうからでしょうね。

数々の冒険談で知られ、またトロイの木馬を考案するなど狡知にも長けたオデュッセウスと、良妻賢母型のペネロペは、どうみても不釣り合いな気がしていたのですが、アトウッドの描く本当の(?)ペネロペを知ると、とてもお似合いのカップルだということが分りました。

この作品はギリシャ神話に慣れ親しんだ人だけでなく、全然知らない人にもオススメです。

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Sunday, January 22, 2006

"The Metabarons: Othon & Honorata, Volume 1" by Alexandro Jodorowsky, Juan Gimenez (Illustrator)

Metabarons, The: Othon & Honorataエル・トポ』『サンタ・サングレ』などのカルト映画でお馴染みのチリ出身の監督アレハンドロ・ホドロフスキー原作、アルゼンチン出身のイラストレータ、フアン・ヒメネス画のSF系バンド・デシネ Metabarons 全3巻のうちの1巻目を読みました。オリジナルのフランス語版からの英訳です。

(ボケ役?の)ロボットにお話をせがまれて、当代メタバロンに仕えるもう一人のロボットが語る、メタバロン家の英雄叙事詩。ときどきこのロボット同士のおしゃべりが挿入されて話の流れが途切れるのですが、お馬鹿なやりとりとは言え、これが結構物語にメリハリをつけたり自然に場面転換するのに役立っていて、これはこれでなかなかいいアイディアでした。

この巻で語られるのは、現メタバロンの高祖父にあたるオトン(Othon)が家長になり、その息子アグナー(Aghnar)を後継者として認めるまでです。

良質の大理石を産するマルモラ星に代々続く士族メタバロン家。その世襲の儀式では、相続者が戦士の家柄の長として相応しいかどうかが試されます。物語の要は、どのようにして彼らが難関を突破して家長の座についてきたか、その一点なのですが、この巻では家宝の秘油を狙った侵略者との戦い、後継者問題、候補者の生まれながらの弱点の克服など、相続に直接・間接的に関連するいくつかのエピソードが加わることによって、物語に深みが増しています。そしてアクションあり人間としての悩みありの、息つく暇もなくスリリングで、たったの130ページとは思えないほど濃厚な作品となっています。巻末についている短篇 "The Crest of the Castaka" では、メタバロン家の始祖がマルモラ星に居を構えることになった経緯と、家長が代々身体に受け継ぐ神秘的な飛鳥の家紋の秘密が明かされます。

なお、メタバロンの名の由来は meta + baron で、代々の家長の身体の一部が必ずなんらかの理由で欠損していて、金属で補われているためです(欠損がなくて、無理矢理埋め込む場合もあり)。

この作品の最大の特徴は、日本文化をかなり意識しているところでしょう。戦闘服はちょこっと鎧兜のようだし、忍者みたいな格好で短剣で闘ったり、また、紫色の袈裟を纏った高僧みたいな人物も出てくるんですよね。一瞬ちゃんばら物かと思っちゃいそうなコマも……。そういった外見だけでなく、忠誠心や精神的なものを重んじている点など、ほんとうに昔の日本の武士のようです。"Death is the worrior's only choice. We'd rather die fighting than live without honor!" なんてセリフ、いかにもじゃないでしょうか?(ちなみにこの勇ましいセリフを吐くのは、自らも率先して闘うオトンの妻です)

それでもって、一番の売りはやっぱりヒメネスの素晴らしい絵だと思うんです。人物の細やかな表情の描きわけや手に汗握るアクション・シーンなど、まるで映画を見ているよう(それもそのはず、ヒメネスは映画の絵コンテとかも描いてるんだそうです)。宇宙船や戦闘機などの機械物も手が込んでて、構図や色彩感覚もとてもいいんです。それがオールカラーとは、なんと豪華!

と言うわけで結構気に入ってしまったので、2巻目 "Aghnar and Oda" と3巻目 "Steelhead & Dona Vicenta" もそのうち(財布と相談して)買う予定です。

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Monday, January 16, 2006

Little Nemo in Slumberland - So Many Splendid Sundays!

Little Nemo in Slumberland - So Many Splendid Sundays!ものすごくばかでかい荷物が届いたので何かと思ったら、楽しみにしていたリトル・ニモの本じゃないですか。以前こちらでも話題にしていましたが。で、2005年はリトル・ニモの生誕、じゃない、初登場から100年ということで、作品集の決定版が出たのでした。

ちょっと遅れた自分へのクリスマス・プレゼントということで、すごくうれしいんですけど、ひとつ困ったことがあります。

でかい。

ともかく、でかい。

Little Nemo in Slumberland - So Many Splendid Sundays!原寸大で当時の新聞そのままのタッチの復刻を目指したもので、新聞の一面大の本になってるんです(タブロイド版じゃなくて普通サイズのやつ)。Amazon.com には両手で持って広げて読んでる写真がありますが、これ嘘ですよ。重くてとてもじゃないけど手に持って読むなんてできません^^;

以前手に入れた作品集もかなり大判だったんですが、ゆうにその倍のサイズはありますね。いやでも、色使いも抜群だし、細部もくっきり再現されてて大満足^^)

ちなみに、amazon.com にはリストされてますが、限定版ということで取り扱ってはいないようですね。かなり品薄で、120ドルという定価で売ってくれるところはなかなか見つかりませんが、Powell'sStrand で入荷されるのを待つか、コミック専門店を探せばあるかもしれません。送料が実費の場合はそれなりの覚悟が必要です。

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Sunday, January 15, 2006

"The Life of Riley" by Alexander C. Irvine

The Life of Riley去年の秋、"The Narrows" とほぼ同時に発売されたアーヴィンのノヴェラ "The Life of Riley" を読みました。

舞台は2034年、洪水や地震の自然災害に悩まされるアメリカ。大統領と議会は「ベティ」と名付けたエイリアンに絶大な信頼を寄せ、彼らを顧問として置いていた。ベティたちは人間とほぼ同じ姿をし、ファッションを含め人間が見習う存在だった。彼ら自身も血の近さから人類を「従兄弟」と呼び、ベティにコントロールされたダン・ラザーのアンドロイドは、連邦TVのキャスターを務めていた。

ある朝ダン・ラザーが伝えたのが、大統領の護衛兵であるライリーがホワイトハウスの南庭でハイチ移民を射殺し、暴動を扇動したというニュースだった。

このゲイブリエル(ビブ)ライリーの最後の数日を4人の視点で追って構成したのがこの物語です。

1人目は妻のジーナ。彼女は騙されて監禁され、ビブの居所を教えろと迫られるのですが、夫の所在どころか何が起こっているのかも皆目検討がつかない状態で、これは読者と同じ。何もかもが謎めいている中、なんとかして脱出しようとするジーナの行動が、アーヴィンには珍しいちょっとしたアクション・ドラマ風で楽しめます。

2人目の語り手は「顧問」と呼ばれるベティ。彼は地球に派遣されたベティたちの最高責任者の側近。このパートで彼らの目的が明かされていくのですが、ここでもひとつ事件が起きて謎は深まるばかり……。

そして3人目のキリスト教原理主義団体のメンバーであるトルーマン、4人目の偶然陰謀に巻き込まれてしまう住所不定の男ネイトのパートと読み進めていくうちに、徐々に全貌が明らかになってきます。

というわけで、結構スリルがあって、ちょっとコミカル、内容的にも好みではありました。ただ、なにぶん話が一直線に進まず断片的に情報が出てくるので、後になってから「あ、この場面はあそこに繋がるんだ」とか「う、この名前はどっかでちらっと出てきたぞ」なんて、記憶を手繰り寄せるハメになり、あまり記憶力のよくない私は、正直もう一度読み直したい気分です。

彼の作品は何冊か読んで、アイディアとかすごくよくて、特殊な才能というか素質があるように私は思うのですが、この作品の場合、最後がなんかとても中途半端に思えたところが残念です。ベティの目的とビブの死があって「じゃあ、一体どうなるの?」という疑問に、解決策が見いだせないことに不満が残るんですよね。これは読者に対する問いかけなのだとは思うのですが、じゃあ、どうしましょう?

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Tuesday, January 10, 2006

"A Child Again" by Robert Coover

aaa 童話の語り直しといえば、大御所ロバート・クーヴァーを忘れてはいけないんですが、正直忘れてました。知らない間に、短編集が出てたので慌ててチェック。なんと前作("Stepmother")からMcSweeney'sに出版社を移してたんですね。造本も素晴らしそうなので届くのが楽しみ。

傑作短編集"Pricksongs & Descants"(1969)以来、童話や伝説、ポルノグラフィや野球小説といったサブジャンルを題材に、ある時はシュールかつグロテスクに、ある時は実験的手法を駆使して、またある時はひたすらエロティックに語り直してきたクーヴァーですが、その創作力はちっとも衰えてない模様。
青ひげやパイド・パイパーといった古典的童話の再話に加えて、アリスのその後を描いた"Alice in the Time of Jabberwock"、H.G.Wellsのパロディでタイトルもそのままに"Invisible Man"、Peter Paul & Maryの"Puff the Magic Dragon"の世界を描いた"Sir John Paper Returns to Honah-Lee"など全18編。さらに、13枚のカードに書かれたカードを好きな順序に読んでいいという"Heart Suit"なる短篇(というかカード)がついてくるらしいんですが、これなどはクーヴァーが大学で取り組んでいるハイパーテキスト論の見本みたいなもんでしょうかね。

ちなみに1996年に出版された"Briar Rose"が、Web上で公開されてますので興味のある方はお試しを。私としては、もうちょっと猥雑なほうのクーヴァーが好きなんですけど。

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Tuesday, January 03, 2006

"Strange Itineraries" by Tim Powers

Strange Itinerariesジェイムズ・P・ブレイロックとの共作3篇を含む、ティム・パワーズ初の短編集 "Strange Itineraries" を読みました。全部で9篇入っているのですが、みんなとてもおもしろかったです。この作品集の場合、前知識なしの白紙の状態で読み始めるのがいいですね。設定や粗筋を前もって知らない方が絶対楽しめます。

どれもごくありふれた日常生活の描写で始まりながら、それが「え、ちょっと待った!」「……って、ことは???」と、途中でストップをかけたくなるほど(もう一回最初から読み直したくなるほど)、いつのまにか非日常的な怪しい世界に変貌してるんですよね。そして、いろいろ不思議な出来事を目の当たりにして、狐につままれたような気分にさせられるのですが、最後はきっちり決めてくれるところがさすがです。パワーズは、『アヌビスの門』と "Declare" の長篇2作品しか読んだことがなかったのですが、短篇もものすごく上手い作家だと思いました。こういうの、どっかで翻訳出してくれないでしょうかね~。

ゴースト・ストーリーやフシギな話がお好きな方には超オススメ。

そうそう、素知らぬ顔で泳いでる風の表紙の陶器のアヒルは "Itinerary" という物語で、表紙を飾るに相応しいとても重要な役割を演じていました。

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Friday, December 02, 2005

Howard Waldrop's 'God's Hooks!' from SciFiction

物語は一軒の旅籠から――

客でごったがえす店内には、なぜか焦げ臭い匂いが充満している。
1666年ロンドン。なんとか大火を免れたこの店に、四人の男たちが集まっている。
長老格のアイザックという男を中心に近況をこまごまと語り合っていると、近郊のベッドフォードで化け物魚が見つかったという噂が飛び込んでくる。とたんに男たちの目が輝きだす。そう、彼らは釣り仲間なのだ。

このアイザックという男の苗字がウォルトンということがわかってくる頃から、ようやく話の骨格が見えてくる。『釣魚大全』で知られる実在の文筆家アイザック・ウォルトンの釣り旅行を描いた短篇らしいのだ。
気の合う仲間たちとの馬車の旅はのんびりと楽しい。会話を中心にゆっくりと進む物語は、しかしそのままで終わるはずもなく、ベッドフォードの町で彼らは奇妙な伝道師に出会う。男の名はジョン・バンヤン。『天路歴程』の作者である。
問題の化け物魚のいる沼を「落胆の沼」と呼び、巨大な魚を「リヴァイアサン」と呼ぶ伝道師は、これが神の怒りの印であり、大いなる裁きの前兆だという。なんとか釣りをやめさせようとするバンヤンを尻目に沼の主に立ち向かうウォルトンは、しかし普通の人間ではなかったのだ……。

ってな感じに展開する短篇。結末は読んでのお楽しみですが、このわけのわからなさっぷりは凄い!今はただホーソン的とだけ申しておきましょう。異形の名作ですね。

ちなみに本編は、SciFictioinにて無料で読むことができます。こちら

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Sunday, November 27, 2005

"The Cosmology of the Wider World" by Jeffrey Ford

the_cosmology_of_the_wider_world 最初、このギャグマンガみたいな表紙を見たときは、今までのフォードの作品の雰囲気からすると全然合わない気がして「げー、なんでまたこんな……」と思ったのですが、読み始めてみるとこれがなんとぴったりなんですよね。涙やら涎やら汗やらを、原稿と一緒にまき散らしてジタバタしているミノタウロス。見るからにぶざまで滑稽で笑っちゃいますが、実は本人はマジメに悩んでいるんです。そもそも外見と内面のギャップこそが彼の抱える問題なので、姿だけで彼を判断してしまった人は、反省してこの本を読んだほうがいいかもしれませんね。

異種間交合の産物であるギリシャ神話のミノタウロスと違って、主人公ベリウスの場合、花を摘んでいるとき牛に追いかけられた母親の恐怖が、胎児形成の際に多大な影響を及ぼしたためこんな姿になってしまったということで、遺伝学的には人間(のはず)。本当なら彼は人間として普通の人生を歩めるはずだったんです。初めて手にした本がダンテ『神曲』の「地獄編」で、それを辞書を引きながらも完読してしまうほどの知能を持っているにも係わらず、容貌の違いだけで奇異な目で見られたり、偏見を持たれたりするのはさぞかしつらいことだと思います。ただ違いがあることは厳然たる事実で、人によって避けたり、憐憫を持ったり、ありのままを受け入れたり……。そんな周囲の反応が複雑に絡み合って、ベリウスに悲劇をもたらす結果となります。

醜い姿が起因となった偶発的な出来事によって、結局どうにも行き場が無くなったベリウスは、人間の住む「狭い世界」を飛び出して、動物たちが仲良く暮らす「広い世界」に居を定めます。実は物語はここから始まるのですが、仲間の動物たちに囲まれていても、彼には何かが足りないんですね。そしてフラストレーションが溜まった彼の嘆き悲しむ声が、森中にとどろき渡ります。これがスゴイんですが、それを聞いた動物たちの反応がまた泣かせるんですよね~。いかに彼が愛されているかが、ひしひしと伝わってきます。そして、人間でもなく、牛でもない中途半端な存在の彼に欠けているのは、同じミノタウロスのお相手だと考えた仲間の動物たちは、知恵を絞って彼にメスのミノタウロスを贈ろうと考えつきます。

動物たちが無謀にも、しかし熱意を込めて、生命を持つメスのミノタウロスを作り出そうとする過程に、人間界にいたときのベリウスの記憶が断片的に挟み込まれて行くのですが、彼の過去を徐々に知って読者の気持ちが一番高まったところで、最後の場面に突入するので、そのインパクトは絶大です。構成のうまさで、効果を最大限に引きだすことに成功しています。

これは、動物たちが知恵を出し合って仲間を救おうとする友情の物語であり、また人間でも牛でもないベリウスの帰属の物語で、寓話的なところを含め、どことなくイソップ物語を思わせたりもするのですが、子供だましのお伽噺にならなかったのは、作者がベリウスに変な憐れみをかけず、あくまでも中立的な視点で書いているからだと思います。そして現実的な結末には、とても納得させられます。人によっては多分、あの最後に不満があるかもしれませんが、私はあれで満足でした。

こんな表紙(失礼)ではありますが、フォードの紡ぎ出す物語は相変わらず繊細で美しく、ひとつひとつの言葉の選択や表現にも細やかな配慮が窺え、豊かな、そして幾分啓蒙的で哲学的な内容を持つ、かわいいトラジコメディに仕上がっています。巻頭には、息子デレクへの簡単なメッセージが添えられているのですが、確かにこれは父から息子への愛情溢れるとてもいい贈り物といえますね。大人にも高学年の子供にも受け入れられる、慈しみを持って語られる現代的な寓話でしょうか。

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Wednesday, November 23, 2005

"Bright Morning", by Jeffrey Ford

The Fantasy Writer's Assistant and Other Stories短編集 The Fantasy Writer's Assistant and Other Stories に書き下ろされた一編ですが、数日の間フォードのブログで読めます。

高校時代に図書館から借りた短編集で出会った "Bright Morning" というカフカの晩年の作品。だが、もう一度読みたいと思ってカフカの短編集をいくつか当たってみても、どこにも収められていないようなのだ。しかも、読んだことがあるという人に出会い、借りる約束をする度に、相手とはなぜか離れ離れになる羽目に。

短編でいささか名を知られるようになり、初めての長編で世界幻想文学大賞を受賞した作者は、初の短編集を出版するにあたり、新しい短編を一編書き下ろすことになるが、そこでスランプに。いくら頭を捻っても、アイデアがまったく出てこない。ふと思い出したのが、作者に作家への道を選ばせるきっかけとなったカフカの "Bright Morning" だった。あの作品をもう一度読めば、初心を取り戻すことができるかもしれない。

いくつもの古本屋を廻り、ウェブを探し回る作者の努力は徒労に終わる。だが、そこに、件の短編集をオークションにかけるという謎の電話が……。

フォードが作家になるまでを描いた自伝的な作品……と思いきや、いや、やっぱり作家は騙ることが仕事なんですね^^) う~、わるいやつ。いやまあ、とってもお茶目な作品なんですけど。"Bright Morning" がどういう作品かというのも、作中で紹介してくれます。小道具やアイデアをほんとにきっちりと使う作家ですね。

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Thursday, November 17, 2005

The House of Paper, Carlos Maria Dominguez, illustrated by Peter Sis

The House of Paper読みました……っていっても、100ページほどの小型のハードカバーなんで、1時間ほどで読めちゃうノヴェラの長さなんですけど。

なんと~、わたしと同業、じゃない、同類の、バベルの塔のレンガ積みの話でした^^; う~む、身につまされる。

本好きなんてろくなことないんですよ。語り手の知り合いには、ブリタニカ百科事典5巻を頭に受けて麻痺になったり、フォークナーの『アブサロム、アブサロム』を取ろうとして脚立から落ちて脚を折ったり、古文書館に篭って結核になったりした人がいるそうな。はたまたチリでは『カラマーゾフの兄弟』を喰らって消化不良で死んだ犬もいたという。

語り手の同僚の英文学の教師ブルーマも、本によって運命を変えられた人のひとり。エミリー・ディキンスンの詩集を読みながらロンドンの街角を歩いているときに、車に当たって、死んでしまったのだ。そのブルーマの元に、遠くウルグアイから奇妙な小包が届いた。中に入っていたのは、ブルーマがカルロスという相手に贈ったコンラッドの The Shadow-Line。だが、その本は、なぜかセメントに塗り固められていた。

休暇で故郷のブエノス・アイレスに戻った語り手は、謎の「カルロス」を探して隣国ウルグアイへと足を伸ばす。古本屋を廻ってカルロスの足取りを追う語り手は、愛書家にまつわるおばかな噂を耳にしながら、ついに、鄙びた海岸で、バベルの塔のレンガ積みを探し当てるのですが……なかなか虚しさの漂うエンディングですね。

本にまつわるエピソードを散りばめてはいても、ぺダンチックな濃さよりはほどほどの軽さが味になってます。だからビブリオマニアの狂態を期待すると肩透しを食いますが、微笑ましいというか、なぜか惹かれてしまう奇妙な魅力がありますね。大して盛り上がりも驚きもない地味な作品ではあるんですが。同業、じゃない、同類の血が呼ぶんでしょうか^^)

マス・マーケットのペーパーバックより一回り大きい程度の小型本なんですが、濃いグレーの刷り色の本文に、10点ほど茶色で印刷したピーター・シスの挿絵が彩りを添えてます。文章を補完するというよりは、本文からインスパイアされて自由に描いたという感じで、なかなかかわいいです。

たぶん作中に出てくる「カルロス」とは別人の作者カルロス・マリア・ドミンゲスはウルグアイ在住とのこと。凝りに凝った濃い作品ばかりでなく、こういうほどほどの作品も時にはいいんじゃないでしょうか。本好きに(警鐘を込めて)クリスマス・プレゼントに贈るなんていうのもいぢわるでいいかも。

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Thursday, November 03, 2005

"The Mysteries" by Lisa Tuttle

the_mysteries 美女が妖精王に誘拐されちゃう話なんて、ちょっと少女シュミかな~と思いながらも、表紙に釣られて買ったら、これがとてもよかったのでご紹介します。

主人公は、ロンドン生活の長いアメリカ人青年イアン。彼が米国で暮らしていた子供の頃、まるで神隠しにあったように父親が目の前で忽然と消えてしまうという事件があった。それ以来、彼は他の失踪事件にも強い関心を持ち続け、ロンドンに事務所を開いて失踪人の捜索依頼を受けるまでになっていた。ある日、娘が行方不明になっているという母親が訪ねてきて調査を始めるのだが、直前まで彼女と行動を共にしていた元恋人によると、彼女はミダーという名の男に連れ去られたという。彼の話を聞くと、その時の状況はアイルランド民話の "The Wooing of Etain" そっくりだった。その民話では妖精王ミダーが、人間界の美女を娶るためその夫と取引をするのだ。そして彼女が残していた雑記帳にも、ミダーの出現を裏付けるような出来事の記述があった。

このようにして、妖精郷にさらわれて行ってしまった可能性の高い美女を、そんなこと信じられない現実的な母親、そして彼女の映画を制作している元恋人とともに、彼女が目撃されたスコットランドの荒地まで行って、民話をヒントに捜します。メインプロットとの脈絡は無しに、ところどころにケルト各地に伝説として残っているいくつもの不思議な失踪物語が章として挿入され、謎めいた雰囲気を盛り上げてくれます。本の中でも言及されているのですが、ギリシャ神話のデメテルとペルセフォネ母娘のあの有名な物語も二重写しになってくるんですよね。この作品のポイントは、伝統的な物語を下敷きにしながらも、事件がとても現代的に解決されるところにあるのですが、『フェミニズム事典』の著書があるタトルの、いい意味でのこだわりも色濃く出ていますね。

イアンの身近では普通の失踪事件も何件か起こっていて、一見傍流のエピソードとしか思えないそれらが、実は重要な意味を持っていることに、読者はだんだん気づかされていきます。現実世界によくある「失踪」という行為。そこに至る心理の謎が真のテーマでしょうか。妖精物語というファンタジーを中心に据え、幻想的な味付けをしながらも、地に足のついた堅実な作品という印象です。従って、タイトルに騙されて本物のミステリとして読むと肩透かしかもしれませんが、ファンタジー・ファンにもメインストリームの人にも満足してもらえる1冊だと思います。作品の構成や語りも上手いし、いろいろな工夫がされているので、あっと言う間に物語の世界の中に引き込まれてしまうんですよね。主要な登場人物がみな、過去の恋人と、目の前にいる意中の人(または現在の恋人)との間で選択を迫られているというのも、おもしろいですね。

読む前に、なぜ主人公がアメリカ人なのか疑問だったのですが、イギリス、そしてケルトの文化を自然に読者に伝えるためだったようで、その辺もけっこう楽しめました。この前読んだ、やはりケルト文化色の強い児童書 "The New Policeman" を思い出す場面もちらほらあって、「そうなのよね~」とちょっと物知り気分。

で、ハードカバーの表紙が妙に美しく見えて、こっちを買ってしまったのですが、デザインはいいんですけど、字の部分とか金とか使ってもっと豪華にして欲しかったですね。これだったら色違いのペーパーバックでもよかったかも。でも、おもしろかったから許しちゃいます。

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Sunday, October 16, 2005

"The Narrows" by Alexander C. Irvine

the_narrows 舞台になっている自動車工業都市デトロイト(Detroit)は、フランス人カディヤック(Cadillac)が18世紀に建設した植民都市で、フランス語で海峡(narrows)を意味します。都市の英訳名がタイトルになっているこの物語にはもちろん、第2次世界大戦中のデトロイトの世相も大いに反映されています。

主人公ジャレドは、妻と2歳になる娘を持つ20代後半の、平時で言えば働き盛りの青年。ただ右手の指に軽い障害を持つため徴兵されず、フォードのルージュ工場で働いています。そこでは驚くことに車ではなく、ユダヤ人ラビの指揮下、ルージュ川の泥を運び込んで、ナチスドイツを殲滅するためのゴーレムを生産していたのです。

また、デトロイトには赤い矮人(Nain Rouge)伝説というのがあって、それが現れるのは凶事の前触れとされています。実際、赤い矮人に遭遇した直後デトロイトの建設者カディヤックは富と名声を失い、その後もデトロイトで暴動などが起こる直前に赤い矮人が目撃されているんですね。この物語では、ジャレドが5歳のときに赤い矮人が現れ、その時の事故で右手の2本の指の機能を失い、今になってまたその出現に悩まされることになります。

こう書くとかなり怪しげにみえますが、実際はかなりメインストリーム寄りの物語なので、ファンタジーの部分を期待しすぎると見事に裏切られます。指の不具合のため出征して国に貢献することができず、泥まみれになるゴーレム作りを課せられる苛立ちと劣等感、同じフォードの別棟で働く妻のほうが稼ぎがいいためぎくしゃくする夫婦関係、またスパイ活動に巻き込まれて翻弄され……など、平凡な男を主人公に戦争中誰に降りかかってもおかしくないような出来事が中心に語られていきます。逆に主人公のその平凡さが、この物語の魅力不足につながっているようにも思えるのですが、作者が力点を置いているのは、個人の弱さや、普通の家庭のささやかな幸福感みたいなものなので、それは仕方ないかなという気がします。相変わらず当時の様子などよく調べてストーリーに取り入れているので、そういった面でも興味深かったです。

19世紀のニューヨークを舞台に、アステカの新旧の神々の争いに巻き込まれる父娘を描いたデビュー作の "A Scattering of Jades" でも言えるのですが、作者のアーヴィンは全く脈絡のないいくつかの歴史的事実を怪しい空想的産物(今回はゴーレムや赤い矮人)を媒介にして、ひとつの繋がりのある物語に仕上げるのがとても上手い人だと思います。それに加えて、家族関係や人種問題や社会的出来事について問題意識を持って書いているというのも、大きな特徴ですね。

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Monday, October 10, 2005

WE3, by Grant Morrison & Frank Quitely

WE3兵器として改造されちゃったペットのグラフィック・ノヴェルなんですが、なかなか面白かったですよ。

飼い主の元から行方不明になった犬と猫と兎が軍事施設を抜け出して、追っ手と戦う血腥い話なんですが、タイトルの "WE3" から「ワンダー3」(<古い)なんか想像するとぜんぜん違いますね(あ、いや、そういう勝手な想像をするのはわたしだけですか)。むしろリチャード・アダムズの Plague Dogs (邦題は『疫病犬と呼ばれて』でしたっけ)の戦闘ヴァージョンですね。シーラ・バンフォードの『信じられぬ旅』をベースにした動物の帰還ものといえないこともないですけど、さすがにシビアです。

フルページを使った絵もかっこいいんですけど、ダイナミックなコマ割りと、ちいさいコマで見せる刻々とした状況の変化がうまいですね。100ページ程度の短い作品なのがちょっと残念かも。いやまあ動物好きの方にはお薦めしませんけど。

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Monday, October 03, 2005

Blind Owl, by Sadegh Hedayat

Blind Owl英訳がオンラインでも読めるんですが、ちゃんと本も出てましたね。イランの作家サーデグ・ヘダーヤトによる漱石の『夢十夜』のような暗い夢の物語です。フランスに留学してカフカとか西欧の文学の影響を受けた人だそうですが、1951年に自殺してますね。いや、なんか、この作品読むといかにもそういう最期を遂げそうな作家ではあります。

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Thursday, September 29, 2005

"Haussmann, or the Distinction" by Paul LaFarge

Haussmann以前、"The Artist of the Missing" が紹介されていた Paul LaFarge ですが、彼の長編第2作 "Haussmann, or the Distinction" が届きましたので、とりえあえずご紹介を。

皇帝ナポレオン三世の指示により、19世紀半ばにパリ市街の近代化をなしとげたオスマン男爵が主人公……のはずなんですが、50ページ過ぎても登場しませんねぇ。
汚物にまみれた川に捨てられ、貧しいランプ点灯人に拾われた Madeleine には、貴族の隠し胤ではないかという噂がつきまといます。修道院に入っても噂はつきまとい、やがて本物の貴族の娘 Naserie と知り合ったことから、噂は現実の装いを帯びていくのですが……まあ、このあたりはサッカレーの『虚栄の市』を思わせる風俗小説風に書かれてます。
この Madeleine がやがて demi-monde で活躍をはじめ、Haussmann と知り合うことになるわけですが、そこにあやしげな解体業者が絡んでくることから、事態は容易ならぬものになっていくようです。死を目前に控えたオスマン男爵が「全てをなかったことにしたい」と言ったのは何故なのか? 気になりますねぇ。

表紙の色が冴えないのは理由があります。実はこの小説、LaFarge の創作ではなく、1920年代にパリの無名作家によって書かれた小説の英訳版なんです(お約束ですが)。このオリジナル版の dull-green cloth を模したのがこの表紙ってわけ。さりげなく置かれている写真は、もちろん御用記録写真家マルヴィルによるものです。

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Saturday, September 24, 2005

"Attack of the Jazz Giants and Other Stories" by Gregory Frost

attack_of_the_jazz_giants いやに威勢のいいタイトルですが、どんな話が出てくるのかさっぱり分りませんね。表紙を見ると窓からげっそり顔のエドガー・アラン・ポーが覗いてたりして、ますます気になります。というわけで、グレゴリー・フロストの短編集 "Attack of the Jazz Giants and Other Stories" を読んでみました。

巻頭を飾るのは、レストランでの優雅な食事風景から始まる The Girlfriends of Dorian Gray。美食家の主人公はとんでもない大食漢なのに、スレンダーな体型をキープしているという妖怪みたいな男。デートのたびにこってりした食事につき合わされる相手は、太らないはずがありません。そんなこんなで常に女性に去られてしまう彼ですが、ある日「当方痩せ型で料理上手」というパートナー募集の広告が目にとまり、これだとばかりに飛びつきます。ところが彼女の手料理を食べて太り始めている自分に気づき愕然、逃げようとするのですがとき既に遅く、食欲に溺れる彼は彼女の術策に完全にはまってしまいます。日常的によくある食にまつわる悲喜劇が、料理好きの作者によってホラー風味を加えて上手く調理された一作。おいしいものに目がない読者には悪夢のような物語です。

次に来るのが、全く雰囲気の違う硬派な作品 Madonna of the Maquiladora。メキシコの保税輸出加工区マキラドーラで働かされている人々の間で、聖母マリアが現れたという噂が広まります。その真相を、主人公であるよそ者のジャーナリストが暴こうとする物語なのですが、現地に寝泊まりして取材をする過程で彼が経験することは、私たちにとってもいろいろ考えさせられる問題です。雇用対策や経済発展という美名のもと後進国を搾取する先進国、巧妙な人心操作術、ジャーナリズム活動の限界、そして信仰とは……。めずらしく二人称で書かれているのも、読者に問題提起しているようで効果的に響きます。この作品が、ネビュラ賞、ヒューゴ賞、スタージョン賞、ティプトリー賞の最終選考まで残ったというのは大いに頷けます。

フロストは、社会問題をファンタジー的手法で扱わせるととても上手い作家だと思います。現実感が薄らぐことによって、問題の深刻さは軽減されてしまいますが、逆に象徴性が増してインパクトが強くなるんですよね。父親が身体から落としていく白い粉を息子が収集していく Collecting Dust は家庭崩壊を題材にした物語ですが、ゲームの中の世界と現実が混在したようなラストは、えもいわれぬ不思議な虚無感を残します。また、浮浪者版『マッチ売りの少女』と言えそうな The Bus では、貧困層の犠牲の上に成り立っている金持ち社会という構図を、夢幻的なストーリーの中で鋭くえぐり出しています。表題作の Attack of the Jazz Giants は、奴隷制は廃止されたものの、黒人はまだ家畜のように扱われていた時代に、差別主義者に天罰が下るという破天荒な物語。「そんな馬鹿な~」の展開ですが、ジャズ好きの作者ならではの痛快さが魅力。社会問題というわけではありませんが、キリスト博物館を建てた男がある真理に到達する Touring Jesusworld は、実在の人としてのイエスには関心を持たず、それぞれが心の中に持つイメージを崇める人々を皮肉った作品で、ファンタジーのオブラートに包まれていなければ、熱心な信者に怒られてしまいそうです。

そんな作者が真骨頂を発揮するのは、なんといってもスラップスティックです。宇宙船内の限られた環境の中での愛憎を描いた A Day in the Life of Justin Argento Morrel、地球へ密航するはずの二人組がリカヴァリーという全然違う星に着いてしまう、ビング・クロスビー&ボブ・ホープの珍道中を思わせるドタバタ喜劇 The Road to Recovery、自分の作り出した小説の世界でエドガー・アラン・ポーが混乱憔悴する In the Sunken Museum、憧れの美女の憎たらしい子供二人を預かったものの、うっかり魚に変身させてしまって処理に困る How Meersh the Bedeviler Lost His Toes など、シュールでお馬鹿な物語も満載。

さらには、奇病にとりつかれた十代の姉弟と神童モーツアルトの対比が哀れな Divertimento、何十年ぶりかに会ったのに三十そこそこにしか見えない同級生の不老の秘密を探る Some Things Are Better Left、売春婦が語る憎悪を体現した妖怪の物語 Lizavet、呪われた懐中時計を切り裂きジャック事件を起した原因とし、関係者の強迫観念を描いた From Hell Again など、心理的要素の強いホラー的な作品もお手の物という感じです。

というわけで、いろいろなタイプの完成度の高い作品を読めて、とても満足の1冊でした。一番古い作品が1981年のものなので作家としては中堅クラスだと思いますが、日本で紹介された気配がないのはなぜでしょう?

作者のサイトはこちら。挨拶文の最初の一行は思わず笑ってしまいますね。

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A Princess of Roumania, by Paul Park

A Princess of Roumaniaう~む、傑作だとは聞いていましたが、年間ベスト級の作品だったとは。流行りのハイ・ファンタジイではあるんですが、ちゃちいところが全くないんですよ。少女が主人公なんで、一部でジュヴナイルという声も聞かれますが、そりゃまあ高校生ぐらいなら十分楽しめるでしょうけど、この職人芸の見事さからいって、正しく評価できるのは大人の読者ですね。

幼くして里親に引取られルーマニアからマサチューセッツへとやってきたミランダは、屈託なく育った典型的なアメリカの少女だった。ときおり、今の自分が本当の自分ではないんじゃないかと夢見る、ごく普通の高校生である。とはいえ、故郷を思い出させるのは、叔母から渡されたといういくつかの古い貨幣と装身具、そしてまだ読むことのできないルーマニア語で書かれた『歴史概論』という本だけだった。だが、15才の夏、ミランダの世界は一変する。

親友のアンドロメダがヨーロッパ旅行に行ってしまい、時間をもてあますミランダは、今まで口もきいたことがなかったクラスメートの少年ピーターと知り合いになる。片手の手首から先がないピーターは、学校でも孤立した存在だった。だが、新学期が始まり、アンドロメダが戻ってくると、またピーターとの仲は疎遠になりそうだった。数人の東欧からの新入生がやってきて、街に騒動が持ち上がるまでは。

新入生のリーダー格の少年は、英語もままならないながら、なぜかミランダの出自にまつわる秘密を知っているようだった。そして、彼女の持つ『歴史概論』を狙っていた。ピーターとアンドロメダに守られ、ミランダは少年と対決するが、『歴史概論』は奪われ、彼女の目の前で火にくべられてしまう。

ところ変わってこちらはルーマニアの首都ブカレスト。いや、ルーマニアといってもおなじみの Rumania ではなく、ほんとうの世界にある Roumania である。失脚し自殺したチャウシェスク男爵の未亡人ニコラは、ミランダの居場所を聞き出そうと、ミランダの叔母エジプトを拷問にかけていた。王家の血を引く亡き英雄の娘ミランダを手に入れ、また権力の座に返り咲こうというのである。

庶民の出ながら歌姫として名を馳せたニコラは、年老いた男爵に見初められ若くして玉の輿に乗るも、いまは年金さえ差し押さえられ、不憫な息子の先行きを愁う困窮の身。だが、夫の残したご禁制の錬金術を独学で身につけたニコラは、異世界のアメリカに手下を送り込んだり、自らの分身を操り自在に当局の監視の目をくぐり抜けるほどの腕前を誇っていた。

さて、一方のミランダの叔母、エジプトだが、こちらは正統派の呪術師で、ミランダの父が悪巧みにより処刑され、母がドイツの手によって幽閉されたことから、自ら『歴史概論』を書き上げ、本の中の世界にミランダを匿っていたのだった。つまりは、この世界はミランダを保護するために作られたものだったのだ。20世紀に起きた二つの大戦も、ミランダにマサチューセッツでの平和な子供時代を提供するためだった。

ほんとうの世界では地球は静止し、すべての天体は地球の周りを回っていた。キリスト王を信奉するものはごく一部で、ブカレスト市内でも、クレオパトラ神殿やヴィーナス宮がより多くの信者を集めている。イギリスは洪水のため水没し、生き残った人々は、ニューイングランドに渡り食人種と化していた。そして、我らがルーマニアは、人望の薄い女帝と将軍の元、大国ドイツの影に怯えていたのだった。

エジプトが機が熟したと判断したのか、それともチャウシェスク男爵夫人の計略が功を奏したのか、『歴史概論』が燃え尽きると同時に、ミランダは未開の地である本当のアメリカ大陸へと姿を現す。護衛役であるピーターとアンドロメダも、意外な姿となって付き従った。ジプシーの老婆に助けられ、男爵夫人の追っ手を逃れ、食人族イギリス人をかわし、マンモスと対峙し、地獄廻りを果したミランダは、それぞれの魂が動物のトーテムの姿を取って現われるこの世界で、祖国ルーマニアを救う White Tyger としての一歩を踏み出すのだった。

うむむ、ファンタジイの常套を微妙にずらしながら、見事にオリジナルなアイデアに擦り替えてますね。けっして長い作品ではないものの、アイデア満載で、並みのドア・ストッパー数冊分の工夫が凝らされています。ミランダを主人公にした少年少女の冒険ものがメインではあるんですけど、全体の半分は悪役チャウシェスク男爵夫人のピカレスクに費やされていて、純情な少女と老練な悪女との対比が見事です。いやでもこの男爵夫人、悪どい事ばかりするくせに、もっと悪どいドイツの大使に相当にやりこめられたりして、なんとも魅力的な屈折したキャラクタです。

ここで目につくのがフィリップ・プルマンの「ライラの冒険」との類似点。多重世界にレトロな技術、異教の神々に動物のトーテム、異世界の冒険に地獄廻り、少女の主人公に目的達成のためには手段を選ばない悪女が敵役ときては、比較するなというほうが無理なんですけど、さすがベテランのポール・パーク、直接影響を受けたというよりは、もっと面白さの根源から掘り出してきたという感じですね。プルマンの前にはジョーン・エイキンのダイドー・トワイトがいたわけですし、さらに遡れば、C・S・ルイスのナルニアやフランク・ボームのオズ、ジョン・メイスフィールド、マクドナルドからモリス、民話・伝説・神話の世界へと至り、かたやアンソニー・ホープやライダー・ハガードからスティーヴンスン、オデュッセイアやイーリアスへと辿る冒険小説の系譜もあるわけです。

ちなみに、プルマンのかなり気紛れなアイデアの使い方に対し、プロットに様々なアイデアを有機的に溶け込ませたポール・パークの手際は、さすがに一日の長があるといえるでしょう。そう、プルマンより上手いんです。

さて、ファンタジイの要素を離れて、この作品で特に魅力的なのが、第1次世界大戦前の東欧の雰囲気を見事に捉えているところでしょう。現代という設定にはなっていますけど、まだ錬金術が幅を利かせるこの世界の技術レベルは、19世紀末から20世紀にかけてのものです。ドイツに怯える小国ルーマニアの命運とくれば、これはまさにルリタニアものの常套ではないですか。歴史改変ものということでは、フィリップ・K・ディックの『高い城の男』を思い起こさせますし、重要な小道具としての本の使い方や「改変技術」ものということでは、ニール・スティーヴンスンの『ダイヤモンド・エイジ』に通じるところもあります。

さらにいえば、魅力的な悪役に等分に登場の機会を与えるピカレスクの部分や、東欧を舞台にしたルリタニア的な雰囲気は、ティム・パワーズの DeclareDrawing of the Dark に非常に近いものを感じさせますし、歴史にちょっと捻りを加え魔法を滑り込ませたということでは、スザンナ・クラークの Jonathan Strange & Mr Norrell にも匹敵するものといえます。あ、いや、この強烈な個性の悪役は、ジョージ・R・R・マーティンの《氷と炎の歌》の住人ですね。

ううむ、歴代のファンタジイのチャンピオン・クラスの作品を引き合いに出してしまいましたが、それに引けを取らないほど見事な作品なんですよね。来年の世界幻想文学大賞はむちゃくちゃ激戦区なんですが(ジョン・クロウリーの Lord Byron's Novel、ハル・ダンカンの Vellum、ニール・ゲイマンの Anansi Boys、イアン・R・マクラウドの The House of Storms なんかが控えてます)、それでもこの作品が受賞する可能性は高いんじゃないでしょうか(<他の作品読んでないのにこんなこといっていいんだろうか^^;)。

一部で2部作という噂もありましたが、The Tourmaline、The White Tyger と続く3部作になるようです。第2部では錬金術師ヨハネス・ケプラーの頭から出てきたという魔法の石トルマリンの正体がわかるみたいですね。ううむ、待ち遠しいぞ。ということで、今年最高のハイ・ファンタジイを読みたい人は、マーティンの『カラスの宴会』(笑)をほっといてでもこちらを読みましょうね。

ちなみにポール・パークのインタヴュウがこちらで読めます。

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Wednesday, September 14, 2005

Ten Sorry Tales, by Mick Jackson

Ten Sorry Talesデイヴィッド・ロバーツのいかにも期待を持たせる挿絵のわりには、正直なところ期待外れでした。10編もあればひとつぐらいは唸るような作品があっても不思議ではないんですけど、ベストの作品でもまあまあレベルですね。全般にフラットで、もう少しエスカレートして欲しいところで無難に結末をまるめてしまっている感じで、なんかもの足りなかったです。

設定からいけばエドワード・ゴーリイやティム・バートン、ロアルド・ダールあたりのグロテスク・ユーモアになってもよさそうな話もあるんですけど、そこまでの強烈な皮肉はないし、ファンタジイ的な展開もかなりクリシェで先が読めてしまうんですよね。作者が影響を受けたという『もじゃもじゃペーター』の楽しさからもほど遠いし。説教くさい寓話に落としていないあたりはまあ悪くないんですが、結果としてこれといったテーマもなく終わってしまう場合が多いです。15年間眠りつづけて結局一生を棒に振ってしまう少年の話や、海辺で魚の燻製を作って暮らす男に縁のない初老の姉妹が、海で溺れた男を助けたことから始まるままごとの世界など、身も蓋もないという以前の、笑う要素とてまるでない退屈な掌編でした。

それでも、いくつかの作品ではまあまあのエスカレーションを見せてくれます。屋根裏部屋で手漕ぎボートを作ってしまった男が洪水の折に出会った出来事や、骨董品屋で蝶の標本を修繕する道具を手に入れた少年の密かな趣味の顛末は、そこそこにシュールなイメージへと結実します。ただまあこれがケリー・リンクやジェフリイ・フォード、はたまたスティーヴン・ミルハウザーあたりだったら、似たような設定でどこまで話を広げてくれるかと考えると……なんでそこで静止画にしてしまうのかわからない~。

まあいちおう弁護しておけば、さすがに文章は味のある表現が豊富です。奇妙な情景を簡潔な文章で描き出す技はなかなかですね。ジャクスンの長編はまだ読んだことがないんですが、やっぱり長編型の作家なんでしょうか。どうも短編で話を発展させるとか、切れ味のいいスケッチを描き出すのが苦手な人なんじゃないかという印象を受けました。までも、けっこう評判いいみたいなんで、気に入らなかったのはわたしだけですかね。

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Monday, September 12, 2005

Here Be Monsters, by Alan Snow

Here Be Monsters読みました^^) 挿絵の通りの微笑ましい作品でした。

主人公の少年アーサーは、祖父とともに Ratbridge という町の地下に隠れて暮らす身で、時々食料の調達(こそ泥ともいう)に地上に出てきます。祖父の発明したゼンマイ仕掛けの翼を使っていつもはうまく立ち回るんですが、今回は恐いおばさんの反撃にあって墜落する羽目に。

ちょうどそのころ町では暗闇に紛れてご禁制のチーズ狩りが行われていました。か弱い二本足でヨタヨタ逃げ回るチーズを、獰猛な猟犬の群れが追い掛け回しています。背後には悪徳チーズ男爵のなれの果てであるスナッチャーに率いられたチーズ連盟の面々がいたのでした。

工業化による汚染によりこの町の野生のチーズは毒性を帯び、狩りは禁止され、チーズ連盟の本拠も荒れるにまかされていたんですが、そこを根城にしたスナッチャーは町の乗っ取りを狙って何かを画策しています。運悪く見つかってしまったアーサーは、なんとか逃げ延びますが、ゼンマイ仕掛の翼はスナッチャーの手に握られてしまいます。

運良く引退した法律家に救われたアーサーは、その友達のボックストロルやキャベツ・ヘッドと知り合いになり、翼を取り戻せないものかと頭を捻ります。ボックストロルというのは、引っ込み思案の地下の住人で、空き箱を身にまとい、機械仕掛けには目がないという愛すべき生き物。崇拝するキャベツを頭におし戴くキャベツ・ヘッドは、地上の栽培技術を視察にきた研究者でした。

いっぽう、町とその地下とはいくつものトンネルで結ばれ、自由に行き来できたんですが、スナッチャーはそのトンネルをふさぎ、地下の住民を捕らえてはチーズ連盟の本拠に幽閉しはじめます。さらには、裕福な町の奥様向けのペットとして、ミニチュアのボックストロルやキャベツ・ヘッドが流行の兆しをみせます。そしてとうとう、アーサーの友人たちもスナッチャーの魔の手に落ちてしまうのでした。

法律家や女発明家、そして元海賊船の船員とネズミが共同で始めた洗濯船の助けを借りて、アーサーはスナッチャーの悪巧みに挑みます。他にも賢いカラスやデュゴンの仲間の海牛、ウサギ穴に落ちてウサギに育てられたウサギ女たちなどなど、あんまりプロットに関係ないけどかわいいから許す!モンスターたちが満載です。スナッチャーの究極の秘密兵器も……う~ん、やっぱりかなりお馬鹿でかわいいんでは?

ということでスリル満点の冒険ものというよりは、とってものほほんの楽しい作品です。どのページを開いても、見開きのどこかに最低ひとつは挿絵が入っているという細かな配慮には、作者と編集者の児童書に対する愛情が感じられますね。児童書好きの人でもないとそれほど楽しめる本ではないかもしれませんが、わたしにとっては当たりでした。続編も出たら買ってしまうぞ^^)

アニメーションがかわいいオフィシャル・サイトはこちら

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Sunday, September 11, 2005

Captain Alatriste, by Arturo Pérez-Reverte

Captain Alatriste (UK)『呪のデュマ倶楽部』『ナインスゲート』)でおなじみのアルトゥーロ・ペレス・レベルテの剣戟もの《アラトリステ隊長》のシリーズがついに英語でお目見えということで、かなり期待して読んだんですが、なにやらちょっと薄味の感じですね。お手軽なペーパーバックのアクション・アドベンチャーのシリーズのよう……というと語弊がありますが、どうも新聞か雑誌の連載ものを読んでいるような印象でした。

舞台は1620年代のマドリード。オランダとの激戦から辛くも生きて還ったディエゴ・アラトリステは、職にあぶれた剣士仲間と居酒屋にたむろする境遇だった。雇われ剣士として決闘の代役で日銭を稼ぐ身ながら、筋の通らぬことは肯じないもの静かな人情肌で、必要とあらば死をも厭わぬ誇り高き性格。

その彼が昔の知り合いの口利きで請け負った仕事は、マドリードにやってきた二人のイギリス人を追い剥ぎすること。少々手荒く扱ってもいいが、「殺し」はないという約束だった。だが、依頼主の手下とともに現場に向かったアラトリステは、話が大きく違うことに気付き、勇敢に立ち向かうお忍びのイギリス貴族を、逆に暗殺者の兇刃から救うことになる。

『三銃士』や『紅はこべ』、はたまた『ニ都物語』の世界ですね(時代はかなり違うのかもしれませんが、世界史音痴のわたしにはほとんど一緒^^;)。ということで、アラトリステは教皇庁が画策するスペインとイギリスの戦争を巡る陰謀に巻き込まれてしまいます。異端審問官と、その刺客の無気味に笑うイタリア人を敵に回して、はてさて、アラトリステの運命やいやに。いやまあ、シリーズは5冊あるそうなので、もちろん無事に切り抜けますけど。

物語の語り手はアラトリステの従者となったかつての戦友の息子ということで、なんとなくシャーロック・ホームズを語るワトスンのような二人三脚の雰囲気も感じられます。12~3才の少年という設定なので、時により大袈裟な描写や感情的な表現が混じり、ほどほどにユーモラスなんですが、スティーヴンスンの少年ものあたりを意識しているんでしょうか、速い展開の物語にうまくマッチしてますね。

Captain Alatriste (US)ということで、手堅くまとまった大時代的な正統派の剣戟もので、ところどころに挟み込まれる当時の日常の光景も時代色を感じさせて決して悪くはないんですけど、なんせ短すぎます。2~3時間で読み終わってしまうような、小判のハードカバーにすきすきに印刷した 250ページ程度の作品なので、濃厚な陰謀ものには到底なりえないんですが、アクション主導でささっと最後まで一本調子で流れてしまった感じです。とはいえ、こういう作品は単発ではなくシリーズで楽しむものかもしれませんので、まあ続巻に期待しましょう。

イギリス版とアメリカ版がほぼ同時に発売されましたんで、レベルテの他の作品はアメリカ版のハードカバーで揃えてるんですけど(というか、イギリス版はおいそれと手が出ない値段になっている)、この作品は渋いカバーのイギリス版を買いました。ほんまもんの布で装丁してあるという最近では珍しい丁寧な作りなので、やっぱりこのシリーズは安っぽい表紙のアメリカ版よりイギリス版がお薦めです。

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Thursday, September 08, 2005

"Two Hearts", by Peter S. Beagle

F&SF Oct/Nov 2005 ということで、『最後のユニコーン』の続編というノヴェラ、読みました。本編のほうは最後に読んだのがン十年も前なので、そちらとの絡みというよりは、独立した作品としての印象なんですが、オーソドックスないい話ですね。

子供を襲っては喰らうグリフォンに手を焼いた村人は、王の助けを乞うが、立ち向かった騎士も軍隊も悉く返り討ちにあうありさま。親友を殺された少女スーズは、為すすべもない大人たちをよそに、王に直訴するために遠く離れた王宮へと向かう。森の中で出会った奇妙な二人連れ、とぼけた魔法使いのシュメンドリックと、女丈夫のモリー・グルーは、昔馴染みの王、リアの元へと同行を申しでる。だが、年老いたリア王は、耄碌して記憶も定かでない様子。ただ、「ユニコーン」という言葉を耳にしたときだけ、その目に意志の煌きが宿るのだった。

老いた王の最後の気高き戦いですね。災いを鎮めるというよりは、リアの最後のために戦いが設定されたという書き方です。同時に、主役の座は少女スーズへと手渡されることとなります。次作の Summerlong がその作品なのかよくわかりませんが、前書きによれば、物語はスーズを主人公とした長編へと引き継がれるのだとか。

九才の少女の語りという設定の文章は、ジュヴナイルを思わせるごくシンプルなものですが、さすが大ベテランの手によるものだけに、きちっとプロットを組み立てながら、情景描写からしなやかなユーモアまで細心の注意が払われ、安心して読める作品になっています。というより、ここまでくるとストーリーなんてどっちでもいいんですよね。引き込まれるような文章を味わってるだけで十分満足です。

決して斬新なところも、驚かせるようなアイデアもないんですが、行間の端々から滲み出すファンタジイらしさが、形だけのファンタジイが溢れる現在、ごく得がたいものになっています。そもそも現在のファンタジイ・ブームはビーグルから始まったわけですから、ほんものの光がここに宿ってて不思議でもなんでもないんですけど。正統派のファンタジイ好きには強くお薦めします。

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Monday, September 05, 2005

"Giant Land", by Jeffrey Ford

JPPN2_frontフォード新作短編が水曜日(アメリカ時間の9月7日?)までフォードのブログで読めます。それ以降は  The Journal of Pulse-Pounding Narratives を買って読みましょう(ProjectPulp はチャップブックや雑誌を買うには送料が安くて速いのでお薦めです)。しかし、2号で廃刊だって^^;

"Giant Land" は、鳥籠に閉じ込められた記憶喪失の女性が、巨人の手を逃れて昔話ふうの世界を彷徨う話ですが、「ジャックと豆の木」やガリヴァーの巨人国の冒険を思わせるような設定に、焦点をずらした様々なエピソードが現われては消え、フォードのジュヴナイルの短編 "The Annals of Eelin-Ok" の大人版のような雰囲気ですね。ストーリーとしてはいまひとつかなという感じがしますが、奇妙なイメージがふんだんに楽しめます。

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Sunday, September 04, 2005

Struwwelpeter, by Heinrich Hoffmann

Struwwelpeter『もじゃもじゃペーター』は一番代表的な絵のものがこことかここで見られるんですけど、他にも色々な版があるんですね。1999年版のこの本の裏表紙にはドクロのマークと、"Warning! This Children's Book Is Not For Children!" という注意書きが大きく書かれてますが、じつは Sarita Vendetta という画家が挿絵を描いたもので、たしかにこれは子供が見たら泣き出してしまうかも。かなりアブナイ、キモチワルイ絵です。

このペーパーバックにはヴェンデッタの版の他に、ホフマンの挿絵によるオリジナル版と(よく見かけるものはホフマンの絵ではないようです)、第2次大戦中にイギリスで出版されたパロディの Struwwelhitler(もじゃもじゃヒトラー)の3つの作品が収められていて、歴史的な背景に関連書の挿絵を添えた丁寧な解説もあり、ヴェンデッタの部分を飛ばして読んでもかなりお得な作りになってます。う~ん、ホフマンの挿絵っていうのが、ヘタクソなんですけどなかなか味があるいい絵なんですよね。

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Thursday, September 01, 2005

The History of Love, by Nicole Krauss

The History of Love『2/3の不在』の邦訳があるニコール・クラウスですが、そちらのデビュー作は読んでないんですけど、この第2作はむちゃくちゃよかったですよ。わたしの今年のベスト本の1冊です。

ドイツ軍の侵攻で家族を失い、幼なじみの恋人を追ってアメリカにやってきたポーランドのユダヤ人。だが、恋人は彼の子供を連れて、既に他の人と結婚していた……というこのあたりの設定はよくある話。

けど、老いて死を間近にした主人公にとって、なにも成し得なかった誰でもない今の自分がなんとももどかしい。名の売れた作家になった実の息子にも、父と名乗るわけにもいかず遠巻きに見守るのみ。唯一の心の支えは、偶然アメリカで再開した幼なじみの親友だけだった。

いっぽう、亡き父の愛読書『愛の本』の登場人物から名前をもらった15歳の少女アルマは、ある人物の依頼により、母がチリで出版された『愛の本』の英訳に取り掛かったことから、作品の登場人物である「アルマ」の行方を追うことにする。

主人公が恋人の気を引こうとしてイディッシュ語で書いた The Book of Love が、いかにして他人の名前でチリで出版される羽目になったのかを追いながら、故郷を後にしたユダヤ人たちのそれぞれの人生を語り、作者、読者、翻訳家という、様々な立場からの「本」というものに対する思い入れを交えて、最後の出会いへと持っていく展開、すごくいいですね。ミステリとはいいませんが、作者が編み込んだ色々なレベルのアイデアが、ピタッと収斂し、静かな情感へと昇華されます。

スタイル的にも、老いた主人公によるお馬鹿な振る舞いのモノローグと、母親の再婚を画策するアルマの日記ふうの思春期をメインに、神の視点で原稿の行く末を追う部分、自分が世界を守る36人の1人だと信じている困った子ちゃんのアルマの弟の日記を挿入して、コミカルな中に悲しみと希望を滑り込ませる手際は見事です。文章がいいので、最初から引き込まれちゃいます。

なんかグレアム・ジョイスの、読んでるだけで幸福という感じと同質の作品でした。The Facts of Life が生の諸相を描いた作品だとすれば、同じように大胆なタイトルの The History of Love も、諸相とまでは行きませんけど、いくつかの愛のタイプをモチーフにしたといえるかも。大げさなタイトルを支えるだけの内容は十分にあります。

本にまつわる人間模様ということでは、サフォンの The Shadow of the Wind のようなところもありますし、Marius Brill の図書館の本が語り手となる Making Love (いやまあ、これはかなりヘンですけど^^;)のお遊びにも通じます。「本」という形式に特別な愛着をおぼえる人には見逃せない作品ですね。超お薦め。

作者はジョナサン・サフラン・フォアの奥さんということなんで、2作積読にしているフォアも読んでみましょうかね。

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Monday, August 29, 2005

The Girl in the Glass, by Jeffrey Ford

The Girl in the Glassフォードから ARC を送っていただいたので、もっと早く紹介を書かなければいけなかったんですが、どうやら発売されたみたいですね。当初ハードカバーということだったのに、トレード・ペーパーバックになってしまったのは残念ですけど、そのぶんお手ごろな値段になってます^^)

作品の舞台は大恐慌時代のニューヨーク州ロング・アイランド。降霊術師のシェルに拾われたメキシコ移民の孤児ディエゴは、ヒンズーの賢者の扮装をして、ときには器用に女形もこなす役者崩れの大男アントニーとともに、シェルの金持ち相手の降霊術の片棒を担いでいます。

ところが、ある降霊術の席で、シェルがガラス窓に少女を幻視したことから、3人は奇妙な事件に巻き込まれます。数日後の新聞でその姿が誘拐された少女のものであることを知ったシェルは、商売抜きに事件の解決を申し出るのでした。

にわか探偵の3人の前に現われるのは、少女の居場所を探し当てられるという女心霊術師や、クー・クラックス・クランとの関係が取りざたされる学者、不気味なアルビノの巨人といういずれも怪しい面々。物語はディエゴの同郷の少女との初恋も交え、見世物小屋のフリークスを総動員しての、黒幕との対決になだれ込みます。背後には、恐慌による移民の排斥に端を発し、後にナチスにより頂点に達した、優生学の台頭があったのでした。

The Portrait of Mrs. Charbuque でも見られたように、フォードの筆は、時代背景を隅々まで行き亙らせた大きなキャンバスに、時代の仇花のような奇妙な風俗を巧みに描き込みます。同時に、アメリカの秘史ともいえるような移民排斥や優生学の流れにも光を当て、社会的な視点を備えた歴史小説としての側面もゆるがせにしません。

とはいえ、この作品の面白さは、降霊術師という胡散臭い連中が、陰謀に巻き込まれ大捕り物をやってしまうという、パルプ小説的な楽しさにあるんですよね。文学的な高級パルプ小説(<自己矛盾^^;)を書かせたら、いまのフォードの右に出る作家はなかなかいないんじゃないでしょうか。ま、他の作品に比べると少々奥行きは浅いかな~という印象はありますが、個性豊かな登場人物の魅力がそれを補って余りあるといえます。

これまで多かれ少なかれファンタジイと呼べるような作品を書いてきたフォードですが、じつはこの作品では、ファンタジイをほのめかすような描写はあるものの、ベースは現実的なアクション・アドベンチャーに徹しています。まあ、荒唐無稽な陰謀に奇矯な登場人物とくれば、それだけでリアリズムからはかなりはみ出ることにはなるんですが。と同時に、冒頭と末尾に主人公の少年ディエゴの老年の姿を描き、表紙にも登場する蝶のモチーフを象徴的に使いながら、ノスタルジックな回想という枠組みを施し、そこにも心温まる仕掛けを忍ばせた構成は、多分に幻想的な手触りをもたらします。

SF評論の第一人者であるジョン・クルートが、このところ equipoise という用語を使って、現実的な枠組みにもかかわらず幻想的な印象を与える小説のメカニズムを説明しようと試みていますが、たしかにこの作品にも、描写力に秀でた作家だけがなしうる独特の空気が漂っているようです。

とまあ、幻想小説に引っ張るような書き方をしてしまいましたが、形式的にはミステリやB級スリラー、アクション・アドベンチャーに近いんですよね。謎解きの構成は緩いんですけど、癖のあるキャラクタを勢ぞろいさせたアクションものということでは、アンドリュー・ヴァックスのバークの初期のころのイメージに通じるところがあります。さらにいえば、パルプ色を前面に押し出したジョージ・C・チェスブロの荒唐無稽なモンゴのシリーズにより近いんですが、う~ん、こっちはあまり知られてませんね(むちゃくちゃ面白いのに)。このあたりの影響を受けているのかどうか、本人に確認してみるべきかも。

ということで、ファンタジイ好きのみならず、ノリのいいアクション中心の怪しいミステリ好きにもお薦めですよん^^)

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Thursday, August 25, 2005

"The Chiaroscurist" by Hal Duncan

デビュー作 "Vellum" が話題のグラスゴー出身の作家アル・ダンカンの短篇 "The Chiaroscurist" が Electric Velocipede のサイトで読めます。

教会の聖所の壁画を依頼されたキアロスクーロの画家が、それを完成させるまでの物語なのですが、居酒屋で神に似た雰囲気の老人に出会ったところから始まり、The First Day of Creation、The Measuring、The Separation of Light and Dark...と、天地創造から取った各場面のタイトルにそって物語が進んで行きます。そして最後は……ううう、この結末もいいですね~。

キアロスクーロだけあって、作品中の明暗のコントラストがとてもいいです。この作品、とても気に入りました。

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Tuesday, August 23, 2005

Ill Met by Moonlight, by Sarah A. Hoyt

Ill Met by Moonlightシェイクスピアが続いたんで、かなり前に読んだ本なんですが、なんとも珍しいシェイクスピアその人が主人公のファンタジイを思い出してしまいました。そうはいっても設定が期待させるほど意欲的な作品ではないんですが……。

ここでのウィル・シェイクスピアは、まだうだつの上がらない結婚したての学校の教師。ところが、妻と生まれたばかりの娘が、妖精王シルヴァヌスの虜になってしまったため、無力ながらも「夏の夜の夢」世界でジタバタする羽目に。この世界では縦横無尽、じゃない傍若無人に振舞う妖精のほうが、人間よりもはるかに力を持ってるんですよね。

そこに現われたる黒ずくめの美女、じつはなにを隠そう、シルヴァヌスに王位を簒奪された、正統のオーベロンの後継ぎクイックシルヴァー(笑)の仮の姿なんですが、彼(女)は、シェイクスピアを操って王位奪還の画策を始めます。かくして妖精界の権力争いに巻き込まれた頼りないウィルの運命やいかに。シルヴァヌスに目移りした妻と子を無事に取り戻すことができるのでしょうか……。

ううむ、設定は面白いし、気紛れな妖精の世界が妖しく描かれていれば、かなりいい作品になったんじゃないかという気はするんですが、どうもねえ、それっぽい登場人物を揃えた割りには、あんまりキャラが立ってないんですよね。まあまあの作品で終わっちゃいました。たぶんシェイクスピアの位置付けが、主役を張れるほどしっかりしてないのが原因のような。

この作品、作者のデビュー長編で、All Night AwakeAny Man So Daring という続編が出て3部作が完結しているようです。続編ではキット・マーロウなんかも出てきて、シェイクスピアが劇作家への道を踏み出すあたりも描かれているようですが、デビュー作ほどには話題にならなかったようなので、あんまり期待できないのかも。

までも、このカバーにつられて手を出す人もいそうな気がしますけど^^)

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Saturday, August 20, 2005

"The Lambs of London" by Peter Ackroyd

the_lambs_of_london 伝記作家でもあるピーター・アクロイドは新作 "The Lambs of London" で、『シェイクスピア物語』を著したラム姉弟と、シェイクスピアの贋作で知られるウィリアム・ヘンリー・アイアランドの実話を自由な発想でひとつの物語にまとめあげ、18世紀末ロンドンを騒がせたふたつの事件を起すに至ったそれぞれの心模様を、鮮やかに描き出しています。

メアリとチャールズは、子供の頃から共にシェイクスピアに親しんできたとても仲の良い姉弟。ところがある日突然メアリは発狂し、母親を殺害してしまいます。繊細な神経の持ち主だったメアリの心の中で、一体なにが起こったのか。

一方、古書店を営む父を手伝う17歳の少年ウィリアムは、偶然出会った未亡人から亡夫のコレクションを自由に閲覧し、気に入ったものを無償で譲り受ける許可を得ます。その宝の山の中から彼は、今まで知られていなかったシェイクスピアの作品『ヴォーティガーン』を発見してしまいます。

この実話の部分だけでもあまりにも奇異で、十分おもしろい小説になりそうですが、アクロイドは3人の間に接点を設けることによって、謎めいていた動機をひとつのテーマとして浮かび上がらせています。

ひとつ念を押しておきたいのは、この本を『ヴォーティガーン』の作者探しという謎解きとしては読まないで欲しいということです。始めからすぐ分っちゃうので、それだと「駄作」の烙印を押されかねませんが、これは歴史的事実なので作者はそこに重点は置いてないと思うんです(むしろ周知の事実として書いている)。本物のシェイクスピアのあれやこれやがわさわさ出てくるわけないので、読んでていかにも胡散臭いんですよね。それなのに実際専門家たちもみんな信じちゃったというから驚きです。

タイトルの The Lambs はもちろんラム姉弟のことですが、lamb は「無邪気」とか「騙されやすい人」という意味もあるので、ダブルミーニングかもしれませんね。

メアリ・ラムの狂気については、次のような本も出版されています。ちなみに姉弟で本を書いたのは、メアリが精神病院から退院してからです。

"The Devil Kissed Her: The Story of Mary Lamb" by Kathy Watson

"Mad Mary Lamb: Lunacy and Murder in Literary London" by Susan Tyler Hitchcock

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The Traveler, by John Twelve Hawks

The Traveler去年の末ぐらいから思わせぶりなサイトのせいでネットのあちこちで話題になっていた作家がいたんですが、それがジョン・トウェルヴ・ホークス。なにやら大人向けのプルマンという触れ込みで、主人公によるでっち上げのブログを用意したり、作品にちなんだ中古の自動車パーツのサイトを作ったり。つまりは出版社が計画的にジャスパー・フォードみたいなプロモーションを仕掛けていたわけなんですよね。

その実体が見えてきたのが、プロモーションの第2弾として今年の2月ごろに DVD と CD のついた豪華版の ARC が出回り始めた時で(いやまあ ARC 自身は普通のトレード・ペーパーバックの形式ですけど、付録にお金をかけてある)、その中では、出版社もその正体を知らない覆面作家で、社会の監視の目から逃れたところで生活しており(off the grid)、コンタクトは常に衛星電話で行われるという売りでした。ちなみに DVD の中身はといえば、出版にたずさわった人のくさ~いインタヴュウと、チープなイメージクリップの寄せ集めで、ヴォコーダを使ったトウェルヴ・ホークスの声が笑えます。

ということで、ダン・ブラウンで当てた編集者の画策により、「作られたベストセラー」が6月に登場したわけなんですが、どうも出版社の期待ほどには売れなかったんじゃないですかね。NYタイムズのリストでも10位以内には顔を出さなかったようですし。

作品はといえば、ダン・ブラウンと「マトリックス」を掛け合わせたような一般受け路線。「ハーレクイン」という歴史の影で暗躍してきた護衛集団の末裔である女剣士マヤが、異世界と行き来することで時の権力と常に対抗してきた「トラベラー」の生き残りであるマイケルとガブリエルのコリガン兄弟を助け、ハイテクによる全世界の監視強化を進める「ターブラ」と戦う近未来を舞台にしたアクションもの。「マトリックス」のサイバーパンク的な要素と、十字軍に端を発する秘密結社という伝奇的な部分を兼ね備えたファンタジイと形容するのが適切ですかね。他にもトラベラーの能力の覚醒を手助けする導師的な役割の「パスファインダー」とかも出てきて、「スターウォーズ」やら「キル・ビル」やら、どこかで見かけたような要素がいろいろ取り込まれてます。

「ハーレクイン」の一人として活躍したサムライの血筋を引く男のエピソードや、「ターブラ」で働く日本人、あるいはマヤの格闘術などに日本的な要素が使われていて、決して奇異な描写でもないことから、作者はかなりの日本通のようです(なにかの武道の経験ぐらいあるのかも)。一方で、トラベラーが意識を飛ばす世界の描写や、管理社会を離れた荒野での生活の部分では、なにやらニュー・エイジの影響を感じさせます。

で、肝心の作品の出来のほうはどうかといえば、スムーズな文章に卒のない話運びで、明らかにポッとでの新人ではなく、書きなれた作家の手によるものですね。『ダ・ヴィンチ・コード』よりははるかに上手いです(笑) ということで、サスペンスものとしてはまあまあの出来で、3部作という続巻への期待を持たせる程度には面白いんですが、一方で、それなりに色々な要素は盛り込んでいるものの、目新しいアイデアがまったくないんですよね。異世界の設定やアクション・シーンも、ゼラズニイのアンバーから借りてきたみたいな感じだし。ということで、ジャンルの読者よりはやっぱりベストセラー向きの作品でしょうか。まあありきたりの似非中世ファンタジイでなく、現代社会を舞台にしているという点では目先も新しく好感が持てますが。

さて、作品以上に話題になっている作者の正体についてですが、作品を読めば新人ではないことは一目瞭然なので、色々な憶測が流れてます。「トウェルヴ・ホークス」というネイティヴ・アメリカンの名前から、匿名で書くこともあるクレイグ・ストリートじゃないかというのがいちばん有力なようですが、やはりネイティブ・アメリカンの血を引くウィリアム・サンダーズは疑われて侮辱するなと怒ったとか。ケイジ・ベイカーヴェラ・ナザリアンの名前が挙がっているのは、ゲイブ・シュイナードが作品とその販売戦略をポジティヴに誉めていたため、その知り合いの作家が引き合いに出されたものです。たしかにね~、このあたりの作家でしたら、安っぽい文章でありきたりの作品を書くのは返って苦労するでしょう。一方、ダン・ブラウンでしたら当然自分の名前で出したほうが売れるわけですし、正直ブラウンに書けるほど下手くそな文章でもないですから、これはありえないですね。

作中の日本的要素を切り口にすると、ルポフやラストベーダー、F・ポール・ウィルスンあたりも候補になるかとは思いますが、このあたりのロートルをわざわざ出版社がプッシュするかというところがありますね。個人的には、空手の専門家で日本での生活の経験もあり、サイバーパンクとアクション・シーンを得意とし、匿名での作品の発表もしていて、イギリスに住むアメリカ人ということでヨーロッパのセンシビリティにも詳しいと思われる、トリシア・サリヴァンあたりが怪しいんじゃないかと思っているんですが。とはいえこのところ作品も順調に出版してるし、斬新なアイデアによる実験的な作品を志向している作家なので、彼女が書いたんだったら隠そうとしてもどこかに鋭い切り口が出てきてしま