Ignacio Padilla
ラテン・アメリカの風土に根ざした伝統的なマジック・リアリズムに反発して、メキシコでは新世代の作家たちによって「外」に目を向けた "crack" ムーヴメントが展開しているそうだが、イグナシオ・パディーリャはその動きを代表する作家で、現在2冊の英訳書が入手可能になっている。
たしかに短編集の Antipodes に登場する舞台は、アフリカから中近東、中央アジアから中国へと広がっており、従来のラテン・アメリカ文学とはまったく印象の異なるものとなっている。虚構性の打ち出し方も、単に誇張された雰囲気描写で行うのではなく、エキゾチズムに根ざしたリアリズムと論理的な状況設定によるもので、かなりヨーロッパ的といえようか。とはいえ、コロニアル文学とパルプ・フィクションをないまぜにしたかのような作風は、結果としてかなりの幻想性を持つ。
Antipodes のタイトル・ストーリーも、ゴビ砂漠で遭難したスコットランドの技術者が、狂った頭で幻視したエディンパラが現実になる物語で、超自然的な要素を使わずに組み立てたファンタジイとでも呼べそうなダイナミックな作品となっていて、この短編だけでも短編集を買って惜しくない傑作である。ただし、全体として眺めると理知が勝ちすぎているきらいがあり、感情的訴求力が薄い作品が並ぶのが少々退屈ではある。とはいえ、租界があったころの上海を舞台に、六つの生首を持った中国人を追うイギリス人外交官の探索を描いた The Chinaman with the Heads のように、舞台とストーリーとアイデアがぴたっと決まった場合には、えもいえぬ感動を引き起こす。
いっぽう、長編の Shadow Without a Name は、第2時大戦下のドイツから戦後のブエノス・アイレスまで、ナチの戦闘に関わった4人の男の数奇な運命を、チェスの勝負による人物の入れ替わりをキーにして語った奇妙なスリラーである。アイデンティティの入れ替わりの妙ということでは、トルコのオルハン・パムクの英訳本 The White Castle や、やはり第2次大戦を背景にしたクリストファー・プリーストの The Separation などを思い起こさせるが、パディーリャの場合残念ながらその設定が生かされているとはいいがたい。翻訳のせいもあるのかもしれないが、平板な登場人物たちのかなり退屈な人生が淡々と語られるだけで、アイデンティティ喪失で作者が意図したであろう悲しみの領域や、運命の皮肉な側面に十分に踏み込めていない印象なのだ。ここでも理知が勝ちすぎたのが敗因といえるかもしれない。
とはいえ、情緒に流れるマジック・リアリズムに、硬質の論理性で対抗する姿勢はパワフルなもので、エキゾチムと物語性が幅を利かせていた大時代的な物語を、現代の感覚で語り直したかのような作品群は、たしかに新しい動きを感じさせる。今後の動向が要注目の作家である。

Comments
すっかり忘れてました。幻想のエディンバラ見たさに購入してみることにします。
文中でおっしゃってる"Crack Movement"ってのは初耳でした。いくつか紹介記事を読んで見たんですけど、具体的な作品を読んでみないと何とも評価できないですね。
新しい作家が、先行する世代の作家への批判から出発するのは、もちろん理解できるのですが、なんとも分が悪そうな戦いに見えるのは私だけ?
Posted by: quark | Monday, July 25, 2005 at 23:49
文中でふれた2編はすごくいいですよ^^) 他の作品も、ちゃんと読めば傑作だったのかもしれないです。
ムーヴメントとして形にならなくても、作者自身が力をつけていくのであれば、それはそれでいいのではないでしょうか。それに、過去の傑作に対する批判ということよりは、いつまでもそれにしがみついている現状に対する反発ということじゃないかと推測するんですが(まったくの憶測ですけど)。
このあたり、わがサイト専属のスペイン語文学の権威にご意見いただきたいところですね^^)
Posted by: a nanny mouse | Tuesday, July 26, 2005 at 00:42