'The Second Coming of Charles Darwin' by James Morrow
Amazon.comから、ジェイムズ・モロウの短篇のお知らせが来たので買ってみました。
Amazon Shortsで購入するのは初めてですが、49セントってのは安い!感激!
他には、あんまり目ぼしいのはなさそうですけど……。
実はモロウをまともに読んだのは初めてなんですが、Lilithさんのレヴューから察しますに、典型的にモロウらしい作品なのではないかと思います。
近未来の教会関係者が、無神論者どもが信奉する進化論に業を煮やして馬鹿なことを思いつきます。ビーグル号に乗ったダーウィンが到着する前のガラパゴス諸島にタイムラベルして生態系を無茶苦茶にしてしまえば、進化論は誕生しなかったに違いないぞと。そうして生み出されたのが本編の語り手である人造ゾウガメのオマール。教会カルトの若者と共に1835年のガラパゴス諸島に降り立った亀は、ナノテク・マシーンを駆使して、ダーウィンの霊感源となった島の固有種を次々と単一種に変換していくのだが……
という感じで展開する、何というかバカSFなんですけど、ラストには宗教的エピファニーにも似たオチが用意されていて、moralisiticとかsatiricalと評されることの多いモロウらしさが色濃く出ておりました。
しかし、はっきり言って私は、こういうオチは嫌いです。恩田陸の『蒲公英草紙』にも同じような感想を抱いたので、きわめて個人的な趣向の問題だというのは承知してるんですが、物語の最後に奇跡を持ってきてすべてを解決してしまうというのは卑怯に感じてしまうんです。神の横暴に怒りを感じるのと同様に、作者の横暴に怒りを感じます。まあ、でも……作品として完成度が高いのはわかってるんですけどね。
気になったこと①
Amazon Shortsで購入したこの短篇はPDFファイルでダウンロードできるんですけど、普通ならイタリック体になってる部分が、下線で表示されてます。別にタイプ原稿を装ってるわけでもなんでもないわけで、なんでわざわざこうなってるのか不思議です。
気になったこと②
完全に人工的に作られた語り手の亀のことを、モロウは「サイボーグ」と呼んでます。しかし、みなさんご存知の通り、サイボーグというのは人工的なパーツで強化された人間ないしは生物のことであって、完全な人工物のことをサイボーグと称することはありません。SFの伝統のなかでもなかったはずです。モロウともあろう人がそれをご存知ないとは思えないのですが、ひょっとして最近はその辺の定義が曖昧になってるんでしょうかね???
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Comments
あ、これは Lilith さんも読んでたのでは?
う~ん、まあ、どちらかといえばSFよりはファンタジイの人ですけどね。奇跡オチや夢オチ、あるいはオチなしも、作品の書き方によるとは思いますけどね。まあ、結末に厳しい quark さんとは違って、わたしの場合最近は結末にはあまりこだわらなくなったという状況もありますけど。
Posted by: a nanny mouse | Thursday, March 30, 2006 at 22:30
下線の件は、PDF化がかなり手抜きで原稿そのままという可能性もありますね。
「サイボーグ」については、たしかに補助機械で増強された人間というのが基本ですけど、「ロボット」というとどうしても固いものというイメージがあるので、生体に似せた人造物は「サイボーグ」と呼ぶケースも見かけるように思います。ソフビ人間(ママ)とかがもし出てきたら、やっぱりロボットとは呼びにくいのでは(笑)
Posted by: a nanny mouse | Thursday, March 30, 2006 at 22:39
はい、これは Amazon Shorts ができてすぐに読みました(ので、あまり覚えてませんけど好きでした)。
◎サイボーグ
モロウは「サイボーグ」と呼んでませんよ~。カメ自身が「オートマトンって呼んでもいいけど、サイボーグって呼んでくれたほうがもっといいかも♪」と言ってるんですよね。ではカメにインプットされた「サイボーグ」の情報が間違っているのかというと、そうじゃなくてカメは自分をプログラムしてくれた博士に対して血縁者のような親近感を抱いているので、自分を機械人形と認識しながらも生物的な部分があるのではないかという気持ちを捨てきれないんですよね。最後のほうでも、機械にはあるはずもない「感情」のようなものに、自分でも戸惑ったりしています。というわけで「サイボーグ」と自分を呼ばせているのは、ただの機械ではないという、カメの願望の現れだと思うんです。
◎エンディング
「最後に奇跡を持ってきてすべてを解決してしまう」これぞまさしく Deus ex Machina で、私は笑っちゃいましたけど。神の存在を信じていないであろうモロウが、クリスチャンのお家芸の都合のいい奇跡で締めくくるなんて! それも神自体が進化論を擁護するような形で。でもって、神を信じてない作家が神を使うのもヘン……と思われるかもしれませんが、Deus ex Machina のラテン語の本来の意味が「機械仕掛けの神様」ですから。というわけで、私はこのラストすごく気に入ってます。
では次はモロウの長篇に挑戦ですね。ご感想楽しみにしてます。> quark さん
(そういえば以前、bumpkin さんに無理矢理買わせちゃった記憶がありますが、読まれましたでしょうか?……と、さりげなく振ってみる)
Posted by: Lilith | Friday, March 31, 2006 at 22:31
あ、ほんとだ。最初の方に、そう書いてある(笑)。
でも、この文脈だと、自分はポンと作られたわけじゃなくて、1970年代のLOGOを祖先とした系譜のなかで生み出されたんだから、サイボーグと読んでくれたほうがいい、ってことですよね。なんで「だから」なのか、イマイチよくわかんないですけど。
Lilithさんもどこかで書いてられたと思いますが、モロウは別に無神論者なんじゃなくて、教条的カトリックや原理主義的キリスト教なんかの押しつけがましいやり方が嫌いなだけなんじゃないでしょうか。根っこのところでは、神を信じてるように感じます。私はこう見えても、けっこう「実存くん」なので、超越的なものを前提とした世界観には、どうしても違和感を感じちゃいます。
Posted by: quark | Saturday, April 01, 2006 at 09:02
「神を信じていない」は言葉足らずでしたね。人間の形をして、都合よく奇跡とかバツとか与える、教会が作りあげた「神」です。
この作品では保守的な考えを持つクリスチャンに対し、彼らの「神」が作りあげたはずの生物を、人間の手で操作しようとする傲慢さ、「神」が存在するのであればこの進化のタペストリも神の意志によるものではないか、という2点を訴えているのだと思います。
日本人には信じられないけど、進化論を否定する保守的なクリスチャンは米国にはまだたくさんいますからね~。そんな人たちに対し、「進化論」を彼らの「神」を使って肯定した作品なんじゃないかなという気がします。
Posted by: Lilith | Saturday, April 01, 2006 at 10:04
LOGO のタートルってとこで笑っちゃいました^^)
う~ん、短編ひとつだけでモロウのイメージを固めちゃうのは無理があるんじゃないでしょうか。他の作品も読んだらこの短編に対するイメージも変わるかも。ということで、大傑作の Only Begotten Daughter を是非ともお奨めします^^)
Posted by: a nanny mouse | Saturday, April 01, 2006 at 20:25
この前、書き忘れてましたが「LOGOを祖先とした」はオートマトンだけにかかっているんじゃないでしょうか。> quark さん
Posted by: Lilith | Tuesday, April 04, 2006 at 22:17
いや、確かに素直に読めばそうなんですけど、この部分をサイボーグと自称する理由も含んでいると取らなければ、亀くんの使う「サイボーグ」の意味がわからなくなるような……。
どうもやはり、生物/非生物という明確な区別でもって「サイボーグ」を自称してるわけじゃなくて、自動人形の高級版(人工知能版)というような漠然とした意味でこの言葉を使ってるような気がします。
このLOGOって、私が幼少のみぎり科学雑誌か何かで読んで、物凄いやってみたかったんですよ。完全に忘れてたのに、こんな形で思い出そうとはねぇ。感慨ひとしきりでした。
Posted by: quark | Wednesday, April 05, 2006 at 01:25