« Blindsight, by Peter Watts | Main | Rainbows End, by Vernor Vinge »

Wednesday, July 25, 2007

Eifelheim, by Michael Flynn

今日はマイクル・フリンの『アイフェルハイム』のもう少し詳しい紹介を。こちらも力作ですね~。『ブラインドサイト』がなければこちらを一番に推すんですけど。邦訳を出して欲しい作品ではありますが、翻訳者がかわいそうかも^^;

Eifelheim宗教と迷信と封建制にがんじがらめにされ、文化的には縮退期にあった欧州中世の人々が、もし異星人と出会っていたとしたら一体何が起きていただろうか。悪魔が出現したと恐れおののき、原始的な武器を手にした騎士団が無益な負け戦を繰り広げる、ウェルズの『宇宙戦争』の中世版というのがもっともありそうなシナリオだろうか。だが、フリンの提示するファースト・コンタクトのバリエーションは、頑迷な暗黒時代という一般常識を覆し、中世の本質に切り込みながら、様々な階層の人々を配したごく人間的な物語を紡いでいく。

じつはマイクル・フリンには、1986年に発表され翌年のヒューゴー賞の候補になった同名のノヴェラがある。統計歴史学者と理論物理学者のカップルが、中世ドイツのシュヴァルツヴァルトに、計算上は存続していてしかるべきなのに、なぜか消滅してしまった町アイフェルハイムの謎を追ううちに、ファースト・コンタクトの存在と次元宇宙論のブレイクスルーに至るという骨子なのだが、20年を経て、作者はそのバック・ストーリーとなった中世の出来事を長編として書き起こすことにしたようだ。もともとのノヴェラは枠物語として作中に挿入され、中世パートとの対比・呼応による相乗効果をもたらしている。

ペストの影に怯える 14世紀のドイツ、シュヴァルツヴァルトの片隅に位置する町オーバーホーホヴァルトは、突然異変にみまわれた。轟音とともに雷が落ちた直後のように金属が帯電し、一部で火災が発生した。数日後、領主から、森に違法に住み着いた侵入者の調査を命じられた司祭ディートリッヒは、森の中に建てられた奇妙な館と、異形の一群に遭遇する。瞼のない巨大な目とペンチのような口で、灰色の肌をした長身がひょろ長い手足で動き回る様子は容易にバッタを連想させた。

じつはこのディートリッヒ、田舎町の司祭には似つかわしくない高度の見識の持ち主だった。パリにてビュリダンに師事し、ウィリアムのオッカムとも同僚だった司祭は、当時の神学の基礎となる論理学と自然科学に通じたトップレベルの学者だったのである。異形の者を悪魔として排斥することは可能だったが、ディートリッヒの理性が安易な判断を許さなかった。あからさまな攻撃性はないと判断した司祭と町民は、闖入者とおそるおそるの交渉を始める。

クレンケンと名づけられた余所者が所有する音の出る小道具により、相互の理解は徐々に深まっていく。抽象概念はなかなか通じないものの、それは自己学習型の翻訳機だったのだ。ディートリッヒは、旅行者を乗せて移動中の彼らが事故に遭い、森の中に頓挫したいきさつを知る。この世界で必要な資材を調達し修理するまでは、彼らはここに留まらざるを得ないのだ。

司祭の知識の吸収が始まった。ほぼ現代の人類と同等の技術力を持つクレンケンの宇宙論や物理学、生物学は、中世の知識の枠組みや用語を通してディートリッヒに咀嚼される。一方、蜂の社会のような階級構造を持つクレンケンの世界も、司祭の神学の影響で変化を受ける。また、ユダヤ人迫害に端を発した他の町との抗争やペストの侵入は、栄養素不足で斃れていくクレンケンの人間社会への貢献を強いていく。

神の概念を持たない異星人との神学問答は、誤解を交えた滑稽なやり取りから、次第に他者への理解と愛という本質に迫っていくが、このあたり、やはり神学とファースト・コンタクトを扱ったメアリ・ドリア・ラッセルの傑作 The Sparrow での緊張感を思い起こさせ、興味深いものがある。

異星人の姿かたちから「悪魔の棲む町」トイフェルハイムと呼ばれるようになり、いまはアイフェルハイムの名を残す地図から消えた町の物語は、同様にペストの悲劇にみまわれた中世を描いたコニー・ウィリスの『ドゥームズデイ・ブック』のように、そこに生きた人々の教会を中心とした日常を克明に焙り出す。チョーサーの『カンタベリー物語』の登場人物を配したかのような、当時のスタイルを模した文体で語られた物語は、馴染みのない言葉が頻出すること以上に、その情報量の多さで読者の努力を強いる。だが、主人公とともに中世の視点で現代の科学を読み解き、ルネサンス期へと通じる知識探求の萌芽を共有しながら、宗教と科学と社会のバランスをうまく取って危機に対処してきた人々の生活に触れるとき、努力に見合った以上の感動が押し寄せてくる。

|

« Blindsight, by Peter Watts | Main | Rainbows End, by Vernor Vinge »

Comments

The comments to this entry are closed.

TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference Eifelheim, by Michael Flynn:

« Blindsight, by Peter Watts | Main | Rainbows End, by Vernor Vinge »