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Saturday, November 26, 2005

Arabesk Trilogy, by Jon Courtenay Grimwood

SFノワール/ポスト・サイバーパンクの第一人者のひとりとして、イギリスでは評価の高いグリムウッドですが、代表作のエジプトを舞台にした《アラベスク》3部作が、アメリカでも登場しましたので、今回はアメリカ版のカバーで紹介しましょう。

Pashazade Effendi Felaheen


イスラム社会を舞台にしたSFといえば、真っ先に思い浮かぶのがジョージ・アレック・エフィンジャーの《ブーダイーン》3部作だろう。戯画化された近未来のアラブの都市を背景に、電脳小物を散りばめたスラップスティックなハードボイルドは、1990年代初頭のサイバーパンクの後期を代表するシリーズだった。

イギリスにおけるサイバーパンクの後継者といえるグリムウッドも、もともとヒップな文体でガジェットを多用したハイ・テンションなアクションものを書いてきた作家なので、アラブをテーマにしたということではつい比較してみたくなるところだが、この作品で完結した作者の《アラベスク》3部作のベースには、《ブーダイーン》ではなく、ロレンス・ダレルの『アレキサンドリア四重奏』があるそうだ。

たしかに、SF的要素を前面に出さない押さえた筆致による人物重視の視点や、背景の雰囲気濃厚な描写には、作者の過去の作品には見られなかった、かなり文学性を意識したアプローチが感じられる。同時に、各国の思惑が絡まりあった複雑な政治背景の取り扱いは、19世紀以来中東と緊密な関わりを持ちつづけてきたイギリスならではのものだ。文学的な異郷冒険小説やスパイ・スリラーの伝統に、ハードボイルドの語りを持ち込んだ、イギリス型のポスト・サイバーパンクといえようか。

作品の背景となるのは、第1次大戦が早期に終結し、19世紀の政治体制がそのまま残る21世紀半ばの改変世界。北アフリカは依然としてオスマン帝国の支配下にある。自由都市エル・イスカンドリア(アレキサンドリア)は、政治経済の要衝として繁栄を極めていたが、ドイツ帝国やフランス帝国といった列強にゆすぶられ、ロシアの秘密工作にさらされ、アメリカの大企業による経済支配を受け、その独立は危ういバランスのもとに成り立っていた。

主人公の青年アシュラフ、通称ラフは、環境写真家の亡き母が放浪時代にもうけた子で、シアトルで孤児同然の子供時代を送った。中国系マフィアに捨て駒扱いされたラフは、無実の罪を着せられ投獄されていたが、その存在さえ知らなかった叔母の手引きにより、イスカンドリアへと呼び寄せられる。驚くべきことに、まだ見ぬ父はチュニスの高官だという。叔母は、ラフと大富豪の娘との縁組を目論んでいた。

だが、ほどなく叔母は殺害され、ラフの受難が始まる。第1部 Pashazade(パシャの息子)は、容疑者とされたラフが、婚約者のザラや姪のハニを抱えて、見知らぬ都市で右往左往しながら濡れ衣を晴らすまでを描いている。続く第2部 Effendi(上流階級人)は、警察署長を任されたラフが、ザラの父親の周囲で起こる連続猟奇殺人を捜査する過程を追う。

いずれのエピソードも、事件の解明よりは、むしろラフと周囲の人物との関わりに焦点が当てられている。旧弊な伝統に反発しながらも、イスラムの女性としてラフに頼らざるを得ないザラ。現在の成功の影に児童兵という悲惨な過去を秘めたザラの父親。いっぽう、9才になる姪ハニは、危なっかしげなラフに痺れをきらし、小さな一家の主婦として、逆にラフの世話をやきはじめる。さらには、コンピュータの操作に天才的な才能を発揮し、図らずもラフの秘書の役目をこなすことになる。

ここに展開されるのは、異質の文化に放り込まれた若者の、アイデンティティ探しの物語でもある。なにものでもなかったラフは、ザラとハニに対する責任を自覚しながら、自分と社会に向き合い、一歩々々足場の位置を確認しながら、自己の可能性に目覚めていくのだ。

締めくくりとなる第3部 Felaheen(農民)は、必然的に自らの出自を探る物語となる。母親からはスウェーデン人のヒッチハイカーが父親だと聞かされて育ったラフは、チュニスの支配者が父親だといわれても到底納得はできない。だから、暗殺未遂事件を受けて、父親の護衛だという女性がラフに捜査を依頼してきても、とりあうつもりはなかった。だが、両親の結婚の証拠を見せられて、ラフはチュニスへと潜伏捜査に向かう。

歴史と現在が交錯する北アフリカの迷宮のような回教都市は、エキゾチズムと同時に、物語に現実の手触りをもたらしている。SFというよりは、ほんの少しスペクトルを変えて見た、良質のリアリズム小説と捉えるべきなのかもしれない。(2004/7/12)

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Comments

"Pashazade"を読んでみました。

三分の一くらいまでは非常に楽しめたんですが、徐々に徐々に「?」な部分が増えてきて、最後は殆ど飛ばし読みになっちゃいました。残念。

歴史改変SF風の設定とか、主人公の頭に同居する「狐」の存在とか、SF的要素はガジェット程度なので、さほど気にすることなく、人間ドラマを楽しめばいい……というのはわかるんですけど、これはいくらなんでも肩透かしを食らわせすぎ!!というのが一点。

ザラの場合が典型的なんですが、「意外な正体」を演出しようとするあまりに、設定と物語とが乖離しちゃってるような部分も気になりました。

あと話のテンポがいまひとつ良くないとか、残酷なシーンだけやけに描写が細かいとか、色々あるんですが、まとめて言うならば小説世界の設定(人物を含めて)と、展開される物語とが、しっくり噛み合ってないような気がするってことでしょうか。まあ、単に私と波長が合わないだけかも知れないんですけど……。

Posted by: quark | Friday, January 27, 2006 23:42

グリムウッドは最初に読んだのが redRobe だったんで(こちらは文句なく面白い)、スラップスティックなサイバーパンクを想定してたんですけど、かなり違う方向へ行ってしまって、むちゃくちゃ渋いんですよね。わたしもあんまり乗れないほうでした。

もともとたまたまSF作家になっちゃった人なので、興味の対象が違うところにあるんでしょうね。ポリティカルな現代小説が書きたいのかも。ガジェットの使い方など、SF作家としても一流ではあるんですが。

Posted by: a nanny mouse | Sunday, January 29, 2006 21:16

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