"This Tragic Glass" by Elizabeth Bear
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本作品の冒頭に引用されているのは、ティムール大帝の生涯を描いた戯曲『タンバレン大王』からの一節だ。作者である詩人で劇作家のクリストファー・マーロウは、無神論者で、放蕩者の男色家、そしてエリザベス一世のスパイだったとも伝えられている。その彼が、実は「彼女」だったと言われても、いったい誰が信じられよう。
二一一七年ネヴァダ州ラスヴェガスの大学の研究室で、コンピュータ画面を見つめていたブラーマプートラ博士は自分の目を疑った。作品の文章から作者の性別を判断するソフトが、マーロウを女性と認識したのだ。確かに女性が男性の筆名で文章を書くことは過去にあったし、その逆もあった。しかし、マーロウがその一人だったとは! 実際、彼が男だったという決定的な証拠は残されていない。あれこれ議論を重ねる研究者たちの大騒ぎと同時進行するようにして、一五九三年五月のある日、二十九歳のマーロウは馬に乗ってエレノア・ブルの酒場へと向かう。歴史書によれば、同日彼はそこで殺されるはずだった。だが、お手上げ状態の博士らは、本人に会って確かめるしかないという結論に達し、マーロウを暗殺の場から救い出し、約五百年後の世界に連れてくる。
当然のことながら生物学的な性はすぐに判明する。そのあまりの呆気なさから、読者は物足りなさを感じるかもしれない。だがこの空騒ぎからは、個人の付帯的な事柄に左右され、作品を書いた人間の本質を見ることを忘れた人々への、作者の疑問が見て取れる。人の判断力を曇らせるのは性別に限らない。中央アジアに大帝国を築いたティムールは貧しい羊飼いの生まれだし、その一生を書いた英国演劇界の寵児マーロウは靴職人の家の出だった。また、作品のラストで、美しい若者とインド系の中年女性との間に芽生えた愛を暗示することによって、作者は人種と年齢差という壁にさえ挑んでいるように思える。ルネッサンス期の戯曲に夢中というベアは、時代を超えただけでなく、性別・階級・人種・年齢を超越して、人間の本質を見ることを促した意欲的な作品を書いた。(2004.04)
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Comments
エリザベス・ベアですけど、今年初めての長編が出て(現在3部作の2巻目まで出ています)、かなり話題になってるみたいです。
Hammered っていうのが手元にあるんですが、特殊部隊出身の女性を主人公にした近未来アクションもののようです。この短編の印象からするとかなり意外ですが、背景世界やキャラクタの内面がやっぱりしっかり書かれてる感じ。けっこうSFから文学色の濃いファンタジイまで幅のある作家のようですし。
ディック賞のノミネーションは堅そうですね。
Posted by: a nanny mouse | Sunday, July 24, 2005 at 01:19
"This Tragic Glass" は「普通の小説家がちょっとSF風味の作品を書いてみた」みたいな印象だったので、すごく意外です。で、この作品はテーマ的にはとてもいいのですが、アイディア盛り込み過ぎでこなれてない部分も多いので、もっと煮詰めてもう少し長い作品にして再トライして欲しい気がします。
Posted by: Lilith | Sunday, July 24, 2005 at 20:51