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Friday, April 27, 2007

Zig Zag, by Jose Carlos Somoza

Zig Zag『イデアの洞窟』とか The Art of Murder とか、なんとも癖のあるミステリを書いているスペインの作家ホセ・カルロス・ソモサですが、こんどはクライトン張りのタイム・トラベルもののアクション・アドベンチャーが英訳されたようです。

10年前、タイム・トラベルの実験に参加して、恐竜やキリストの磔刑を目にしてきたヒロインですが、実験は事故のため中断され、参加者は口止めをされた上で元の生活に戻ります。ところが、その時の同僚が一人二人と無残な死を遂げ、過去の事故に原因があるとにらんだヒロインは、実験の行われた離れ小島へと調査に向かいます。うむむ、『タイムライン』(どうしょうもない駄作)+『ジュラシック・パーク』(これはなんだかんだいって傑作ですよね)みたいな話になるんでしょうか。

いやでも、スペイン語圏の作家の書くアクション・アドベンチャーというだけで、なんか手を出してみたくなりますね。それも一筋縄では行きそうにない作家の作品ですし。

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Thursday, April 26, 2007

"God Save the Queen" by Mike Carey, John Bolton(Illustrator)

God Save the Queen"X-MEN" や "Lucifer" などの代表作があるコミック・ライターで、昨年 "The Devil You Know" で小説家デビューも果たしたマイク・キャリーと、写実的な作画が売りのジョン・ボルトンのコンビによるこのグラフィック・ノヴェル、シェイクスピアの『夏の夜の夢』からアイディアをもらってるようなんですが、このキョーレツなインパクトのある表紙から察するに、パンクなノリのハチャメチャコメディって感じでしょうか。タイトルは英国国歌というよりは、ピストルズ? いずれにしてもこのクィーン、エリザベス2世ではなさそうです。

主人公は、ロンドン北部に住む不良少女リンダ。クラブ通いで知り合った連中に人間の血を混ぜたヘロインをもらって試してみると、いつの間にか妖精郷の女王マブとティタニアの権力闘争の真っ只中に。というわけで、ドラッグの彼ら、妖精だったんですね(ずいぶん荒んだ妖精だ~)。そしてリンダ自身についても意外な事実が……。

出版社サイトで、数ページ見ることができるのですが、けっこうお馬鹿で笑えそうです。なんかコワイもの見たさで買っちゃいそうなんですけど。

ジョン・ボルトンは、クリストファー・ファウラー原作で "Menz Insana" というグラフィック・ノヴェルも出してたみたいですね。

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Wednesday, April 25, 2007

England: The Biography -- Peter Acroyd's New Project

伝記作家であり、小説家でもあるピーター・アクロイドが 2000年に発表した大都市ロンドンの「伝記」 "London: The Biography" はベストセラーとなりましたが、その彼がランダムハウスを離れてマクミランとこのたび契約したのが、2011年刊行開始予定で全6巻になるイギリスの「伝記」 "England: The Biography" です。ロンドンだけでは飽きたらず、とうとうイギリス全土にまで手を広げちゃうんですね。

Times Online のこちらの記事を読むと、まだアクロイドの頭の中に漠然としたアイディアがあるだけみたいなのですが、出版社の期待のほどがうかがえます。

アクロイドの場合、伝記を書きながら、その周辺を素材とした小説も平行して書いてしまうことがあるので、どんな副産物が出てくるのかも楽しみです。

それにしても最近、翻訳出ませんね~。

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The Raw Shark Texts, by Steven Hall

The Raw Shark Texts (uk)以前なにやらヘンテコそうということで取り上げた作品ですが、すごく評判になってるみたいですね。既に30カ国に売れたということですので、おそらく日本も入っているんでしょう。映画会社4社が争って、ニコール・キッドマンが直々に電話して交渉したそうですけど、主人公を女性に変えることに拘ったため、別の映画会社に決まったんだとか。31才の作者スティーヴン・ホールのデビュー作ということで、なんとも期待を持たせます。

が……。

いえ、面白いんですよ。ほんとに「マトリックス」と「ジョーズ」と「ダ・ヴィンチ・コード」と「メメント」と『紙葉の家』みたいな話で、作中でも作者が言及しているように、ポール・オースターや村上春樹やデイヴィッド・ミッチェルや山のように出てくるポスト・モダンの作家の影響があるんだろうな~という書き方ですし。決して評判倒れということもなく、誉めてる書評もかなりありますし、アマゾンの読者評とか見ると英米どちらも絶賛している人がかなりいるようですし。

問題は、これほど話題になっていなければ単に面白いと言い切って済ませられるんですが、それほど評価される作品かということになると、釘を刺したくなるところがたっぷり出てくるんですよね。特にこの Independent の書評にはカチンときました。

"This is a literary novel that's more out there than most science fiction."

"The Raw Shark Texts is, for once, a novel that genuinely isn't like anything you have ever read before, and could be as big an inspiration to the next generation of writers as Auster and Murakami have been to Hall."

一体この人普段何を読んでるんだろうと勘ぐりたくなりますが、『ダ・ヴィンチ・コード』の愛読者ならともかく、このマット・ソーンって人、ブッカー賞の候補にもなったことがある作家なんですね。こういう間の抜けた人に公の場で書評なんかさせちゃいけませんね~。これじゃまるで斬新で中身のある作品だと読者が誤解しちゃうじゃないですか。

実際はアイデアの組み合わせと展開がごくごく楽しいので、それだけで十分元は取れるんですが、文章が『ダ・ヴィンチ・コード』よりはちょっとましな程度のありきたりのもので、平板なキャラクタに結末も完全に読めちゃうクリシェなので、正直スリルにもドラマにも乏しいです。色々なアイデアやタイポグラフィーの遊びの部分も、楽しいだけでテーマには直結しない底の浅さが見え見えで、ちょっと知的興奮というのもはばかられますね。ということで小説の部分はごくごくデッドでフラットです。

軽いパズルを組み合わせたような構成といい、もったいぶって書かれている割にはおバカなコメディとして読めちゃうところといい、『ダ・ヴィンチ・コード』的ともいえますので、もしわたしが帯に推薦文を書くとしたらこんな感じでしょうか。

バカでも読めるエス・エフ・ライト(コオロギの合唱付き)

ううむ、だれも使ってくれそうにありませんね^^;

いやまあ、これだけではあまりにも無責任ですので、内容紹介しておきます。

The Raw Shark Texts (us)自分が誰なのか、どこにいるのか、全く思い出せない主人公は、記憶を失う前の自分だと名乗るエリック・サンダースンの手紙を頼りに、心理学者を訪ねます。ことの真相は、2年前にギリシャのナクソス島で恋人のクリオを亡くしたことが心理的要因となり、エリックは11度にわたる記憶喪失を繰り返したというものでした。心理学者は、回復の妨げになるため、過去の自分の書いたものは何も読まないようにと釘を刺します。

しかしながら、エリックからの手紙は続き、主人公は記憶喪失の本当の原因を知ります。それは、純粋に概念上の存在である魚ルドヴィシアンが、主人公の記憶を食べてしまったというものでした。人間関係や因果関係の流れを住処とした海洋生物には色々なものがありますが、ルドヴィシアンは特に性質が悪く、一度襲った人間を自分の縄張りと見做し、記憶をすべて食い尽くすまでいつまでも付けねらいます。

そのとき、テレビのホワイトノイズに何かがボンヤリと浮かび上がってきます。じっと見ているとそれはこういう映像になり、突然巨大なものが飛び出してきました。思考のサメとの最初の遭遇でした。

エリックの手紙には、自分の思考を外に漏らさないための「サメ避けの檻」の設定方法が書かれていました。それは部屋の四隅に互いに関係のない話者のテープを再生したディクタフォンを置き、非分散型の概念ループを構成するというものでした。また、様々な思考の記述された本を自分の周りに積み上げることや(これうちでもやってます^^)、たくさんの手紙を持ち歩くことにも効果がありました。

また、エリックからは、電球と、その点滅を記録したビデオ・テープも送られてきます。サメに感知されないように、モールス信号と QWERTY キーボードのキー配列を組み合わせた暗号によるメッセージは、クリオとの思い出を綴ったものでした。

一方、ルドヴィシアンから隠れているだけでは限度があることから、思考のサメについての権威であるフィドラス博士を探し出し、助けを乞うことが急務でした。主人公は、イギリス各地の図書館を巡りながら、お目当ての書物に書き込まれた暗号を探し出し、非空間(Un-Space)のどこかに潜んで研究を続けているという博士の足取りを追います。非空間とは、廃道や空き家、下水道、壁の中の空洞など、使われていない空間の総称でした(一時流行ったトマソンみたいなもんですかね)。

その間にも危機に遭遇した主人公は、非空間について詳しいという少女スコットに助けられ、大量の本や電話帳のバリアにより防御された地下の迷宮へと降りていきます。スコットは、マイクロフト・ワード(Mycroft Ward)という、人々の意識をプロセッサとして増殖し続ける知生体に犯されていて(笑)、そこからの解放を模索していました。

ということで、クライマックスはもちろんサメ退治ですよ^^)

いやまあこの概念上のサメから派生するアイデアの数々には狂気、いえ凶器、じゃない、狂喜しちゃいますね。もうこのおバカなエスカレーションだけでも十分なんですが、所々にタイポグラフィーでの遊びが顔を出します。圧巻はやっぱり50ページほどを無駄に使ったタイポグラフィーのサメのパラパラ漫画でしょうか。

ただしまあ冒頭のディックふうのアムネジアな展開もいまひとつ不安定感が足りませんし、主人公のロマンスもチープですね。だから主人公がぜんぜん可哀想じゃないんですよね。サメの登場にもこれといったスリルはありませんし。今風の情報技術を取り入れてはいても、メインのアイデアの部分は、タイポグラフィーの遊びも含めて、アルフレッド・ベスターの『分解された男』と Golem 100 から借りてきたみたいな感じですし。ニール・スティーヴンスンの『スノウ・クラッシュ』にも通じるところがありますが、あれほどプッツンじゃないですしね。ということで、マット・ソーンさん、このあたりはお読みじゃないんでしょうね。

作品の全体的な印象はジャスパー・フォードの『文学刑事サーズデイ・ネクスト』に近いものがあるんですが、メイン・プロットに一本筋が通っている代わりに、サーズデイ・ネクストの気紛れな面白さや、キャラクタの魅力がないですね。正直言って見劣りします。『不思議の国のアリス』もベースにはあるかと思いますが、これはわざわざ取り上げるほどでもないですかね。

ということで、アイデアの部分で楽しめれば十分という人には強くお薦めしますが、やっぱり中身がないとという人には、トム・マッカーシイの Remainder の方をお薦めしたいですね。読むのが面倒という人は映画を待つのが一番かも。活字のサメなんて、脳内映像だけでも楽しそう。う、あんまり考えると危険かも^^;

プロモーション用に色々なサイトが立ち上がってますので、興味のある方はどうぞ。

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Tuesday, April 24, 2007

International Pixel-Stained Technopeasant Day

出遅れてしまいましたが、4/23 は International Pixel-Stained Technopeasant Day(国際ピクセルまみれのテクノ小作人の日)だったんですね。え、ご存じない? じつはわたしもついさっき知りました^^;

ことの発端は SFWA(SF作家協会)の副会長のハワード・ヘンドリクスが、ウェブで作品を無料で公開するのはスト破りみたいなもんじゃないかと批判したことにあるようです。

これに対してジョー・ウォルトンが 4/15 付けで、4/23 を International Pixel-Stained Technopeasant Day(略称 IPSTP Day; 日本語では国際ピまテこの日と仮に名付けましょう)とする旨宣言し、プロ・レベルの作品(小説、短編、詩、歌など)をウェブ上で公開することを呼びかけました。

こちらピまテこのオフィシャル・コミュニティが立ち上がっていますが、どんなアーティストが何を公開しているのか掘り出してみるのは楽しそうですよ。ちなみにチャールズ・ストロスはローカス賞の候補にも挙がっているノヴェラ "Missile Gap" を公開しています。

そういえば 4/23 はサン・ジョルディの日で、シェイクスピアの誕生日・命日、セルバンテスの命日なんですね。国連でも World Book and Copyright Day(世界図書・著作権デー)ということで、著作権について考えるにはピッタリの日でした。いやまあ日本ではもう過ぎちゃいましたが。

ということで今年から始まったピまテこの日なんですが、定着して欲しいですね。う~ん、うちのブログでプロ・レベルの原稿といえば……考えてみるまでもなくありませんでした^^; 供給者としての参加はあきらめて、消費者として貢献しましょうかね。

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Monday, April 23, 2007

2007 Locus Awards Finalists

ローカス賞の候補が 4/20 に発表になっていますので、フィクション部門の候補だけ挙げておきましょう。全部門のリストはオフィシャル・サイトへ。最終結果は 6/16 発表だそうです。

ローカスの読者による投票ですし、SFとファンタジイ、第1長編と児童書と、長編だけでも4部門に分かれてますので、こちらなら竜に踏み潰されることもなく(笑)、ピーター・ワッツの Blindsight にもかなりの可能性がありますね。SF部門と第1長編部門は3冊ずつ読みましたが、ファンタジイ部門はわたしは全滅でした。まあ Lilith さんが有力候補はしっかり押さえてますので、うちのブログとしてはかなり優秀ですよ。そのわりに残りのレヴュウはどこにあるんだ、というのは訊かないでください^^;

この他、ジョン・ピカシオがアーティスト部門とアートブック部門に登場してますが、もうすっかり大物の仲間入りですね。Blindsight

Best Science Fiction Novel

Best Fantasy NovelThe Last Witchfinder

Best First NovelThe Lies of Locke Lamora

Best Young Adult Book

Best NovellaThe Empire of Ice Cream

Best Novelette

  • "I, Row-Boat", Cory Doctorow (Flurb 1, Fall '06)
  • "The Night Whiskey", Jeffrey Ford (Salon Fantastique)
  • "Pol Pot's Beautiful Daughter (Fantasy)", Geoff Ryman (F&SF 10-11/06)
  • "The Singularity Needs Women!", Paul Di Filippo (Forbidden Planets [Crowther])
  • "When Sysadmins Ruled the Earth", Cory Doctorow (Baen's Universe 8/06)

Best Short Story

  • "How to Talk to Girls at Parties", Neil Gaiman (Fragile Things)
  • "In the Abyss of Time", Stephen Baxter (Asimov's 8/06)
  • "Nano Comes to Clifford Falls", Nancy Kress (Asimov's 7/06)
  • "Sob in the Silence", Gene Wolfe (Strange Birds)
  • "Tin Marsh", Michael Swanwick (Asimov's 8/06)

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Sunday, April 22, 2007

End of the World Blues, by Jon Courtenay Grimwood

redRobe の頃はガジェットたっぷりの派手なアクションSFだったので何も考えず楽しめましたが、《アラベスク》3部作以降のジョン・コートネイ・グリムウッドにはそれなりの読み方が要りますね。なんせあからさまなSF的要素は背景に追いやられて、一見ごく現実的なスリラーが展開するんですから、ストレートなSFを期待すると面食らいます。「SF」を取っ払ってノワールなアクションものといってもいいくらい。とはいえ、現実の「現実」とは微妙に肌合いの異なるグリムウッドの作品世界は、語られる物語と登場人物に寄り添うように微調整され、独特の美意識に満ちています。10年ほど未来の日本とイギリスを舞台に取った今回の作品も例外ではありません。

End of the World Blues (UK)スナイパーとしてイラクに派遣され、誤って子供を射殺してしまったキット・ヌヴォーは、シェル・ショックに苛まれながら、脱走兵として日本に逃れ、15年後の現在、六本木の片隅で暴走族や不良外人相手のアイリッシュ・バーを開いている。新進の陶芸家として脚光を浴びつつある日本人の妻ヨシは、縄で縛られる痛みをインスピレーションの源としているという奇妙な性癖を持っていた。一方、英会話学校の講師をしていた縁で今も個人教授が続いている大手デベロッパーの社長夫人とは、数ヶ月前から不倫の関係にあった。

ある夜、密会の帰りに、銃を持った暴漢に襲われたキットは、その危機を突然現れた少女に救われる。暴漢の脳を象牙の串で貫くと同時に、左手のナイフが無意識に心臓を抉っていたというゴスのコスプレに身をかためた少女は、レディ・ネクと名乗った。その寂しげな様子を案じて時々コーヒーを飲ませたことがある、高校生と思しきストリート・キッドだった。

猫のように親しみを見せるかと思えば、一転して自分の世界に閉じこもる少女は、実際に自分の世界を持っていた。この世界では、一族を皆殺しにされ、持ち出した 1,500万ドルの金をコイン・ロッカーに預け逃げ惑う15才の高校生ニジエだが、遥か未来の世界の終わりでは、「ネコ」と「ニク」からその名を得たレディ・ネクとして、地球に繋ぎとめられた宇宙のハビタット「縄の浮世」に住む、支配者階級の一員だったのだ。人類のほとんどが宇宙へと去り、今は難民収容所として使われている地球は、監視役の6大ファミリーがコントロールする紗のスクリーンによって、辛うじて太陽の放射で焦土と化する運命を免れていた。

キットが持ち去ったナイフをアイリッシュ・バーに取りに行ったネクは、その夜、爆発に巻き込まれる。バーは焼け落ち、ヨシは死んだ。病院で意識を取り戻したキットは、病院の持ち主でもあるデベロッパーに、日本は君にとって安全な場所ではなくなったと告げられる。一方、退院したキットを、ひとりの老婦人が待ち受けていた。十代の頃のバンド仲間、メアリの母親、ケイト・オハラだった。

キットはもう一つのトラウマを抱えていた。メアリはもうひとりのバンド仲間、ジョシュの彼女だった。だが、キットはメアリと寝て、ジョシュはバイクの事故で死んだ。イラクへの派兵に志願したのも、それが理由のひとつだった。ケイトは、半年前にメアリが遺書を残して乗っていた船の上から消えたことを告げる。だが、彼女は、メアリの死を信じていなかった。そのため、犬猿の仲にもかかわらず、キットにイギリスに戻って真相を探れというのだ。キットには断る余地はなかった。ケイトはアイルランドの海賊の末裔で、イギリスの犯罪組織のボスだったのだ。

一方、ファミリーが所有する地上の城シュロス・オメガに戻ったレディ・ネクは、真珠貝から進化したと思しきシュロスの意識に、実体化するための体を要求する。だが、もともと気紛れとはいえ、今日のシュロスの様子はなんだかおかしい。ネクの結婚式以来、ネクは死んでいるというのだ。しかし、ネクには、結婚した覚えはない。記憶のビーズの一部を過去に取りこぼしてきた可能性に思い至ったネクは、また21世紀の地球へと取って返す……。

End of the World Blues (US)ということで、傷心を抱えた主人公が、日本とイギリスを舞台に、犯罪組織を相手に大立ち回りを演ずるわけですが、レディ・ネクにも世界の終わりでのファミリー同士の抗争が待ち受けています。とはいえ、表面的には、ネコのような女子高生を抱えた中年男が、身に降りかかる火の粉を辛うじて振り払う展開が続くわけで、細かいプロットの積み重ねで次第に個々の事件の関連と真相が見えてくる様子は常にスリリング。同時に、人との関係を絶って過去から逃げ回っていた主人公が、過去の清算をしながら、新たな結びつきを築き上げていくプロセスは読み応えがあります。レディ・ネクのストーリイ・ラインがシンボリックに補強関係にあるのもさすがに上手いです。

そして、全編に流れるのは、ネコと綱(縄)のライトモチーフ。いままでサルとかキツネのアヴァターを効果的に使ってきたグリムウッドは、ここではネコの持つしなやかさ、独立心、九つの生を持つという打たれ強さを生かしたんでしょうか。ネコのような少女ニジエの名前は、漱石の『我輩は猫である』から拝借し、ニジエのキタガワ・ファミリーにはキットやケイトと同様、ネコ(kitty/kitten)の変形が組み込まれています。一方、綱/縄のイメージは、ファミリーの結びつき、しがらみ、人間関係へと敷衍されています。

そう、グリムウッドの労力は、目新しいアイデアを駆使してSF的世界を提示することではなく、精緻なプロットの組み立てによる緊張感と、独特の美意識により選択された人物と背景の繊細な描写により、ダイナミックな物語を作り上げるという職人的作業に費やされています。結果として、密度の高いストーリイは、読者に注意深く読むことを強いますが、かといってがんじがらめの息苦しいものになっているわけではなく、安っぽいワイズクラックにはならない、ウィットの利いた登場人物たちのやり取りやしぐさが、的確に潤滑油として配されています。

まあともかくSFを書くことから出発するアメリカの作家に比べ、自分のスタイルをいかに押し通すかを最優先にするイギリスの作家は、もともとスタイリストが多いんですが、グリムウッドの場合職人技が特に徹底してますね。二つの世界を因果関係でなくシンボリックなレゾナンスで扱う手法も、M・ジョン・ハリスンやデイヴィッド・ミッチェル、トリシア・サリヴァンなど、イギリスの作家にしばしば見られるもので(まあサリヴァンはアメリカ出身ですが)、そんなあたりもイギリスSFの醍醐味になってますね。

グリムウッドの高度にヴィジュアルな展開や、背景に流れる美意識、徹底して登場人物の行動に語らせる手法は、ごく映画的というのが適切でしょうか。一時期日本映画のレヴュウをしていたこともあるというグリムウッドは、日本に対する興味とともに、プロットの構築や背景、キャラクタの使い方を映画の手法から学んだのかもしれません。

一方で、まあ正直なところ、日本に関する描写はリアルというよりは、かなり映画やテレビドラマ、小説的な取り扱いで、特異な部分ばかりを抽出して組み合わせたという印象は否めませんが、日本に何年も滞在していたデイヴィッド・ミッチェルやトバイアス・ヒルあたりでも、いざ日本を描写するとなると、同様に特異な部分ばかりを強調した書き方をしてますので、これは異文化描写の宿命といえるのかもしれません。というか、その異化作用にこそ異文化を持ち出す意義があるわけで、平々凡々な日常の部分が欠落しているからといって、不平をいうのは筋違いでしょう。そういう意味では刺激的な、いい仕事をしているといえます。

さて、「葉隠れ」からの引用の翻訳の手伝いや、「縄の浮世」の命名に一役買ったわたしとしては、それらが作中でどう生かされているかが気になるところですが、心配していたほどやりすぎてはおらず、使い方が適切かどうかまでは十分には判断はできませんが、要所に違和感なく効果的に使われていて、さすがに一流の作家ですね、文句の付けようはありません。まあ quark さん命名の「縄の浮世」は、当方の理解不足もあり(というか、詳しく説明してくれなかったグリムウッドにも責任の一端はあるのですが)、もともと意図していた繋ぎとめる綱というよりは、切れやすい縄のイメージが忍び込んでしまったわけですが、作者もいうように注連縄のような象徴的な呪縛力もあるわけですし、古風な響きや、tir-na-nog にも通じるような nawa-no-ukiyo という字面のイメージは、決して悪くはないんじゃないでしょうか。というか、いまもっと適切なものをといわれても、代案は浮かびません。ともかく、純日本製というところに意義がありますね(<ほんとか?)。

めでたくアメリカでの出版も決まったということで、ヒューゴー賞とはいわないまでも、来年のディック賞の最有力候補となることはまず間違いないわけで、そろそろブレイクということにあいなりますでしょうか。

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Saturday, April 21, 2007

Voynich Manuscript on flickr

『コーデックス・セラフィニアヌス』だけじゃなく、「ヴォイニッチ手稿」も flickr に登場しました。正規版も公開されているんですが、特殊フォーマットのため jpg に変換してアップしたということのようですね。

500年経ってるからコピーライトはないなんていってますが、写真自体のコピーライトがありそうな気もしますけど……まあ、読ませて、じゃない、見せていただきましょう。とはいっても、どれがこの時代には発見されてないはずの北米の植物かなんて、わかりっこありませんが。

ひょっとして google translation とか使ったら読めるんでしょうか^^)

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Thursday, April 19, 2007

Miss Alice Merriwether's Long Lost Cakes & Further Arcane Inducements to Wonder, by Barry Aitchison

Miss Alice Merriwether's Long Lost Cakes & Further Arcane Inducements to Wonder例によってアマゾンのあらすじ紹介だけではよくわからなそうな本なんですが、信頼できる筋によるとむちゃくちゃヘンテコで面白いそうです。

日曜の晩に消えてしまったのに火曜の朝になるまで誰も気づかないようなちっぽけなアメリカの田舎町パーシヴァルを舞台に、ファンタジイともホラーともコメディともつかないような出来事が展開するとのこと。気がつくとふとそこにいた得体の知れない男クエンティン・コリアンダーの元に、婚期は逃したものの料理の腕では誰にも引けを取らないミス・アリス・メリウェザーが、下心まるだしの特大ケーキを持って乗り込んだことから、町中の人が予想もしなかったような事件に巻き込まれてしまうみたいですね。

クリストファー・ムーアみたいな作品ということですが、考えてみたらムーアの作品は大体持っていながらほとんど最初で止まってました^^; You Suck も買ったままだし。いやでもこれはきっと読みます……たぶん。

アメリカを舞台にしていながら、作者のバリー・エイチスンはオーストラリア人みたいですね。あ、奥さんは日本人だ。作者のサイトがなかなか楽しそうなんですが、短編が読めるようなのであとで読んでみよう。

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Wednesday, April 18, 2007

The Book of Chameleons, by Jose Eduardo Agualusa

The Book of Chameleonsamazon.com で4月発売になってたので、数ヶ月前から気になってたんですが、イギリスでは去年の10月に出ていたんですね。ネズミやカメが語り手の本はありましたけど、壁に張り付いたカメレオンが語る話っていうのは、なかなか珍しいんじゃないでしょうか。

アンゴラに住むアルビノの主人公は人々に過去を売るのが商売。子孫のために革命家の過去を欲しがる政治家や、アイデンティティを求める外国人滞在者に、様々なエヴィデンスを用意して、カスタム・メイドの過去を売りつけます。ところが、ある美貌の女性カメラマンの過去を用意しようとしているときに、どうも自らの過去と現在が巻き込まれていってしまうみたいですね。

記憶のあやふやさをテーマにした幻視的な作品ということですが、マジカル・リアリズムとポリティカル・スリラー、マーダー・ミステリを内に含んでいるということで、なにやら面白そう。作者のホセ・エドゥアルド・アグアルーサは、アンゴラ出身で現在はブラジルに住んでいるというポルトガル人作家だそうです。

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Monday, April 16, 2007

Ghostwalk, by Rebecca Stott

以前ちょっと面白そうということで話題にした作品ですが、読みました。未練たらたらのヒロインの語り口が、高級チック・リットかインテリ向けのロマンスみたいで、じつはかなりうんざりする書き方なんですが、これは誉めるしかないでしょう。うじうじした主人公やじれったいヒロインはもうそれだけで耐えられないので、半分ぐらいまでどうしようかと思いましたが、途中で止めなくてよかった。

Ghostwalk (UK)台本の仕事であちこち飛び回っているヒロインのリディア・ブルックは、恩師である溺死した歴史家/伝記作家エリザベス・フォーゲルザンクの葬儀のために、久しぶりにケンブリッジを訪れる。そこには、できれば顔を合わせたくないかつての不倫相手であるエリザベスの息子、キャメロン・ブラウンが待ち受けていた。いまだに未練を捨て切れていないリディアの当惑をよそに、キャメロンはリディアに、しばらくケンブリッジに滞在して、エリザベスの遺作であるニュートンの伝記を完成させてくれないかと持ちかける。それがエリザベスの遺志でもあるのだからと。

やむなくエリザベスがスタジオとして使っていたコテージに住み込み、ゴーストライターとして働くことを承諾したリディアは、エリザベスの原稿と資料の調査に取り組む。The Alchemist と題された伝記の骨子は、一般に定着した孤高の天才というニュートン像に疑問を投げかけ、彼の研究は錬金術師たちのネットワークによるサポートに多くを負っていたことを示唆するものだった。エリザベスの死体の手に握られていたニュートンのものと思しきプリズムも、錬金術師の秘法を使ってヴェネチアで作られたもの。ニュートンの最初の大きな功績である光りの性質の解明はこのプリズムでもたらされたのだ。

いっぽう、エリザベスによれば、ペストの大流行により不安定な時代であったとはいえ、ケンブリッジの教授陣を中心に、ニュートンの周りでは不慮の死があまりにも多すぎるという。それも階段からの墜落死と溺死というそうそう起こるはずのない事故で、2年ほどの間に5人の人間が死んでいる。結果として、数学の試問で不本意な成績を残しながらも、ニュートンは教授として推挙され、無事にケンブリッジに残ることができた。

さらに、エリザベスによれば、1660年代のケンブリッジで死人が出ていたのと同じ日に、現代のケンブリッジでも酷似した状況での不慮の死が2件発生していた。そしてエリザベスの溺死……。リディアは、エリザベスの助手をしていた少女ウィル・バロウズや、葬儀の日に「あなたが来るのを待っていた」と謎の言葉を残して去ったエリザベスの親友、隻眼・刺青の女海賊のようなディリス・カイトの助けを得ながら、17世紀の歴史とともに、エリザベスの死の謎も追うことになる。ウイジャ・ボードを使って17世紀の被害者を呼び出すディリスは、エリザベスもこうして謎の解明に至ったのだというのだが……。

そのいっぽうで、現代のケンブリッジも決して平和な街ではなかった。NABED と名乗る動物愛護団体の過激派が、毛皮のコートを扱うブティックや食肉店、ペット・ショップのウィンドウを破壊し、犬や猫を虐殺し、時には人身にも被害が出ていた。そのメインのターゲットは、新薬の開発のために動物実験を行っている、キャメロンが指揮する神経科学の研究所だった。リディアには NABED という言葉に心当たりがあった。ニュートンが暗号でメモを書くときのキーワードだったのだ。破壊活動はエスカレートし、リディアが密会を続けるキャメロンの周辺にも被害が及んでいく。そして、リディアの視界の片隅を横切る緋色のマントの男。果たして17世紀の出来事と現代の混乱の間には、エリザベスが予見したような、なんらかの繋がりがあるのだろうか……。

Ghostwalk (US)いやもう、ストットさん、小説家としてのデビューを飾るにあたり、ものすごく冒険してます。史実に基づく謎に幽霊とオカルト、甘ったるい不倫のロマンス、ケンブリッジにまつわる紀行文、現代の連続殺人事件に、ハイテク企業が巻き込まれる社会問題。キャメロンが研究している神経薬に関しては、空間を隔てた量子の相互作用であるエンタングルメントが、時間を越えて起こることが示唆されて、作品のモチーフとして一役買ってます。まあこの部分はミクロの現象とマクロの因果関係にギャップがありすぎるので、単にイメージだけで終わってますが、普通歴史ミステリにこんなの持ち込みますかね(フィリップ・プルマンが児童書ファンタジイで使って以来の驚きですね)。

多層的な物語の締めくくりにふさわしく、結末もまるで多世界解釈のように、いくつもの回答が示唆されています。いえ、どうにでもとれる曖昧な解決で終わっているというのではなく、いくつもの回答が同時に成立するような見事なまとめ方なんです。中には、主人公は気づいていないものの、読者には見えているという構成上の視点もあって、これはちょっと凄すぎ。ジャンル・ミステリとは肌合いが違うので、なかなかミステリ・ファンの目には止まらないかもしれませんが、読んで驚いてみてください。

スタイル的にもいろいろ工夫が凝らされていて、エリザベスが書いた The Alchemist の抜粋という形で、注釈と図版の入ったエッセイの形の章が3つほど組み込まれてますが、このあたり、ダーウィンオイスターにまつわるノンフィクションがある作者にとってはお手のものなんでしょうかね。まあノンフィクションで書くには材料が少なすぎるので、小説に生かしたのかもしれませんけど。

未練タラタラのリディアの語りの部分は、時により中学生の女の子の手記かと思うくらいに幼いところがあって、正直勘弁して欲しくなるんですが、景観の描写が街の歴史から逸話へと横滑りし、個人の思いを抜けて象徴的に作中の出来事へと影を落としていく、意識の流れの変形のような書き方は、慣れてくると我慢できるようになります。まあうんざりして途中で投げ出す人も出るだろうなと思いますし、嫌な手法だとは思いますが、これも作者のセールス・ポイントのひとつかも。

ちなみに、作中人物の大仰な名前の選び方は、やっぱりロマンスを意識したんでしょうか。まあウィル・バロウズ(Will Burroughs)なんていう名前がロマンスにふさわしいかどうかはわかりませんが^^)

ということで、感情移入できる登場人物はいないし(リディアもキャメロンも早くくたばってしまえと思ったのは内緒です)、心地よく読める作品ではないんですが、刺激的ということではちょっと例を見ませんので、並みの娯楽ものに飽き足らない人には強くお薦めします。大手のレヴュウが見当たらないので、まだあんまり評判になっていないのかもしれませんが、じわじわと評価の高まる作品じゃないかと思います。

作者の背景に関する面白い記事がこちらにありますが、なんと、十代になるまで原理主義のカルト教団のコミュニティで生活していて、テレビやラジオ、普通の読み物はすべて遠ざけられてたんだとか。癖の強い書き方も、なんとなく納得ですね。英語と美術史を専攻し、現在は英文学の教授だという作者レベッカ・ストットのオフィシャル・サイトはこちら

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Sunday, April 15, 2007

"The Alchemyst" by Michael Scott

The Alchemyst主人公は 15歳の双子ソフィーとジョシュ。それぞれ夏休みにアルバイトを始めたのですが、なんとジョシュのバイト先の書店で、押し入ったゴーレムたち(ひぇ~)に古い魔術書が盗まれてしまったそうです。その魔術書には「双子が世界を救うか、滅ぼす」と書いてあったとか。さあ、どうなるんでしょうね。これだけでもそそりますが、この書店主のニック・フレミング氏、実は不死の力を得たというあの 14世紀フランスの錬金術師ニコラス・フラメルだったんだそうですよ~。そればかりでなく、16世紀イギリスの錬金術師ジョン・ディーまで絡んでくるというから、あやしさいっぱいで気になりますね。

この作品は、6巻完結のシリーズ物の1作目なのですが、既に日本を含む 28ヶ国に版権が売れていて、映画化も決定しているそうです。

作者のマイケル・スコットはアイルランド民話や妖精物語についての権威的存在で、その方面の著作もたくさんあるようです。

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Saturday, April 14, 2007

redRobe, by Jon Courtenay Grimwood

End of the World Blues が英国SF協会賞を受賞したジョン・コートネイ・グリムウッドですが、こちらのインタヴュウによれば、2000年の作品 redRobe が日本に売れたということですので、遠からず邦訳で読めそうです。ということで、昔書いたレヴュウを引っ張り出してみました(懐かしい^^;)。グリムウッドの作品の中ではド派手なほうで、ベースラインは暗いとはいえノリのいいアクションものになってます。ちなみに、作者の代表作アラベスク3部作の紹介はこちら

redRobeサイバーパンクの実体が近未来を舞台にしたハードボイルドだったとすれば、その現在形ともいえるこの作品は、疾走感を加味した近未来アクションものというべきか。ガジェットを多用したいびつな未来は、心象風景というよりは背景のリズムと化し、行動による心理描写というよりは、行動そのものが目的となる。ハイ・ペースな場面展開とざらついた文体は雑然とした現代を活写する。マゾヒスティックな暴力描写はイギリスのお家芸であるが、無慈悲な現実を臆面もなく描き出せるのもイギリスならではのこと。サイバーパンクの後継ぎは、アメリカを離れて、イギリスに住み着いたといえるのかもしれない。

現実とは微妙に異なるタイムラインに属するちょっと先の未来。世界はローマ・カトリック教会と経済機構ワールドバンクに支配されている。女性法王ホアンがヴァチカンの金庫から数百万ドルを持ち出したまま、自殺同然の行動でデモ隊に蹂躙され死亡したことが、様々な波紋を投げかけていた。

日本人の血の混じる少女メイは、スペインの私娼窟から、シルヴェスター神父と名乗る男に連れ出され、声を出せないように唇を縫い付けられたまま、衛星サンサラへと連れ去られる。チベット仏教徒が宙に浮かべた巨大マニ車サンサラは、ダライ・ラマと AI により管理され、国連の難民収容所として機能していた。マイは、おまえの新しい名前はホアンだと告げられる。

かたや、メキシコ。頭蓋に BGM を鳴り響かせ、ヤマハにまたがり最後の仕事へと向かうアクスル・ボルハは、相棒のコルトの忠告に従わなかったばかりにターゲットを仕損じる。 AI 仕様のスマートガン、コルトを失い、捕縛されたアクスルは、枢機卿サント・ドゥックより、極刑を逃れることを条件に、ある仕事を押し付けられる。

メキシコを統治する枢機卿は、法王の使途不明金のスキャンダルのため、その地位を脅かされていた。法王の腹心たちが、生前の法王の意識をコピーしたマイクロチップとともにサンサラへと逃れたことを知った枢機卿は、その奪取のためにアクセルをサンサラへと送り込む。その両目を潰し、促成難民に仕立てて。

難民衛星サンサラは、チベットの高地を模した牧歌的外観とは裏腹に、国連の平和維持軍パックスフォースのイカレた兵士たちに牛耳られていた。合成眼球の移植によりとりあえずモノクロの視野を取り戻したアクスルは、おしゃべりなサルの姿でよみがえったコルトの化身とともに、荒野に法王の残党を追う。サディスティックなあらくれどもに対し、ヒーローには程遠いアスクルだが、素直に枢機卿のいいなりになるつもりはなかった。

ギブスン、スターリングのエコーを遠く響かせながらも、過剰な暴力と皮肉なユーモアの取り合わせは、イアン・バンクスやマイケル・マーシャル・スミスなど、現代のイギリス作家に共通したものといえる。その政治志向も、ケン・マクラウドやチャイナ・ミエヴィルに色濃く見えるものだ。いまひとつ頼りにならない主人公のスラップスティックな描写は、ニール・スティーヴンスンやジョナサン・レセムを思わせるところもあるが、心理的な余裕を感じさせるアメリカ勢に対し、イギリスの喜劇は真剣さと表裏一体となったぎりぎりの崖っぷちで演じられる。

普通の犯罪もののつもりで書き始めた第1作が、たまたま電脳ものになってしまったため、SFに足を突っ込んだという作者だが、評価を決定付けたこの作品が第4作目。前作の reMix と共通の背景となっている。作者によれば、イギリス流のハッピー・エンドの定義は、主人公が最後まで生き延びていること、だそうである。(2001/8/4)

ちなみにこの作品は、スタンリー・J・ウェイマンの 1894年の作品 Under the Red Robe を下敷きにしたものとのことで、さすがにこちらは未読ですが、『ゼンダ城の虜』と並んで当事はかなり人気を博した剣戟ものだそうです。

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Friday, April 13, 2007

R.I.P. Kurt Vonnegut (1922-2007)

Gabe Mesa の掲示板で知ったんですが、カート・ヴォネガットが亡くなりました(New York Times)。

どういう人だったかはもう語るまでもないですね。最近では読むことはなくなってしまったんですが、じつはヴォネガットにはかなりの思い入れがあります。ちょうどペーパーバックを読み始めたところにいた人なんですよね。

遥か前世紀の話になりますが、高校時代のわたしは、まあ今もそうなんですが、お金がなかったんで、バーゲンのカゴに入った 100円か 200円均一のペーパーバック漁りを趣味にしてました。当時のカゴには何が入っていたかというと、フィリップ・K・ディックと、ジョーン・エイキンと、まだジュニアが付いていたこのヴォネガットが多かったんです。

ディックについては何冊か日本語の本も読んでたんでそれなりに知ってたとしても、恥ずかしながら、エイキンとヴォネガットについては全く未知の作家。とりあえず、こんなにたくさんあるんだから、きっと面白いに違いないと思って、何冊かまとめて買って帰ったんでした。

シドニー・シェルダンなんかじゃなくてよかった。

まだ大して英語力のある頃じゃなかったんですが、これがそれほど苦労もなく読めた上に、むちゃくちゃ面白かったんですよね。まあディックの一部の作品はそれなりに梃子摺りましたし、なにも十分に理解できていたわけではないですけど。ということで、バーゲンでまだ持ってない作品を見かけるたびに、この3人の本は必ず買ってました。

ほんとにぴったりのタイミングでぴったりの作家に出会いました。その後の趣味がこの時点で決定してしまったみたいで、よかったんだか悪かったんだかよくわかりませんが、まあ so be it。

ということで、もう読み返すことはあまりなくても、この3人の作家は今でもわたしの中で特別な位置を占めています。

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Thursday, April 12, 2007

2006 BSFA Awards Winners

End of the World Bluesアダム・ロバーツのチェックをしていて、英国SF協会賞の結果が 4/8 に発表されていたことを知りました。

quark さんとわたしがジョン・コートネイ・グリムウッドの日本をモチーフにした作品 End of the World Blues でちょっとお手伝いしたことは以前お伝えしていますが、見事長編部門で受賞ということで、なんともうれしいですね^^) そのわりには読みかけて放置してました^^; すみません、ちゃんと読ませていただきます。

短編部門はイアン・マクドナルドの "The Djinn's Wife" で、アート部門はアンソロジイ Time Pieces の表紙に使われたファンゴーンの作品でした。

せっかくですから長編の候補作だけリストしておきましょう。

その他の候補作はオフィシャル・サイトへ。

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Wednesday, April 11, 2007

Doctor Whom, by A.R.R.R. Roberts

Doctor Whomじつは去年出た本なんですが、たまたま今日届いたんで紹介しておきましょう。いえ、ドクター・フーじゃなくてドクター・フームです。町の看板や大衆小説、公文書に溢れている誤った綴りや文法に業を煮やしたドクター・フームが、アシスタントのリン嬢とともに助けに現れたんだそうです。なんでも不正確でいい加減なコミュニケーションの断絶を放置しておくと、時空連続体がズタズタになってしまいチョー危険なんだとか。

Eats, Shoots & Leavesいやでもなんかどこかで聞いたような話ですね。カバーにもなんとなく見覚えがあるし……って、『パンクなパンダのパンクチュエーション』のタイトルで邦訳のある、リン・トラスの Eats, Shoots & Leaves のパロディでした。え、そんなこと一目見ればわかるって? そうですよね~、カバーにもご丁寧にちゃんと書いてありますし -- Doctor Whom: E.T. shoots and leaves - The Zero Tolerance Approach to Parodication だって。

作者の A.R.R.R. Roberts ですが、以前にもパロディ作品を紹介してますが、なにもそればっかじゃないんですよ。アダム・ロバーツのペンネーム、じゃない、本名で、バリバリのSFも副業……じゃない、本業で出してる、奇想の天才といわれる気鋭のSF作家ですし、片手間に、じゃなくて、真面目に19世紀英米文学の教授もしてるんですよね。そろそろ邦訳が出てもいい頃なんですけどね~。あ、いえ、パロディじゃなくて、SFのほうで。今年は Gradisil もクラーク賞の候補に挙がってますし。

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"Oscar Wilde and the Candlelight Murders" by Gyles Brandreth

The Oscar Wilde Murdersさあ、問題です。チョーサー、エリザベス1世、カント、フロイトに共通するのは? 答えは「探偵」ですね。歴史上の人物が探偵になって事件を解決……っていうのは、marginalia で取り上げただけでも、以上のように時代・職業を問わずいろいろありましたが、今度は探偵オスカー・ワイルドの登場です。本作で始まるこのシリーズ、年1回発行で全9巻になる予定だそうです。

作者のジャイルズ・ブランドレスは、元保守党議員で、モノポリーの元ヨーロッパ・チャンピオン、BBCラジオ番組の制作に携わり、英王室の伝記などの著作もある有名人ですが、なにより興味深いのがお父さんがワイルドの親友ロバート・シェラードやボジーを直接知っていたということ。また、ブランドレス自身も『オスカー・ワイルド書簡集』を編纂したワイルドの孫マーリン・ホランドと一緒の学校に通った友人同士だとか。ということは、かなり実像に近いワイルドになっていそうですね。彼の知られざる素顔を垣間見ることができるかもしれません。

こちらの本書の紹介記事によると、初っ端から、実際にワイルドの友人(!)だったコナン・ドイルが登場、2巻目にはブラム・ストーカーがひょっこり姿を現したりするんだそうです。ワイルドの広い交友関係から、いろいろなエピソードが楽しめそうです。

ワイルドの機知とアフォリズム満載の、時代の雰囲気あふれる作品に仕上がっていそうで、個人的にかなり期待してしまいます。このシリーズのサイトはこちら

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Tuesday, April 10, 2007

Heart-Shaped Box, by Joe Hill

何かと話題のジョウ・ヒルの長編第1作ですが、まあまあの出来のジャンル・ホラーでした。それもそれほどどぎつくないやつ。

Heart-Shaped Box (US)主人公のジュード Judas Coyne(ユダの金貨!)はへヴィメタ・バンド Jude's Hammer のリード・ヴォーカル/ギタリストとして鳴らした50代のロッカーで、バンドのメンバーを二人亡くし、とりあえず現役とはいいながら、もう3年もツアーに出ていないという半ば隠居の身。穿孔を施した頭蓋骨や魔女の告白書、アレイスター・クロウリーのゆかりの品とか、ゲテモノを集めるのが唯一の趣味といえば趣味。隠し持っていたスナッフ・ビデオのせいでかみさんには見捨てられ、ほっておいても入れ替わり立ち替わり現れるゴス娘たちをガールフレンドとして暮らしている。

そんな折、事務所のアシスタントがとあるオークション・サイトで幽霊の出品を目にする。亡くなった義父が孫娘の部屋に居ついてしまったことから、誰かに売り払えば出て行ってくれるのではないかというものだった。出品者は義父の愛用の日曜日用の礼服に幽霊を取り憑かせて送るという。半ばジョークだと思いながらも、ジュードはつい買ってしまう。

ジョニー・キャッシュでも着ていそうな古臭いスーツは、黒いハート型のケースに入って送られてきた。ほどなくして、部屋の片隅に現れる黒服の老人の姿。その眼のあるはずの場所には、黒のマーカーで塗りつぶされたような痕があった。オークションで購入したのは紛れもない幽霊で、その邪悪に満ちた意思に操られ、ジュードは自殺一歩手前まで追いやられ、同居しているガールフレンドを撃ち殺してしまいそうになる。やってきた幽霊は、ベトナム従軍時代に捕虜の霊能者から手ほどきを受けたという、プロの催眠術師だったのだ。

送り返そうと出品者にコンタクトしたジュードは、彼が幽霊を買ったのは決して偶然ではなかったことを思い知らされる。故郷に帰って自殺した、昔見捨てたガールフレンドの育ての親が幽霊の正体で、娘の姉が復讐のためにジュードの元に送り込んだというのだ。家にじっとしていても危機は避けられないことを悟ったジュードは、ガールフレンドとともにあてどもない旅に出る。だが、二人の乗った車の背後には、常に得体の知れないピックアップ・トラックが見え隠れしていた……。

Heart-Shaped Box (UK)悪趣味なヘヴィメタ・バンドの生き残りのロッカーが主人公とかいうと、かなり濃いギトギトの話が展開しそうですが、じつのところこの主人公、意外とまとも。ゲテモノのコレクションもバンドのイメージにつられてファンが送ってきたものがほとんどだし、スナッフ・ビデオも、たまたま刑事の知り合いが事件の証拠品を彼なら興味を持つだろうとくれたもの。さらには、貧しい養豚農家の倅が、悪意に満ちた父親にコードを押さえる左手を潰され、左弾きのギターに切り替えた件を聞かされるあたりから、読者は主人公にしっかりと感情移入できる仕組みになってます。

というよりも、Nirvana の何やら不気味な歌から取ったタイトルとか、そこここに AC/DC を初めとするハードロックへの言及が撒き散らされている割には、あんまりロック・ミュージシャンが主人公というあくの強さがないですね。一応プロットに絡めているとはいえ、これが作家が主人公だったとしても違和感がないようなあっさりとした展開です。ということで、ヤナやつが主人公の身も蓋もない物語を予期していたわたしは、いささか肩透かしをくらいました。

アイデア的には、幽霊の眼がマーカーで黒く塗られてたり、幽霊から不気味な e-mail が送られてきたりと、さすがに現代的な扱いが目に付きますが(まあ e-mail はダン・シモンズが A Winter Haunting で使ってたり、結構目にするような気もしますが)、あとは大体おなじみの手法の組み合わせという感じです。クライマックスの幽霊との対決のところで、30年間顔を合わせていない安楽死を待つばかりの父親を使ったちょっと面白いアイデアが出てくるんですが、この場面もどうもスペクタクルに終始して、テーマ的にはうまく片付けられなかったような印象です。

プロットはシンプルなので、たしかに映画には向いていそうな感じですけど、役者で見せるとか、幽霊がらみのシーンの特撮に凝るとか、なにかアクセントを置かないと大した映画にはならないような気もします。まあそのあたりが料理しやすいというか、料理のしがいのある原作といえるかもしれません。ただし、スティーヴン・キングの息子とは知らずに映画化権を買ったというのは、やっぱりセールス・トークでしょう。それほどインパクトのあるプロットとは思えません。

作品自体はなかなかスムーズに書かれていて、デビュー作にしては卒がないとは思いますが、ベストセラー向きとはいえても、文学的といえるほどの奥行きは感じられないですね。メインストリームの読者向けのホラーというのが一番適切かも。鬼畜を期待するハードコアなホラー・ファンには肩透かしなんじゃないでしょうか。長編第1作ということでほんとはもっと思い切った冒険をして欲しかったんですが、とりあえず無難にまとめたということで、次回作では短編の名手といわれているその才能を存分に見せて欲しいものです。

ちなみに、"Best New Horror" という短編を以前読みましたが、ジャンルの読者にはそちらのほうが楽しめる気がしますので、もっとオタクの本性を出してくれればいいんじゃないでしょうかね^^)

以前はかなり渋かったオフィシャル・サイトも、どうも Heart-Shaped Box のプロモーションに借り出されてるみたいです。

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Monday, April 09, 2007

Angelica, by Arthur Phillips

Angelica毎回題材と作風が大きく変わる作家アーサー・フィリップス、といっても PragueThe Egyptologist もじつは積んだままなんですが、新作もヴィクトリア朝のゴースト・ストーリイということで、やっぱり気になりますね。

4才の娘をひとりで寝かせる父親と、いく度かの流産の末やっと授かった娘を心配する母親ですが、案の定幽霊が出ちゃいます。非情な夫を横目に、母親は女性の心霊術師に助けを求めるんですが……この心霊術師というのが意外とまともで、お祓いよりは心理学的側面に目を向けるようですね。ということで、ヴィクトリア朝のメンタリティを背景に、心理的な綾を解きほぐしていく物語のようです。『ねじの回転』を思い起こさせる「羅生門」型(同じイベントを異なる視点から描いていく形式)の叙述ということで、スタイル面でも期待できそうです。

いやでもここ数年、ゴースト・ストーリイはほんとに流行ってますね。

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Sunday, April 08, 2007

Here Lies Arthur, by Philip Reeve

Here Lies Arthur『移動都市』4部作の完結のあと、宇宙SFの Larklight を出したフィリップ・リーヴですが、こんどはキング・アーサーものの新作だそうです。それも主人公に少女グウィナ(Gwyna)を配してということで、アーサー王裏話(Making of King Arthur)的な展開になるんでしょうか。

吟遊詩人マーディン(Myrddin)に仕えることになったグウィナは、湖の貴婦人や少年戦士、スパイへと姿を変えられ、アーサーの活躍を見守ることになります。なにやら野武士のアーサーが王になるには、彼女の助けが不可欠ということで……。どうも詳しいあらすじが見つからないのでよくわかりませんが、名前から察するにヒロインはグイネヴィアになるんでしょうね^^)

第1章作者のサイトでダウンロードできるようです。いやでも、少年戦士になったヒロインをデザインしたんでしょうか、インパクトのある表紙ですね。

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Thursday, April 05, 2007

The Book of Air and Shadows, by Michael Gruber

The Book of Air and Shadows呪術師が主人公のミステリという『夜の回帰線』のシリーズが順調に邦訳されているマイケル・グルーバーですが、今回はシリーズ外の作品、それもシェイクスピアの未発見の戯曲の謎を追ったスリラーということで、これは気になります。

古書のカバーに隠された謎の手稿を解読してみると、シェイクスピアがヴァチカンの手先じゃないかと見張っていた 16世紀のスパイのものだった。さらにそこには未発見の戯曲にまつわる手掛かりも書きとめられていた。マンハッタンの古書店で働くひ弱な映画好きの青年と、元ウェイトリフターのヤクザな弁護士がイギリスに渡って原稿を探そうとすると、頼りの学者は殺されるし、ロシアのギャングには襲われるし、謎の男に付きまとわれるし……ということで、かなりアクションたっぷりの作品のようです。

面白いのは、16世紀のスパイの手稿が当時の文体のまま一章ごとに挟み込まれていることで、その中ではシェイクスピアにまつわる事件が語られ、二重に楽しめる構成になっているそうです。

じつは『夜の回帰線』のシリーズの3冊も積読のままで、児童書の The Witch's Boy もまだ読んでないんですが、かなり多才な作家のようですので、そろそろ手を出してみないといけませんね。

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Monday, April 02, 2007

"The Last Wish" by Andrzej Sapkowski

The Last Wishポーランド・ファンタジー界の第一人者アンドレイ・サプコウスキの初英訳となるこの "The Last Wish" は、デビュー作でありながら本国で1986年に発表されるや爆発的な人気を呼び、その後シリーズ化されて彼の代表作となっている作品です。英語圏では今回が初お目見えですが、ドイツ語版は 1998年に、フランス語版は 2003年に出版されているので、ヨーロッパ・デビューから随分遅れての登場ということになりますね。

内容は「白い狼」の異名を持つ主人公ゲラルトが妖術を使って魔物を退治していく、アクション/冒険ものだそうです。と書くと、なんだかありきたりなカンジがしますが、これだけ人気を博したということは、何か他に大きな魅力があるんでしょうね。ポーランド作家の作品だけあってスラブ神話の多大な影響も受けているようです。しかし、表紙の絵はオオカミだったんですね~。今頃気づきました。

邦訳はまだですが、実はこの作品を原作とする映画『コンクエスタドール』のDVDのほうが先に日本上陸を果たしています。

今年9月には "The Witcher" のタイトルで、この作品原作のRPGが欧米で発売されるそうです。RPGの日本語によるレポートはこちら

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