« "The Caliph's House : A Year in Casablanca" by Tahir Shah | Main | Unotchit »

Tuesday, February 21, 2006

The Collapsium, by Wil McCarthy

第1長編『アグレッサー・シックス』の邦訳があるウィル・マッカーシーですが、なんで代表作のこの The CollapsiumBloom から紹介しなかったんでしょうね。そうすれば最近めっきり減ってしまった本格的なハードSF作家というマッカーシーの強みがもっと伝わったと思うんですけど。

この作品は最終的に4部作へと展開され、コラプシウムとウェルストーン、ファックスという3つのアイデアを核とした宇宙殖民ものへと姿を変えます。第4部はまだ未読ですが、ストーリーを継承しながら一作ごとにテーマとタッチを変えていくマッカーシーの行き方は高く評価されるべきでしょう。

The Collapsium星の王子ならぬ天才科学者ブルーノ・デ・トワジは、太陽系の果てカイパー・ベルトにある手作りの惑星で、明かり代わりのミニ太陽を相手に、時の終りを覗く門の製作に余念がなかった。自らの発明となるコラプシウムをもってすれば、論理的には可能なはずなのである。ちなみに、コラプシウムとは、超高周波で振動させた陽子によって発生した不安定なマイクロ・ブラックホールを、位相をずらし8個グリッド状に配置し、電荷による反発と引力とを釣り合わせ安定させた物質で、その内部には「本当の真空」が発生し、通過する光は超光速で伝達されるのである。

あるとき、研究室の片隅の埃をかぶったファックスがごとごといったと思うと、ブルーノのかつての恋人、太陽系女王国の姫君タムラ・ルトゥイが御自らお出ましになった。ちなみに、ここでのファックスとは、物質伝送機のことを指し、ついでにコピーも取れるし、信号に変換する際にバグ取りもしてくれるスグレものである。もちろん人間も送れるので、自分のコピーをいくつか作り、別々の仕事を済ました上でまた合体なんていう芸当もお茶の子さいさい。伝送ついでに DNA のエラーも補正してくれるので、ほとんど不死身の体が手に入るというおまけもついている。

太陽系女王国は、人間は本能的にカリスマに従うという認識に基づき、総意で選ばれたトンガの女王タムラのもと、その在位80年という長きにわたり、民主的で平和な時代を享受してきた。だが、ここにきて、なんとも厄介な事態が持ち上がった。ブルーノのかつての同僚であるマーロン・サイクスが、大規模な超光速ファックス伝送をサポートすべく、太陽の周りに張りめぐらしたコラプシウムのリングが、太陽フレアの異常な活動により、落下し始めたというのである。もし一時に大量のコラプシウムが太陽に降りそそげば、太陽系全体が大災害にみまわれるのは目に見えていた。重い腰を上げたブルーノは、持ち前の気転により、かろうじてリングを安定させることに一役買う。

数年後、コラプシウムのリングが、再び危機にみまわれた。今回はリング技術者の意図的なサボタージュによるものらしかった。またもやタムラに呼び出されたブルーノは、不可解な殺人事件に巻き込まれてしまう。一緒に捜査にあたるのは、御年9才の美少女警視総監。不測の事故で死亡した時、子供時代のファックス記録しか残っていなかったため、不憫にも、幼い体に老練な専門家の知識が詰め込まれてしまったのである。危なっかしげな捜査ながら、そこはそれ、やはり経験がものをいい、めでたく殺人事件は解決し、ブルーノは再びリングを破壊から救ったのであった。

さらに十数年の時が経ち、ブルーノのもとを悲愴な面持ちの老人が訪れる。半ば狂気のうわごとの合間にその身の上を尋ねれば、20年ものあいだ拷問監禁の憂き目にあっていたのだという。そういえばどことなく見覚えのあるその顔は、ブルーノ本人のものではないか。かくして己の分身からマッド・サイエンティストの姦計を知らされたブルーノは、三度太陽系とリングを守るべく立ち上がる。狂気の分身が突貫工事で作り上げた宇宙船は、コラプシウムで完全装甲した無慣性航法の牽引ビーム駆動型。スカイラークもかくやという船体を駆り、二人は悪の本拠地へ乗り込んでいく。

いかにもハードSF然としたアイデアを自在に操りながら、作者が描くのはSFの黄金時代を彷彿とさせる伸びやかな驚異の世界である。E・E・スミス風のスペース・オペラを背景に、ロジャー・ゼラズニイ張りの誇張された登場人物を配し、コラプシウムのリングという大技を主題とした3つのヴァリエーションは、理屈抜きにただただ楽しい。とはいえ、本職はロケット技術者だという作者の、最先端の仮説を巧みに生かした緻密なプロットと、個性豊かな登場人物による人間的なドラマは、多分に今を感じさせ、このスケールの大きな物語に十分な奥行きと深みを与えている。

このところ、ヴァーナー・ヴィンジを頂点とした、リアルな宇宙SFに大胆なアイデアを盛り込んだ現代のスペース・オペラは、ピーター・F・ハミルトン、アレステア・レナルズ、トニー・ダニエル、カール・シュローダー、はたまたジョン・C・ライトという新世代の書き手を得て、一つの大きな流れを形成している。ウィル・マッカーシーも重要な担い手の一人であるといえるだろう。次作では、この作品でもちょっと顔を出した変幻自在の物質ウェルストーンが大きくフィーチャーされるという。コンピュータ駆動の微細なグリッドで電子の動きを自由にコントロールし、いかなる物質の外殻電子軌道でも瞬時に模すことのできるという魔法の素材が、いったいどんな世界を見せてくれるのか、今から楽しみである。(2002/7/5)

|

« "The Caliph's House : A Year in Casablanca" by Tahir Shah | Main | Unotchit »

Comments

某書店のバーゲンで続編ウェルストーンだけは買ったものの、こちらは品切れで手に入らず、ずっと指をくわえてました。こういう話だったとは、アグレッサー・シックスからは想像できず、ちょっとびっくりしてます。なんだかすごく楽しそうで、翻訳がますます楽しみになってまいりました。まだかな~。

Posted by: bumpkin | Tuesday, February 21, 2006 at 23:33

お薦めの作品を間違えてましたので、Bloom に直しました。Murder in the Solid State も近未来ものとしては悪くはないんですが、やっぱりマッカーシーは大袈裟なもののほうが本領発揮でしょう。

Collapsium は Bloom の路線でもっとノリノリにしたもので、むちゃくちゃ楽しいですよ。Wellstone はまた暗めの作品なので、Collapsium を読んで登場人物となじみになってからのほうがいいと思います。

Posted by: a nanny mouse | Thursday, February 23, 2006 at 21:57

少なくとも Murder in the Solid State には、日本のアマゾンでは買えないという欠点がありますね(笑)。じつは記事を拝見して真っ先に見に行ったんですが、こちらも品切れで口惜しかったです。文庫版コラプシウム、今日予約してきました。ご助言ありがとうございます。3月下旬まで、Wellstone も大事にしまっておきます~。

Posted by: bumpkin | Saturday, February 25, 2006 at 23:24

Post a comment



(Not displayed with comment.)




TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/123245/8773346

Listed below are links to weblogs that reference The Collapsium, by Wil McCarthy:

« "The Caliph's House : A Year in Casablanca" by Tahir Shah | Main | Unotchit »