« May 2007 | Main | July 2007 »

Monday, June 25, 2007

Boxer, by The National

Boxer久々に音楽の話題でも行ってみましょうかね。いえ、何も聴いてなかったわけじゃないんですよ。わたしの乏しい語彙では、音に関しては何について書いてもたいして変わり映えがしないので、あんまり触れてなかっただけなんです。

とはいっても、個人的な 2005年のベスト盤 AlligatorThe National の新譜が出ましたんで、これはやはり紹介しておきましょう。Arcade Fire とか Clap Your Hands Say Yeah とか、結構期待外れが多かったんで心配してたんですが、The National はもうぜんぜん大丈夫ですね。またまた名盤出しちゃいました。

とはいえ、前作の Alligator と比べると、かなり作りが違います。Alligator の聴かせどころはノリのいい疾走感にあったんですが、なんと Boxer にはロッカーが1曲もなく、シャウトも聞かれません。ドラムはしっかり利かせているものの抑え気味で、ギターもかなり引いてます。そう、最初から最後まで、ミッドテンポでじっくり聴かせる渋い曲ばかりなんですよね。なにやら昔々のゴードン・ライトフットあたりを思い出してしまいましたよ。

ということで、Alligator では次から次へと飛び出してきたようなインパクトのあるシングル性の高い曲は1曲もないんですが、じつはこの切れ目なく続く渋さがもうむちゃくちゃ味があるんですよね。Alligator がオールA面のアルバムだったんだとすれば、The National は Boxer ではオールB面のラインアップに挑戦し、力まなくても、歌い上げなくても、全く遜色がないという底力を見せ付けたんじゃないでしょうか。

まあ Alligator あってこその Boxer だとは思いますが、動と静、どちらも名盤には違いありません。オススメです。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Saturday, June 23, 2007

Samsara Junction, by Jon Courtenay Grimwood

サムサーラ・ジャンクションいやまあ redRobe の邦訳ですけどね、うちのブログでおなじみのジョン・コートニー・グリムウッドの、長編としては初めての翻訳が『サムサーラ・ジャンクション』のタイトルで出ましたのでポストしておきます。邦題は本人も気に入ってました。ちなみに、"Courtenay" は「コートニー」で正しいそうです。

なんか古臭いタッチの、死神みたいな主人公の絵ですね。ほんとはもう少しコミカルなキャラなんですが。口を縫い付けられた少女娼婦マイをドアップにしたカバーだったら、もっとインパクトあったんじゃないかと思うんですが、さすがにそういうわけには行かなかったんでしょうね^^;

昔書いた redRobe の紹介はこちら

| | Comments (3) | TrackBack (0)

Thursday, June 21, 2007

The Keyhole Opera, by Bruce Holland Rogers

The Keyhole Opera2006年の世界幻想文学大賞の短編集部門で、居並ぶ強敵(ケリー・リンク、ジョウ・ヒル、ケイトリン・R・キアナン、ホリイ・フィリップス)を押さえて受賞した作品集ですので、かなり期待してたんですが、どうもいまひとつわたしには合わなかったですね。

フラッシュ・フィクションというよりはもう少し長いんでしょうか、2~3ページのショートショートがメインになるんですが、普通のショートショートの切れ味よりは短編の奥行きを追おうとしたような作品が多く、逆にもの足りないというか、中途半端になっているような印象があります。

全体を Stories / Metamorphoses / Insurrections / Tales / Symmetrinas という、作品の形式別に5つに分けた構成になってるんですが、Metamorphoses と Tales には寓話風の作品が並び、やはり作者の得意とする分野ということになるんでしょうか。2004年の世界幻想文学大賞の短編部門の受賞作 "Don Ysidro" は Metamorphoses に分類されてますが、亡くなった村の壷作りの名人の話を、ユーモラスな民話風の語り口で語った作品で、オチも見えてしまって、どうもこの寓話風の作品群が個人的に合わないようです。

Insurrections には実験的な作品が並ぶんですが、種々雑多なイメージを打ち出してくる作者の才気はわかるものの、基本的に攻撃的な作風ではないので、印象が薄いですね。

Symmetrina というのは作者が発明した形式ということで、前書きでマイクル・ビショップがそのルールを説明してくれてるんですが、なにやらすごく込み入ってます。全体が奇数のセクションで構成され、中央部に長い作品が来て、同じ語数で書かれた部分が対称的に配置され、一人称、二人称、三人称を含まなければいけないというものらしいんですが……実際に作品を読んでみると、なかなかいい形式です。あるテーマに基づいた短い連作短編の趣で、盛り上がりの部分と中休みの部分が適切に配置され、鏡対称の部分が時によりパロディとして働いたりして、呼応・対称がうまく生かされてます。

作品集の最後に置かれた "The Main Design That Shines Through Sky and Earth" というこの symmetrina の作品は、一番長い作品でもあるのですが、これはさすがに読み応えがありました。「教えること」をモチーフにした様々な状況を描いた掌編が、生で始まり、途中から徐々に忍び込む死のイメージに置き替わりながらも、決して暗くない死のエピソードで終わる組曲の形式は、たしかに傑作といえます。作者の特長をうまく盛り込んだ作品でもありますし。

この他、特別な形式に属さない Stories に分類された中で、菓子のレシピの中に恋人の裏切りに対する不満がぶつぶつと挿入される "Lydia's Orange Bread" というごく短い作品と、リルケの詩に対する講演を依頼された詩人が、分析的な講義を行いながらも、最後には生(なま)の感情に立ち戻る、メタフィクションの逆を突いたような "The Minor Poets of San Miguel County" が、作者のユーモラスな面とシリアスな面を代表するような秀作でした。まあ1冊の中にこれぞという気に入った短編が3編あったというのは、そう悪い確率ではないのかもしれません。

作者のブルース・ホランド・ロジャーズは、2002年以来購読者に e-mail で短編を配信する活動を続けてますが(これもメール・マガジンっていうんでしょうかね)、興味のある方はこちらへ。サンプル・ストーリイも提供されてます。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Tuesday, June 19, 2007

2007 Locus Awards Winners

Rainbows Endローカス賞が 6/16 に発表になってましたね。ま、ほとんどこれといって面白い結果ではありませんけど、エレン・ダトロウのベスト・エディターと、ジョン・ピカシオのベスト・アーティストはうれしいですね。オフィシャルなアナウンスはローカスの記事へ。

Best Science Fiction Novel

Rainbows End, Vernor Vinge (Tor) [our comments]

The Privilege of the SwordBest Fantasy Novel

The Privilege of the Sword, Ellen Kushner (Bantam Spectra)

Best First Novel

Temeraire: His Majesty's Dragon/Throne of Jade/Black Powder War, Naomi Novik (Del Rey; Voyager); as Temeraire: In the Service of the King (SFBC) [our comments]

His Majesty's DragonBest Young Adult Book

Wintersmith, Terry Pratchett (Doubleday UK; HarperTempest)Wintersmith

Best Novella

"Missile Gap", Charles Stross (One Million A.D.)

Best Novelette

"When Sysadmins Ruled the Earth", Cory Doctorow (Baen's Universe 8/06)

Best Short Story

"How to Talk to Girls at Parties", Neil Gaiman (Fragile Things)

Best Magazine

The Magazine of Fantasy and Science Fiction

Best Publisher

Tor

Best Anthology

The Year's Best Science Fiction: Twenty-Third Annual Collection, Gardner Dozois, ed. (St. Martin's)

Best CollectionFragile Things

Fragile Things, Neil Gaiman (Morrow; Headline Review)

Best Editor

Ellen Datlow

Best Artist

John Picacio

Best Non-Fiction

James Tiptree, Jr.: The Double Life of Alice B. Sheldon, Julie Phillips (St. Martin's)

Best Art Book

Cathy & Arnie Fenner, eds. Spectrum 13: The Best in Contemporary Fantastic Art (Underwood)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Monday, June 18, 2007

Gradisil, by Adam Roberts

Gradisil (US)一癖も二癖もある作家が揃ったイギリスのSF界ですが、その中でもアダム・ロバーツはひときわ目立つ存在ですね。コマーシャルな作品を書けば絶対売れるだけの筆力を持ってるのに(まあ相変わらずユーモアもののパロディは続けてますけど)、シリアス路線のほうでは絶対にストレートな作品は書きません。個人的にはイギリスのロバート・チャールズ・ウィルスンといえるかなとは思ってるんですが、ウィルスンの設定をもっとヘンテコにして、登場人物のエクセントリシティを極限まで上げたような作風ですんで、う~ん、処置なしかも(笑)

真面目な話、イギリス勢ではジャスティナ・ロブスンとこのアダム・ロバーツはそろそろ本格的に邦訳されるべき作家だと思ってますので、これぞという作品を出して欲しいんですけどね、ロバーツったら、またやっちゃいました。面白いんですけど、なかなか一般的な評価に乗らないような作品。政治色の強さでは、最初の長編の Salt に一番近い感じでしょうか。

Gradisil (UK)Gradisil は、地球の磁界を利用して、低周回軌道の宇宙空間へ乗り出した人々の物語。地球の周回軌道を離脱するにはロケット・エンジンの推進力が必要なわけですが、とりあえず宇宙空間に出るだけなら、磁界を上手く利用すると通常の飛行機とほとんど変わらないような装備で実現できるそうなんです(このあたりの技術的裏付けは全くわかりませんけど)。

第1部はその先駆者の物語。資金を提供してくれた女テロリストを匿ったために殺されてしまった父親の復讐に取り付かれた娘クララを中心に、いかに低周回軌道がコロナイズされていったかが描かれます。いうなれば宇宙のトレーラー・ハウスの集落に、様々な理由で地球を逃れてきた人々が寄り集まった状態ですね。典型的なアナーキストの寄せ集めです。

メインとなる第2部は、クララの娘グラディシルが、「ソル」(solidarity = 連帯)と呼ばれるようになったコロニーの資金力に目をつけて、傘下に置こうと戦争を仕掛けてきたアメリカと、いかに対峙して独立を守り通すかという展開になります。軍事力もなく、アナーキストとして団結力にも欠けるソルがいかに大国をいなすかという構図は、Salt でも見られたものですね。小技を上手く積み重ねながらドラマチックな展開を用意した作者の腕の見せ所です。

コーダとして置かれた第3部はグラディシルの息子を主人公にしたエピソードですが、種明かしになりますので内容には触れないでおきましょう。ちなみに「グラディシル」は、コロニーを生命の木イグドゥラシルに見立てた音韻変化です。

相変わらずSF的アイデアにこだわり、決して隠し玉を使わずにフェアに手札を並べて、しかも読者の思いもよらなかった結末を提供し、叙述スタイルにも工夫を凝らしながら、SF的にもストーリイ的にもきちんと納得させて、なおかつアンバランスな奇妙さを読後も持続させる手腕は、う~ん、やはりアダム・ロバーツ的というしかありませんね。(ちなみに今回の小技では、第2部では "black" などの "c" を省略して "blak" と表記し、第3部では "-ing" などを "n" と "g" を重ねた発音記号に使われる記号で表記して違和感を助長してます。)

までも、今回も癖が強すぎるので、邦訳には向かないかもしれませんね。可能性が高いのは、やっぱりまともなSFに一番近い Plystom でしょうか。まああれもヘンといえばヘンですが……。ううん、プッシュしてるんだか足を引っ張ってるんだか分からなくなってきましたけど、Polystom はなんとかしましょうよ。

| | Comments (1) | TrackBack (0)

Sunday, June 17, 2007

The Black Book of Secrets, by F.E. Higgins

The Black Book of Secrets他の本を探してたら落ちてきたんで、去年の12月に出た本をいまごろ読んでました。アマゾンの読者評の数とか見ると、Waterstone's の読者賞の候補に上がりながらも、流行には乗れなかったようですが、これはかなりの傑作。ヘンテコなアイデアと歯切れのよい語りともども、なんとも気に入りました。

出だしからして、皮の拘束帯の付いた拷問椅子を前にした少年の恐怖から始まるんですが、これが歯医者の治療椅子。なんだ、虫歯の治療かと思いきや、酒代の足しにと、両親が息子の歯を売り飛ばそうとしているんでした^^;

ということで、ただ City とのみ呼ばれる街からほうほうの体で逃げ出した主人公のラドロウ・フィンチは、手近な馬車に忍び込み、ペイガス・パーガスの村へと逃げ込んだところを、村にやってきたばかりだという質屋のジョウ・ザビドゥーに拾われます。スリ以外にも、文字を書ける才能を見込まれて、ラドロウは弟子として働くことになるのでした。

しかしながら、このザビドゥー、ただの質屋とは違って、ガラクタでもなんでも引き受けた上に、村人の秘密の告白を高値で買いとって、ラドロウに「秘密の黒い本」に記載させるのでした。生めた死体を夜中に掘り返して売りさばく墓堀人夫、父親をネズミのパイで殺してしまった肉屋、ミス・プリントのある稀覯書を老婆を殺して奪ってしまった女書店主……。とはいえ、ほとんどの犯罪は、高利で村人を搾り取る、吝嗇な地主ラチェットに弱みを握られ、やむにやまれずのことでした。

ということで、ラドロウの大げさな手記を挟みながら、犯罪交じりの胡散臭いエピソードが続き、当然のことながらザビドゥーとラチェットの対決へと話は向かうわけですが、なかなか捻りが利いてますね。そもそも、ザビドゥーの正体は何なんでしょう? いったい何を狙ってるんでしょうか?

ま、暗いユーモアの利いた話は、けっして説教臭くないモラルを秘めて、少々デウス・エクス・マキナの結末が用意されてるんですが、ここまで個性的なストーリイでまとめてくれたら十分満足ですね。息抜きの穴の開いた棺桶を頼まれた葬儀屋の告白とか、どこかで読んだような気もしますけど、なかなか気の利いた短編ミステリになってますし。

時代設定は具体的にされてないので、街の描写とかディケンズふうの雰囲気はありますけど、公開絞首刑をみんなで見物なんていうシーンもありますので、ヴィクトリアーナといってしまうには無理があるかも。

F・E・ヒギンズとイニシャル表記になってますが、フィオナさんということで女性の方ですね。Montmorency のエリナー・アップデイルのライバルになれそうな、ジョーン・エイキンの後継者がまたひとり増えたようで、うれしいですね。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Saturday, June 16, 2007

Nova Swing, by M. John Harrison

Nova Swing海辺の街、サウダーデ(Saudade)の一角にある寂れたバー「黒猫白猫」では、人生を持て余しているかのような不景気な客がたむろしていた。時たま客が訪ねてくるツアー・ガイドの男、太りすぎた自称船乗り崩れ、そして、チンピラ船乗りの愛人を亡くして以来、ひとりで店を切り盛りしている女将。倦怠と、距離を置いた人肌の温かさが漂っている、どこにでもあるような店である。

とはいえ、海辺の街とはいえ、ここはケファフチ宙域の帯状に延びた特異点に沿った「ビーチ」にある惑星のひとつ。前作 Light のK-シップのパイロット、エド・チャイアニーズの出身地でもある。だから浜辺には、裸の特異点が吐き出したいつのものとも知れない異星人の遺物や、目的不明の物体が流れ着く。奇妙な光りに満ちた空間自体も特別な性格を帯びているために、それを目当てにやってくるツアー客を当て込んだガイドも成り立つわけだ。

ひとりの旅行客がガイドのヴィック・セロトニンを目当てにやってくる。だがこの女、過去の記憶がなく、自分が何を探しているのかわからないというのだ。一方、ヴィックが見つけた奇妙な物体、時には生物、時には石にと姿を変える拾得物は、金になることなら何にでも手を出すヤクザ、デラードの目を引く。ヴィックの頼りは、度重なる異空間踏査で体を壊し、今は寝たきり状態の先輩の宝探しだった。特に踏査の状況を詳細に綴った手記を、なんとしてでも手に入れたいところだ。

一方、空間の異変に警戒してしている警察の一部門 Site Crime の面々は、ツアー・ガイドや宝探しの動きに常に目を光らしていた。閉所恐怖症の妻を殺されたことが今でも心の傷になっているアルバート・アインシュタインそっくりの刑事レンズ・アシュマンは、凄腕の女刑事の助手にピンクのキャディラックを運転させながら、特にデラードの動きに警戒していた。空間から現われるものが、最近では物質だけでなく、特殊なアルゴリズムや生物が混じっている節があったのである。

ということで、様々な登場人物の思惑が、この特殊な浜辺を背景に絡まりあうわけですが、ノワールの舞台設定で始まりながらも、意外にも、それぞれのしこりをほぐしながら、明るい展開に向かいます。3つのストーリイ・ラインで複雑に構成されたアドベンチャーものの形式を取った Light とは、ずいぶん異なる形式です。続編というよりは、背景世界とアイデアを踏襲した姉妹編というべきかもしれません。

とういうのが、メインになるのが登場人物の「動き」ではなくて、あくまでこの世界の雰囲気や情景なんですよね。まあロス・トーマスのユーモアのトーンを少し落としたような極上の文章で語られる少々メランコリックな物語は、その世界に浸っているだけでも幸せ~という感じではあるんですが、クライマックスを迎えた後のコーダの部分、映画で言えばエンドロールが、甘く延々と続くのには正直戸惑いを覚えました。なんともバランスが悪いんですよね。読み終わってもなんだかキツネにつままれた気分。

が……。

後記の部分を読んでハタときました。知り合いのルイス・ロドリゲスの名前が出てきたので目が行ったんですが、M・ジョン・ハリスンはルイスに、"saudade" というポルトガル語を教えてくれたことに対して感謝しているんですね。

そう、街の名前として使われていた Saudade、じつは、他のどの言語を探してもこの言葉にぴったり来る訳語はないそうなんですが、「愛おしさをまじえた思い」ということで、懐旧の念にも、遠く離れた思いにも、手の届かない憧れにも、愛惜の念にも使われる言葉とのこと。長いエンドロールは、saudade の物語にはちょうどぴったりの長さなのでした。

SFの醍醐味では Light に一歩を譲りますが、イギリスSFには珍しい明るい結末の、姉妹編としてふさわしいチャーミングな作品です。クラーク賞受賞もむべなるかな、ですね。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

Friday, June 15, 2007

Mr. Sebastian and the Negro Magician, by Daniel Wallace

Mr. Sebastian and the Negro Magicianダニエル・ウォレスの新作の登場ですね。『ビッグフィッシュ』以来ファンなんですが、Ray in Reverse『西瓜王』はいまひとつだったかも。そういえば小出版社から出た短編集が積読になってました。

新作は 1950年代のアメリカ南部を舞台に、落ち目の手品師が悪魔と思しき男と取引をして……といいながら、全然ファウストものの展開じゃないらしいので、なかなか期待が持てそうですね。どうもまた親子の話が背景にありそうですし。ちょっとマグリットふうのカバーもよさそうです。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Thursday, June 14, 2007

The Neddiad: How Neddie Took the Train, Went to Hollywood, and Saved Civilization, by Daniel Manus Pinkwater

The Neddiadまた粗筋を読んでもよくわからなそうな本ですよ。

1940年代のロサンゼルス。シカゴからLAに引っ越す途中に、父親と離れ離れになったネディーは、シャーマンから隕石に刻んだカメのお守りをもらい、映画スター親子や幽霊のベルボーイと知り合いになり、一緒にLAを目指します。ところが、グランド・キャニオンで現われたのが、カメのお守りを狙う悪者サンダー・ユーカリプタス。さてさて、ネディーは無事に地球を悪者の手から救うことができるんでしょうか?

え、なんで地球? まあ宇宙人も出てくるみたいですし、サーカスのトリックをするマンモスも現われるようですし、本のタイトルも The Iliad を模した The Neddiad ですからね、少年のアメリカ横断の話が地球規模の大事件になることぐらいお茶の子さいさい……。

……って、作者名を見たら、あの Lizard Music のダニエル・ピンクウォーターじゃないですか! これは買わなきゃ。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Monday, June 11, 2007

Mythopoeic Awards 2007 Finalists Announced!

ミソペイイク(=ミソピーイク)ソサイアティは、主としてJ・R・R・トールキン、C・S・ルイス、チャールズ・ウィリアムズといったオックスフォードの文芸サークル《インクリングズ》の研究をしている、ファンタジー文学と神話の非営利の愛好団体。そのメンバーが毎年選ぶミソペイイク賞の最終候補が発表されました。今年のアダルト部門は、marginalia でお馴染みの作家がけっこう入っていますね~。受賞者は8月3~6日のミスコンXXXVIII(←コダワリのギリシャ数字)で発表されるそうです。

Mythopoeic Fantasy Award for Adult Literature

* Peter S. Beagle, The Line Between
* Susanna Clarke, The Ladies of Grace Adieu
* Keith Donohue, The Stolen Child (our comments here)
* Patricia A. McKillip, Solstice Wood
* Susan Palwick, The Necessary Beggar
* Tim Powers, Three Days to Never (our comments here)

個人的には「パワーズがんばれ~♪」なんですが、さあ、どうでしょう(そういえば、AdieuBeggar は読まれたんでしょうか)

他部門の候補についてはオフィシャルサイトで。

| | Comments (1) | TrackBack (0)

The Court of the Air, by Stephen Hunt

The Court of the Airこちらで Lilith さんが紹介していた本ですけど、わたしもそれなりに期待していたんですが、う~ん、なんか物語の書き方を教えてやりたくなるような本でした。

ジュール・ヴェルヌふうののどかな表紙はかなり偽物で、気球はほとんど活躍しないし、そもそも設定がバリバリのスチームパンクなんですよね。ま、そのあたりは問題ないし、最初の 100ページほどはパルプを模した速い展開でなかなか期待を持たせるんですが……。私娼窟に売られた孤児の少女、ところが最初の客は彼女を狙う殺し屋で……。一方、叔父の家に身を寄せる気球の事故の生き残りの少年は、一家皆殺しの目にあって気球乗り崩れと逃亡する羽目に。

じつは、空を制することで周囲からの攻撃を防いでいる民主的な国家ジャッカルのまわりでは、様々な悪巧みが渦巻いていて、隣の国ではバイオ兵器を研究しているし、ジャッカルの地下では昔の帝国がカルトな指導者の下息を吹き返しているしで、上空から下界を見守る空の宮廷の面々も気が気ではありません。でまあ、少女と少年の主人公が蒸気機関人やカニ少女などの助けを得ながら悪巧みと戦うことになるんですが……。

問題は、100ページを越えたあたりから、完全に同じことの繰り返しの金太郎飴状態になってしまうことなんですよね。主人公を初め様々なキャラクタを用意しながらも、ほとんどこれといった活躍もしないし、ストーリイのメリハリも何もあったもんじゃありません。

作中ではパルプ小説が大きな機能を担っていて(この作品の中では penny dreadful)、みんなが三文小説で世間の動きを追っているという設定なんですから、作者もパルプ小説に倣って、一定のリズムで山場を用意して話を進めていく手法を身につけたほうがいいんじゃないでしょうか。

The Somnambulist はパルプのパロディをやって成功した例だと思いますが、こちらのスティーヴン・ハントさんはパルプを意識しながらもパルプの何たるかを全く理解していないとみました。書き方によってはそれなりの作品になったんじゃないかと思うんですけどね。残念でした。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

Sunday, June 10, 2007

Which One Should Win the Best Novel Hugo 2007?

さてさて、今年のヒューゴー賞の長編部門の候補作、一通り読みましたので、まとめて紹介させていただきます。まあごく単純に、今年はピーター・ワッツの Blindsight しかないということを強調したいだけなんですけどね^^)

Rainbows Endヴァーナー・ヴィンジ(Vernor Vinge)の Rainbows End は、いつものスペース・オペラからは離れて、現代のネットワーク・テクノロジイの延長線上にある20年後の世界を舞台にしたハイテク・スリラー。ユビキタス・コンピューティングをメインに据えた、『マイクロチップの魔術師』に通じるような現実的な近未来に終始し、シンギュラリティにまつわる議論は影を潜めているが、ストロス、ドクトロウ、シュローダーあたりの若造にはまだまだ負けないぞとでもいわんばかりに、しっかりと読ませる物語に仕上げている。

SF読者の高齢化に配慮したわけでもないのだろうが、ジョン・スカルジーの『老人と宇宙』とも呼応する、セカンド・ライフを与えられた老齢の主人公の活躍を描いた、「老人力」SFとでもいえそうな作品である。詩人としても名を成した英文学教授の主人公は、アルツハイマーの治療に成功して、息子夫婦の家に居候しながら、リハビリのために地元の高校に通う毎日。チーム作業での研究開発の能力を身に着けると同時に、衣服とコンタクトレンズを入出力にした、最新のコミュニケーション技術を使いこなせるようにすることが目的だった。

とはいえ、自尊心の塊のような主人公にとって、並みの高校生に混じっての共同作業など、侮辱にも等しい扱いだった。さらには、離縁された亡き妻への郷愁や、詩を書く能力の喪失に苛まれ、次第に問題行動を起こすようになる。唯一の救いは、彼の詩の朗読に感銘を受け、文章の書き方の教えを乞う、ひとりの高校生の存在だった。

一方、デジタル化の波に飲まれ、図書館が書物を裁断して読み取りを始めたことから、学生たちの反対運動が活発化していた。主人公は知り合いの老人たちに、裁断機を破壊するための秘密活動に狩り出されるが、それは国家間のバイオ化学兵器の開発にまつわる陰謀の隠れ蓑に過ぎなかった。主人公の身を気遣う孫娘も交えた、老人と子供たちの意外なチームワークが、この陰謀を打ち砕く姿を通して、ありうべき未来像と主人公の再生が見事に描かれている。(もう少し詳しい紹介はこちら。)

Glasshouseチャールズ・ストロス(Charles Stross)の Glasshouse は、《アッチェレランド》のシリーズに連なる長編とされているが、ジャンプ技術を身につけ宇宙に進出したポストヒューマン社会を描く遠未来ものという以外、特にストーリー上の関連はなく、独立して楽しめるものとなっている。

シンギュラリティという発想も、この作品に限ってはほとんど意味を持たず、展開される世界は驚くほど見慣れたもの。なにせ、遠未来のポストヒューマンが、記録の失われてしまった暗黒時代である西暦 2000年前後の人類社会をシミュレートして、そこに潜む思想を理解しようというのだ。ヴィクトリア朝から20世紀前半までは文字情報や写真・フィルムという形で十分な資料が存在するが、20世紀後半から21世紀前半は、すぐに劣化する磁気記録や互換性のない電子情報に多くを頼ったため、その大半が消えてしまったのである。

物語は、記憶の一部を消された男が、「温室」という隔離体の中で目を覚ますシーンから始まる。異星人の姿をした四本腕の女と知り合いになったのもつかの間、再び目を覚ました主人公は、20世紀再現プロジェクトの被験者として、一夫一婦制のサラリーマン社会に送り込まれ、マニュアル通りの行動を余儀なくされる。それも女性として。

以降、無意味な日常に透けて見えるプロジェクトの意図を追うことで、ミーム・ウィルスに蹂躙された過去が浮かび上がり、遠未来という設定が生きてくるわけだが、電子記録からの再生や人体改変、男女の切り替えと、ここに展開するのはなにやらジョン・ヴァーリイ的な世界。ミーム・ウィルスもジョン・バーンズからの借り物であることを考えると、多分に意識してのことだろう。とはいえ、ストロスによって新しい手触りを与えられた物語は、単なるリミックスではなく、21世紀的な存在感を持つ。

Blindsightこれまで海洋SFを書いてきたカナダの新鋭、ピーター・ワッツ(Peter Watts)が初めて宇宙ものに手を染めた Blindsight は、「意識」と「知性」の関係に深く切り込んだ意欲作。21世紀末、カイパー・ベルトの近辺に異変を認めた人類は、AIにコントロールされた宇宙船を調査に送り込む。乗り組むのは、多言語を扱うために四重人格化された言語学者、体の大部分を機械化した生物学者、部下を見殺しにし平和交渉を成し遂げた武官、そして、太古の遺伝子から再生したヴァンパイアの指揮官という個性的な面々である。いや、ヴァンパイアの遺伝子の一部は、他の隊員にも組み込まれていた。冷凍睡眠から目覚めるには不可欠だったのである。

子供時代にてんかん治療のための脳半球切除手術を受け、人間らしい感情を失う代わりに、対象を理解しないまま全体像を把握できるという能力を得た主人公は、特殊な思考形態のヴァンパイアやAIと、隊員との間の通訳を受け持った。彼らを迎えた異星の巨大宇宙船は、英語を話し、自らをロールシャッハと名乗った。だが、侵入の試みはことごとく不可解な方法で排除される。

アルジス・バドリスの『無頼の月』を思わせる、理解不能の構築物とのセッションを描きながら、作者は主人公の内面にも等分に筆を割き、様々なアイデアをまな板に載せ、知性と認識に対する思弁を繰り広げる。ヴァンパイアの登場はまあご愛嬌だが、十字架に弱い理由なども生物学的に説明されていて、テーマと絡めるあたりもお見事といえよう。地味ながら感動的な結末も含めて、ストロスを遥かに上回るような情報量を盛り込みながら、リーダビリティを落とさない作者の力量は一級品で、ハードSFにおける21世紀最初の古典の登場といっても過言ではないだろう。作者のサイトでは全文が公開されているので、是非ともという方は原文にトライしていただきたい。(もう少し詳しい紹介はこちら。)

Eifelheimマイクル・フリン(Michael Flynn)の Eifelheim は、もし中世に異星人が地球を訪れていたとしたら、一体どういう状況が起こっていただろうかという一風変わったファースト・コンタクトの物語。迷信深い人々は異形の姿に悪魔を見、パニックを経て悲劇的な結末に向かったのであろうか。じつはフリンには20年前に同名のノヴェラがあり、現代の歴史学者が、ドイツのシュヴァルツヴァルトにあった小さな町が地図から消えてしまったいきさつを調査するうちに、異星人との接触の痕跡を発見するというプロットだなのだが、今回の長編ではこの部分が枠物語としてそのまま使用され、実際に中世に起きた出来事が、当時の人々の視点で語られるメイン・ストーリーの部分が新たに書き起こされている。

領主の信頼も厚い町のまとめ役は司祭のディートリッヒ。ところがこの司祭、盲信的な宗教者とは程遠い、若い頃にはパリでビュリダンに師事し、ウィリアムのオッカムらとも親交があるという当時の最先端の知識人でもあった。人間大のバッタのような姿の異星人に、最初こそは驚愕しながらも、やむなく不時着した彼らを助けるうちに、翻訳機の助けを借りながら、次第に科学論・神学論が展開していく。この中世的世界観で語られる現代科学の理論や、神学の本質を理解していく異星人の姿の部分が、この作品の読みどころだろうか。

一方、ユダヤ人の排斥に端を発して周囲は騒乱を極め、ペストの蔓延が町を襲い、異星人も次第に町の痛みを分かつことを余儀なくされていく。当時の文体を模したフリンの文章は、馴染みのない言葉が頻出する以上に、圧倒的な情報量で中世の状況を積み重ねていくため、なんとも読みにくい。だが、その描写から立ち現われれてくるのは、決して頑迷な暗黒時代なんかではなかった、ごく人間的な中世の姿である。(もう少し詳しい紹介はこちら。)

His Majesty's Dragon竜の登場するナポレオン戦争ものの3部作を、3ヶ月続けて刊行するという華々しいデビューで話題をさらったナオミ・ノヴィク(Naomi Novik)の His Majesty's Dragon(英題は Temeraire)は、ひょんなことから竜の卵の孵化に立ち会ってしまったイギリス海軍のエリート船長ローレンスの物語の開幕編。最初に餌付けをした人間と絆を結ぶ竜の習性は、ローレンスの空軍への配属替えを余儀なくする。規律の厳しい海軍に比べ、まともな家庭も持てず、竜と寝起きを共にする曲者揃いの空軍への移動は本意ではなかった。

とはいえ、有名な戦艦の名前にちなんでテメレアと名付けられた竜の成長は、意外にもローレンスに喜びをもたらした。金の鎖をもらってはしゃいだり、本を読んでもらって見識を深めたりと、最初は無邪気な子供として、次第になんでも話せる親友として、そしてついには命を預けられる戦友として、パートナーの絆は深まっていく。また、上下関係も緩く、風紀が乱れていると映った空軍も、気心が知れてくるにつれてローレンスの気質になじんでいった。絶対的な制空力を誇るナポレオン軍のドーヴァー海峡横断が懸念される中、テメレアを含む若い竜の訓練が急がれた。

組織の中で壁にぶつかりながらも辛抱強く自分の意思を通していくローレンスの小気味よさや、成長すると体長10メートル、翼長30メートルにもなる竜に乗り込んでの空中戦、はたまた相手の竜に乗り移っての肉弾戦は、海洋冒険ものの王道をそのまま借りてきたといえるだろう。そして、船でありながら戦友である竜との、時にコミカルで時にホロっとさせられる展開はファンタジイならではのもの。パトリック・オブライアンの海洋ものや、アン・マキャフリイのパーンの竜騎士のファンでなくても、よくできた冒険ものを期待する読者にはうってつけの、娯楽ものとしては文句なしの出来の作品となっている。(感想はこちら。)

さて、それではどの作品がヒューゴー賞にふさわしいかといえば、ファンタジイ・ファンの票を集めてノヴィクの His Majesty's Dragon に決まってしまいそうな懸念が多分にありますが、正直よく書けているというだけで、この作品にはこれといったインパクトが全然ないんですよね。わくわくしないというか、カリスマがないというか。同様に、Rainbows EndGlasshouse についても、ヴィンジやストロスのベストとは言いがたいし、期待以上のものはありませんでした。

一方、フリンの Eifelheim は、相当手間をかけて書かれた力作であるし、稀に見る感動作でもあります。例年であればこの作品をベストとしてもいいんではないでしょうか。とはいえ、昨年は何年かに一度現われるかどうかのハードSFの傑作、ワッツの Blindsight がありましたので、まともに読んだ人であればもう疑問の余地はないでしょう。ほんと、受賞して欲しいですね。

| | Comments (7) | TrackBack (0)

Saturday, June 09, 2007

"The Imago Sequence and Other Stories" by Laird Barron

The Imago Sequence and Other Stories例によって表紙をブラウズしていて引っかかったのですが、拡大しても人が3人いるようだけど、よく分からない~。う~ん、マクベスの3人の魔女かしら? 色彩とレイアウトは好きかも。

この短編集の作者はレアード・バロン……。おお、表題作 "The Imago Sequence" は昨年の世界幻想文学大賞ノヴェラ部門と IHGA 賞長編部門にノミネートされてた作品じゃないですか。おっと、"Proboscis" は IHGA 賞中編部門に、"Hallucigenia" はブラム・ストーカー賞長編部門にノミネートされてました。おおお、"Bulldozer" は一昨年の IHGA 賞中編部門に、"Old Virginia" は 2004年のノヴェレット部門にノミネート……ってことは、質の高い作品をコンスタントに出してる作家のようですね。

"Bulldozer" と "Parallax" は Sci Fiction で読むことができるので、時間のあるときにでもちょこっと読んでみようかと思います。作風はラヴクラフトとかルーシャス・シェパード系とか。目を凝らしてみると、この短編集の表紙にはケリー・リンクのブラーブが~。ジョー・ヒルと並んで、要注目ホラー作家でしょうか。

なんというか、アラスカ生まれで、犬橇レースに出たこともあるホラー作家というのも珍しいですね。

| | Comments (1) | TrackBack (0)

Thursday, June 07, 2007

"World Behind the Door: An Encounter with Salvador Dali" by Mike Resnick

World Behind the Door: An Encounter with Salvador Daliダリは子供のころからすっごく好きだったので、「記憶の固執」の表紙で思わずチェック! なんと『キリンヤガ』のマイク・レズニックのYA向けの新作でした~。

シュールでメタフォリカルなところが魅力のダリの作品群。ところがダリったら、ちょくちょく平行世界に行っては、謎の少女から絵画のアイディアをもらってたそうなんです。そう言われてみると、シュールレアリスム(特にダリ)と量子物理学って、妙にマッチしている気がしませんか?(気のせい?)

いずれにしてもダリの作品の新たなヒミツが明かされるとあれば、ダリ・ファンとしては読まずにはいられませんね。ハイゼンベルクやフロイトなどの実在の人物も登場するようですが、フロイトがダリの夢判断をしたらいったいどんなことになるんでしょうか。Lady with an Alien: An Encounter with Leonardo da Vinci

この作品、Art Encounters シリーズの1作なのですが、レズニックではダ・ヴィンチの「白貂を抱く貴婦人」の真実に迫る "Lady with an Alien: An Encounter with Leonardo da Vinci"(貂じゃなくて、エイリアンだったのね~)と、ロートレックの「ムーラン・ルージュ/ラ・ギュール」を扱った "A Club in Montmartre: An Encounter with Henri Toulouse-Lautrec" に続く3作目みたいです。他の作者では、フリーダ・カーロ、ジョン・シンガー・サージェント、ファン・アイクなどを題材とした作品もあって、個人的にけっこう好みの画家が取り上げられているので、ちょっと気になりますね。ご興味のある方は、出版社サイト(一番下)をご覧下さい。シリーズのコンセプトとしては、美術に親しんでもらうためのYA本ってことで、画家に関するちゃんとした資料も一応ついているようです(ってことで、アートのカテゴリに入れときます)

| | Comments (1) | TrackBack (0)

Monday, June 04, 2007

HAV, by Jan Morris

HAV地中海に面したちっぽけな半島に位置する都市国家、ハヴ。もともとはギリシャ人が住んでいたらしいが、長らくトルコの支配下に置かれ、様々な民族が出入りし、マルコ・ポーロが訪れた頃には、中国人の建てた楼閣もお目見えしていたという。

その後イギリスの監視下に置かれ、革命期のロシアの脅威にさらされ、ドイツにも目を付けられていたが、交易路として栄えた昔や、戦時下の要衝としての位置付けはともかく、塩の輸出ぐらいしか経済的価値のない現在では、ほとんど忘れ去られた国と化していた。

往時のハヴは様々な有名人が訪れていたんですけどね。トルストイやディアギレフにニジンスキー、ヘミングウェイが注文したカクテルはいまでも飲めるし、ヒトラーもお忍びで偵察に来ていたという噂もあった。

さて、空港さえなく、あるのは鉄道と海路のみというハヴを、イギリスの有名な旅行記作家ジャン・モリスが訪れたのは 1985年のこと。内乱の勃発により中断されるまで、6ヶ月にわたって滞在した彼女が書き綴った、貧しいけれども自分たちの歴史や習慣、日々の生活に誇りを持って暮らしている様々な階層の人々の物語は、Last Letters from HAV という旅行記にまとめられ、ブッカー賞の候補にも上った。わたしもハヴを訪れてみたいという読者は引きも切らなかったという。

……って、ブッカー賞って、フィクションの賞じゃないですか。そう、小説とはどこにも明記されてなかったんですが、これは架空の国ハヴを舞台にしたフィクションだったんですね。あちこちの欧州の都市から借りてきたような、虚実の入り混じった微妙にノスタルジックで時としてユーモラスな物語は、イタロ・カルヴィーノの世界というよりは、アヴラム・デイヴィッドスンの The Phoenix and the Mirror に出てきた架空地中海史の世界とか、レーナ・クルーンの虫の国滞在期 Tainaron を思わせるようなところがあります。リッキ・デュコルネの偽史・偽博物誌にも通じますかね。

さて、時は下って 2005年、ジャン・モリスは再びハヴを訪れます。空港も出来、高層ビルが建ち、ビーチ・リゾートとして生まれ変わったハヴは、昔の町並みも姿を消し、人々の意識も変わり、厳しくなった警戒の中、モリスの滞在は6日間で中断されます。ハヴを覆っているのは、21世紀の現実でした。ということで、新装版として HAV のタイトルで 2006年に出版された作品には、20年後の章が 100ページほど追加されてます。ただし、この追加によって、この作品の意味は大きく変わってしまったといっていいでしょう。このあたりの経緯は以前にも触れました

たまたま両方の版を持ってましたので、Last Letters from HAV と、20年後の HAV of the Myrmidons を別の本で読むことになったのですが、できれば続けて読まないことをお薦めします。暗いトーンで終わるとはいえ、ある種ルリタニアものの趣を有する HAV の世界を、すぐに現実のしがらみで消し去ってしまうのはなんとももったいなさ過ぎます。作者がここに二重の意味を込めたのは十分理解できますが、それは20年というギャップがあってこそのこと。2冊に分けて出版したほうがよかったかもしれませんね。

じつはこの作品、昨年他界した知人が大好きな本の1冊として上げていたものでした。彼は追加の章、読んでないんですよね。

| | Comments (5) | TrackBack (0)

« May 2007 | Main | July 2007 »