Sunday, July 31, 2005
2005 World Fantasy Award Nominees
世界幻想文学大賞の候補作が発表されました。受賞作の発表は 11月 3-6のワールド・ファンタジイ・コンヴェンションで。
Final Ballot covering the 2004 Award Year
The WFC 2005 held in Madison, WI, is chaired by Meg Turville-Heitz.
Judges Alis Rasmussen (Kate Elliott), Jeffrey Ford, Tim Lebbon, Patrick Nielsen Hayden, Jessica Amanda Salmonson.
Novel:
Susanna Clarke, Jonathan Strange & Mr Norrell (Bloomsbury)
Stephen R. Donaldson, The Runes Of the Earth (Putnam; Gollancz)
China Miéville, Iron Council (Del Rey)
Sean Stewart, Perfect Circle (Small Beer Press)
Gene Wolfe, The Wizard Knight (Tor, two volumes)
Novella:
Leena Krohn, Tainaron: Mail from Another City (Prime Books)
Kim Newman, "Soho Golem" (Sci Fiction)
Michael Shea, "The Growlimb" (F&SF, 1/2004)
Lisa Tuttle, My Death (PS Publishing)
Gene Wolfe, "Golden City Far" (Flights: Extreme Visions of Fantasy, Roc)
Short Fiction:
Theodora Goss, "The Wings of Meister Wilhelm" (Polyphony 4, Wheatland Press)
Margo Lanagan, "Singing My Sister Down" (Black Juice, Allen & Unwin Australia)
Kelly Link, "The Faery Handbag" (The Faery Reel: Tales from the Twilight Realm, Viking)
China Miéville, "Reports of Certain Events in London" (McSweeney's Enchanted Chamber of Astonishing Stories, Vintage)
Barbara Roden, "Northwest Passage" (Acquainted With The Night, Ash Tree Press)
Anthology:
The Faery Reel: Tales from the Twilight Realm ed. Ellen Datlow & Terri Windling (Viking)
Polyphony 4 ed. Deborah Layne & Jay Lake (Wheatland Press)
Acquainted With The Night ed. Barbara & Christopher Roden (Ash Tree Press)
Dark Matter: Reading The Bones ed. Sheree R. Thomas (Warner Aspect)
The First Heroes: New Tales of the Bronze Age ed. Harry Turtledove & Noreen Doyle (Tor)
Collection:
Peter Crowther, Songs Of Leaving (Subterranean Press)
John M. Ford, Heat Of Fusion and Other Stories (Tor)
Eileen Gunn, Stable Strategies And Others (Tachyon Publications)
Margo Lanagan, Black Juice (Allen & Unwin Australia)
Joe R. Lansdale, Mad Dog Summer and Other Stories (Subterranean Press)
Ian R. MacLeod, Breathmoss and Other Exhalations (Golden Gryphon)
Lucius Shepard, Trujillo (PS Publishing)
Artist:
Caniglia
Kinuko Y. Craft
John Jude Palencar
John Picacio
Charles Vess
Special Award: Professional:
Gavin Grant & Kelly Link (for Small Beer Press)
S. T. Joshi (for scholarship)
Sharyn November (for editing)
Gordon Van Gelder (for F&SF)
Terri Windling (for editing)
Special Award: Non-Professional:
Ariel (for thealienonline.net)
Matt Cheney (for mumpsimus.blogspot.com)
Robert Morgan (for Sarob Press)
Barbara Roden (for All Hallows magazine)
Michael Walsh (for Old Earth Books)
Saturday, July 30, 2005
"Singing Innocence and Experience" by Sonya Taafe
SF Poetry なんて言葉があるんですね~。SFPA(The Science Fiction Poetry Association)が選ぶ 2003 年度の Rhysling Awards (ハインラインの作品に出てくる盲目詩人の名から)をタイで受賞したのが、ソーニャ・ターフェの詩 "Matlacihuatl's Gift" で、彼女初の短篇集 "Singing Innocence and Experience" が届いたので、いくつか読んでみました。
最初の "Shade and Shadow" は、リストカットをしてはその血で死者の霊を呼び集める、一風変わった女性カイロの物語。ある日彼女は海辺で、バッコスの信女に八つ裂きにされたオルフェウスの頭を見つけ、家に持ち帰ります。何千年もたった今も、エウリュディケへの愛を歌い続けるオルフェウス。此岸と彼岸の狭間で揺れる主人公が、オルフェウスの想いの理由を探り、自分の存在について考える物語です。ほかに海の妖精セルキー(アザラシ系?)に魅せられた男の悲恋 "A Maid on the Shore" や、現代のゴーレムの話 "Clay Lies Still"、愛する女性に自分の心臓を捧げることを約束するポー風の作品 "Featherweight"(女性の名はライジーア!)など。SFというより、神話や民話に題材をとったちょっとホラーがかった作品が多いです。ティム・プラットの前書きによると、彼女は子供の頃から神話にのめり込んで、イェール大学では古典を専攻。バビロニアやアッシリアの神話も原語で読めちゃうそうなので、ハンパじゃありません。最後に作者による作品解説がついていて、I still cannot read hieroglyphs. なんて書いてあるのですが、なんか将来的には読めちゃったりしそうですね~。ちなみに表紙はウォーターハウスの『セイレン』です。
あと詩集 "Postcards from the Province of Hyphens" もちょっと前に出ましたね(で、持ってるんです)。受賞作 "Matlacihuatl's Gift" は両方に入っています。
Friday, July 29, 2005
Labyrinth, by Kate Mosse
聖杯の秘密を握る13世紀のカタリ派の少女と同調してしまった女性考古学者とくれば、これは『ダ・ヴィンチ・コード』や The Historian の世界ですね。とはいえ、作者のケイト・モスという人はオレンジ・プライズの創設者の一人ということですので、けっしてチープな作品ではないのかも。ヴァル・マクダーミッドが誉めているというあたりもプラスですね。例によって積読になりそうな気がしますが、カバーもきれいな色なので、まいっかーということで注文してみました。The Third Translation みたいなしょーもない作品だったら、ぜったい怒ってやる。
Thursday, July 28, 2005
Meet Me in the Moon Room, by Ray Vukcevich
ヴクサヴィッチの作品は、いったいどこに着地するのか皆目見当がつかない。決して非論理的なわけではないし、論理の飛躍による「奇妙な味」を狙っているわけでもない。なのに、読者の予想の及びもつかなかったところに、いとも容易に意外な結末を導き出すのである。おそらく、ヴクサヴィッチの宇宙は、構造そのものがこの世界とは異なっているのだ。ある直線に対して、一点を通る平行線が無数に存在する、非ユークリッド幾何学の空間のように。
この作品集に収められた三十三篇の掌編は、スタイルとしては、ガジェットを巧みに利用したSFや、マジック・リアリズム風のファンタジイ、ミニマリズムのホラーから、シュールな展開のホラ話、風刺の利いたスケッチと多岐にわたっている。だが、どの作品も、ジャンルのコンヴェンションとは異なる肌合いを見せる。
SF的な輪郭のはっきりした冒頭の作品 ”By The Time We Reach Uranus” は、体中の皮膚が宇宙服に変わってしまい、ついには宇宙へ飛び出してしまうという奇病に引き裂かれた恋人たちを描く。一足出遅れた主人公は、懐中電灯と推進用の消火器を抱えて後を追うのだ。”Mom's Little Friends” では、ナノピープルに占領されたママの体を取り戻そうとする姉弟の苦闘が描かれる。交渉手段は彼らの世界を大きく揺るがすバンジー・ジャンプである。
男女の世界に観測者効果が割り込むと、すれ違いは致命的な結果をもたらす。地球を直撃する彗星を全人類が「見ないこと」でやり過ごそうとする ”No Comet” では、妻はかぶっていたショッピング・バッグを脱いでしまう。”In the Refrigerator” で、自分の世界に閉じこもる妻の真似をしてショッピング・バッグをかぶった主人公は、妻とは別の世界に行き着く。”The Sweater” の主人公は、セーターの中の広大な空間で迷子になりそうになるが、その間に妻はテーブルの下の世界に消えてしまう。
シュールな展開がエスカレートすると、そこには痛烈なホラ話の世界が広がる。鼻の穴の中に巣くうゴキブリを退治しようと悪戦苦闘する ”Home Remedy” は、カフカへのオマージュだろうか。口ひげの代わりに鼻の下にガーター蛇を貼り付けて恋人に嫌われた ”My Mustache” の主人公は、それでも懲りずにまた新たなおしゃれに挑戦する。”The Barber's Theme” では、散髪中のむさ苦しい男の頭髪の中で、猿が群れ遊び、ロシア革命が勃発し、雪原でのラブ・ストーリーが展開する。そして、ジェイムズ・ジョイスを復活させたフランケンシュタイン博士の物語 ”Rejoice” は、支離滅裂なジョイス風の文体で語られる。
他にも、巨大なバーバ・ヤーガに姿を変えてしまった幼友達に、命がけで昔の記憶を取り戻させる滑稽譚 ”Finally Fruit” や、野生の自転車を狩ってサドルから上の肉体部分を食用にしている狩人の、自転車に対する潜在的な憧れを描く ”We Kill a Bicycle” など、異様な話には事欠かない。とくに、テレパシーの利かないお祭り会場で、押し寄せるカミカゼ蜘蛛を避け、吠える金魚の入った巨大な鉢を両手で抱えて、なんとか恋人と頭をくっつけて意思疎通を図ろうとする ”A Holiday Junket” は、ナンセンスの極地である。そして、新生児を持った夫婦の最大の関心事である赤ん坊のオシメから、次々と意外なものが飛び出す ”Poop” の、あまりにもばかばかしい素晴らしさ……。
一方、作者のうまさは、背景を極端なまでに切り詰めた心理的なホラーにも遺憾なく発揮されている。廃棄されたICBM発射用のサイロで、宗教的習慣とは縁のない一群の中年の男女が、意識的に信じることで幽霊を作り出そうとする ”Pretending” では、一組の男女の亀裂が顕現する。いびきがうるさいと恋人になじられた ”Whisper” の主人公は、録音機を仕掛けて眠りにつくが、そこには思いもかけない囁き声が記録されていた。パラノイア・テーマの佳品である。
末尾に置かれた表題作の ”Meet Me in the Moon Room” は、短い中に、この作品集の性格を的確に集約している。三十年後に月面で会おうと約束した学生時代の憧れの女性。二人の道は交錯することなく、数年後に彼女は事故で死んだとの噂を聞いた。だが、三十年後のクリスマス・イヴの今日、彼女からムーン・ルームで会おうという電話が入る。月面を模したテーマ・パークでの再会は、あのころの夢を今の現実に暖かく溶かし込む。ヴクサヴィッチの宇宙では、人と人との心理的距離が、時間的・空間的特性を決めているようである。(2002/11/03)
Wednesday, July 27, 2005
The Artist of the Missing, by Paul LaFarge
カフカといえば、マクスウィーニイ系の作家ラファージュのこの作品もカフカ風の怪しい話です。いつの時代の何処とも知れぬ名前のない大都市に田舎から出てきた若者の物語なんですが、その若者の困惑を追っていくと、しだいに不条理の迷宮へと絡み取られていくのでした。
一緒に田舎から出てきた相方が、全財産を持って駆け落ちしてしまったため、洗濯夫として働くついてない主人公は、死体の写真専門の女性カメラマンと知り合いになります。ところが、二人で街を出ようと話していた矢先に、彼女は失踪し、若者は彼女を探して迷路のような街中を彷徨い歩く羽目に。
たまたま失踪人を抱える人々の集まりに行き当たった主人公は、絵の才能を活かして、請われるままに尋ね人のポスターを描くことに。ところが、これが警察の逆鱗に触れ、不定期刑の監獄生活を送ることになります。他にも『不思議の国のアリス』を思わせるようなナンセンスな法廷シーンとか、等身大の人形を作る工場の話とか、主人公は遍歴を繰り返すわけですが、結末はメタフィクショナルなところへ。
まあストーリーやキャラクタで読ませるというよりは、微妙にずれたイメージによって形作られていくいびつな街の姿がいちばんの魅力ですね。作者はパリに留学していたということで、19世紀のパリを舞台にした作品も書いていますが、ここに出てくる無名の大都市は、むしろベルリンの壁崩壊前の旧東欧の都市の印象ですね。さもなければ『1984年』のイメージ。作品自身もちょっと昔のヨーロッパの小説のような手触りです。
The Book of Flying に対するコメントで、quark さんはジェネリックな中世のイメージに混じる不協和なアナクロニズムを指摘されてましたが、この作品はジェネリックなイメージを混ぜ合わせた捉えどころのなさが浮遊感をかもし出していて、外れた音色も楽しく聞かせてしまうメシアンみたいなところがありました。そう、カフカと違ってかなり軽いというか。同じオフビートな遍歴ものということで、読み比べてみるのも楽しいかも……と思うんだったら読みなさい>自分。
この作品、表紙で見られる木版画調の絵が各章に入っているんですが、そちらのほうはちょっとキュービズムがかかった感じで、う~ん、あんまり好みのタッチではないので微妙なんですが、裁ちっぱなしの不揃いな小口にフレンチ・フラップと、なかなか頑張った造本になってます。かなりお薦めですね~。
"Insect Dreams : The Half Life of Gregor Samsa" by Marc Estrin
us hc: 0399148361
us pb: 0425188604
us pb: 1932961097 (2005/10)
主人公の名はグレゴール・ザムザ。ある朝目覚めたら超特大のゴキブリになっていたという、不幸この上ないあの男だ。その醜い姿は家族からも嫌悪され、何の咎もないのに父親から林檎を投げつけられたこともある。カフカの『変身』によれば、ザムザは誰にも顧みられず、身体に埃を積もらせゴミを絡ませたまま、飢えのため敢えなく死んでいった……はずだった。
一九一五年ウィーン。サーカスの興行師アマデウス・ホフヌンクのもとに、是非見せたいものがあると持ち込まれたのがザムザだった。奇物蒐集癖のあるアマデウスは、人間と同じ大きさの言葉を喋るゴキブリ男を大層気に入る。こうしてザムザはほかの異形の団員と共に、アマデウスの見世物小屋で第二の人生を歩み始めることとなる。そして知的なゴキブリは瞬く間にサーカスの人気者になる。
世界の中心が老欧州大陸から新興国家アメリカに移るのと同じ頃、ザムザはサーカスを捨て、単身アメリカに渡った。右も左も分らない彼は、ひょんなことからエキセントリックな作曲家アイヴズと知り合い、彼の経営する保険会社に雇われる。ザムザはそこでリスク・マネジメントの研究に没頭するのだが、それがきっかけであれよあれよと言う間にルーズベルト大統領のブレーンにまで登り詰めてしまう。そして米国が第二次世界大戦に参戦するや、マンハッタン計画が進むロスアラモスへと派遣され、ナチス・ドイツに対抗して開発中の原子爆弾の、環境への影響を調査することになる。ところが彼の地で高名な物理学者たちと交流し、またインディアンのプリミティヴな文化に触れたことによって、ザムザは核に対する不安感を徐々に募らせ、初の核実験の日が刻々と近づくなかで自分なりの結論を出し、とうとう行動にでることを決意する。
心と身体に深い傷を負うインテリゴキブリのザムザが、感動し、恋をし、悩みながら、二十世紀前半の歴史を所狭しとせわしなく駆けめぐるこの物語は、そのハチャメチャなストーリー展開と、ウィットに富んだコミカルな筆致で間違いなく読者を楽しませてくれる。チェロ奏者でもある作者の、リズミカルでリリカルな文章も魅力的だ。物語のそこかしこに音楽的モチーフが多く散りばめられ、実際にいくつかのエピソードではよく知られた楽曲が効果的に使われている。これらが物語全体を、叙情性に富むひとつの交響楽のように仕上げているのだ。
ザムザは、ウィーン、NY、ワシントンDC、ロスアラモスと拠点を移すたびに多くの実在の人物たちに出会い、互いに影響を与え合っていく。登場するのは変わり者や、社会からのはみ出し者がほとんどだ。哲学者ウィトゲンシュタイン、音楽家兼保険屋チャールズ・アイヴズ、女性人権活動家アリス・ポール、進化論を教えて罪に問われた生物教師スコープス、理論物理学者アインシュタインやオッペンハイマーなどなど。彼らは世間からどう思われるかには頓着せず、自分の頭で考え、自分の信じたことに突き進んで行くタイプの人間たちだ。作品中ではひどくデフォルメされているものの、その人間性は損われることなく、私たちが知るよりも実に生き生きと描かれている。
本書は、ただのスラップスティックや、二十世紀前半の懐古小説には終わらない。「元ユダヤ人」「人間の嫌う害虫」「強いドイツ語訛りの移民」という三重苦と、トラウマとなって時々ひどく疼く背中の傷に悩むザムザの、自己探求の物語でもあるのだ。心身に痛手を負う彼であるからこそ、社会的弱者に向ける目も温かい。しかし、なによりこの作品のアピールするところは、アメリカ初の原爆実験に際し、核所持の必要性と正当性に思い悩むザムザの姿にあるだろう。現代人にとってこれは、十分な証拠のないままイラクに侵攻し、戦後処理と復興の主導権を握って采配を振るアメリカに対し、疑問を抱きつつ何もできずにいる己の姿に重ならないだろうか。そう、この小説は荒唐無稽なファンタジーを装った寓話なのだ。
Insect Dreams、虫けらの夢、理想主義者ゴキブリ・ザムザの夢……。いや、これは大きな時代の流れに逆らえない、ちっぽけな人間の無力で果敢ない夢だろうか。
アメリカ・ヴァーモント州在住の著者マーク・エストリンはこの小説で、歴史的事実に虚構を巧みに織り込み、独特のユーモアで軽快に文章を綴りながら、普遍的な社会問題について問うという難事を、いとも軽々とやってのけた。さぞかし老練な作家と思いきや、本書が彼のデビュー作というから驚きだ。今後どのような作品を私たちに届けてくれるのか、今からとても楽しみだ。(2003.12)
Tuesday, July 26, 2005
Kensington Gardens, by Rodrigo Fresan
ケンジントン・ガーデンといえばピーター・パンで有名な公園ですけど、この作品もピーター・パンと作者のジェイムズ・バリを題材にした物語のようです。昨年はピーター・パンが書かれてから 100周年ということで、このところそれにちなんだ物語や伝記が登場してますが、この作品もそのうちのひとつかと思えばちょっと違うようですね~。
まず第一に作者のロドリーゴ・フレザンはアルゼンチン人。南米出身の作家がイギリスを舞台にするというのは、パディーリャなんかとも関係あるんでしょうか。ううむ、作品がかなり怪しそうというのは、表紙を見れば一目瞭然ですね^^) ハイド・パークのピーター・パンの銅像を挟んで、サイケデリックな背景に並ぶのはジョン・レノンとボブ・ディラン、作者の名前を取り囲むのは地下鉄のマークですね。物語のほうは、バリを主人公にしたパートと、ロック世代の両親に育てられた成功した児童書作家ピーター・フック(!)の現代のパートが二重写しになったもののようです。フックの書く物語の主人公がタイム・トラベラーのジム・ヤングで、日本人のヒロインによるその映画化というところがやはりピーター・パンの舞台化に重ねてある様子。まああらすじだけではどんな作品なのかピンときませんが、奇妙な取り合わせにちょっと期待。
Monday, July 25, 2005
The Separation, by Christopher Priest
uk hc: 0575070021
uk pb: 057507003X
プリーストの名前をだしたので、ついでにレヴュウを引っ張り出しました。
2002年のイギリスには、第二次大戦をもう一度見つめ直す契機がなにかあったのだろうか。偶然にも、ジャンルを代表する二つの作品が、現状に対する直接のコメンタリとしても読める戦争文学の傑作なのである。一つは、空襲で瓦礫と化したコヴェントリの戦後の復興に、死との対比で生の普遍的な意味を探るグレアム・ジョイスのThe Facts of Lifeで、もう一つが、ありえたかも知れない歴史との相互作用から、現実の危うさと一個人の意義を描いたプリーストのこの作品である。
どちらもファンタジイ/SFの道具立てを使いながら、テーマの点でもストーリーの面でもジャンルを超越し、一般小説的な手触りを強く感じさせ、ブッカー賞やウィットブレッド賞の候補に挙がっても違和感がない。とはいえ、作者がメインストリームに歩み寄ったというよりは、ジャンルのトップ・クラスの作品が、小説としても高みに達していることを示すものとして、ジャンルの読者としては素直に喜びたい。
物語は、1940年代の歴史を調査する現代の作家の元に、当時の飛行兵J・L・ソウヤーの回想録が持ち込まれたシーンから始まる。作家の記憶によれば、J・L・ソウヤーは兵役忌避者として赤十字の活動に当たった人だった。とするとこのソウヤーは別人なのか、それとも同一人物が飛行兵として活躍した時期があったのか。だが、手書きの回想録は、奇妙な記述で満たされていた。イギリスとドイツの抗争は第二次世界大戦へと発展し、一九四五年まで続き、多くのユダヤ人が虐殺された……いや、戦争は四一年に回避され、ユダヤ人はマダガスカルに移された。それではこの手記は狂人の戯言か……。
作家の棲むもうひとつの現実から始まった物語は、ジャックとジョウという同じイニシャルを持つ双子の手記の形で、それぞれの戦争との関わりをたどる。ドイツ人を母に持つ二人は、三六年のベルリン・オリンピックへ遠征し、かじなしペアのボート競技で、ルドルフ・ヘスから銅メダルを授けられた。帰りの彼らの車には、ジョウの手により、ベルリンでの下宿先のユダヤ人の娘、ビルギットが隠されていた。
時は下って1941年、愛国心に富むジャックは飛行兵としての一歩を踏み出し、ビルギットと結婚した平和主義者のジョウは、大空襲の中、赤十字の職員として瓦礫の中を駆けずり回っていた。だが、救急車への直撃によりジョウは亡くなり、重い心で出撃から戻ったジャックは、意外な話を聞かされる。ナチスの副総統ヘスが、平和交渉のためスコットランドに降り立ったというのである。ヘスの素顔を知るジャックは、首実検へと呼び出される。彼の下した結論は替え玉だというものであった。以降は史実の語る通り、戦局は悪化の一途をたどり、ヘスは八七年に死亡するまで、獄中から解放されることはなかった。
いっぽう、ジョウの歴史軸では、事態は別の方向へと向かっていた。爆撃機の墜落によりジャックを亡くしたジョウは、救急車の事故を生き延びて、ドイツ語を話せる赤十字職員としてヘスに接することとなる。やつれてはいるものの、そこにいるのは紛れもなくヘスその人であった。チャーチルと掛け合ったジョウは説得に成功し、戦争は終結した。以降、世界の状況は、冒頭の歴史作家が認識する道筋をたどることとなる。とはいえ、ジャックとジョウの二つの世界へと分離した歴史軸は、互いの思いやビルギットを巡る三角関係を通じて、微妙に干渉し合い、時折歴史家を悩ますような混乱をもたらした。
枢軸側が勝利した虚構の世界に現実が透けて見える、フィリップ・K・ディックの『高い城の男』をどうしても思い出してしまう作品である。だが、プリーストが取り組んだのは、分岐の「結果」を描く改変歴史ものではなく、当時の周辺状況を踏まえ、分岐の「経緯」からもう一度過去を評価し直してみようという試みだった。作者によれば、イギリスの圧力がナチスを自暴自棄に走らせたのであり、もし静観していれば、生産力を持たないナチスは、ソ連との抗争で疲弊し、ほどなく内部崩壊したはずだという。この分析の正否はさておき、「勝てば官軍」、「歴史は勝者が記録する」式の結果論だけでは、水面下のダイナミズムや、名もない一個人の働きは見えてこない。ひとりの人間の相反する二つの側面の相克を描いたとも読めるこの作品の、現時点に置ける意義は大きい。(2004/01/12)
Ignacio Padilla
ラテン・アメリカの風土に根ざした伝統的なマジック・リアリズムに反発して、メキシコでは新世代の作家たちによって「外」に目を向けた "crack" ムーヴメントが展開しているそうだが、イグナシオ・パディーリャはその動きを代表する作家で、現在2冊の英訳書が入手可能になっている。
たしかに短編集の Antipodes に登場する舞台は、アフリカから中近東、中央アジアから中国へと広がっており、従来のラテン・アメリカ文学とはまったく印象の異なるものとなっている。虚構性の打ち出し方も、単に誇張された雰囲気描写で行うのではなく、エキゾチズムに根ざしたリアリズムと論理的な状況設定によるもので、かなりヨーロッパ的といえようか。とはいえ、コロニアル文学とパルプ・フィクションをないまぜにしたかのような作風は、結果としてかなりの幻想性を持つ。
Antipodes のタイトル・ストーリーも、ゴビ砂漠で遭難したスコットランドの技術者が、狂った頭で幻視したエディンパラが現実になる物語で、超自然的な要素を使わずに組み立てたファンタジイとでも呼べそうなダイナミックな作品となっていて、この短編だけでも短編集を買って惜しくない傑作である。ただし、全体として眺めると理知が勝ちすぎているきらいがあり、感情的訴求力が薄い作品が並ぶのが少々退屈ではある。とはいえ、租界があったころの上海を舞台に、六つの生首を持った中国人を追うイギリス人外交官の探索を描いた The Chinaman with the Heads のように、舞台とストーリーとアイデアがぴたっと決まった場合には、えもいえぬ感動を引き起こす。
いっぽう、長編の Shadow Without a Name は、第2時大戦下のドイツから戦後のブエノス・アイレスまで、ナチの戦闘に関わった4人の男の数奇な運命を、チェスの勝負による人物の入れ替わりをキーにして語った奇妙なスリラーである。アイデンティティの入れ替わりの妙ということでは、トルコのオルハン・パムクの英訳本 The White Castle や、やはり第2次大戦を背景にしたクリストファー・プリーストの The Separation などを思い起こさせるが、パディーリャの場合残念ながらその設定が生かされているとはいいがたい。翻訳のせいもあるのかもしれないが、平板な登場人物たちのかなり退屈な人生が淡々と語られるだけで、アイデンティティ喪失で作者が意図したであろう悲しみの領域や、運命の皮肉な側面に十分に踏み込めていない印象なのだ。ここでも理知が勝ちすぎたのが敗因といえるかもしれない。
とはいえ、情緒に流れるマジック・リアリズムに、硬質の論理性で対抗する姿勢はパワフルなもので、エキゾチムと物語性が幅を利かせていた大時代的な物語を、現代の感覚で語り直したかのような作品群は、たしかに新しい動きを感じさせる。今後の動向が要注目の作家である。
"Crossover Novel"
"crossover novel" という表現は、イギリスでメインに使われているようですが、マーク・ハッドンの『夜中に犬に起こった奇妙な事件』の大ヒットのころからよく目にするようになったもので、大人にも子供にも受ける本という世代のクロスオーヴァーの意味で使われています(ちなみに、ハッドンの本は大人版と子供版が異なる出版社から同時に出版されました)。ヤン・マーテルの『パイの物語』や、最近ではメグ・ローゾフの『わたしは生きていける』が代表的な作品となります。
Ten Sorry Tales, by Mick Jackson
『穴掘り公爵』が面白そうなんで、例によって積読にしてるんですが、新作がこの表紙では買わないわけにいきませんね^^) フィリップ・アーダーの作品でよく見かけるデイヴィッド・ロバーツの絵でしょうか……あ、やっぱりそうだ。作者のサイトには作者の似顔絵もありました。グリムとゴーリーとダールにティム・バートンが引き合いに出されてては、かなり期待してしまうぞ。大人も子供も楽しめるクロスオーヴァー・ノヴェルみたいですね。
Sunday, July 24, 2005
"The Big Over Easy" by Jasper Fforde
uk hc: 0340835664
us hc: 0670034231
翻訳も2巻まで出ている文学刑事サーズデイ・ネクスト・シリーズの原書は、The Eyre Affair、Lost in a Good Book、The Well of Lost Plots、Something Rotten と、毎年1冊の割合で刊行されてきましたが、残念ながら今年はお休みだそうです。その代わりに出たのが、ナーサリー・ライムの世界を舞台にした新シリーズ The Nursery Crime series の1作目 The Big Over Easy です。
Humpty Dumpty sat on a wall,
Humpty Dumpty had a great fall;
All the King's horses, and all the King's men
Couldn't put Humpty together again.
(ほかにいろいろなヴァージョンあり)
……というのはご存知マザー・グースのハンプティ・ダンプティ。でも、彼が何故塀から落ちたかは謎に包まれたまま。もしかすると殺人事件かもしれないのに、放っておいていいのでしょうか? 童謡のキャラにも人権はあるはず! そこで(弱小・低予算)ナーサリー・クライム部のメアリ・メアリとジャック・スプラットが捜査を開始します。ジャスパー・フォードのサイトを見ると、ハンプティのしょうもない検死報告書の絵とかあって爆笑、相変わらずお遊び満載ですごく楽しそうです。
う~ん、でも UK 版と US 版、どっちの表紙にしようかな~。と、相変わらず迷ってて、まだ注文してないんですよね~。
Saturday, July 23, 2005
"This Tragic Glass" by Elizabeth Bear
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本作品の冒頭に引用されているのは、ティムール大帝の生涯を描いた戯曲『タンバレン大王』からの一節だ。作者である詩人で劇作家のクリストファー・マーロウは、無神論者で、放蕩者の男色家、そしてエリザベス一世のスパイだったとも伝えられている。その彼が、実は「彼女」だったと言われても、いったい誰が信じられよう。
二一一七年ネヴァダ州ラスヴェガスの大学の研究室で、コンピュータ画面を見つめていたブラーマプートラ博士は自分の目を疑った。作品の文章から作者の性別を判断するソフトが、マーロウを女性と認識したのだ。確かに女性が男性の筆名で文章を書くことは過去にあったし、その逆もあった。しかし、マーロウがその一人だったとは! 実際、彼が男だったという決定的な証拠は残されていない。あれこれ議論を重ねる研究者たちの大騒ぎと同時進行するようにして、一五九三年五月のある日、二十九歳のマーロウは馬に乗ってエレノア・ブルの酒場へと向かう。歴史書によれば、同日彼はそこで殺されるはずだった。だが、お手上げ状態の博士らは、本人に会って確かめるしかないという結論に達し、マーロウを暗殺の場から救い出し、約五百年後の世界に連れてくる。
当然のことながら生物学的な性はすぐに判明する。そのあまりの呆気なさから、読者は物足りなさを感じるかもしれない。だがこの空騒ぎからは、個人の付帯的な事柄に左右され、作品を書いた人間の本質を見ることを忘れた人々への、作者の疑問が見て取れる。人の判断力を曇らせるのは性別に限らない。中央アジアに大帝国を築いたティムールは貧しい羊飼いの生まれだし、その一生を書いた英国演劇界の寵児マーロウは靴職人の家の出だった。また、作品のラストで、美しい若者とインド系の中年女性との間に芽生えた愛を暗示することによって、作者は人種と年齢差という壁にさえ挑んでいるように思える。ルネッサンス期の戯曲に夢中というベアは、時代を超えただけでなく、性別・階級・人種・年齢を超越して、人間の本質を見ることを促した意欲的な作品を書いた。(2004.04)
Cloud Atlas, by David Mitchell
uk hc: 0340822775
uk pb: 0340822783
us pb: 0375507256
英米のSF/ファンタジイ系の読者の間で、時々名前の上がるデイヴィッド・ミッチェルという純文学畑の作家がいる。幻視的な連作短編Ghostwritten (1999)でデビューし、最近まで滞在していた日本を舞台にしたnumber9dream (2001)でブッカー賞の候補に挙がり、イギリスの四〇才以下の若手作家二十人を選ぶグランタのリストにも名を連ねるという典型的なメインストリームの注目株だが、意外にも、新作は本格的なSF大作となった。
ロシア人形のマトリョーシカのように、物語の中に別の物語を包み込んだ入れ子構造によって語られる、一九世紀の航海記から現代小説を経て遠未来のディストピアへと至る六つのエピソード……。なにやら記号だらけでプロットのない人工的な実験小説をイメージさせる設定だが、それとは裏腹に、ここに展開されるのは、豊かな語り口によるごくごく人間的なサスペンスたっぷりのドラマである。
最初の物語は、ダーウィンの『種の起源』が書かれるきっかけともなった一九世紀の南太平洋を舞台に取り、あるアメリカ人の航海日誌という形で、白人のマオリ人に対する圧政、そのマオリ人によるモリオリ人の虐殺という弱肉強食の図式を描いていく。だが、ストーリーは不意に中断され、第一次大戦後のベルギーを舞台にした、作曲家志望の青年のピカレスクに取って代わられる。一連の手紙によって綴られた、作曲家ディーリアスとその弟子フェンビーをモデルにしたという青年の野望と挫折の一幕は、この作品の構造を投影した「六つの独奏楽器によるクラウド・アトラス六重奏曲」を生み出す。
舞台を現代に移した第三の物語は、原子力発電所にまつわる陰謀に挑む女性ジャーナリストの活躍を、アクションたっぷりに描いたジョン・グリシャム張りのサスペンスである。続く第四の物語は、海千山千のロンドンの出版社社長が、たまたまベストセラーを引き当ててしまったため、ギャングに追われ養老院に幽閉されるスラップスティック。饒舌な語りによる出版業界に対する皮肉と、カフカを思わせる不条理な世界の取り合わせが、いかにもイギリス作家らしい一編である。
近未来の韓国を舞台にした第五の物語は、ファースト・フード店の従業員として育成されたクローンが、自我の目覚めにより断罪される経緯を尋問形式で描いている。様々なブランドと消費主義に彩られた社会での二級市民の悲哀は、映画「ブレードランナー」を思い起こさせる。最後の物語、つまり作品全体では真中に位置するエピソードでは、舞台は再び南太平洋に戻る。言葉さえもが大きく変化した遠未来、人々はまた部族社会へと退行し、過去の栄華は伝説の片隅に残るにすぎない。
弱者を踏み台にした進歩幻想を追う人類の行く末を芯に据えた物語は、ここを折り返し点に、また逆の順番で個々のストーリーの結末を明らかにしていく。作者のメッセージはあっけにとられるほどシンプルでストレートなものだが、結末に至るまでの蓄積は、有無を言わせぬ重みを持つ。
特筆すべきは、個々のパートがジャンル小説の形式を忠実に踏襲しているという点である。六つのジャンルの異なる中篇が、それぞれに相応しい文体で語られているのだ。また、個々のエピソードは、航海日誌→手紙→本→映画→電子記憶という,記録メディアの発達を追うような形で、直前のエピソードを次の物語の主人公が読んだり見たりする構造になっている。最後のエピソードは主人公が息子に物語を語る口承の形式を取る。作品全体が、人々の生きた証を後世に伝える、「語り」と「媒体」をサブテーマとした変奏曲でもあるのだ。
さらに、主人公が共有する流れ星の形の痣で、六つのエピソードが、輪廻転生による同じひとつの物語であることが示唆されている。「クラウド・アトラス(雲の地図帳)」という印象的な題名も、移ろいながらも、常に海と空とを循環している雲の流れを、魂の連続になぞらえたものである。
このところ、キム・スタンリイ・ロビンスンやニール・スティーヴンスンの近作にも見られるように、複数のジャンルを包含した年代記風の歴史ものに、輪廻転生的な仕掛けを施し、世界と現代を立体的に描き出そうという大作が増えている。いや、日本人にとっては手塚治虫の『火の鳥』で既におなじみの形式だろうか。時代が大きな物語を求めているのかもしれない。(2004/05/12)
Friday, July 22, 2005
"The Clerkenwell Tales" by Peter Ackroyd
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イングランド王リチャード二世時代のロンドンでは、民衆が重税で苦しむ一方で、教会は堕落し腐敗しきっていた。「ロンドンは五回火事に見舞われ、五人が命を落とすだろう」ある日、クラーケンウェルの年若い修道女が、不思議な預言をする。「五」は磔刑になったキリストの傷口の数。初期キリスト教を象徴するのは、重なった五つの輪だ。神が修道女の口を借りて警告を発しているのか、それともただ彼女の気がふれているだけなのか……。
本書から漂ってくるのは、ロンドン中世の猥雑で危うい騒ついた空気だ。巷では教会への不信から厭世観と終末論が蔓延し、その陰で教会や神の救いを否定する刹那主義的な宗派がひっそりと集会を重ねていた。王は人心を失い、しかも国外では後にヘンリー四世となるボリングブルックが失地回復を狙う。後世の宗教改革や、ヨーク家とランカスター家が争う薔薇戦争へと続く萌芽がここにあった。このように歴史的に重要な時期を、綿密な時代考証をもとに、ミステリの味つけをして再構築したのがこの小説だ。宴席に並ぶ品々、医者の診断の言葉の端々からも、中世の人々がどんなものに囲まれ、どんな思想を持って暮らしていたかが窺え興味深い。
十四世紀の作家チョーサーは、各社会階層からの巡礼者が一人ずつ話を披露するという形を取って当時の生活を語った。現代人アクロイドは、各章題をその『カンタベリ物語』に倣い、きな臭い中世ロンドンを細部にわたり本書の中に忠実に再現している。(2003.09.20)
"Shadow of A Broken Man" by George C.Chesbro
ロバート・フレデリクソン博士を主人公とした私立探偵シリーズの第1作。
まず主人公の設定が普通じゃない。「小人」として生まれ、サーカス団で育った彼は、"Mongo the Magnificent"の芸名で大スターとなる。しかしスターの座に満足することなく、大学で犯罪学の学位を取得。ニューヨークの大学で教鞭を取るかたわら、私立探偵業も営むという変わり者だ。
5年前に姿を消した男の行方をめぐって、関係者に尋ねてまわる序盤は手堅い作り。ポルノ映画の撮影所から、国連本部まで、幅広い階層で聞き込みを続けるうち、失踪した男をめぐる異常な状況が徐々に明らかになり、同時に生真面目で誠実な探偵の横顔も見えてくる。
しかし、消えた男は超能力者だったんじゃないかという疑惑が浮上するあたりから、物語は異様な展開を見せはじめる。関係者が次々と姿を消し、米ソ英仏の情報局員が暗闘するエスピオナージュへと変容するのだ。サーカス仕込みのカラテ技で健闘するモンゴだが、プロにかなうはずもなく、ソビエトの情報局員に拷問を受けて、心に深いトラウマを負ってしまう……。
***この後は、ネタバレを含むので、自分で読もうという奇特な方は読まないでくださいね***
実は、この超能力者、トリックでもなんでもなく、ほんとに実在しちゃうのである。
一見、超自然的としか思えない不可思議な事件の背後に、合理的な解決法を見出すのが本来の探偵小説なのだが、モンゴの世界ではこの常識は通用しない。
ラストに至っても超能力者は存在する。死んでしまって、やれやれということもない。
彼はその力を悪用するわけではなく、人類のために使っている。だから、このままそっとしとくほうがいい。それが結論。
この調子でいったら、3巻目くらいで、「宇宙人たちがひそかに人類に混じり、地球上で暮らしている。彼らは愚かな人類たちが戦争を起こさないように見張っている。だから、このままそっとしておくほうがいい」とかって、なるんじゃないだろうか。
心配なので、もうちょっと読んでみることにします。
"The Book of Flying" by Keith Miller
異世界を舞台としたイニシエーション・ストーリーとまずは呼べるでしょうか。
誰も本を読まない街で図書館司書をしている主人公のピコは、自らも詩を書くナイーブな青年。そんな彼が、翼を持つ少女に恋をし、そして破綻するところから物語は始まります。
この世のどこかに、翼を得る方法を書いた本"The Book of Flying"というものがあるらしい。そんな噂をたよりに、旅に出た主人公が、旅の途上で様々な人と出会い、経験を積み、ついには目的の地にたどり着く……かどうかは、ともかく、昔から延々と繰り返されてきた物語の王道。バンヤンの『天路歴程』、メーテルリンク『青い鳥』から松本零士『銀河鉄道999』まで、みんな同じ話型。こういう話の場合は、いかに魅力的な人物やエピソードを繰り出せるかってとこに、すべてが懸かってるんですが……。
どうも、この本の場合は失敗しているとしか思えません。盗賊団の女首領、橋の管理人をしているミノタウルス、夢を売る女、博物学者の兎、等々、一見それらしい設定ではあるものの、どいつもこいつも印象が薄い。キャラが立ってない。そもそも主人公のキャラが立ってないからして、これではどうにも面白くなりようがない。何だろうこれは……?
Amazon.comの読者評ではマーヴィン・ピークの『タイタス・アローン』に譬えたものもあったけれど、感触としてはパウロ・コエーリョの『アルケミスト』に一番近いかも。ただコエーリョみたいに、思わせぶり象徴的に書くことで、読者に何かしら大切な真理を学んだようにさせるという戦略すら感じられず、どうもこの作者は自分のお気に入りの玩具を並べてみただけのような気もします。
ただ、後半にいくほど上手くなってるのはわかるし、エンディングは意外にしっかりしていて、読後感は悪くない。もう5冊ほど書いたら、いい作家になるかもね。
Thursday, July 21, 2005
Montmorency and the Assassins, by Eleanor Updale
モンモランシーといえばあの『ボートの三人男』に出てくる世界一賢く勇敢な(笑)フォックステリアかと思えばさにあらず、こちらのモンモランシーはなんと泥棒なんですね。1作目の Montmorency で、警官に追われて屋根から落ちて重傷を負ったモンモランシーは、天才的外科医の革命的な手術の実験台となり見事甦ります。外科医の大学での講義に見世物として引っ張り出され、そこで見聞きした最新の下水道設備の知識を身につけたモンモランシーは、牢獄から解放されるやいなや、昼間は目立たぬ中年紳士、夜は下水道を思うままに行き来する凄腕の泥棒という二重生活を始めます。そう、これは19世紀末の暮らしの匂いがぷんぷんするロンドンを舞台にした物語なのでした。
とはいえこのモンモランシー、暴れ馬の暴走からある貴族の命を救ったことから、転機が訪れます。諜報部員を束ねるこの貴族、モンモランシーの裏の顔を知ってか知らずか、その身軽な身のこなしと度胸を見込んで、きな臭くなってきた欧州中部のある小国にまつわる陰謀に、工作員として狩り出します。泥棒紳士の物語はルリタニアものの冒険活劇へと展開していくのでした。泥棒紳士といえば、テンプルやバーニイの前にラッフルズという有名な探偵がいたそうですが、ラッフルズふうという評価もされてますね(そういえば最近翻訳が出たようですが)。
じつはこの作品、YAものとして出版されたんですが、児童書的な要素はほとんどなく、大人を主人公とした歴史アクションものなんですね。モンモランシーも、1作目では盗みの誘惑をもてあまし、2作目では潜入したトルコの阿片窟で覚えた麻薬の禁断症状に苦しんでいるというありさま。とはいえ、影のある主人公とユーモアをまじえた語り口は、大人の読者も納得させると同時に、子供でも十分に楽しめるものになっています。そうだよねー、アルセーヌ・ルパンに『紅はこべ』、『ゼンダ城の虜』といえば、小学生から中学生にかけて夢中になって読んだ作品ですもんね。
ちなみに2作目の Montmorency on the Rocks は、孤島を舞台にした本格的なミステリとなっていて、一念発起して小児科の医師として働く外科医と、ボスの貴族、モンモランシーの友情を核とした物語が楽しめます。まあ、謎解きにこだわりすぎて、型破りな部分が少々押さえられてしまったきらいがありますけど。
3作目のこの作品は、インフルエンザの流行を背景に、イタリアでアナーキストの謀略に巻き込まれた20年後のモンモランシーの活躍を描いたものとのこと。なんとなくジョーン・エイキンのストーリー・テリングを思わせるこの作家、エイキン亡き後、こっそりと大事にしまっておきたい作家のひとりです。モンモランシーという名前も最高だし^^)
"The Empire of Ice Cream" by Jeffrey Ford
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バースデイ・ケーキのろうそくを吹き消す――この匂いはヴァイオリンのバス音。ギターの旋律は金色の雨になって目の前を降り注ぐ。数字の八は萎れた花みたいに臭い……。主人公ウィリアムのように、匂いを聴き、音を見、映像を嗅ぐ者を、共感覚者と呼ぶ。これは、ある刺激に対応する本来の感覚に副次的な感覚が伴う現象で、百万人に九人がそんな能力の持ち主だという。
幼い頃、妙なことを口走るウィリアムは、心理学者や精神科医のもとを連れ回され、教育も家で受けたため友人がいなかった。十三歳のとき初めて親の目を盗んで行ったのが、少年少女の溜まり場になっているアイスクリーム屋だ。彼は疎外感を味わいながら、カウンターでコーヒーアイスクリームを注文する。コーヒーは、身体に悪いと医者から禁止されていた。勇気を出して二匙を口に運ぶ。すると突然現れたのがアンナだった。共感覚で見えるのは、ふつう抽象的な形や色だけだ。だが、その後も苦手なコーヒーを口に含んでいる束の間、彼はアンナの姿を見ることができた。
共感覚者への理解が進むと、音楽的才能に恵まれたウィリアムは音楽学校で作曲を学ぶようになる。物語の後半は、彼が取り組む二声のフーガに同調しながら幻想的に語られていく。フーガの主題と応答をウィリアムとアンナになぞらえ、物語をドラマティックに織り成す作者の技法は見事だ。ウィリアムの曲想通りに二人の関係が徐々に複雑化し、緊迫度が高まって渾然一体となり、ついに運命論的結末に至るのを、独特の浮遊感に囚われ、虚無感に包まれながら、スリリングに辿ることができる。fugueは精神医学用語でもあり、要所要所に出てくる書名にもこの文字が隠されている。本筋もさることながら、このような様々な仕掛けや遊び心が読者の想像力を刺激し、結果的に読後にも長く余韻を残す奥行きのある作品に仕上がっている。音楽と絵画的素材によって美しく彩られたこの物語は、共感覚者でないものにも音が聞こえ、絵が見えてくる不思議な魔力を持った秀作だ。(2004.04)
Wednesday, July 20, 2005
The Logogryph, by Thomas Wharton
『サラマンダー』の邦訳のあるトマス・ウォートンの第3作。じつは、『サラマンダー』は積読のままなんですが、最初の長編の Icefields がなかなかよかったんで、「本についての本」だというこの The Logogryph も読んでみました(いちおうアメリカのアマゾンには表紙があります)。
長編とはいいながら、少年のビターな思い出という枠物語に挟まれた中身は、架空の本の断片という体裁の掌編集です。本にまつわる様々なエピソードを、ユーモアとファンタジイを交えて語ったという感じでしょうか。マジカル・リアリズムというよりは、メタフィクショナルな遊びを利かせたトール・テイルですね。
本の余白を使って戦う顔を合わせたことのない二人の本好きの話とか、現代アトランティス文学の概説とか、なかなか楽しい vignette があって、本との付き合い方のいろいろな側面に気づかされるんですが、トーンがまちまちのため一体感が薄く、枠物語の部分もいまひとつですね。全体の総和がそれ以上ではないというやつ。長編ではなく短編集として割り切って、好みの作品を探しながら読むのが正しい読み方かも。
小出版社によるペーパーバック・オリジナルなんですが、装丁が凝っていて、日本の文庫本ぐらいのサイズにカバーがついていて、アマゾンによればスリップケースに入っていることになってます。しかしながら豪華版を期待すると大きな間違いで、この「スリップケース」の実体はペラペラの腰巻をタテに巻いただけの代物^^) まあ本文にはカットも入ってますし、コストはかけずに丁寧に仕上げたかわいい本ではあります。マットな手触りの自然志向の紙の使い方もいいですね。
236ページとはいいながら、たっぷりスペースを取った印刷で、普通のペーパーバックだったら半分位の長さでしょう。のんびりと少しずつ読むのが向いているかもしれません。
"Yume No Hon: The Book of Dreams" by Catherynne M. Valente
デビュー作 The Labyrinth で異色の才能を垣間見せたヴァレンテの2作目 Yume no Hon: The Book of Dreams が発売されました。表紙は2色で青版と赤版があり、内容がほんの一部微妙に違うらしいです(但し、好きな色を選べるのは Wildside Press での購入のみ)。
表紙の絵とタイトルから分かるように舞台は中世の日本で、主人公は幼少の頃に村を滅ぼされ、近くの山に隠棲する老女アヤコ。神道、ギリシャ数学、ハワイやエジプトやバビロンの神話、果ては量子物理学までが混ざり合って……と、何が何やらよく分りませんが、なんだか面白そうです(前作 Labyrinth より取っつきやすいと聞いて、ちょっと安心)。
ちなみにヴァレンテは古代ギリシャ語に精通しているとか。また、夫の仕事の都合でつい最近まで3年間日本(横須賀)に滞在していたそうなので、そういった文化的背景が作品に活かされているのでしょうね。昨年デビューしたばかりの彼女ですが、Oracles: A Pilgrimage と初めての詩集 Apocrypha も続けて出版されています。
Moonwise, by Greer Gilman
ペーパーバック・オリジナルで1991年に出た作品なんですが、何年か前に読みかけて10ページほどで置いてしまった記憶があります。なにやら捉えどころがない始まり方だったということもあるんですけど、意味がわからないという以前に、見たことがない単語がまるで当たり前の顔をしてずらずらと出てくるんですよね。それもラテン系の造語とか特殊な専門用語とかならまだわからないでもないですが、純英語の単語なんです。
関連作品の "Jack Daw's Pack" という短編から誰かが拾った例を挙げると: laithe, kist, clagg, rantipole, flyte, thrawn, shawm, crowdy, sain, tib, lyke, belantered, flaycrow, bacca …。ううむ、たしかにヘン。まあそのあたりは気分で流しても雰囲気は通じる作品ではあるんですけど。
ちなみに、世界幻想文学大賞受賞の普通の英語で書いた(笑)中編 "A Crowd of Bone" はこちらで読めます。
で、この Moonwise なんですが、今回ハードカバーでリプリントを出す Prime のサイトによれば、推薦の言葉を書いてる顔ぶれがすごいです。
"Moonwise remarkably attempts to compose an entire long fantasy at a pitch and density of language reminiscent of Gerard Manley Hopkins . . . . GIG's deep knowledge of English etymology (including dialectal variations) charges every word with all its possible meanings . . . . Moonwise is a work of inexhaustible richness." —Encyclopedia of Fantasy
"Greer Gilman is a writer like no one else. Many try to employ the matter of myth and folktale, but their tongues are inadequate—Gilman can employ words as the bards of Ireland did, to make realities, and she does it handily, and over and over. Moonwise doesn't resemble a work of the past age—it is the past age come back new, in its clothes and its language and its dark riddling heart. Moonwise simply has no peers."—John Crowley
"Moonwise is an amazing book, a work of genius. It deserves to stand beside Lud-in-the-Mist or the writings of Lord Dunsany as a truly original seminal classic. And yet the most remarkable thing about it is that, amidst its intense and serious magic and its astonishing use of words, it causes you to laugh aloud—quite suddenly, taken unawares by an outrageous pun or an ingenious one-liner. I love this book and admire its nature magic more every time I read it."—Diana Wynne Jones
"There are some books that seem to have existed forever. That when you find them for the first time you are only rediscovering something you had lost, long ago. Hope Mirrlees's Lud-in-the-Mist is one of these; David Lindsay's Voyage to Arcturus is a second; Tolkien's Lord of the Rings is another. Green Ilene Gilman's Moonwise is one of that company. It does not take you to where the dreams start. It is where the dreams start."—John Clute
ううむ、マーリーズの Lud-in-the-Mist (『霧の都』)が引き合いに出されてますね。やはり読まなきゃいけないかな。辞書と首っ引きで……と思ったら、OEDの全巻揃いあたりでないと載っていない単語があるんだそうな^^;
Tuesday, July 19, 2005
Someone Comes to Town, Someone Leaves Town, by Cory Doctorow
8月に第1長篇『マジック・キングダムで落ちぶれて』の邦訳が出るコリイ・ドクトロウ。Boing Boing の人といったほうが有名かもしれないですが。その3冊目の長編のこの本がいいんですよね。1作目より遥かに面白いです。
作者によれば『クリプトノミコン』+『リトル、ビッグ』とのことですが、なにやら不思議な出自の主人公が、死人の弟に悩まされながら、ワイアレスによるフリーのネットワークをトロントの街に広めていく話。なんとこの主人公、父親が山で柴刈り、母親が川で洗濯じゃなくて、父親が山で母親が洗濯機なんですね^^) その弟がまた個性的で、予言者とか、島とか、死人だったりして。で、末っ子の三人がマトリョーシカ。つまり、五男の中の六男の中に七男が納まるという具合。
う~ん、洗濯機のお産のシーンがなんともいえないんですよね。いやまあご想像の通りの情景ではあるんですが、まるで当たり前のように描かれるとかなり笑えます。他にもまあ、隣に住んでる少女の背中には翼が生えてて、邪魔なんで時々切り落としてたりしてるんですよね。
四男坊の死人っていうやつが生まれた時から陰険なやつで、ロシア人形の五六七男坊を誘拐してしまって、これを助け出すのがメイン・プロットのひとつなんですが、ユーモラスでありながらも適度にダークです。作品の感じということでは、『クリプトノミコン』+『リトル、ビッグ』というよりは、グレアム・ジョイスの The Tooth Fairy の思春期ものと、チャールズ・デ・リントのニューフォードを舞台にしたコミュニティものを掛け合わせたみたいな印象ですね。どちらも超自然の邪悪な意志が平穏な日常生活を混乱に陥れるというところで。そういえばデ・リントもドクトロウもカナダ人ですね。メンタリティにどこか近いところがあるんだろうか。ちなみに文章や描写はデ・リントよりも遥かに上手いです。
結末はかなりお約束の感じもしますが、これはもうこのヘンな設定だけで魅力十分です。今年のベストの1冊ですね。
ちなみにドクトロウは Creative Commons による自作のデジタル版のフリー提供を進めていて、今までの長編や短編はもとより、この作品も発売と同時にダウンロード可能となってます。まあデイヴ・マッキーンのカバーが手に入るというだけでも、本を買う価値はあると思いますが。
The People of Paper, by Salvador Plascencia
マクスウィーニイから出ている新人作家のデビュウ作ですが、なにやらお馬鹿で面白そう。えぐさと気まぐれのブレンドなんでしょうか。折り紙で作ったはらわたで猫を生き返らせる少年に、レスラーに化けたカトリックの聖人、赤ん坊のノストラダムスに、土星と戦うカーネーション摘みのギャングたち。機械仕掛けのカメも出てくるみたいですね。マジカル・リアリズムにタイポグラフィーの遊びもあるんだとか。
なんとなく高橋源一郎の『さようなら、ギャングたち』(<最近読んだばっかり)とか薄井ゆうじみたいな感じなんだろうか。
Amazon Shorts
Amazon Shorts なんていわれると、アニマル・プリントのラクェル・ウェルチとか(古い!)、アマゾンのロゴ入りのなにやらとか、つい発想が南のほうに向いてしまうんですが、新しく始めた書き下ろしの短編の販売だとのこと。すべて49セントのデジタル版です。
他では読めない作品ということなんで、気にはなるんですけど、微妙な値段だし中身はどうかな~。未発表ということは単に売れなかったものを引っ張り出してきて……という感じもしないでもないので、よほど気に入った作家の作品でもないと手を出しにくいかも。小説家が書いた作品でも、ノンフィクションみたいのも多いようだし。
ダニエル・ウォレスやオードリー・ニッフェネガーに、ジェイムズ・モロウとテリー・ビッスンなんていう面白そうなものもありますし、ミステリ系ではスチュアート・ウッズやジェイムズ・リー・バーク、SF/ファンタジイ系ではジャック・ダンにマイクル・スワンウィック、ルーシャス・シェパードなんていう短編の名手がセレクトされてます。Shantaram のグレゴリイ・デイヴィッド・ロバーツもありますね。
ううむ、どなたか味見よろしく^^;
Monday, July 18, 2005
TWOC, by Graham Joyce
TWOC とは Taking Without Owner's Consent のことで、つまりは楽しみのために車を盗んでは乗り回していた少年の話。YAものだし、題材があんまり好みでもないので、あのグレアム・ジョイスとはいえあんまり期待してなかったんですが、ううむ、やっぱりいいぞ~。
一緒に車を盗んで乗り回していた兄貴を事故で亡くして、保護観察処分を受けているシニカルな少年が主人公。じつは彼には兄貴の幽霊がつきまとっている。饒舌で調子のいい現代っ子の裏側には、事故のことを思い出してはうなされる夜の顔があったのだ……。まあこれだけだったらシリアス・タッチの今ふうのYAもので、あんまり読みたくない話になりそうなんですが、このつっぱった少年の口調がかなりユーモラスで、隙間から漏れてくる暗さとの対比が絶妙なんですね。
で、同じ保護監察官の元に通うモヒカン刈の少女の登場で、ポッと明かりが灯ったようにいつものジョイスの世界へ。意地の悪い兄貴の幽霊という以外にファンタジイ的な要素はありませんが、その微妙な使い方がやっぱり上手いです。個々のアイデアとプロットの組み合わせは相変わらず鮮やかですし、テーマへの象徴的な昇華の仕方もいいですね。やっぱりお薦め。だれかさん好みのテスタロッサとかケルベロス……じゃないサーブラウなんていう速~い車も出てきますし^^)
レギュラー版はペーパーバックオリジナルですが、PS Publishing からは限定版のハードカバーとデラックス版(まあスリップケースが付く程度で造本は一緒ですが)が出ています。
"Calypso In Berlin" by Elizabeth Hand
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短編集 Bibliomancy が2004年度世界幻想文学大賞を受賞したエリザベス・ハンドの新作が、SciFiction でタダで読めます。
実はこのカリプソ、オデュッセウスを誘惑して7年間島に引きとどめた、あの彼女なんですね~。ニンフは不死ではないけど長生きなのだそうです。現代でも相変わらず愛人に去られてしまう彼女ですが、ギリシャ神話的な結末が待っています。
なかなかよかったですが、個人的にはもうちょっと情熱的で鬼気迫るものがあるほうが好みですね(カリプソさん、わりと古風というか、ま、たしかに古~い方ではありますが……)。
"Persepolis: The Story of a Childhood" by Marjane Satrapi
us hc: 0375422307
us pb: 037571457X
翻訳 : 490178465X(1巻)
翻訳 : 4901784668(2巻)
古代ペルシャの首都名「ペルセポリス」をタイトルとする本書は、イランで生まれ育ち、現在フランスに住むイラン人女性によって書かれた自伝的コミック本だ。単色での線描写、小学生の女の子が主人公で、彼女の日常生活を扱っているという点では、イラン版『ちびまる子ちゃん』と言えなくもない。しかし、平和な日本でのほほんと暮らすまる子ちゃんと、1979年のイラン革命を小学生時代に経験する本書の主人公マルジの世界は、あまりにも違いすぎる。
マルジはイランの裕福で自由な家庭に育ち、フランス系の小学校に通っていた。ところがイラン革命が始まると、突然男女別学になり、女子は黒いヴェールを被ることを強いられる。ヴェール着用反対のデモに参加する母親。次々と暗殺される両親の共産主義者の知人たち。そしてイラン・イラク戦争の爆撃で犠牲になる友人……。
環境としては、かなり暗く重苦しい。だが、快活で利発、ちょっとシニカルな少女を語り手とした社会風刺コミックに仕立て上げることで、イランの日常生活を客観的かつ冷静に綴ることに成功している。凄惨な場面さえ、シンプルに図式化され効果的に表現されている。特異な状況下で暮らすのは、私たちと全く変わらない人々だ。政治的スローガンに惑わされず、彼らの真の姿を知って欲しい。本書の最後で、14歳のマルジはひとりウィーンに飛ぶ。その後の彼女の消息については、仏語版で既に出版されている2、3巻に詳しい。(2003.07.26)
Sunday, July 17, 2005
"The Cat's Pajamas & Other Stories" by James Morrow
us hc: 1892391155
ネビュラ賞、世界幻想文学大賞の受賞作家ジェイムズ・モロウの魅力は、ブラックな笑いとシニカルな社会風刺にあるだろう。一九八八年の旧作から未発表の最新作まで十三作品が収録されている本短編集でも、その特長はいかんなく発揮されている。その中のいくつかをここでご紹介しよう。
The War of the Worldviews(2002)
火星人来襲ならぬ、火星の衛星人来襲の物語。もとは同じ火星人でありながら、主義主張の違いから衛星のフォボスとデイモスに分かれて植民し独自の進化を遂げた両者が、地球で決着をつけようとセントラルパークに降り立ちバトルを繰り広げる。元精神科インターンの主人公が、精神病院にぶち込まれているアマチュア天文学者らと協力して異星人たちを和解させる、パラノイアックなコメディ。
The Wisdom of the Skin(2002)
衆人環視の中でのセックスをアートにまで高めた、伝説の〈セックス・アーティスト〉のカップルの物語。スーザンは、フェリーから川に落下した年配の男性を救助するが、それは人気の下降期に事故死したはずのセックス・アーティストだった。海賊版DVDで彼らのパフォーマンスを知るスーザンは、一般には知られていない複雑な事情を本人から聞き出す。一歩間違えれば際物になりそうな素材を使いながら、クローンの生命倫理について考えさせる美しくも悲しい話だ。
The Eye that Never Blinks(1988)
ピラミッド形の氷に閉ざされた魚の目の組織から、クローンを作って欲しいと依頼を受けた分子生物学者の物語。もし願い事が三つ叶うとしたら、望むのは富と長寿、そして……。話の根幹となっている部分は、昔から何度も形を変えて語られてきたもので新味はないが、逆に言えばそれだけ普遍性のあるテーマだ。現代最新ヴァージョンのお伽噺といった趣の作品。
Fucking Justice(2004)
黒人奴隷は人間でなく所有物であると判決を下した「ドレッド・スコット事件」の米国最高裁首席裁判官ロジャー・トーニーの物語。純真で正義感の強い彼は、首席裁判官に任命されてすぐに怪しげな人物からBrotherhood of the Scalesなる秘密結社の存在を知らされる。そして公正な裁判をするための秘儀を受けることになるのだが、掟の女神テミスとの婚姻を意味するその儀式はどう見てもレイプだ。前半の良識を疑うようなストーリー展開で唖然とさせておいて、最後に待っている捻り技で唸らせる、皮肉の利いた技巧派モロウらしい作品。
The Zombies of Montrose(2004)
モントローズのゾンビ使いアラベラ・ルグランの物語。彼女の日課は、次々と死体を蘇らせては人助けの仕事を割り振ること。ゾンビは衛生的でないといういちゃもんがついたことから始まる、戯曲形式のとぼけた味わいのコメディ。訓話めいた終わりかたがなかなか決まっている。
The Cat's Pajamas(2001)
特殊な遺伝子を持つ男の悲惨な物語。タイトルは俗語で〈すばらしいもの(人)〉の意味。人面ミュータント羊の群を操る羊飼いに麻酔銃で撃たれた彼は、目覚めると頭の中がすっからかんになっているのに気づく。神経や血管は繋がっているものの、摘出された脳はカート上の水槽に入れられているのだ。一方、利他精神を生む珍しい遺伝子を持つ彼の脳内エキスを注入された人面獣たちは、結党して地区の選挙に立候補するという。自我の拠り所である脳を元の〈鞘〉に納めたい男と、彼の遺伝子の恩恵に与る動物たちのやりとりが妙に可笑しい、オーウェルの『動物農場』風の物語。ジョン・ピカシオ描く表紙の絵は、この作品の雰囲気を実に上手く伝えている。ピカシオは二〇〇四年の世界幻想文学大賞アーティスト部門の最終選考まで残った。
ほかにも、ジョン・ウェインの原爆実験被害を追跡したMartyrs of the Upshot Knothole(2004)、アジアに向かって航海したはずが現代のNYに上陸してしまったコロンブスと、カスティーリャ女王イサベル一世の往復書簡Isabella of Castile Answers Her Mail(1992)、九・一一直後にキング・コングとゴジラとリドサウルスが居ても立っても居られず市長に援助を申し出るApologue(2001)など、実話に手を加えた物語も多い。多種多様な素材がPassionate Rationalistを自負するモロウ風にアレンジされて次々と供される本作品集は、長篇だけでなく、短篇においてもハイレベルな力量を見せつけてくれる、モロウの粒ぞろいの一冊だ。 (2004.11)
Jonathan Strange & Mr Norrell, by Susanna Clarke
uk hc: 0747570558
uk pb: 0747579881 (2005/09/05)
us hc: 1582344167
us pb: 1582346038 (2005/08/30)
とりあえずレヴュウをひとつ。
今年最高のファンタジイとして、この秋、大西洋の両側で脚光を浴びているのが、スザンナ・クラークの初めての長編となるこの作品である。出版社が、あのハリー・ポッターで大当たりしたBloomsburyということで、「大人向けのハリー・ポッター」という謳い文句が耳障りだが、作品自体は、現在のファンタジイ・ブームとは無関係に、ほぼ十年をかけてこつこつと書き留めてきたという、細部まで丁寧に仕上げた、職人芸の光る労作である。
ニール・ゲイマンによれば、「紛れもなく過去七十年間に書かれたイギリスの(英語の?)ファンタジイでは最良のもの」だそうで、察するに、一九二六年に出版されたホープ・マーリーズの『霧の都』に次ぐ作品という位置付けを与えている。
これを文字通りに解釈すれば、その後のトールキン、ピーク、T・H・ホワイトの御三家はいうに及ばず、アラン・ガーナーやマイクル・ムアコック、M・ジョン・ハリスンやフィリップ・プルマンの諸作をも凌ぐ作品ということになる。あるいは、「英語で書かれた」という意味にとれば、ライバーよりもヴァンスよりもゼラズニイよりもビーグルよりもウルフよりもクロウリーよりもル・グインよりもマキリップよりも……凄いというのである。
そこまで絶賛されると、つい、ほんとかあ、と疑いたくなるが、過去の傑作との比較はさておき、妖精物語の伝統を見事に今世紀に甦らせた、正統派のファンタジイの秀作であることは間違いない。
物語は、ナポレオン戦争真っ只中の一八〇六年に幕を開ける。描き出されるのは、一九世紀という時代の雰囲気濃厚な現実的な英国の姿。ただし、この世界には、ほんのすこし現実と異なるところがあった。古代より賢者によって引き継がれてきた魔法の存在である。とはいえ、北イングランドを治めていた魔術師、レイヴン・キングが何処へともなく姿を消してから三百年、魔法は失われ、いまや文献や伝説の中にその片鱗がうかがい知れるのみだった。
だが、隠遁生活を送っていた偏屈な学者ノレル氏がロンドンに現われるとともに、イングランドに魔法が甦り始める。手始めの仕事は、突然亡くなった大臣の婚約者を蘇生させることだった。さらに、ノレルに師事した青年ジョナサン・ストレンジが、次第に頭角を現し、ナポレオンと戦うウェリントン公を助け、イングランドに勝利をもたらす原動力となる。
天才肌のジョナサンと、学究派のノレルには、もともと相容れないところがあったが、いにしえのレイヴン・キングの魔法に魅せられたジョナサンが、その復活を模索し始めたことから、新しい道を探るべきだとするノレルとの溝は決定的なものとなる。いっぽう、安易な魔法の使用は闇の力の暗躍を招くこととなり、二人のあずかり知らぬところで、新たなる危機がイングランドを飲み込もうとしていた……。
とまあ、メイン・プロットのみを取り上げると、いかにもハイ・ファンタジイといった展開だが、実際は、一九世紀初頭のイギリスの日常生活をリアルに描いた、正統派の歴史小説の手触り。とくに、海千山千の男たちが出入りするロンドンのサロンの光景や、前半のメインとなるウェリントンの遠征、バイロンが登場するヴェネチアの一幕など、当時の文学作品さながらの雰囲気である。ジョナサンとノレルの角突き合いも、魔術師の対立というよりは、滑稽な学者同士のいがみ合いの構図。スケールの大きなディケンズの背景に、皮肉の利いたオースティンの風俗喜劇を乗せた作品とでもいえようか。
とはいえ、上質のファンタジイの魅力にもこと欠かず、全編に散りばめられた『金枝編』ふうの脚注は、詳細に構築された魔法の歴史を垣間見せ、次第に現実と二重写しになる妖精郷の姿を浮かび上がらせる。本編に登場する魔法も、一斉に語り始める大聖堂の石像、雨から作られた幻の船隊、ナポレオン軍を惑わす迷路と化した街道といった、ありふれた破壊の魔法とは対極にある、奇譚に通じる風変わりなもの。
ここにあるのは、実質的なファンタジイの要素がごく薄い、トールキン・タイプの戦闘型ファンタジイ一辺倒になってしまったジャンルを、正しい道筋に引き戻そうとする試みである。『霧の都』や、ジョン・クロウリーの『リトル・ビッグ』といった本来の王道を歩むファンタジイに、力強い後継者が誕生したといえるだろう。(2004/09/13)









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