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Saturday, July 23, 2005

Cloud Atlas, by David Mitchell

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英米のSF/ファンタジイ系の読者の間で、時々名前の上がるデイヴィッド・ミッチェルという純文学畑の作家がいる。幻視的な連作短編Ghostwritten (1999)でデビューし、最近まで滞在していた日本を舞台にしたnumber9dream (2001)でブッカー賞の候補に挙がり、イギリスの四〇才以下の若手作家二十人を選ぶグランタのリストにも名を連ねるという典型的なメインストリームの注目株だが、意外にも、新作は本格的なSF大作となった。

ロシア人形のマトリョーシカのように、物語の中に別の物語を包み込んだ入れ子構造によって語られる、一九世紀の航海記から現代小説を経て遠未来のディストピアへと至る六つのエピソード……。なにやら記号だらけでプロットのない人工的な実験小説をイメージさせる設定だが、それとは裏腹に、ここに展開されるのは、豊かな語り口によるごくごく人間的なサスペンスたっぷりのドラマである。

最初の物語は、ダーウィンの『種の起源』が書かれるきっかけともなった一九世紀の南太平洋を舞台に取り、あるアメリカ人の航海日誌という形で、白人のマオリ人に対する圧政、そのマオリ人によるモリオリ人の虐殺という弱肉強食の図式を描いていく。だが、ストーリーは不意に中断され、第一次大戦後のベルギーを舞台にした、作曲家志望の青年のピカレスクに取って代わられる。一連の手紙によって綴られた、作曲家ディーリアスとその弟子フェンビーをモデルにしたという青年の野望と挫折の一幕は、この作品の構造を投影した「六つの独奏楽器によるクラウド・アトラス六重奏曲」を生み出す。

舞台を現代に移した第三の物語は、原子力発電所にまつわる陰謀に挑む女性ジャーナリストの活躍を、アクションたっぷりに描いたジョン・グリシャム張りのサスペンスである。続く第四の物語は、海千山千のロンドンの出版社社長が、たまたまベストセラーを引き当ててしまったため、ギャングに追われ養老院に幽閉されるスラップスティック。饒舌な語りによる出版業界に対する皮肉と、カフカを思わせる不条理な世界の取り合わせが、いかにもイギリス作家らしい一編である。

近未来の韓国を舞台にした第五の物語は、ファースト・フード店の従業員として育成されたクローンが、自我の目覚めにより断罪される経緯を尋問形式で描いている。様々なブランドと消費主義に彩られた社会での二級市民の悲哀は、映画「ブレードランナー」を思い起こさせる。最後の物語、つまり作品全体では真中に位置するエピソードでは、舞台は再び南太平洋に戻る。言葉さえもが大きく変化した遠未来、人々はまた部族社会へと退行し、過去の栄華は伝説の片隅に残るにすぎない。

弱者を踏み台にした進歩幻想を追う人類の行く末を芯に据えた物語は、ここを折り返し点に、また逆の順番で個々のストーリーの結末を明らかにしていく。作者のメッセージはあっけにとられるほどシンプルでストレートなものだが、結末に至るまでの蓄積は、有無を言わせぬ重みを持つ。

特筆すべきは、個々のパートがジャンル小説の形式を忠実に踏襲しているという点である。六つのジャンルの異なる中篇が、それぞれに相応しい文体で語られているのだ。また、個々のエピソードは、航海日誌→手紙→本→映画→電子記憶という,記録メディアの発達を追うような形で、直前のエピソードを次の物語の主人公が読んだり見たりする構造になっている。最後のエピソードは主人公が息子に物語を語る口承の形式を取る。作品全体が、人々の生きた証を後世に伝える、「語り」と「媒体」をサブテーマとした変奏曲でもあるのだ。

さらに、主人公が共有する流れ星の形の痣で、六つのエピソードが、輪廻転生による同じひとつの物語であることが示唆されている。「クラウド・アトラス(雲の地図帳)」という印象的な題名も、移ろいながらも、常に海と空とを循環している雲の流れを、魂の連続になぞらえたものである。

このところ、キム・スタンリイ・ロビンスンやニール・スティーヴンスンの近作にも見られるように、複数のジャンルを包含した年代記風の歴史ものに、輪廻転生的な仕掛けを施し、世界と現代を立体的に描き出そうという大作が増えている。いや、日本人にとっては手塚治虫の『火の鳥』で既におなじみの形式だろうか。時代が大きな物語を求めているのかもしれない。(2004/05/12)

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Comments

読み始めたものの、超夏バテで重い本を持つ気になれず折り返し地点で止まってますが、ほんとうにどれもいいところでぷっつり切れちゃって悔しいですね~。最後まで読んで全体を見渡すと「おお~」と、おもいっきり感動できそうで楽しみです。しかし 900 ページの Quicksilver と厚さがあまり変わらないのはなぜ?

Posted by: Lilith | Saturday, July 23, 2005 at 21:08

なんか山に登って降りてくる感じなんですよね。行きに見たものが反対側からみるとまた印象が変わって、読者自身もほんの少し経験を積んで変わっているので、単に一本道のストーリーを追うのとはかなり異なる読書体験でした。途中で置いちゃうとモッタイナイ(<国際語)ですよ^^)

Posted by: a nanny mouse | Sunday, July 24, 2005 at 01:05

これってもし翻訳が出るとしたら、Zachry のパートのヘンテコ英語が、どんな日本語になるか楽しみですね。>翻訳家泣かせ?

Posted by: Lilith | Sunday, July 24, 2005 at 20:51

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