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Sunday, April 22, 2007

End of the World Blues, by Jon Courtenay Grimwood

redRobe の頃はガジェットたっぷりの派手なアクションSFだったので何も考えず楽しめましたが、《アラベスク》3部作以降のジョン・コートネイ・グリムウッドにはそれなりの読み方が要りますね。なんせあからさまなSF的要素は背景に追いやられて、一見ごく現実的なスリラーが展開するんですから、ストレートなSFを期待すると面食らいます。「SF」を取っ払ってノワールなアクションものといってもいいくらい。とはいえ、現実の「現実」とは微妙に肌合いの異なるグリムウッドの作品世界は、語られる物語と登場人物に寄り添うように微調整され、独特の美意識に満ちています。10年ほど未来の日本とイギリスを舞台に取った今回の作品も例外ではありません。

End of the World Blues (UK)スナイパーとしてイラクに派遣され、誤って子供を射殺してしまったキット・ヌヴォーは、シェル・ショックに苛まれながら、脱走兵として日本に逃れ、15年後の現在、六本木の片隅で暴走族や不良外人相手のアイリッシュ・バーを開いている。新進の陶芸家として脚光を浴びつつある日本人の妻ヨシは、縄で縛られる痛みをインスピレーションの源としているという奇妙な性癖を持っていた。一方、英会話学校の講師をしていた縁で今も個人教授が続いている大手デベロッパーの社長夫人とは、数ヶ月前から不倫の関係にあった。

ある夜、密会の帰りに、銃を持った暴漢に襲われたキットは、その危機を突然現れた少女に救われる。暴漢の脳を象牙の串で貫くと同時に、左手のナイフが無意識に心臓を抉っていたというゴスのコスプレに身をかためた少女は、レディ・ネクと名乗った。その寂しげな様子を案じて時々コーヒーを飲ませたことがある、高校生と思しきストリート・キッドだった。

猫のように親しみを見せるかと思えば、一転して自分の世界に閉じこもる少女は、実際に自分の世界を持っていた。この世界では、一族を皆殺しにされ、持ち出した 1,500万ドルの金をコイン・ロッカーに預け逃げ惑う15才の高校生ニジエだが、遥か未来の世界の終わりでは、「ネコ」と「ニク」からその名を得たレディ・ネクとして、地球に繋ぎとめられた宇宙のハビタット「縄の浮世」に住む、支配者階級の一員だったのだ。人類のほとんどが宇宙へと去り、今は難民収容所として使われている地球は、監視役の6大ファミリーがコントロールする紗のスクリーンによって、辛うじて太陽の放射で焦土と化する運命を免れていた。

キットが持ち去ったナイフをアイリッシュ・バーに取りに行ったネクは、その夜、爆発に巻き込まれる。バーは焼け落ち、ヨシは死んだ。病院で意識を取り戻したキットは、病院の持ち主でもあるデベロッパーに、日本は君にとって安全な場所ではなくなったと告げられる。一方、退院したキットを、ひとりの老婦人が待ち受けていた。十代の頃のバンド仲間、メアリの母親、ケイト・オハラだった。

キットはもう一つのトラウマを抱えていた。メアリはもうひとりのバンド仲間、ジョシュの彼女だった。だが、キットはメアリと寝て、ジョシュはバイクの事故で死んだ。イラクへの派兵に志願したのも、それが理由のひとつだった。ケイトは、半年前にメアリが遺書を残して乗っていた船の上から消えたことを告げる。だが、彼女は、メアリの死を信じていなかった。そのため、犬猿の仲にもかかわらず、キットにイギリスに戻って真相を探れというのだ。キットには断る余地はなかった。ケイトはアイルランドの海賊の末裔で、イギリスの犯罪組織のボスだったのだ。

一方、ファミリーが所有する地上の城シュロス・オメガに戻ったレディ・ネクは、真珠貝から進化したと思しきシュロスの意識に、実体化するための体を要求する。だが、もともと気紛れとはいえ、今日のシュロスの様子はなんだかおかしい。ネクの結婚式以来、ネクは死んでいるというのだ。しかし、ネクには、結婚した覚えはない。記憶のビーズの一部を過去に取りこぼしてきた可能性に思い至ったネクは、また21世紀の地球へと取って返す……。

End of the World Blues (US)ということで、傷心を抱えた主人公が、日本とイギリスを舞台に、犯罪組織を相手に大立ち回りを演ずるわけですが、レディ・ネクにも世界の終わりでのファミリー同士の抗争が待ち受けています。とはいえ、表面的には、ネコのような女子高生を抱えた中年男が、身に降りかかる火の粉を辛うじて振り払う展開が続くわけで、細かいプロットの積み重ねで次第に個々の事件の関連と真相が見えてくる様子は常にスリリング。同時に、人との関係を絶って過去から逃げ回っていた主人公が、過去の清算をしながら、新たな結びつきを築き上げていくプロセスは読み応えがあります。レディ・ネクのストーリイ・ラインがシンボリックに補強関係にあるのもさすがに上手いです。

そして、全編に流れるのは、ネコと綱(縄)のライトモチーフ。いままでサルとかキツネのアヴァターを効果的に使ってきたグリムウッドは、ここではネコの持つしなやかさ、独立心、九つの生を持つという打たれ強さを生かしたんでしょうか。ネコのような少女ニジエの名前は、漱石の『我輩は猫である』から拝借し、ニジエのキタガワ・ファミリーにはキットやケイトと同様、ネコ(kitty/kitten)の変形が組み込まれています。一方、綱/縄のイメージは、ファミリーの結びつき、しがらみ、人間関係へと敷衍されています。

そう、グリムウッドの労力は、目新しいアイデアを駆使してSF的世界を提示することではなく、精緻なプロットの組み立てによる緊張感と、独特の美意識により選択された人物と背景の繊細な描写により、ダイナミックな物語を作り上げるという職人的作業に費やされています。結果として、密度の高いストーリイは、読者に注意深く読むことを強いますが、かといってがんじがらめの息苦しいものになっているわけではなく、安っぽいワイズクラックにはならない、ウィットの利いた登場人物たちのやり取りやしぐさが、的確に潤滑油として配されています。

まあともかくSFを書くことから出発するアメリカの作家に比べ、自分のスタイルをいかに押し通すかを最優先にするイギリスの作家は、もともとスタイリストが多いんですが、グリムウッドの場合職人技が特に徹底してますね。二つの世界を因果関係でなくシンボリックなレゾナンスで扱う手法も、M・ジョン・ハリスンやデイヴィッド・ミッチェル、トリシア・サリヴァンなど、イギリスの作家にしばしば見られるもので(まあサリヴァンはアメリカ出身ですが)、そんなあたりもイギリスSFの醍醐味になってますね。

グリムウッドの高度にヴィジュアルな展開や、背景に流れる美意識、徹底して登場人物の行動に語らせる手法は、ごく映画的というのが適切でしょうか。一時期日本映画のレヴュウをしていたこともあるというグリムウッドは、日本に対する興味とともに、プロットの構築や背景、キャラクタの使い方を映画の手法から学んだのかもしれません。

一方で、まあ正直なところ、日本に関する描写はリアルというよりは、かなり映画やテレビドラマ、小説的な取り扱いで、特異な部分ばかりを抽出して組み合わせたという印象は否めませんが、日本に何年も滞在していたデイヴィッド・ミッチェルやトバイアス・ヒルあたりでも、いざ日本を描写するとなると、同様に特異な部分ばかりを強調した書き方をしてますので、これは異文化描写の宿命といえるのかもしれません。というか、その異化作用にこそ異文化を持ち出す意義があるわけで、平々凡々な日常の部分が欠落しているからといって、不平をいうのは筋違いでしょう。そういう意味では刺激的な、いい仕事をしているといえます。

さて、「葉隠れ」からの引用の翻訳の手伝いや、「縄の浮世」の命名に一役買ったわたしとしては、それらが作中でどう生かされているかが気になるところですが、心配していたほどやりすぎてはおらず、使い方が適切かどうかまでは十分には判断はできませんが、要所に違和感なく効果的に使われていて、さすがに一流の作家ですね、文句の付けようはありません。まあ quark さん命名の「縄の浮世」は、当方の理解不足もあり(というか、詳しく説明してくれなかったグリムウッドにも責任の一端はあるのですが)、もともと意図していた繋ぎとめる綱というよりは、切れやすい縄のイメージが忍び込んでしまったわけですが、作者もいうように注連縄のような象徴的な呪縛力もあるわけですし、古風な響きや、tir-na-nog にも通じるような nawa-no-ukiyo という字面のイメージは、決して悪くはないんじゃないでしょうか。というか、いまもっと適切なものをといわれても、代案は浮かびません。ともかく、純日本製というところに意義がありますね(<ほんとか?)。

めでたくアメリカでの出版も決まったということで、ヒューゴー賞とはいわないまでも、来年のディック賞の最有力候補となることはまず間違いないわけで、そろそろブレイクということにあいなりますでしょうか。

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