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Monday, September 19, 2005

Blackwater Days, by Terry Dowling

blackwater daysオーストラリアの話題が出たところで、オーストラリアの隠れた巨匠、テリイ・ダウリングの作品を紹介しましょう。この作品、わたしにとって、オール・タイム・ベストの1冊なんですよね。ちなみに、この傑作、残念ながら絶版でなかなか手に入りません。

連作ホラーのアイデアを暖めていたダウリングが、全体の枠組みのための着想を得たのは、シュールな画風でオーストラリアのSF界を彩るイラストレータ、ショーン・タンの Black Water に出会ったときだという。その絵画は、扉絵として本書の巻頭に据えられているが、灰色の煤煙と漆黒の廃液が支配する荒廃した地平の中央で、身を捩り無音の悲鳴を上げる肉塊のようなビルディングは、ムンクの「叫び」を容易に想起させる。そう、これは現代の都市における日常を、異なるスペクトルで見てしまったものたちの話なのだ。

物語は、ブラックウォーター精神病院の経営者、ダン・トラスデールの巻き込まれた七つの奇妙な事件という形をとる。ただし、作者の描き出す「奇妙さ」の源泉は決して一様ではなく、ストレートなホラーや伝統的なファンタジイの系譜の、超自然的な結末を持つものから、フリークを扱ったグロテスク奇譚や、シリアル・キラーを題材としたサイコ・サスペンスなど、現実的な恐怖までをカバーする。さらに、巻を追うに従って、起こる事件はメタフィクショナルな色彩を強め、連作としての作者の意図をより明確にしていく。

巻頭に置かれた "Downloading" は、ヒッチコックの「裏窓」よろしく、交通事故で自宅療養中の探偵ジェイが、裏窓の外に広がるベネット通りを見張るシーンから始まる。精神科医ダンによれば、その通りに出入りする人々の間で、精神分裂症の発生が異常に高いというのである。患者の一人が語る不明瞭な断片から、なんらかの原因がベネット通りにあることが推測された。通りの日常のリズムに馴染んだジェイは、あるとき不協和音を奏でる浮浪者に目を留める……。ホラーのアイデアによる幻想譚への転化が印象的である。

つづく二作では、作者は超自然の要素の表出を控え、心理的なアプローチをこころみる。廃屋の閉じられた窓の中ではためくカーテンに摂り憑かれた女性を描く "Beckoning Nightframe" では、他人には見えないカーテンのはためきを通して、幻想がそれを目にしている当人にとっては現実であることが示唆される。一方、"Basic Black" では、殺人犯のプロファイリングを依頼されたダンが、犠牲者を縛り上げておきながら、数時間後に惨殺するというシリアル・キラーの手口から、強盗と、その強盗の犯罪に寄生する殺人者の存在を考察する。結末のツイストも鮮やかなサイコ・サスペンスの一作である。

イヴ・タンギーの同名のシュールレアリズム絵画に触発された "The Saltimbanques" では、一転してダンの少年時代の出来事が語られる。友人三人と山歩きに出かけたダンは、巡業中の軽業師の一座のキャンプに紛れ込む。見栄えのしない一行の驚異的な演技の陰には、大地に秘められた力を追って彷徨う曲技団の、再生のためのある目論みが隠されていた。ブラッドベリを初めとするノスタルジックなサーカスものの傑作群に連なる作品といえよう。

"Jenny Come to Play" は、姉の訪問に怯える分裂症患者ジュリーの登場で幕を開ける。シャム双生児だった彼女は、双子のかたわれのジェニイを残し、フリークのコレクターだった亡き父の意志を継いで、暴君的に振舞う姉の元から逃げ出してきたというのだ。探偵ジェイとともに狂気の館に乗り込んだダンは、破滅的な愛の存在を目にすることとなる。

さて、この連作を結びつける糸として、作者はダンとともに、毎回事件に対し奇妙な洞察力を発揮する二人の分裂症患者を登場させているが、巻末の二編はこの二人にまつわる事件を扱っている。"Light from the Deep Pavilion" は、打ち捨てられた産業博の跡地を背景に、丹下健三のデザインした展示館が風水的に縁起が悪いとして、建物のどこかに二人の日本人の子供を隠してしまった中国人に、人間をダイアモンドとしてしか認識できないフィルが対峙する。コミカルな雰囲気の漂う一編である。一方、最後に置かれた "Blackwater Days" では、もう一人の患者ピーターが、一連の奇妙な箱を残して意識不明となってしまう。覗き穴のついた箱を調べたダンは、それぞれの箱の中に、これまでの事件のひとつひとつが象徴的に再現されていることを見出す。そして、一見空っぽと思えた最後の箱を覗いたダンは、初めてピーターの視線でこの世界を眺め、彼の恐怖を共有する。

シュールレアリズムに傾倒するという作者の、絵画的描写力によるそれぞれの短編の完成度の高さにも感心させられるが、多彩な作品をひとつの枠組みにまとめあげ、単なるシリーズ連作や枠物語の域を一歩抜け出て、作品そのものに自らを解説させるかのような構築は見事というほかはない。不可解な謎を提示し、納得のいく解決をこころみながらも、謎の解消には向かわず、より深く非日常の視点を読者に経験させるという、ファンタジイの根源的な力にあふれた傑作である。(2002/4/27)

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Comments

これって1999年の作品でそんなに古くないのに、絶版とは残念です。2001年の世界幻想文学大賞のコレクション部門にノミネートもされたのに、オーストラリア作家の市場は小さいということなのでしょうか。

Posted by: Lilith | Monday, September 19, 2005 20:32

アメリカやイギリスの出版社にピックアップされるような一般受けする作品ならいいんですけど、それ以外は厳しいですね。この作品も Eidolon っていうファンがやってる出版社で出たもので、2nd print されただけでも売れたってことじゃないでしょうか(限定版みたいなもんですね)。

Posted by: a nanny mouse | Monday, September 19, 2005 21:50

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