この本、今、BookSense.com でベストセラーに挙がっています。Amazon US では、#15。表紙を見て、テントの中に何があるのかと気になってはいたのですが、サーカスのことだし、もしかしたらおどろおどろしい話なのではないかと敬遠していました。でも、読んでみたら素っ気ないくらい胡散臭いところがなかったので、ちらりとご紹介。
プロローグ:大恐慌の嵐が吹き荒れる1932年アメリカ。サーカス団 “The Benzini Brothers Most Spectacular Show on Earth” の動物係ジェイコブがテントで遅い昼食をとっていると、『星条旗よ永遠なれ』が響き渡る。仲間うちで “Disaster March” として知られている曲だ。動物たちが檻から逃げ出し、団員、観客が騒然となる中、ジェイコブはマーリーナと象のロージーを必死に探す。やっと見つけた彼の目に映ったのは、「彼女」が動物使いのオーガストの頭上に鉄杭を振り下ろす姿だった。
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時は現代。90歳か93歳(本人も定かではない)になったジェイコブのいる老人養護施設の隣に、移動サーカスがやってくる。ジェイコブの頭脳は未だ明晰だが、いつか無表情の呆けた連中の一人になるものと内心恐れている。看護婦たちも入所者全員を老人集団としてしか見ない。おきまりの離乳食もどきの食事をとっていると、新入りの元法廷弁護士が「昔、よく象に水を運んだものだ」と自慢し、ジェイコブと口論になる。結局、ジェイコブが喧嘩を売ったということになり、彼は自室に軟禁されてしまう。だがこれがきっかけとなって黒人の看護婦ローズマリーがジェイコブの人間性に気づき、二人の間に心が通い合うようになる。
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1932年、23歳のジェイコブはコーネル大学で獣医学を学んでいた。最終試験が終われば資格がとれるというとき、両親の事故死の報が入る。この瞬間、彼は親も家も財産も、すべてを失ってしまう。家が抵当に入っていたのは、獣医だった父親が、不況に喘ぐ畜産農家を助けるため報酬を麦や野菜などの現物で受け取りながら、ジェイコブをアイビー・リーグの一流大学に通わせていたためだった。呆然としたジェイコブは、最終試験を白紙で提出したあと、あてどなく歩き回り、たまたまそばを通っていたサーカスの列車に飛び乗ってしまう。放り出されそうになる彼を助けてくれたのは、年老いたアル中の男、キャメルだった。
獣医学の心得があることがわかり、ジェイコブは興行主のアンクル・アルに雇われる。口添えしてくれたのは、魅力溢れる動物使いのオーガストだった。アンクル・アルの野望は、一流のリングリング・サーカスと肩を並べること。大恐慌の最中、各地のサーカス団が潰れるたびに、目ぼしい団員や動物を買い取り、彼のサーカス団はどんどん大きくなっていた。一方、ジェイコブは、オーガストの非常にチャーミングな面と冷酷な面の二面性に翻弄される。オーガストには動物のショーの主役を務めるマーリーンという若く美しい妻がいて、ジェイコブは彼女に強く惹かれるが……。
というのが冒頭部分で、老人介護施設にいる現在の主人公と、1932年の主人公の話しが平行して進んでいきます。90歳を超え、誰にも理解されず、檻の中の動物のように軟禁状態にあるジェイコブの反骨精神とユーモアはなかなか楽しめます。
もちろん主体は1923年側にあり、印象に残る登場人物(成り上がり興行主のアンクル・アル、統合失調症のオーガスト、薬物中毒にかかるキャメル、同室になる小人のウォルター、ウォルターの愛犬クィーニー、そしてもちろん、マーリーンと、半ばあたりから登場する象のロージーなど)が沢山でてきますが、こちらの方は、綿密な調査に基づいて描かれた世界であるとはいえ、ちょっと甘いかな、という印象が残りました。
たとえば、団員に恐れられている人減らしの手段に、走行中の列車から突き落とす「レッドライティング」という非人間的な行為があります。当時実際に行われていたのは事実なのでしょうが、小説の中では、人は落命しても、ペットは運命をまぬがれるのです(この犬は前にも助かっている)。私もふだん小説の中で動物が犠牲になると悶々としてしまうのですが、ちょっと安直に話を進めすぎなんじゃ、と思われたところです。(全然関係ないけれど、かつてリーバス警部が付き合っていた女医と別れた原因も、リーバスが猫の出入り口のロックを外し忘れたため、女医の飼い猫が家に入れず、犬だか狐だかに惨殺されてしまったためでした。リーバスと女医の件はそっちのけで、しばらく悶々としたものです)
このような印象はほかでも多々受けました。作者は当時のサーカスの状況を綿密に調べたと言っていますが、最初に物語りがあってリサーチを行ったというよりも、最初にリサーチをして、事実が生かせる物語をでっちあげたという感じ。煎じ詰めれば、勧善懲悪のハッピーエンドの物語なので、そこがちょっと物足りない。人生の悲哀の部分(きっと当時のサーカスはもっと悲惨だったはず)を切実に描いて読者の涙を振り絞っておけば、もっと厚みのある小説になっていただろうな、と残念です。アメリカでベストセラーになっているのは、国民性かもしれませんね。イギリスでの反応はイマイチみたいです。
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