« Strange Itineraries, by Tim Powers | Main | "Secret Lives" by Jeff VanderMeer »

Tuesday, August 02, 2005

Declare, by Tim Powers

Declareus hc: 0380976528
us pb: 0380798360


ついでにレヴュウも出しちゃいましょう。


二十世紀最大のスパイといわれるキム・フィルビー。学生時代に共産主義に傾倒し、第二次大戦中は英対外情報部MI6で対ソ作戦を指揮する傍ら、内部情報をソ連側に提供。戦後の冷戦期は在米英国大使館の一等書記官として、米国の機密情報にも接する。1951年には元同僚のソ連への亡命で関与を疑われるが、その後もジャーナリストとして活躍し、1963年に捜査の手が迫ると察するや、自らも亡命を成功させる。

その虚偽に満ちた二重生活、複雑な人物像、および生涯を彩る謎の数々は、多くの作家・研究者の関心を引きつけてやまず、ジョン・ル・カレやグレアム・グリーンも、彼をモデルとした作品を手がけている。

さて、ル・カレの熱心な読者だというパワーズが、フィルビーとその時代を題材にしながら、一風変わったスパイ小説を著した。背景の史実を忠実に再現しながら、その隙間をファンタジイ的な要素で埋め、フィルビーの生涯と東西の冷戦構造に独自の視点から光を当てた、パワーズならではの異色作である。

1963年、英文学の講師を務めるアンドリュー・ヘイルは、大戦中の符牒を使った呼び出しの電話を受ける。それは15年前に、大量の死者を出したアララト山での悲劇、オペレーション・デクレアの再開を告げる、かつての上司からのものだった。

ヘイルの半生には常に中東とフィルビーの影がつきまとっていた。カトリックの布教に赴いた尼僧を母に、パレスチナで生まれたヘイルは、父を知らず、英情報局の要職にある名付け親に見守られ成長した。1942年、若きヘイルは、ナチス・ドイツの占領下にあるパリで、工作員としての第一歩を踏み出す。そこでは、共産主義こそ私の夫だと言い張る、スペイン人活動家エレーナとの運命的な出会いが待っていた。任務を終えロンドンへと帰還したヘイルは、背信を疑うフィルビーと対峙し、やがては人知を超えた謀略へと巻き込まれていく。

時は下って1945年。新たな指令のもと終戦直後のベルリンを訪れたヘイルは、焼跡の酒場で再びエレーナと遭遇する。だがそこにもフィルビーの目が光っていた。ベルリンでは、今まさに、東西を隔てる壁の第一歩となる礎石の埋設が行われようとしていた。物陰からその様子を見守るヘイルとエレーナは、礎石に憑りついた魔物に襲われ、命からがらその場を逃げ出す。

次第にヘイルはソ連を守護する超自然の力の存在と、フィルビーの野望、そして、自らの出生の謎が緊密に絡み合っていることを発見していく。さらに、各国の諜報機関を隠れ蓑に、太古の精霊の存続と撲滅をめぐり暗闘を繰り返す秘密組織の存在も浮かび上がる。アラビアのロレンスの突然の事故死も、スターリンの狂的な血の粛清も、すべてはこの秘密に端を発していたのだ。物語はヘイルを中東各地へと誘いながら、ベドウィンに紛れて向かう砂漠の中の幻の古代都市、クルドの民に伝わる不老不死の妙薬といった、アラビアン・ナイトさながらのエピソードを交え、旧約聖書の時代からアララト山に巣くう魔物の群れとの二度に亙る対決へと収斂していく。

『奇人宮の宴』や『アヌビスの門』といった、80年代前半の作品で見せたSFへの傾倒と饒舌な作風から、スチームパンクの代表選手という印象を引きずるパワーズだが、90年代のLast Callに始まる三部作では、現代を舞台にフィッシャー・キングの世代交代を描き、より精緻なダーク・ファンタジイへと創作の幅を広げた。そして、史実の狭間に壮大な異世界を構築した今回の作品では、作者は重厚な伝奇ものの分野に一歩足を踏み出している。じつはこの形式は、バイロンとシェリーの南欧紀行に吸血鬼伝説を絡ませた89年の『石の夢』で既に試みられたものだが、10年を経たパワーズの筆は、単なるファンタジイにとどまらず、時代の雰囲気を濃厚に漂わせた、歴史小説の風格を醸しだしている。

さて、パワーズの物語は1991年のソ連邦の解体をも作品の仕掛けの一部として使っているが、現実のフィルビーは、「祖国」の崩壊を目にすることなく、1988年にその「英雄」としての生涯を閉じた。ひとつの時代の終りとともに、ある種のロマンが過去の世界に閉じ込められてしまったことに、感慨を抱いた人も多かったに違いない。

|

« Strange Itineraries, by Tim Powers | Main | "Secret Lives" by Jeff VanderMeer »

Comments

お~、出ました "Declare"! これはおもしろかったです~。アラビアン・ナイトのエピソードの真相とか、ジンの弱点とか、フィルビーの実話のあれこれとか、お楽しみが盛りだくさん。それでもって、あれもこれもが結びついて、ああなっちゃうなんて! ソ連の守護天使の発想ときたら「参った!」としか言えませんね。いや~もう堪能しました。こんなにおもしろい本、なんで翻訳でないんでしょうかね?

Posted by: Lilith | Tuesday, August 02, 2005 21:59

そうそう、あの『ヴァ・ディンチ・コッド』、じゃない、『ダ・ヴィンチ・コード』みたいなド下手な作品の対極にある、凝った作りの作品ですね。売り方によってはベストセラーになっても不思議じゃないと思うんですが。

Posted by: a nanny mouse | Wednesday, August 03, 2005 00:19

世界幻想文学大賞も取ってるのに、どこも手を出さないのは不思議ですね。SF/ファンタジーのジャンル以外の人も楽しめると思うんですけど。パワーズ、ほかのいくつかの作品が翻訳されているのに、これを出さないでどうする!……という気がしますが。

Posted by: Lilith | Wednesday, August 03, 2005 21:47

パワーズの作品が翻訳されたのはかなり前なので、タイミング的に取り上げにくいのかも。いまでも人気はあるはずなんですけどね。まあでも、世界幻想文学大賞受賞作ということでは、いつでも翻訳される可能性があるとはいえると思います。

Posted by: a nanny mouse | Wednesday, August 03, 2005 23:10

海外で高い評価を受けている作品が、出版社の好みや都合で出なかったりすると残念です。ちなみにドイツ語では "Declare - Auf dem Berg der Engel"、フランス語では "Les Puissances de l'invisible" というタイトルで既に出版されていますね。日本人、不幸かも……。

Posted by: Lilith | Thursday, August 04, 2005 21:44

確かに評価は高いですけど、アメリカでも商業的には成功しているとは言い難いようですよ。足を引っ張るようなことは書きたくないですけど、この本、ペーパーバックを出すのもけっこう苦労したらしいです。信じられないですけど。

Posted by: a nanny mouse | Friday, August 05, 2005 01:04

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference Declare, by Tim Powers:

« Strange Itineraries, by Tim Powers | Main | "Secret Lives" by Jeff VanderMeer »